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邪気眼を持たぬものには分からぬ話 まとめ @ ウィキ

女子団欒

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jyakiganmatome

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夏を過ぎ、緑は別の衣に染まって行くころ。
茜には遠い葉の色が、まだ日差しに未練を残す木々。
グラウンドから響く声が、心なしか張りを緩めて優しく遠く。
後半に入った暦を眺めて、ほんのり寂しくなる季節。
秋晴れの空は高く、木枯らしは冷たく肌を刺す。 雲ひとつない晴れの日の、遠く広がるキャンバスを、飛行機雲が駈けて行く。

成程、その空は夏には高く、青と言うには深く濃い。
この屋上がこの学校で、一番青空へと近い場所だ。
それは必然的に私の最も好む場所であり、どうやら周囲からは縄張りと認識されているようである。
この学校は漫画のように屋上が解放されているわけではないが、鍵がゆるく古臭く、侵入は容易でセキュリティも甘い。
だとしても立ち入りが公認されているわけではないので、この場所には他人が来ることはあんまり無い。
かつてはちらほらと訪れる生徒たちもいたけれど、そっけない態度を続けたせいか、いつしか足を運んでくる人も減って行った。
屋上の扉は、あの赤茶けた学校と、この青色の世界とを隔てる門と私は認識している。

その扉が私以外の手で開けられたのは、割と久しぶりになると思う。
きぃ、と鈍い金属音を響かせて回されたノブ。
私の世界が切り開かれていく様子は、正直、少なくない不快感を覚える物である。
扉から覗いた小柄な少女は、長い三つ編みを揺らがせながら、なんでもない風にてくてくと歩いてきた。

ほっと胸をなでおろしたのは、彼女が私にとって不快では無い人物だったからである。
葛葉 群青というフルネームが彼女にはあるのだが、どうやら好きではないらしい。
私が赤石 紅子という名前が嫌いなように、彼女もメッセージ性の強すぎるネーミングが嫌いなのだろう。
対象的に、彼女の外見自体は私と違って無害そうである。 低めの背のせいで、ことさらに長く見える黒髪をおさげにしている。
それに着崩すことなくきちんと身に付けたセーラー服と、一見して平凡な生徒に見えはする。

しかし彼女の制服は転校前の学校のもので、真っ赤なスカーフに黒いセーラーは、学校と言う限られた空間内でのみは強烈に目立つ。
その衣装のどこにも青が見当たらないのも、きっと私と同じ理由なのだろう。
かつて屋上に迷い込んだ彼女に声をかけたのも私からであり、関係を深めたのも私からだったと思う。
最初こそ、あの学校に飽き飽きしていた所に現れた転校生、という、物珍しさからだけの動機ではあった。
けれども、今となっては彼女と話すだけで安らぎめいた感情すら感じている。

基本的にドライというか、ストイックな所が有る性格で、同年代の子たちと比べてなんとなくキャラが立っている。
即断即決と言うか、猪突猛進と言うか、こうと思い立ったら行動がえらく早い所が小気味いい。
そういう性格は他のクラスメイトにはなかなか見つけられない物で、貴重なアイデンティティであると思う。

しかし周囲を変えようと言う傲慢さまでは無いようで、あくまで自分は自分のまま、その環境を受け入れては居る感じ。
回りを引っ張ろうとも引っ張られようともしないのは、ある意味究極的に無関心である。  
そんな「独立した感じ」がまた、私の眼には青々しく映るのである。


「今日もお互い、独りだね」

二人いるのに独りという彼女は、やはり私たちの距離感を表しているのだろう。
気持ちの悪い領域までは踏み入らない、そういう良い意味で上辺の関係は、実は結構心地が良い。
けれど、私たちはきっともっと、とても深いところでは繋がっているのだと感じている。
彼女がそれをどう思っているかは解らないが、私の一方的な友情みたいなものを、抱かずには居られないのである。

