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Monochrome clearness - (2010/08/13 (金) 23:43:42) の1つ前との変更点
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**Monochrome clearness ◆John.ZZqWo
ヒーローってのはスーパーパワーがあるとか、コスチュームを着てるって事じゃない。
自らの意思でもって世界を良くしようと戦う人々の事を言うんだ。
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深い海の底の様に黒に限りなく近い青色。そんな色の夜空に煌々と、
遥かな過去も、遠い未来にも、その姿を変えぬ真っ白な月が円を描いてぽっかりと浮かんでいた。
そんな月から降り注ぐ白い光に街の中にある様々は影を押し出され、それぞれのシルエットを浮かび上がらせる。
何に濡らされたのかじめじめとした黒い路面には誰かが落としていった片方だけの靴が転がり、
消火栓の上に被さった新聞紙がカサカサと虫のような音を立てている。
そして、そんなものに気を取られていれば路上にばら撒かれた酒瓶の欠片を踏みかねない。
避けて道の端へと寄れば側溝からは鼠の糞の匂いが立ち昇り、
顔を背ければそこには破けたゴミ袋から猫の死骸が顔を覗かせていた。
錆びついた金網がゲタゲタと悪魔の様に笑えば、割れたままのガラス窓が悪魔の牙をカチカチと鳴らす。
酔いを醒ますには最適で最悪な、気分が悪けりゃ便所の変わりにだってなる腐れきった路地。
そこに”ロールシャッハ”はいた。
着古して染みだらけのトレンチコートに、同じ薄茶色のソフト帽。
それだけを見ればなんてことはない。少しばかり時代錯誤な、パルプ誌の中のスパイか探偵の格好をした男でしかない。
だがしかし、その男の”顔”は異質だった。
目も鼻も茫洋と定かでない白地の上には何とも言い切れぬ、まるでインクを零したかのような黒い染みが浮かんでいる。
そしてその染みは彼の表情を表すかのように、しかし余人には決して想像できぬ形を持って度々形を変えるのだ。
これが、彼の”顔”だった。この怪人物こそがロールシャッハであった。
「HURM.」
溜息とも何かの確認とも取れる奇妙な嗄れ声を吐き、男は手にしていた手帳を閉じる。
なにやら年季の入った手帳にはとても後で読み返せそうもない字で何かが記されていたのだが、どうやらメモか日記らしい。
本人としては納得がいったのか、ペンを挟むと手帳を懐にしまいこんだ。
次に男はしゃがみこむと、傍に置かれていたボーイスカウトが背負っていそうバックを無遠慮に開き、中身を確認しはじめる。
どうやら中身についてもそれはボーイスカウトが背負っているバックに入っていそうな物ばかりのようだ。
一冊の新品の手帳。ルールブックを兼ねたそれをパラパラとめくり、一通り確認するとバックの脇に置く。
水の入った透明のボトルに、紙ではなくビニールでラッピングされたパン。
色付の地図に、奇妙な名前の羅列された名簿。何の変哲もない方位磁石に、最新の時計。
その他諸々。ひとつずつ確認すると脇に置き、全て確認し終えると彼はバックから出した全てをそのままバックに戻した。
取り立ててすぐに使う物はなかったらしい。バックの口をきつく縛ると彼はそれを肩にかけて立ち上がった。
と、ここで彼は胸元に手を当て、友人から貰った武器(ワイヤーガン)がなくなっていることに気づいた。
他にもなくなっている物はないか――もっとも、手帳とワイヤーガン以外に元々たいした物など所持していないが、
彼はコートのポケットにひとつずつ手をつっこみ確認する。
どのポケットの中も綺麗に空っぽになっていた――いや、何かの感触が手袋に触れた。
取り出してみればそれはスマイリーフェイスの缶バッチだった。
50セントもしない、今時おまけにもなりやしないそれには黒ずんだ血がこびりついている。
”コメディアン”と呼ばれた男の血である。彼の死がロールシャッハにとって今回の事件の発端だったのだ。
マスクを被り(身元を隠し)、犯罪者の前に現れては既存の法を無視し独自の判断で成敗するヒーロー(怪人物)。
30年代に現れ始めた彼らの中、その黎明より活躍していたひとりがコメディアンと呼ばれる男であった。
同じくコスチュームヒーローであるロールシャッハとは仲間という間柄にあった男だ。
実感としてはつい先ほど、今現在巻き込まれている奇妙な事態に遭遇する直前にロールシャッハはバッチを拾った。
コメディアンと呼ばれる男の遺品。無論、勝手に拝借したのだが、そこには弔いの精神よりも先に何かきな臭い予感があった。
彼は何者かによって殺されていた。ならば他のヒーロー達も狙われるかもしれない。
予感に従い、ロールシャッハは友人宅へと足を進め――その途中でこの奇妙な事態に巻き込まれたのである。
コメディアンの死と今回の奇妙な事態。そこに因果関係はあるのか。それはまだはっきりとしない。
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チカチカと明滅する壊れかけの街灯に誘われるように、ロールシャッハは深夜の街を当て所なく歩く。
ゴミと汚物に塗れた通りは不潔で汚い。だが今は、ある意味で清潔で綺麗であった。
ここには下品(そのまま)な言葉でしつこく呼びかけてくる娼婦も立っていなければ、膨らんだ上着の中に麻薬を隠し持つ売人もいない。
一軒一軒店を訪ねては店主に小遣いをせびり、色付きを見れば追い立てて暴力を振るう悪徳警官の姿も見えない。
ディナーの食卓に一品加える為に人を刺す馬鹿もいなければ、戦争帰りだと哀れみを請う嘘吐きもいない。
まるで暴動が起きた翌朝のような、”掃除”しきった次の日の朝みたいな、清々しくも白けた綺麗な光景であった。
ロールシャッハを苛立たせるあらゆる人間はここにはいない。だから彼は考え事に集中しながら歩くことができた。
考えながら彼は歩く。思考にあわせて顔面の柄が奇妙に蠢き彼の内面を投影する。
思考する。この奇妙な事態――実験の主は、これもコスチュームヒーローの仲間であったオジマンディアスに違いない。
声を聞けばそれは明らかなことだ。そしてどうやら厄介なことに、この実験には同じくDr.マンハッタンが協力しているようだった。
瞬間移動などという超能力は本物の超人である彼にしかできないことであるからだ。
ならばこれはコメディアンが殺されたことと関係するのだろうか? そして他の仲間達も関与しているのだろうか?
