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 ポケットに入れていた携帯が震えた。メールが来たときの振動だと分かる。

 暖まった手で携帯を開く。送り主は純ちゃんだった。

 文面は、短く二行。

『結局殺しに来なかったね』

『それじゃあ、本気出すから』

 背筋に寒気が走る。

「ただいまー!」

 同時、お姉ちゃんが玄関の扉を開けた。

 私は玄関へ走って、靴を脱ぎかけたお姉ちゃんの手を掴む。

「お姉ちゃん、急いで! あれがすぐ来る!」

「えっ、えっ?」

 お姉ちゃんを片足でぴょんぴょん跳ばせながら、お風呂場へと連れていく。

 ためらいもなく制服を剥き、浴場に押し込む。

 キッチンへ行くと冷蔵庫から氷を全て取り出し、タライに乗せて持ち上げる。

「う、あああああっ!!」

 お風呂場からお姉ちゃんの絶叫が響く。

 足に力を込めて、お姉ちゃんのもとへと急ぐ。

「うい、熱い、熱いよぉっ!!」

 お風呂場に入ると、タイルの上でお姉ちゃんがぐったりしていた。

 真っ赤な肌は、火傷しそうなほどに熱くなっていた。

「お姉ちゃん、しっかりして!」

 私はミトンが欲しいのを我慢して、お姉ちゃんを抱き上げて浴槽に座らせる。

 タライの氷を流し込み、首や脇の下にすりつけてあげる。

「はぁ、はぁっ……!」

 お姉ちゃんの息はまだ上がったままだ。

 体温を測るまでもない。お姉ちゃんは命の危機に瀕している。

 私はキッチンから食塩を袋で持ってきて、水に振り落とす。

 微々たるものではあるが、これでも吸熱効果がある。使わないよりはマシだった。

「う、うい……」

 息も絶え絶えに、お姉ちゃんが私の名前を呼ぶ。

「大丈夫、お姉ちゃんは私が守るから」

「うい、大好きだよ……」

 お姉ちゃんにはもう、私の言葉は聞こえていないのかもしれなかった。

 虚ろな瞳に私は映っていない。

「お姉ちゃん、いまアイス持ってくるから!」

「えへへ……」

 昨日の分のアイスは残っている。使えるものは全て使わないと、お姉ちゃんを助けられない。

 アイスはまだ20本ある。

 私は袋を破って、お姉ちゃんの口にアイスを近づける。

 お姉ちゃんの吐く息が手にかかる。肌を灼くような熱さでアイスが溶けていく。

「ほらお姉ちゃん、アイスだよ」

「ん……」

 アイスを唇に触れさせると、お姉ちゃんは反応をみせた。

 大きく開けた口にアイスを入れてあげる。頬の内側に触れさすと、お姉ちゃんが口を閉じる。

「ん、ふ」

 次のアイスの袋を破っておく。

 お姉ちゃんの首筋に触れてみるけれど、体温が下がった感じはしない。

「……っ」

 私はお姉ちゃんの体を見つめた。

 まだ、出来る対処はある。


 私はアイスの表面に付いた霜を手で取り、ねっとりと唾で濡らした。

「う、い……?」

「お姉ちゃん、ごめん……」

 冷水に手を突っ込み、お姉ちゃんのお尻を持ち上げる。

 アイスの先端を、お姉ちゃんの入り口にそっと当てがった。

「あ、うい……やだ、うそだよぅ」

「……ごめん。どうしてもお姉ちゃんを助けたいの」

「うい……」

 お姉ちゃんはごくりと唾を飲んだ。

 口に入れていたアイスはもう溶けてしまっているらしい。

「わかった、いいよ……私のことは気にしないで」

 覚悟を決める。

 私はせめてゆっくりと、お姉ちゃんの中へとアイスを沈みこませていく。

「う、ン……」

 お姉ちゃんは歯を食いしばって、必死に痛みをこらえていた。

 破瓜だけじゃない。塩水がしみて、耐えがたい痛みになっているはずだ。

「く、あ……!!」

「お姉ちゃん、大丈夫!?」

「うん、く……平気。冷たいよ」

 どうやらお姉ちゃんの処女膜はあまり傷つけずに済んだらしく、

 水の中にはほんの少しばかりの血が漂っているだけだ。

「お姉ちゃん……」

「うい、もっとお願い……」

「……分かった。お姉ちゃん、次のアイスくわえてて」

 私は次々とアイスの袋を破り、棒を捨て、お姉ちゃんに上から下から前から後から食べさせる。



 お姉ちゃんの体にこもった熱が、少しずつ抜けていくのが分かる。

「……どんな感じ? お姉ちゃん」