「一年」

私の話し始めは、突拍子もなかった。

「もうすぐ、一年なんだ」

群青からしてみれば、「何から?」という物だろう。首をかしげる彼女を横目に、私は人へ向けて独り言を喋っている。

「私の両親、去年死んじゃったんだけど」
「……ああ、聞いたことはあるよ」
「私の誕生日が十二月でね、雪が降ってた。とにかく寒かったっていう記憶が強くってね。だから、なんとなくこう……涼しくなってくるとどうしても、思い出してしまうんだ」

十六歳の誕生日のことだった。
塾から帰った私は、ほんの少しだけ、両親が年甲斐もなく用意してくれる甘ったるいケーキを楽しみにして、帰路についていた。
この地方にしては珍しく、それなりに雪が降ったから、印象としては強烈に残っている。

「……でも、紅子は凄いよね。あたしはお母さんが死んでから、立ち直れなかった。一年もサボっちゃったくらいには」
「立ち直ってなんかいないよ」

自重気味な笑いが、顔に張り付く。

「元々私、父さんも母さんもそんなに好きじゃあ無かった。だから、きっと二人が死んだ事をそんなに悲しめなかったのかもしれない。
 父さんも母さんも丁寧な人ではあったけど、あんまり優しいって感じじゃなかったし、第一私の事をそんなに気にかけていたとも思えない」
「……そんなことは」
「娘の好き嫌いも覚えられなくて、祝い事みたいな事が合っても形式的に豪華な料理は用意してくれたけど、味気なかったんだよね」

思い出すのは、年寄りのおせち料理みたいな茶色い色合いの重箱である。
どんな時でも量を作ったらとりあえず重箱、とうちの母親は信じ切って居た節が在る。
プレゼントを貰ったことはあるけど、私の欲しかった物はまずあり得なくて、参考書や辞典みたいなものばかり貰った記憶がある。

「でも――――」

声のトーンが少し落ちる事を、自覚する。

「寂しいもんなんだね。自分でも意外」

あんなに取るに足らないと思っていた両親でも、私を形作るカケラだった。

悲しい事も嬉しい事も、結局は家族と一緒に在った。それを理解するのに私は十六年。
そして自覚するのに一年をかけて、取り返しがつかない今に至る。
天国は空の上に在ると言う。
私の両親が天国に行ったかどうかはちょっと解らないけれど、この場所はきっと、彼らに近い。
そういう考えが無意識に頭にあったのかもしれない。私が屋上を好む主目的とは、きっと別だと思うのだけれど。

群青が問いかけて、私は返す。

「まだ、探してるの?」
「ずっと探してる」

犯人、というのだろうか。あの両親を殺したのが人であれば、犯人という呼称も正しいのだろう。
しかし、警察の人が言うには、あの現場はとても人間技で再現可能な物では無いという結論だったらしい。



というのも、あの両親の死因が出血多量ではなくて、体中を”ねじられた”事であったからである。



第一発見者の私が疑われることは、無かった。
当然、こんなか弱い女子が、どうすればプロレスラー顔負けの怪力を発揮できると言うのか。
いや、まず人間では無理な話だろう。


「相手は、鬼……なんだよね?」


鬼。

貴方達にはおとぎ話の構成員でしか無い彼らは、この「京都」においては当然の存在である。
陰陽師が活躍した時代からうん百年と立ってようやく設立された条例が、この街には人でない物を住まわせる権利が在ると定めている。
私たち人間と彼ら魑魅魍魎は、それなりに長い共同生活の中で在る程度信頼関係を築き、今となっては外人程度の認識で眼にすることが出来るほどである。

一方、「鬼」とはいわば、犯罪を犯す”人間ではないもの”である。
彼ら人外の物が時に本能に従い、時に利己に溺れて力を行使した場合は鬼と呼ばれる。
何のことはない。
人間だって物を盗みもすれば、人を殺すのである。
人間でなくてもそう言う事もあるのだろう。

おかげで人類は世界で最も悪徳な生物の首位を脱したかもしれない。
しかしその力は人間以上に圧倒的であるので、警察では手に負えず、「稲荷」という神様が探して裁く、という構図が形成されているのである。