確認した名簿の中に見知った名前は存在しなかった。
ただ、ロールシャッハが奇妙だと感じたのは、そこにどうやら日本人らしき名前が多数並んでいたことであった。
日本。正義の鉄槌(原爆投下)から40年。
築き上げた領土を解体され、アメリカの監視下、戦うことを放棄させられ、再び狭い島の中へと押し込まれた奴等は
以来、経済再生とその発展のみに注力し、仕事中毒だと揶揄されながらも日本という国を世界という舞台に押し戻してきた。
TVコマーシャルで日本製品を見るのももう珍しくはない。メイドインジャパンは今や一つのブランドだ。
例えば時計。例えば携帯型ステレオカセットプレイヤー。
今年打ち上げられた宇宙船の乗組員の中にも日本人の名前があった。
彼は地球に帰還すると自分を取り囲むインタビュアに対しこう言ったという――「宇宙からは国境線は見えなかった」
その発言の意図をロールシャッハは気にしたりはしない。
宇宙から地球を見た際の素直な気持ちであっても、地上で訓練していた頃から考えていた決め文句でもどちらでもいい。
ただ、その通りだと彼は思うだけだった。
この地球には国境線なんか引かれてはいない。それはアイディンティの確立に囲いを必要とする人間の中にしかないものだ。
目には見えない。普通の人間には見えないのは当たり前でしかない。
見えるのは人間の心を覗くことができる者だけ――なぜなら、その線は人間の中に引かれているのだから。
余計なことを考えてしまうのはこの夜が静かすぎるからか。そう思った時、ロールシャッハは通りの先に男が立っているのを発見した。
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奇妙な若者だった。
一見して東洋人だとわかる肌の色と顔つきだが、背が高い。
ロールシャッハは標準より小さい小柄な男ではあったが、それよりも頭ひとつ以上は高いのだから長身と言える。
もっとも、不健康そうな猫背の姿勢なので視線の位置はロールシャッハとそう変わらないのだが。
白い無地の長袖シャツにブルージーンズ。足元はくたびれたスニーカーを裸足で履いている。と、随分とラフな格好をしている。
質屋に全てを預けた帰りの苦学生か、はたまた夜中に窓を開けて突然ポエムを朗読し始める近所迷惑な輩か。
こんな夜の街にはそぐわない奇妙な清潔感があるというのがロールシャッハの第一印象だった。
しかしそのような印象は若者の目を見て軽く吹き飛んだ。
目が何よりも印象的であった。正確には目と、その下にはっきりと黒く浮かんだクマに強い印象があった。
それは何日も、いや何年も眠らずにいたかのような、まるで生まれてからずっと起きていたと思わせるような濃いクマ。
ならばこの若者はその両目で何を見続けていたのか。何を見張り(watch)続けていたのか?
若者はそんなことが気になる目の持ち主であり、”異様”な人物であった。
「――どうもロールシャッハさん。私は”L”です。」
私は”何”だと言った? 一瞬、ロールシャッハは疑問に思ったが、すぐに名簿の中に「L」とだけ短く記されていたのを思い出した。
自分の名前が知られていたことは取り立てて疑問に思わない。名誉か不名誉か、ロールシャッハの名前は知れ渡っている。
ロールシャッハは目の前の奇妙な若者に対し、何者かと問うた。どう対応すべき相手なのか、まだその材料が揃っていないからだ。
「Lと名乗ったはずですが。社会的な立場と言われれば、私は探偵です。
……確認しますが、あなたの名前はロールシャッハで間違いありませんか?」
とてもそう見えるような風体とは言い難いが、若者は探偵なのだという。しかし嘘を言っている風でもない。
僅かな驚きを内心に隠したままロールシャッハは若者の言葉を肯定した。ロールシャッハとは”自分自身”に他ならない。
「そうですか。見た目からあなたがロールシャッハではないかと推測し、反応を窺おうと呼びかけさせていただきましたが
当たっていたようで何よりです。恥をかかなかったですし、こともスムーズに進行するでしょう」
反応(テスト)だと? ロールシャッハの顔の模様がぐにゃりと歪む。
「ええ、名前を呼んだ時に会話を求めるか、それとも問答無用で襲い掛かってくるのか。それを試させていただきました。
そしてあなたは少なくとも後者ではないと判明しました。
これは幸いなことです。多少、自衛の心得はありますが襲われないことにこしたことはありません」
ロールシャッハの若者に対する奇妙な印象はなお深まった。
この若者には全くといって悪びれる様子がない。そして言葉の中に嘘もごまかしも存在しないのだ。
自分のことを棚に上げて、ロールシャッハは若者に対して気味の悪い奴だと内心思った。
「ロールシャッハと名簿には記されていましたが本名とは思えませんね」
なんとも間の抜けた発言だ。だがしかし裏を読めば意味深な発言でもあった。こいつは俺がロールシャッハであることを疑うのかと?
「私のLという名前もひとつの呼び名にすぎませんが……ところで、そのマスク面白いですね。初めて見ます。
もしよろしければ脱いで素顔を見せてもらってもいいでしょうか?」
これが俺の顔だ。とロールシャッハは若者の要求をにべもなく断る。
さて少しは喰いついてくるのかと思いきや若者はじゃあいいですとあっさり引き下がった。全く掴み所がない男である。
「なるほど、いいでしょう。私も見せていただけるとは思っていませんでしたから。
では場所を変えましょうか。こんな所で立ち話というのも無用心ですから」
言うと、若者はロールシャッハの意思も確認せずくるりと踵を返した。まるでその必要はないとばかりに。
無視することも放置することもできたが、しかしロールシャッハはその背中に問うた。どうして自分がついてゆく必要があるのかと。
「簡単なことです。二人ならお互いに助け合うことができます。
……私はこの”事件”を独力で解決できる確率は極めて低いと見積もっています。それは不可能と言っても差し支えないぐらい。
なので手を貸して欲しい。……あなたもそうだとは思っていませんか? 協力者が不可欠だと」
ロールシャッハの中に否定する為の理由は存在しなかった。
むしろ膨らむのは疑念だ。
目の前の若者はどうしてこうもあっさりと自分を信用するのか。あるいは、信用ではなく利用なのか。窺い知ることができない。
途中で反応(テスト)という言葉を若者は使った。ならば今もそうなのかもしれない。
これは彼なりの利用できる相手を見極める”面接”なのではないかと――。
しかしそこまで考えても結局、ついて行かない理由は生まれなかった。増えるのは放置できない理由ばかりだ。
若者が悪人だとはっきりわかるならば話は簡単だが、そういうわけでもない。
結局、ロールシャッハは遠ざかる若者の背を追って歩き始めることにした。