「すごい……楽になってきた」

 肌は赤いし、息も荒いけれど、最初に比べればかなり落ち着いている。

「……あれ? うい、携帯鳴ってない?」

 お姉ちゃんが私のエプロンを見つめて言う。

 目をやると、ポケットに入った携帯が振動していることに気付いた。

「メールだ……」

 濡れた手で携帯を開く。

 もとより携帯の入っていたエプロンもびしょぬれなので、さしたる問題ではない。

 メールの送り主は、やはりというべきか純ちゃんだった。

『つかれた』

 ……こっちのセリフだ。


「どうしたの?」

「なんでもないよ。純ちゃんからだった」

 お姉ちゃんにもメールを見せる。

「あはは、ほんとに何でもないね」

 無邪気に笑うお姉ちゃん。疑った様子は見られない。

 私は立ちあがると、お風呂場を出てタオルで携帯についた水を拭きとる。

 防水機能つきの携帯に買い替えなければ、とは思わなかった。

「お姉ちゃん、そろそろ大丈夫じゃない?」

「あ、そうだね! いつの間にか冷えてきてるよ!」

 お姉ちゃんは氷のすっかり無くなった水風呂から立ちあがろうとする。

 けれど、腰が抜けているのかよろけてしまって、浴槽のへりにしがみついた。

「……うい、最近私たちなんだか凄いことしてるね」

 私は無言でお姉ちゃんの体を浴槽からすくいあげた。

「お姉ちゃん、まずは体を拭かないと……」

「うん、風邪ひいちゃうもんね……」

 どうしてだか、お姉ちゃんとの会話が続かない。

 しっかり背中も拭いてね、とかそういえばヘアピンついたままだね、とか、

 言葉はいろいろ浮かぶのに口から出てこない。

「うい……」

 お姉ちゃんが私の名前を呼んだ。

「……私のこと、好き?」

 大判のバスタオルが、擦れあってぶつかり合ってバサバサ言っている。

 私は息を吸った。

「好きだよ。大好き」

 お姉ちゃんはより大きく息を吸った。

「……それは、どういう意味で?」


 タオルの擦れる音は聞こえなくなっていた。

 耳がきーんとして、お姉ちゃんの息遣いしか聞こえない。

 この耳はいま、お姉ちゃんのためだけにあるらしい。

「……なんて言ったらいいのかな」

「いいよ、憂の言葉で言ってみて」

 お姉ちゃんの手が私の頭に乗っけられた。

「……私は、お姉ちゃんに恋してる」

「そう……なんだ」

 お姉ちゃんは私の耳、頬、首筋と撫でていって、最終的に肩に手を置いた。

「ねぇ、憂……姉に恋するって、どんな感覚?」

「……分かんない。私はお姉ちゃん以外に恋したことがないから、これが恋なんだって思ってる」

「ふうん……」

 お姉ちゃんの手が、私の首筋から頬へと戻ってくる。

「憂はずっと私のことが好きだったんだ」

「うん」

 幼稚園のころから、おぼつかない恋心を育ててきた。

 いつも一緒にいるから、勝手に揺るぎないものになっていただけとも言えるけれど。

「私は……どうなんだろう」

「どう、って」

「けっこう色んな人に恋をしてきたと思う。男の人にも女の人にも」

「それから、妹にも」

 お姉ちゃんは私にゆっくりと近づいて、きつく抱擁した。

「私はいま……憂に恋してたときの気持ちを思い出してるような気がする」

 お姉ちゃんの声が耳元でする。

 今までずっと分からなかった、例のクセの原理が理解できる気がした。

 これ、すごくキスしたくなる。

「うい、守ってくれてありがとう」

「憂がいなかったら、私は今頃……」

 お姉ちゃんの話は聞いている。

 でも、ちょっとまだるっこしいと思った。

「あ、う、うい……」

 私はお姉ちゃんの頭を抱きしめて、私と向き合わせた。

 目が合ったお姉ちゃんの表情は、困惑したような、興奮したような、分かりにくい表情。

「ちゅ……」

 やっぱり、お姉ちゃんみたいに上手には出来ない。

「ん、はぁ……」

 唇を離した。すぐに息が苦しくなってしまう。

 いつもどんな風にしてもらっていたっけ。

「うい……」

 お姉ちゃんの瞳がとろけている。

「あぁ……うい、好きだよぉ。好きになっちゃったよぉ」

「姉妹なのにな……いけないね、こんなの。んぅっ」

 大人みたいなことを言いながら、お姉ちゃんは私に口づける。