「日本の警察は優秀なんだって。まあ、たいていの凶悪犯はすぐ身元が割れちゃうし、捕まってなくったって、指名手配っていう形で犯人を割り出す所までは行くんだよね。でも稲荷って、捜査の方は得意じゃ無いんじゃないかなあ」

私の両親を殺したであろう鬼は、未だ捕まって居ない。

稲荷の怠慢を疑うつもりはない。
けれど、一応デジタル化しつつある近代に置いて、彼ら彼女らの捜査方法はおそらく手が遅いのだ。
だから何のことはない。
稲荷も警察もお手上げならば、私は自分で鬼を探すまでのこと。

「鬼って普通は追う方だと思うんだけどね」
「……でも紅子さ、怖くないの?」
「怖くない、って言えちゃう。なんでだろうね、そういう事を感じる前に、まず動かないで居られないんだ」

ぽん、と群青の肩を叩いて、屋上の扉へと足を向ける。勿論、午後の授業に出る訳ではない。

「また、早退するの?」
「大丈夫、卒業できるようには計算してるから」

きっと、心配そうな顔をしている。
群青の方を振り返らないで、私は真っすぐ、真っすぐ、校門まで抜けた。
早退するのは今に限った事ではないけれど、今日の私の脚は早っているに違いない。
柄にもなく昔話なんて始めるほどだから、やっぱりどうかしているのだろう。

けれど、無理もない。


心臓がゆっくりと高鳴って行くのを、感じずには居られない。








「随分ぼろくそ言ってくれるよな」
校門の柱に寄りかかって居た、毛むくじゃらの影に声をかけられる。

「柊、聞こえ得たんだ」
「悪口だけは千里先でも聞きつける」

厄介な性格だ。


柊と呼ばれた彼女は、稲荷である。
金伯のような綺麗な毛並の、目元の涼しげな雌狐である。
本来であれば彼女が鬼を追ってくれる担当なのであり、私からすれば尻を蹴ってでもせっつくべき相手なのだ。

「あんたが役立たずなのは間違って無いでしょ」
「言ってくれる」

柊は、向こうの透けた掌を視て、深いため息をつく。

彼女の身体はしっかりとした形を保てては居ない。
少なくとも、稲荷としての本来の力を発揮するのは不可能である、と断言できる。

「それもこれも、お前がアタイの祠を壊したせいだろ」
「あんな小さな祠を寄り代にした稲荷なんか、どのみち大した力もないでしょう」

彼女の祠を壊したエピソードについては、まあ、割愛する。

いろいろと複雑な事情が在るのだが、まあ、面白いお話でも無い。
重要なのはその結果であり、今の私たちの関係性なのである。

「それより、やっと掴めた手がかりなんでしょう。あんたとの無駄話で消費する時間も惜しいんだってば」
「だったらキビキビ動くんだな。っくそ、口が達者でやることやるガキなんか、可愛くもなんともない」
「可愛くなくても私、綺麗系で売ってるから」

つかつかと足を進めながら、鞄の中から道具を取り出す。妙な文字の描かれた、数枚の御札と言う奴である。


「これで私の目的も終わる。あなたとの契約もこれで解消」


思えば、無駄な事に付き合わされてきた物である。
戦闘経験だとか稲荷としての業務だとか、そういうのは私に関係無い。
私はただ、両親を殺した鬼だけを捕まえてほしいのだが、稲荷も警察と一緒で、一人の犯人にかまけているというわけにもいかないらしい。
現行犯なら見過ごせないし、悪名高い鬼であれば手がかりを負わなければならない。
とはいっても、そうして積んだ経験がコレから生かされるのなら、そう悪い話でもなかったのかもしれない。



「行くよ、柊。最後にするんだ」


走りだす。



傍から見れば少しおかしな、二人組。

一人は稲荷、柊。

そして私は赤石 紅子。






――――力の使え居ない柊の代わりの、稲荷代行者である。
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