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あらかじめ目星をつけていたのか、Lは十字路の角にあるコーヒーハウスに入るとそのまま一番奥のテーブルについた。
「……………………」
ロールシャッハのLについての奇妙な印象はますます強くなる。
若者は椅子の上に座っていた。いや、このままでは何の変哲もない当たり前のことだが座り方に特徴があった。
椅子の上に足を乗せ、膝を抱えるような姿勢で座っている。
まるで猿のような座り方だった。日本人を猿と例えるのはポピュラーな比喩表現だったが、この若者はそのままだ。
いぶかしむ目を向ければ、この座り方で頭の回転が40%上昇するらしい。
さてテーブルにはついたが、ウェイトレスもいなければ二人とも座ったままなのだからテーブルの上に温かいコーヒーがあるはずもない。
若者は長い腕を伸ばしてテーブルの端に置かれたシュガーポットを取ると、
自分の前に置き、蓋を開けると中から角砂糖をつまみ上げ、そのまま口の中へと放り込んだ。
ひとつ、ふたつ、みっつ、あわせて10個ほどつまむと、シュガーポットをロールシャッハの前へと差し出す。
「あなたもどうですか? 頭を使う時には糖分の補給が欠かせません」
ロールシャッハもそれには同意するところだった。それにまだ今晩は夕食をとっていない。腹は空いているのだ。
手袋をしたままの手をシュガーポットに突っ込むと角砂糖を握りこみ、そしてそれをそのままコートのポケットに放り込む。
「……食事の時はと期待したのですが、まぁいいでしょう。
それよりも本題に入りたいと思います。我々に時間的な余裕はありませんから」
どうやらまだマスクの下に興味があったらしい。油断ならない男である。
若者はテーブルの上にルールブックを兼ねたあの手帳を広げると、なにやらものすごい勢いで文字を書き始めた。
覗いてみると、どうやらそれは『Hor』から始まる言葉の羅列のようである。
「『Hor』『Set』『Isi』――これらの文字列から想像するものはありますか?」
ロールシャッハは唸るだけで答えない。
「意味の取れない3つの単語ですが、まずこれは略称ではないと考えます。略称であれば文字は全て大文字のはず。
しかしこれは頭だけが大文字。つまり、ある単語の頭三文字であると推測するのが妥当でしょう。
この実験という企画の性質と、主催者の言葉を鑑みるに、
このルールの根幹となる言葉の意味はいつか誰かが解くもの、解かれるものだということを前提に作られています。
そうであるならば、私達が全く解けないようなものでは意味がない。
つまり、これ以上のレベルで疑う必要はない。ある単語の頭三文字であるという推測は100%正解です」
若者はなおもペンを走らせながら己の確信をロールシャッハへと披露する。
難しい問題ではない。言われれば確かにそうだと思えたが、100%かと言われると簡単に首肯することはできなかった。
「そう考えた上でですが、
『Hor』の3文字から始まる言葉は固有名詞や複数語の組み合わせを含めてもせいぜい200ほどといったところです。
例えば、すぐに思い当たるものだと『地平線(Horizon)』でしょうか。
動物であれば真っ先に浮かぶのは『馬(horse)』でしょう。他には『ミミズク(Horned owl)』なんて言葉もあります。
実験という言葉と掛け合わせるなら『測定器(Horologe)』も可能性はあるでしょうか。
全く関係なさそうな言葉であれば『空豆(Hoese bean)』など――」
200はあるという単語を全て書き終えたのか、ペンを止めると若者は手帳をロールシャッハの方へと向けた。
あまり読みやすい文字ではなかったが、開いた両側のページに『Hor』から始まる言葉がみっしりと書き込まれている。
「さてロールシャッハさん。これら200ほどの、幸いなことに200程度に絞られたとも言える言葉の群れですが、
ここから正解となる言葉を見つけ出さなくてはなりません」
そんなことがどうしても必要なのか? ロールシャッハは思い浮かんだ疑問をそのまま若者にぶつけた。
何も億劫だと思ったわけではない。
単純に、こんなことに意味はあるのか。この事態の解決に向かう道は他にあるのではと思ったからだ。
だが目の前の、真摯な目をした若者は必要だとはっきり断言した。
「ええ必要です。
我々はこの事件を解決しなくてはならないわけですから、この事件の首謀者である存在を上回るためにもまず
その思想、……つまりこの事件の中に置かれたメッセージを正しく理解する必要があります。
理解がなくてはそれを上回ること、ひいてはこの事件を解決することもできません」
まるで作り話の中の名探偵だ。自分のことを探偵だなんて言っていたが、この若者は重度のシャーロキアンかもしれない。
それにこの若者は”我々”という言葉を使った。彼からすればロールシャッハはもう仲間なのだ。
無自覚の詐欺師なのかもしれない。ロールシャッハはこの段階ではまだLという男の価値を測りかねていた。
「さて、少し質問しますが、4枚の伏せられたカードがあり、そのうち3枚を開いて『スペード』『クラブ』『ダイア』が出てきた場合、
残りの1枚には何の印がついていると想像しますか?」
結論を出す前に話を迂回させるのも探偵らしい。
テーブルに拳を叩きつけて話を飛ばしてもいいが、ロールシャッハは素直に『ハート』だと答えた。
「ええ、そうです。ありがとうございます。
そう考えるのが自然であり、そこに人間の恣意的なものが介在するならばその可能性は少なくとも80%は見積もれます。
私が言いたいのは、これは『Hor』『Set』『Isi』の3つの言葉に関してもそうだろうということです。
この3つの言葉には明確な関係性があってしかるべきだと――」
言いながら若者はロールシャッハの目の前で手帳のページをめくってみせる。
そこにはたったひとつだけ大きく 『 H o r u s 』 と書かれていた。
「『Horus(ホルス)』――エジプト神話における太陽神です。
世界中の神話の中に太陽神は登場しますが、例に漏れずホルスも偉大なる者。悪と対する者と捉えられ信仰の対象となっています」
若者は再びペンを取ると、『Horus(ホルス)』の下に『Seth(セト)』『Isis(イシス)』と続けて書き記した。
「これらは同じエジプト神話い登場する神の名前です。
セトは悪と戦争、嵐の象徴であり、イシスは母性を象徴し、神話の中でイシスの息子であるホルスはセトを討ち滅ぼしました」
ロールシャッハには若者が言いたいことがまだ理解できないでいた。
しかし、エジプト神話から言葉を選ぶのはオジマンディアスらしいと思った。
あの人類最高を極めた男がヒーローの名前として選んだ『オジマンディアス』という言葉そのものが同じくそうであるのだから。
「何も私がこの3つの名前を出したのは都合よく言葉が揃うからという理由ではありません。ルールをもう一度よく見てください」