「ん……」

 頭の中で気泡が弾けるかのように、痺れが広がっていく。

 やっていることは変わらない気がしたけれど、お姉ちゃんにされると頭がおかしくなる。

「はああぁ……ん、うぅ」

「ちゅ、ちゅぅ……んむ」

 要するに私はマゾってことなんだろうか。

 なんか納得いかない。

「は、あ……」

 思わず舌が出る。

 お姉ちゃんは少し驚いた顔をしたけれど、すぐに私の舌を口内に招き入れ、楽しげに舌を絡めだす。

「あ、ふあぁっ!」

 私の舌とぐちゃぐちゃ触れ合うお姉ちゃんの柔らかで温かな舌。

 否応なしに体が反応してしまう。

「ふむ、ふむぐぅっ! ひゃ、おねえひゃっ」

「憂、おいふぃ」

 お姉ちゃんが短く放つ言葉が、脳髄に響く。

 私はお姉ちゃんに舌をむさぼられながら、ショーツを愛液でぐしょぐしょにしてしまう。

「かわいいよ、うい……」

 優しく髪を撫でられる。

 私は吸われつくした舌でお姉ちゃんの唇をべろべろ舐めながら、愛の言葉をつぶやき続けた。





――――

 深い深い夜。どこかから梟の鳴くような声がする。

 私は100円ライターを忍ばせ、街灯が白く照らす道を歩いていた。

 向かう先は純ちゃんの家。

 私は、殺意という物が本当は静かなのだと感じた。

 夜道に私の足音だけが響く。

 深夜2時は、私の心と同化していた。

「……」

 純ちゃんの家に到着する。

 私が移動していることに超能力で気付いたんだろう、純ちゃんの部屋は明かりが点いていた。

 門の前で睨みあげていると、玄関の鍵が開けられた。

 私は黙って玄関を開けて押し入る。

 そしてライターの火を灯し、小さく縮めて隠した。


 階段を上がって、純ちゃんの部屋の戸を開ける。

「おっす」

 始まったばかりの野球漫画のコミックス1巻を読みながら、だらけた姿勢で純ちゃんは待っていた。

「こんばんは、純ちゃん」

「まぁ座ったら?」

「いいよ。すぐ帰るし、これから私が死なせる人の座椅子を使うなんて嫌だもん」

 私は壁に寄り掛かって腕を組む。

「純ちゃん……お姉ちゃんを苦しめたね」

「苦しめるっていうか……私は殺すつもりだったんだけどね」

 どっちだろうと大した違いはない。

 苦しめようが殺そうが、お姉ちゃんにそんなことをした人間を私は許さない。

「……最後に、なんでこんな事をしたのか聞かせて欲しいんだけど。いいかな。純ちゃん?」

 純ちゃんはくすりと自嘲気味に笑った。

「そっか、最後か。それなら話してもいいかな」

 ぎしりとベッドを軋ませて立ち上がると、純ちゃんは私の横に並んで壁に寄り掛かった。

「……憂を試したかった。憂が私とお姉さん、どっちを選ぶのか、ね」

「なにそれ?」

「私、憂に憧れてたんだ。天才の憂に」

 また、天才。

 けれど否定はしない。

 私は超能力に目覚めて、とうに完璧に扱えるようになっているから。

 純ちゃんが毎日しっかり鍛えていたものを、あっというまに使いこなしてしまったから。

「それと同時に妬ましかった。だから……憂がなんにも出来なくなるように、お姉さんを殺そうと思った」


 特別な感慨は湧かなかった。

 かつて、純ちゃんを友達と思っていた記憶はない。

 人を殺すために越えなければいけない関門。抱かなければならない激情。

 私は、殺意と殺人の境界線を踏み越えている。

「純ちゃんってワガママだね」

「……相手が憂じゃなかったら、こんな風には思わなかったよ」

「憂がどんどん遠くに行っちゃうから。このままじゃ憂が私を見てくれなくなる気がしたんだよ」

「バカだね。そんなことしなくても、私は純ちゃんの友達でいたよ」

「へへ……本当にバカだと思う」

「何より、憂にとってお姉さんと私を天秤にかけたときに」

「私の方に傾いてくれるんじゃないかって少しでも期待したあたりがバカだよね」

 純ちゃんがほうっと息を吐く。

「そりゃそうだよね……私とお姉さんだったら、憂は絶対に私を殺すって」

「ほんとにバカだった」


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最終更新:2011年04月29日 20:07