今度は大きくページをめくり、若者はこの実験のルールが書かれたページを開いた。
ロールシャッハもすでに一度目を通したものだ。そこに書かれているものは記憶の中の一語一句となんら変わりはない。
『Horグループは、Setを全て殺すか、Isiを助け、実験終了時まで一人でも生かしておくこと』
『Setグループは、Horに属する者を皆殺しにすること』
『Isiグループは、ただ時間内生き残ること』
若者は続ける。
「これらの3つの神の名前とこれらのルールは当てはまります。
ホルスはセトを倒し、セトからイシスの身を守る。
セトはホルスを倒す。
イシスはそれを見守り決着を待つ。
この実験と呼ばれるゲームのルールを端的に表すと、それはつまり――」
正義と悪との対決ということになる。ロールシャッハの前で若者はそう発言した。聞いたロールシャッハの顔の模様がじわりと蠢く。
「ええ。ホルスはセトにイシスを殺害されないようにしながらセトを撃退。または殺害してしまう。
セトはホルスを出し抜いてイシスを殺害しホルスの勝利条件を奪うか、ホルスを直接殺害し勝利を狙う。
このルールが明らかになれば、全体の傾向はこう動くだろうというパターンはいくつか想像できます。
問題はどういった基準で参加者がグループ分けされているかですが、これはこれから情報を得ることで――……」
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ロールシャッハは唐突に理解した。
天才の閃きが己の中にあったのではない。これは、単純に、身をもって思い知っていただけの事実だ。
この実験は縮図だ。ヒーロー(正義の味方)とヴィラン(悪役)と、その対決を見守り、時には何かの対象にする民衆。
オジマンディアスはそれをここに再現することで実験と称しているのだ。
天才である彼が何をしたいのかは、どうしてこんなことをしなくてはならないのかは別にして理解することができた。
そして目の前の若者はまだそれを理解できてはいない。実感と伴う所まで到達していない。
イシス――つまりは民衆をホルスとセトが取り合うポイントのように例えたが、それは正しい推察だが完全な正解ではない。
民衆はヒーローを憧憬の対象とすることもある。しかし、賭けの対象にもする。そして、妬みや憎悪の対象にもするのだ。
ヒーローの登場は賞賛を持って迎えられる。しかし、民衆はいつかヒーローを、神を不要だと唾棄する時が来る。
自らが吐き出す罪に塗れた奴らは度し難いほど図に乗りやすく、欲深く嫉妬深い。
高らかに謡われるのは不平の歌で、モラルという名の花畑を笑いながら土足で踏みにじる。
ルールを改めて思い返せば何もかもが明らかだ。民衆(イシス)には負ける条件が設定されていない。
ヴィランが死に絶え、ヒーローが姿を眩ましてもあいつらはちっとも困らない。
むしろ、ヒーローとヴィランの対決など、奴らからすれば娯楽の対象にはなれ、近ければ疎ましい規律そのものでしかない。
オジマンディアスは今一度測ろうとしている。正義の存在価値を、悪の存在意義を、善良なる民の存在証明を。
しかし、おそらくこれは現実の再現になるだろう。悪は消え、正義は追放され、堕落の沼につかる醜悪な民衆だけが残る。
何を期待してオジマンディアスがこんなことを始めたのか理解できない。あるいはこれは何かを見切る為の実験なのか。
ロールシャッハはしかし、
ロールシャッハはロールシャッハ以外の何者でもない。自分自身の正義に妥協しないだけだ。
それがいつどこであろうとも。現実でも、仮想の実験場の中でも、例えば悪夢の中でも、そしてここが地獄なのだとしても。
ロールシャッハは妥協しない。彼はその矜持を命綱のように、マスクの下の暗闇の中で強く握り締めた。
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しばらく後、ロールシャッハとLの似ても似つかない二人は肩を並べて夜の街の中を歩いていた。
「すでに我々と同じように考え行動を起こしている者もいるでしょう」
何者かとの遭遇を期待しながら歩きつつも、Lは推理を垂れ流す。探偵は日本製らしくマルチタスクだった。
「そして、それらは何もこの事件を解決しようという方向だけにとは限りません。
ゲームが進行した方が有利だと考える者や、欲に駆られてゲームの決着を急ぐ者。
なんらかの方法で自身がセトの立場にあると確信して場を乱そうとする者もいるかもしれません。
まずはできるだけ正確に状況を把握したい。集められた人間というのもこの場合は貴重な情報源です。
危険を伴いますが人間の善悪関係なしに当たっていかなくてはないないでしょう。
そこから新しく見えてくる実験の意図というものもあるはずです」
シャッハは結局、この奇妙な男と同行することにした。その理由は単純だ。
「私は悪というものが許せないんですよ。そして正義の力が持つやさしさを信じています。
なので私はこれまで事件を解決してきた。今回も同じです。私は正義の力でこの事件を解決したいんです」
それは、ともすればヒーローに憧れる子供が言うたわごとのようであったが、しかしLの言葉には真摯さがあった。
嘘矛盾の欠片すら含まない。そして昨日今日に標榜した言葉ではない力強さがあった。
Lは若い。だがしかし”ベテランのヒーロー”であることをロールシャッハはその言葉に感じ取ったのだ。
Lが別世界における最高の探偵であることをロールシャッハは知らない。
迷宮入りとなったものを含め3500件の事件を解決し、10000人を超える犯罪者を刑務所送りにしているとは知らない。
しかし、どこの誰かはわからないが信用に価すると判断した。
そしてなにより、今までいたどの仲間よりも自分と”正義の位置”が近いと感じたのだ。
Lというこの若者も、決して己の正義に”妥協”しない男なのだろうと――
ロールシャッハとLの似ても似つかない、しかしどこかでよく似た二人は肩を並べて夜の街の中を歩いて往く。
【H-8/市街地:深夜】
【ロールシャッハ@ウォッチメン】
[属性]:正義(Hor)
[状態]:健康
[装備]:ロールシャッハの手帳@ウォッチメン、スマイリーフェイスの缶バッチ@ウォッチメン、角砂糖
[道具]:基本支給品一式、不明支給品x1-3
[思考・状況]
基本行動方針:この実験を停止/破壊させ、オジマンディアスに真意を問う。
1:Lと共に行動。情報を集め事態を解決する糸口を見つける。
[備考]
※参戦時期は、10月12日。コメディアンの部屋からダンの家に向かう途中です。
【L@DEATH NOTE 】
[属性]:正義(Hor)
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、シュガーポット、不明支給品x1-3
[思考・状況]
基本行動方針:この事件を出来る限り被害者が少なくなるように解決する。
1:ロールシャッハと共に行動。情報を集め事態を解決する糸口を見つける。
[備考]
※参戦時期は、夜神月と一緒にキラ事件を捜査していた時期です。
*時系列順で読む
Back:[[正義の/悪の・ヒーロー/救世主]] Next:[[とあるイカ娘の侵略目録《バトルロワイアル]]
*投下順で読む
Back:[[正義の/悪の・ヒーロー/救世主]] Next:[[とあるイカ娘の侵略目録《バトルロワイアル]]
|&color(cyan){実験開始}|ロールシャッハ|[[]]|
|&color(cyan){実験開始}|L|[[]]|
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**Monochrome clearness ◆John.ZZqWo
ヒーローってのはスーパーパワーがあるとか、コスチュームを着てるって事じゃない。
自らの意思でもって世界を良くしようと戦う人々の事を言うんだ。
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深い海の底の様に黒に限りなく近い青色。そんな色の夜空に煌々と、
遥かな過去も、遠い未来にも、その姿を変えぬ真っ白な月が円を描いてぽっかりと浮かんでいた。
そんな月から降り注ぐ白い光に街の中にある様々は影を押し出され、それぞれのシルエットを浮かび上がらせる。
何に濡らされたのかじめじめとした黒い路面には誰かが落としていった片方だけの靴が転がり、
消火栓の上に被さった新聞紙がカサカサと虫のような音を立てている。
そして、そんなものに気を取られていれば路上にばら撒かれた酒瓶の欠片を踏みかねない。
避けて道の端へと寄れば側溝からは鼠の糞の匂いが立ち昇り、
顔を背ければそこには破けたゴミ袋から猫の死骸が顔を覗かせていた。
錆びついた金網がゲタゲタと悪魔の様に笑えば、割れたままのガラス窓が悪魔の牙をカチカチと鳴らす。
酔いを醒ますには最適で最悪な、気分が悪けりゃ便所の変わりにだってなる腐れきった路地。
そこに”ロールシャッハ”はいた。
着古して染みだらけのトレンチコートに、同じ薄茶色のソフト帽。
それだけを見ればなんてことはない。少しばかり時代錯誤な、パルプ誌の中のスパイか探偵の格好をした男でしかない。
だがしかし、その男の”顔”は異質だった。
目も鼻も茫洋と定かでない白地の上には何とも言い切れぬ、まるでインクを零したかのような黒い染みが浮かんでいる。
そしてその染みは彼の表情を表すかのように、しかし余人には決して想像できぬ形を持って度々形を変えるのだ。
これが、彼の”顔”だった。この怪人物こそがロールシャッハであった。
「HURM.」
溜息とも何かの確認とも取れる奇妙な嗄れ声を吐き、男は手にしていた手帳を閉じる。
なにやら年季の入った手帳にはとても後で読み返せそうもない字で何かが記されていたのだが、どうやらメモか日記らしい。
本人としては納得がいったのか、ペンを挟むと手帳を懐にしまいこんだ。
次に男はしゃがみこむと、傍に置かれていたボーイスカウトが背負っていそうバックを無遠慮に開き、中身を確認しはじめる。
どうやら中身についてもそれはボーイスカウトが背負っているバックに入っていそうな物ばかりのようだ。
一冊の新品の手帳。ルールブックを兼ねたそれをパラパラとめくり、一通り確認するとバックの脇に置く。
水の入った透明のボトルに、紙ではなくビニールでラッピングされたパン。
色付の地図に、奇妙な名前の羅列された名簿。何の変哲もない方位磁石に、最新の時計。
その他諸々。ひとつずつ確認すると脇に置き、全て確認し終えると彼はバックから出した全てをそのままバックに戻した。
取り立ててすぐに使う物はなかったらしい。バックの口をきつく縛ると彼はそれを肩にかけて立ち上がった。
と、ここで彼は胸元に手を当て、友人から貰った武器(アンカーガン)がなくなっていることに気づいた。
他にもなくなっている物はないか――もっとも、手帳とアンカーガン以外に元々たいした物など所持していないが、
彼はコートのポケットにひとつずつ手をつっこみ確認する。
どのポケットの中も綺麗に空っぽになっていた――いや、何かの感触が手袋に触れた。
取り出してみればそれはスマイリーフェイスの缶バッチだった。
50セントもしない、今時おまけにもなりやしないそれには黒ずんだ血がこびりついている。
”コメディアン”と呼ばれた男の血である。彼の死がロールシャッハにとって今回の事件の発端だったのだ。
マスクを被り(身元を隠し)、犯罪者の前に現れては既存の法を無視し独自の判断で成敗するヒーロー(怪人物)。
30年代に現れ始めた彼らの中、その黎明より活躍していたひとりがコメディアンと呼ばれる男であった。
同じくコスチュームヒーローであるロールシャッハとは仲間という間柄にあった男だ。
実感としてはつい先ほど、今現在巻き込まれている奇妙な事態に遭遇する直前にロールシャッハはバッチを拾った。
コメディアンと呼ばれる男の遺品。無論、勝手に拝借したのだが、そこには弔いの精神よりも先に何かきな臭い予感があった。
彼は何者かによって殺されていた。ならば他のヒーロー達も狙われるかもしれない。
予感に従い、ロールシャッハは友人宅へと足を進め――その途中でこの奇妙な事態に巻き込まれたのである。
コメディアンの死と今回の奇妙な事態。そこに因果関係はあるのか。それはまだはっきりとしない。
,,,〓)
チカチカと明滅する壊れかけの街灯に誘われるように、ロールシャッハは深夜の街を当て所なく歩く。
ゴミと汚物に塗れた通りは不潔で汚い。だが今は、ある意味で清潔で綺麗であった。
ここには下品(そのまま)な言葉でしつこく呼びかけてくる娼婦も立っていなければ、膨らんだ上着の中に麻薬を隠し持つ売人もいない。
一軒一軒店を訪ねては店主に小遣いをせびり、色付きを見れば追い立てて暴力を振るう悪徳警官の姿も見えない。
ディナーの食卓に一品加える為に人を刺す馬鹿もいなければ、戦争帰りだと哀れみを請う嘘吐きもいない。
まるで暴動が起きた翌朝のような、”掃除”しきった次の日の朝みたいな、清々しくも白けた綺麗な光景であった。
ロールシャッハを苛立たせるあらゆる人間はここにはいない。だから彼は考え事に集中しながら歩くことができた。
考えながら彼は歩く。思考にあわせて顔面の柄が奇妙に蠢き彼の内面を投影する。
思考する。この奇妙な事態――実験の主は、これもコスチュームヒーローの仲間であったオジマンディアスに違いない。
声を聞けばそれは明らかなことだ。そしてどうやら厄介なことに、この実験には同じくDr.マンハッタンが協力しているようだった。
瞬間移動などという超能力は本物の超人である彼にしかできないことであるからだ。
ならばこれはコメディアンが殺されたことと関係するのだろうか? そして他の仲間達も関与しているのだろうか?
確認した名簿の中に見知った名前は存在しなかった。
ただ、ロールシャッハが奇妙だと感じたのは、そこにどうやら日本人らしき名前が多数並んでいたことであった。
日本。正義の鉄槌(原爆投下)から40年。
築き上げた領土を解体され、アメリカの監視下、戦うことを放棄させられ、再び狭い島の中へと押し込まれた奴等は
以来、経済再生とその発展のみに注力し、仕事中毒だと揶揄されながらも日本という国を世界という舞台に押し戻してきた。
TVコマーシャルで日本製品を見るのももう珍しくはない。メイドインジャパンは今や一つのブランドだ。
例えば時計(SEIKO)。例えば携帯型ステレオカセットプレイヤー(WALKMAN)。
今年打ち上げられた宇宙船の乗組員の中にも日本人の名前があった。
彼は地球に帰還すると自分を取り囲むインタビュアに対しこう言ったという――「宇宙からは国境線は見えなかった」
その発言の意図をロールシャッハは気にしたりはしない。
宇宙から地球を見た際の素直な気持ちであっても、地上で訓練していた頃から考えていた決め文句でもどちらでもいい。
ただ、その通りだと彼は思うだけだった。
この地球には国境線なんか引かれてはいない。それはアイディンティの確立に囲いを必要とする人間の中にしかないものだ。
目には見えない。普通の人間には見えないのは当たり前でしかない。
見えるのは人間の心を覗くことができる者だけ――なぜなら、その線は人間の中に引かれているのだから。
余計なことを考えてしまうのはこの夜が静かすぎるからか。そう思った時、ロールシャッハは通りの先に男が立っているのを発見した。
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奇妙な若者だった。
一見して東洋人だとわかる肌の色と顔つきだが、背が高い。
ロールシャッハは標準より小さい小柄な男ではあったが、それよりも頭ひとつ以上は高いのだから長身と言える。
もっとも、不健康そうな猫背の姿勢なので視線の位置はロールシャッハとそう変わらないのだが。
白い無地の長袖シャツにブルージーンズ。足元はくたびれたスニーカーを裸足で履いている。と、随分とラフな格好をしている。
質屋に全てを預けた帰りの苦学生か、はたまた夜中に窓を開けて突然ポエムを朗読し始める近所迷惑な輩か。
こんな夜の街にはそぐわない奇妙な清潔感があるというのがロールシャッハの第一印象だった。
しかしそのような印象は若者の目を見て軽く吹き飛んだ。
目が何よりも印象的であった。正確には目と、その下にはっきりと黒く浮かんだクマに強い印象があった。
それは何日も、いや何年も眠らずにいたかのような、まるで生まれてからずっと起きていたと思わせるような濃いクマ。
ならばこの若者はその両目で何を見続けていたのか。何を見張り(watch)続けていたのか?
若者はそんなことが気になる目の持ち主であり、”異様”な人物であった。
「――どうもロールシャッハさん。私は”L”です。」
私は”何”だと言った? 一瞬、ロールシャッハは疑問に思ったが、すぐに名簿の中に『L』とだけ短く記されていたのを思い出した。
自分の名前が知られていたことは取り立てて疑問に思わない。名誉か不名誉か、ロールシャッハの名前は知れ渡っている。
ロールシャッハは目の前の奇妙な若者に対し、何者かと問うた。どう対応すべき相手なのか、まだその材料が揃っていないからだ。
「Lと名乗ったはずですが。社会的な立場と言われれば、私は探偵です。
……確認しますが、あなたの名前はロールシャッハで間違いありませんか?」
とてもそう見えるような風体とは言い難いが、若者は探偵なのだという。しかし嘘を言っている風でもない。
僅かな驚きを内心に隠したままロールシャッハは若者の言葉を肯定した。ロールシャッハとは”自分自身”に他ならない。
「そうですか。見た目からあなたがロールシャッハではないかと推測し、反応を窺おうと呼びかけさせていただきましたが
当たっていたようで何よりです。恥をかかなかったですし、こともスムーズに進行するでしょう」
反応(テスト)だと? ロールシャッハの顔の模様がぐにゃりと歪む。
「ええ、名前を呼んだ時に会話を求めるか、それとも問答無用で襲い掛かってくるのか。それを試させていただきました。
そしてあなたは少なくとも後者ではないと判明しました。
これは幸いなことです。多少、自衛の心得はありますが襲われないことにこしたことはありません」
ロールシャッハの若者に対する奇妙な印象はなお深まった。
この若者には全くといって悪びれる様子がない。そして言葉の中に嘘もごまかしも存在しないのだ。
自分のことを棚に上げて、ロールシャッハは若者に対して気味の悪い奴だと内心思った。
「ロールシャッハと名簿には記されていましたが本名とは思えませんね」
なんとも間の抜けた発言だ。だがしかし裏を読めば意味深な発言でもあった。こいつは俺がロールシャッハであることを疑うのかと?
「私のLという名前もひとつの呼び名にすぎませんが……ところで、そのマスク面白いですね。初めて見ます。
もしよろしければ脱いで素顔を見せてもらってもいいでしょうか?」
これが俺の顔だ。とロールシャッハは若者の要求をにべもなく断る。
さて少しは喰いついてくるのかと思いきや若者はじゃあいいですとあっさり引き下がった。全く掴み所がない男である。
「なるほど、いいでしょう。私も見せていただけるとは思っていませんでしたから。
では場所を変えましょうか。こんな所で立ち話というのも無用心です」
言うと、若者はロールシャッハの意思も確認せずくるりと踵を返した。まるでその必要はないとばかりに。
無視することも放置することもできたが、しかしロールシャッハはその背中に問うた。どうして自分がついてゆく必要があるのかと。
「簡単なことです。二人ならお互いに助け合うことができます。
……私はこの”事件”を独力で解決できる確率は極めて低いと見積もっています。それは不可能と言っても差し支えないぐらい。
なので手を貸して欲しい。……あなたもそうだとは思っていませんか? 協力者が不可欠だと」
ロールシャッハの中に否定する為の理由は存在しなかった。
むしろ膨らむのは疑念だ。
目の前の若者はどうしてこうもあっさりと自分を信用するのか。あるいは、信用ではなく利用なのか。窺い知ることができない。
途中で反応(テスト)という言葉を若者は使った。ならば今もそうなのかもしれない。
これは彼なりの利用できる相手を見極める”面接(テスト)”なのではないかと――。
しかしそこまで考えても結局、ついて行かない理由は生まれなかった。増えるのは放置できない理由ばかりだ。
若者が悪人だとはっきりわかるならば話は簡単だが、そういうわけでもない。
結局、ロールシャッハは遠ざかる若者の背を追って歩き始めることにした。
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あらかじめ目星をつけていたのか、Lは十字路の角にあるコーヒーハウスに入るとそのまま一番奥のテーブルについた。
「……………………」
ロールシャッハのLについての奇妙な印象はますます強くなる。
若者は椅子の上に座っていた。いや、このままでは何の変哲もない当たり前のことだが座り方に特徴があった。
椅子の上に足を乗せ、膝を抱えるような姿勢で座っている。
まるで猿のような座り方だった。日本人を猿と例えるのはポピュラーな比喩表現だったが、この若者はそのままだ。
いぶかしむ目を向ければ、この座り方で頭の回転が40%上昇するらしい。
さてテーブルにはついたが、ウェイトレスもいなければ二人とも座ったままなのだからテーブルの上に温かいコーヒーがあるはずもない。
若者は長い腕を伸ばしてテーブルの端に置かれたシュガーポットを取ると、
自分の前に置き、蓋を開けると中から角砂糖をつまみ上げ、そのまま口の中へと放り込んだ。
ひとつ、ふたつ、みっつ、あわせて10個ほどつまむと、シュガーポットをロールシャッハの前へと差し出す。
「あなたもどうですか? 頭を使う時には糖分の補給が欠かせません」
ロールシャッハもそれには同意するところだった。それにまだ今晩は夕食をとっていない。腹は空いているのだ。
手袋をしたままの手をシュガーポットに突っ込むと角砂糖を握りこみ、そしてそれをそのままコートのポケットに放り込む。
「……食事の時はと期待したのですが、まぁいいでしょう。
それよりも本題に入りたいと思います。我々に時間的な余裕はありません」
どうやらまだマスクの下に興味があったらしい。油断ならない男である。
若者はテーブルの上にルールブックを兼ねたあの手帳を広げると、なにやらものすごい勢いで文字を書き始めた。
覗いてみると、どうやらそれは『Hor』から始まる言葉の羅列のようである。
「『Hor』『Set』『Isi』――これらの文字列から想像するものはありますか?」
ロールシャッハは唸るだけで答えない。
「意味の取れない3つの単語ですが、まずこれは略称ではないと考えます。略称であれば文字は全て大文字のはず。
しかしこれは頭だけが大文字。つまり、ある単語の頭三文字であると推測するのが妥当でしょう。
この実験という企画の性質と、主催者の言葉を鑑みるに、
このルールの根幹となる言葉の意味はいつか誰かが解くもの、解かれるものだということを前提に作られています。
そうであるならば、私達が全く解けないようなものでは意味がない。
つまり、これ以上のレベルで疑う必要はない。ある単語の頭三文字であるという推測は100%正解です」
若者はなおもペンを走らせながら己の確信をロールシャッハへと披露する。
難しい問題ではない。言われれば確かにそうだと思えたが、100%かと言われると簡単に首肯することはできなかった。
「そう考えた上でですが、
『Hor』の3文字から始まる言葉は固有名詞や複数語の組み合わせを含めてもせいぜい200ほどといったところです。
例えば、すぐに思い当たるものだと『地平線(Horizon)』でしょうか。
動物であれば真っ先に浮かぶのは『馬(horse)』でしょう。他には『ミミズク(Horned owl)』なんて言葉もあります。
実験という言葉と掛け合わせるなら『測定器(Horologe)』も可能性はあるでしょうか。
全く関係なさそうな言葉であれば『空豆(Horse bean)』など――」
200はあるという単語を全て書き終えたのか、ペンを止めると若者は手帳をロールシャッハの方へと向けた。
あまり読みやすい文字ではなかったが、開いた両側のページに『Hor』から始まる言葉がみっしりと書き込まれている。
「さてロールシャッハさん。これら200ほどの、幸いなことに200程度に絞られたとも言える言葉の群れですが、
ここから正解となる言葉を見つけ出さなくてはなりません」
そんなことがどうしても必要なのか? ロールシャッハは思い浮かんだ疑問をそのまま若者にぶつけた。
何も億劫だと思ったわけではない。
単純に、こんなことに意味はあるのか。この事態の解決に向かう道は他にあるのではと思ったからだ。
だが目の前の、真摯な目をした若者は必要だとはっきり断言した。
「ええ必要です。
我々はこの事件を解決しなくてはならないわけですから、この事件の首謀者である存在を上回るためにもまず
その思想、……つまりこの事件の中に置かれたメッセージを正しく理解する必要があります。
理解がなくてはそれを上回ること、ひいてはこの事件を解決することもできません」
まるで作り話の中の名探偵だ。自分のことを探偵だなんて言っていたが、この若者は重度のシャーロキアンかもしれない。
それにこの若者は”我々”という言葉を使った。彼からすればロールシャッハはもう仲間なのだ。
無自覚の詐欺師なのかもしれない。ロールシャッハはこの段階ではまだLという男の価値を測りかねていた。
「さて、少し質問しますが、4枚の伏せられたカードがあり、そのうち3枚を開いて『スペード』『クラブ』『ダイア』が出てきた場合、
残りの1枚には何の印がついていると想像しますか?」
結論を出す前に話を迂回させるのも探偵らしい。
テーブルに拳を叩きつけて話を飛ばしてもいいが、ロールシャッハは素直に『ハート』だと答えた。
「ええ、そうです。ありがとうございます。
そう考えるのが自然であり、そこに人間の恣意的なものが介在するならばその可能性は少なくとも80%は見積もれます。
私が言いたいのは、これは『Hor』『Set』『Isi』の3つの言葉に関してもそうだろうということです。
この3つの言葉には明確な関係性があってしかるべきだと――」
言いながら若者はロールシャッハの目の前で手帳のページをめくってみせる。
そこにはたったひとつだけ大きく 『 H o r u s 』 と書かれていた。
「『Horus(ホルス)』――エジプト神話における太陽神です。
世界中の神話の中に太陽神は登場しますが、例に漏れずホルスも偉大なる者。悪と対する者と捉えられ信仰の対象となっています」
若者は再びペンを取ると、『Horus(ホルス)』の下に『Seth(セト)』『Isis(イシス)』と続けて書き記した。
「これらは同じエジプト神話い登場する神の名前です。
セトは悪と戦争、嵐の象徴であり、イシスは母性を象徴し、神話の中でイシスの息子であるホルスはセトを討ち滅ぼしました」
ロールシャッハには若者が言いたいことがまだ理解できないでいた。
しかし、エジプト神話から言葉を選ぶのはオジマンディアスらしいと思った。
あの人類最高を極めた男がヒーローの名前として選んだ『オジマンディアス』という言葉そのものが同じくそうであるのだから。
「何も私がこの3つの名前を出したのは都合よく言葉が揃うからという理由ではありません。ルールをもう一度よく見てください」
今度は大きくページをめくり、若者はこの実験のルールが書かれたページを開いた。
ロールシャッハもすでに一度目を通したものだ。そこに書かれているものは記憶の中の一語一句となんら変わりはない。
『Horグループは、Setを全て殺すか、Isiを助け、実験終了時まで一人でも生かしておくこと』
『Setグループは、Horに属する者を皆殺しにすること』
『Isiグループは、ただ時間内生き残ること』
若者は続ける。
「これらの3つの神の名前とこれらのルールは当てはまります。
ホルスはセトを倒し、セトからイシスの身を守る。
セトはホルスを倒す。
イシスはそれを見守り決着を待つ。
この実験と呼ばれるゲームのルールを端的に表すと、それはつまり――」
正義と悪との対決ということになる。ロールシャッハの前で若者はそう発言した。聞いたロールシャッハの顔の模様がじわりと蠢く。
「ええ。ホルスはセトにイシスを殺害されないようにしながらセトを撃退。または殺害してしまう。
セトはホルスを出し抜いてイシスを殺害しホルスの勝利条件を奪うか、ホルスを直接殺害し勝利を狙う。
このルールが明らかになれば、全体の傾向としてこう動くだろうというパターンがいくつか想像できます。
問題はどういった基準で参加者がグループ分けされているかですが、これはこれから情報を得ることで――……」
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ロールシャッハは唐突に理解した。
天才の閃きが己の中にあったのではない。これは、単純に、身をもって思い知っていただけの事実だ。
この実験は縮図だ。ヒーロー(正義の味方)とヴィラン(悪役)と、その対決を見守り、時には何かの対象にする民衆。
オジマンディアスはそれをここに再現することで実験と称しているのだ。
天才である彼が何をしたいのかは、どうしてこんなことをしなくてはならないのかは別にして理解することができた。
そして目の前の若者はまだそれを理解できてはいない。実感を伴う所まで到達していない。
イシス――つまりは民衆をホルスとセトが取り合うポイントのように例えたが、それは正しい推察だが完全な正解ではない。
民衆はヒーローを憧憬の対象とすることもある。しかし、賭けの対象にもする。そして、妬みや憎悪の対象にもするのだ。
ヒーローの登場は賞賛を持って迎えられる。しかし、民衆がいつかヒーローを、神を不要だと唾棄する時が来る。
自らが吐き出す罪に塗れた奴らは度し難いほど図に乗りやすく、欲深く嫉妬深い。
高らかに謡われるのは不平の歌で、そのくせモラルという名の花畑を笑いながら土足で踏みにじる。
ルールを改めて思い返せば何もかもが明らかだ。民衆(イシス)には負ける条件が設定されていない。
ヴィランが死に絶え、ヒーローが姿を眩ましてもあいつらはちっとも困らない。
むしろ、ヒーローとヴィランの対決など、奴らからすれば娯楽の対象にはなれ、近ければ疎ましい規律そのものでしかない。
オジマンディアスは今一度測ろうとしている。正義の存在価値を、悪の存在意義を、善良なる民の存在証明を。
しかし、おそらくこれは現実の再現になるだろう。悪は消え、正義は追放され、堕落の沼につかる醜悪な民衆だけが残る。
何を期待してオジマンディアスがこんなことを始めたのか理解できない。あるいはこれは何かを見切る為の実験なのか。
ロールシャッハはしかし、
ロールシャッハはロールシャッハ以外の何者でもない。自分自身の正義に妥協しないだけだ。
それがいつどこであろうとも。現実でも、仮想の実験場の中でも、例えば悪夢の中でも、そしてここが地獄なのだとしても。
ロールシャッハは妥協しない。彼はその矜持を命綱のように、マスクの下の暗闇の中で強く握り締めた。
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しばらく後、ロールシャッハとLの似ても似つかない二人は肩を並べて夜の街の中を歩いていた。
「すでに我々と同じように考え行動を起こしている者もいるでしょう」
何者かとの遭遇を期待しながら歩きつつも、Lは推理を垂れ流す。探偵は日本製らしくマルチタスクだった。
「そして、それらは何もこの事件を解決しようという方向だけにとは限りません。
ゲームが進行した方が有利だと考える者や、欲に駆られてゲームの決着を急ぐ者。
なんらかの方法で自身がセトの立場にあると確信して場を乱そうとする者もいるかもしれません。
まずはできるだけ正確に状況を把握したい。集められた人間というのもこの場合は貴重な情報源です。
危険を伴いますが人間の善悪関係なしに当たっていかなくてはないないでしょう。
そこから新しく見えてくる実験の意図というものもあるはずです」
シャッハは結局、この奇妙な男と同行することにした。その理由は単純だ。
「私は悪というものが許せないんですよ。そして正義の力が持つやさしさを信じています。
なので私はこれまで事件を解決してきた。今回も同じです。私は正義の力でこの事件を解決したいんです」
それは、ともすればヒーローに憧れる子供が言うたわごとのようであったが、しかしLの言葉には真摯さがあった。
嘘矛盾の欠片すら含まない。そして昨日今日に標榜した言葉ではない力強さがあった。
Lは若い。だがしかし”ベテランのヒーロー”であることをロールシャッハはその言葉に感じ取ったのだ。
Lが別世界における最高の探偵であることをロールシャッハは知らない。
迷宮入りとなったものを含め3500件の事件を解決し、10000人を超える犯罪者を刑務所送りにしているとは知らない。
しかし、どこの誰かはわからないが信用に価すると判断した。
そしてなにより、今までいたどの仲間よりも自分と”正義の位置”が近いと感じたのだ。
Lというこの若者も、決して己の正義に”妥協”しない男なのだろうと――
ロールシャッハとLの似ても似つかない、しかしどこかでよく似た二人は肩を並べて夜の街の中を歩いて往く。
【H-8/市街地:深夜】
【ロールシャッハ@ウォッチメン】
[属性]:正義(Hor)
[状態]:健康
[装備]:ロールシャッハの手帳@ウォッチメン、スマイリーフェイスの缶バッチ@ウォッチメン、角砂糖
[道具]:基本支給品一式、不明支給品x1-3
[思考・状況]
基本行動方針:この実験を停止/破壊させ、オジマンディアスに真意を問う。
1:Lと共に行動。情報を集め事態を解決する糸口を見つける。
[備考]
※参戦時期は、10月12日。コメディアンの部屋からダンの家に向かう途中です。
【L@DEATH NOTE 】
[属性]:正義(Hor)
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、シュガーポット、不明支給品x1-3
[思考・状況]
基本行動方針:この事件を出来る限り被害者が少なくなるように解決する。
1:ロールシャッハと共に行動。情報を集め事態を解決する糸口を見つける。
[備考]
※参戦時期は、夜神月と一緒にキラ事件を捜査していた時期です。
【ロールシャッハの手帳@ウォッチメン】
ロールシャッハが所持していた物。
ロールシャッハ本人の私物であり、彼が捜査メモや日記を記すために使い続けている古い手帳。
書かれている内容が誰かに漏れないよう本人しか読むことのできない汚い字でメモや日記は記されている。
【スマイリーフェイスの缶バッチ@ウォッチメン】
ロールシャッハが所持していた物。
この実験に巻き込まれる直前、ロールシャッハがコメディアンの墜死現場で拾った缶バッチ。
スマイリーフェイスはコメディアンが愛用するマークで、この缶バッチも彼が身につけていたものである。
へしゃげたりはしていないが、コメディアンの血がこびりついている。
【シュガーポット@現地調達】
Lがコーヒーハウスで調達。
コーヒーの中に入れるための角砂糖が詰まったシュガーポット。
角砂糖などどうするのかというと――そのまま食べる。名推理に糖分は欠かせないのである。
ロールシャッハも角砂糖を食べる。というかむしろ彼にとっては主食のひとつである。
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