真っ暗な空間が広がっていた。
そこはまるで演説の会場のように複数の座席が配置されている。
座らせているのは六十数名余りの生命。
紫光の輪で肉体を縛り付けられ、身動き一つ取れぬ状況を余儀なくされていた。
――――ザザッ、とノイズめいた音がする。
空間に綻びが生まれて、綻んだ空間から男がステージ上に姿を現した。
男は何の武装もしてはいないが、その肉体は半透明で、背後の空間がうっすらと覗いている。
――――男は整った顔面を純粋な、それゆえに邪悪な笑顔で彩って。
声をあげることは許されている、呼ばれし者達は男に各々の感情をぶつける。
ありとあらゆる都合を無視して突然ここへ連れてこられた、その一点において彼らは共通していた。
洒落にならないような状況で、一刻を争うような状況で連れてこられた者もいるようだ。
首謀者と見える白衣の男に向けて、思うがままに人々は罵声を浴びせる。
――――叫びも罵倒も怒声も些末なことと断ずるように、男は顔色一つとして変えない。
彼の本性を知る者は、六十数名の人数の中でたった六人のみしかいなかった。
彼らは皆一様に、この白衣の男の悪辣さを知っている。
腐りきった欲望の化身。邪悪の塊とさえ呼べる、悪の天才研究者。
数多の次元犯罪に手を染めて手配を受け、追跡の手をことごとく掻い潜って逃亡を続ける男。
だからこそ、その彼があのステージに立っていることが何を意味しているのか――。
少なくとも、安静など望めないことは明白だった。
何か、最悪なことが起きる――――暗黙の内に彼らは、否、恐らくは呼ばれし全ての生命がそう悟っていた。そしてその予想は、全ての希望を嘲笑うように的中する。
――――男は暫しざわめきを楽しんだ後、ようやく口を開いた。
彼はいきなり本題を切り出す。
全ての存在を敵に回すようなことを、何の憚りもなく言い放つ。
それは全ての因果を、世界を、運命を滅茶苦茶に破壊してぐちゃぐちゃにかき混ぜる行為で――
だからこそ、悪しき科学者の欲望を満足させ得るものだった。
「君たちには、これから殺し合いをして貰いたい」
白衣を纏った男の瞳は、爬虫類を連想させるような黄金色をしている。
紫の頭髪に、不気味な三日月に歪めた口許。
どれを取ってもおよそ誠実さといったものは感じられず、ただただ胡散臭さだけがそこにはあった。
彼が実体ではなく幻であることは、その場の全員に理解できた。
背後の風景が透けて見えることだけではない。
彼からは恐れという色が一切感じられない――そもそも、恐れるという選択肢がないようだ。
「申し遅れたね。私はジェイル・スカリエッティという――――。私の面に覚えがある者もいるだろう。……まぁ、こちらとしても君たちのことは是非研究したいのだが。
それはいいとして。もっと柔らかい言葉で言うなら、君たちには私の実験に参加して貰いたいんだ」
スカリエッティと名乗った男が虚空を指すと、そこには複数の人名と、どこかの地図が浮かび上がる。
人名はこの『会場』にいる人間たちの詳細で、地図はどこかの孤島を示しているようだった。
この地図に記された場所で殺し合いをしろということなのか。
人々の間に、一際大きな動揺が走る。
心なしかその動揺は、先程と比べて恐怖の色の割合が増えているように感じられた。
「どこか、と敢えてぼかしておくが、とある世界では一つの戦争があった。戦争とはいっても、恐らくは君たちの想像するものとは著しく異なっている筈だ。
たった一つの『聖杯』という賞品を巡って、たった一つの町を舞台に殺し合いを行う。
……これまでに、一度も成功した試しはないようだがね」
聖杯――少しでも神話や伝承の知識に明るい者なら、その名に聞き覚えくらいはあってもいい。
聖杯を巡る戦争。その殺し合いをよく知る者もここにはいる。
そしてスカリエッティは恐らくそれも知っている。
全ての情報は、白衣の奇人に握られているのだ。
「しかし、私はどうしても気になる。聖杯とは一体どんな物なのか――その答えは知っているが、もしも聖杯を真の形で起動できたならどうなるのか――この目で見たい。
そこで私は大聖杯を降臨させる術を考えた。それが、このバトルロワイアルなのだよ」
高揚を抑えきれない様子でスカリエッティは破顔し、高笑いをあげる。
狂ってる、と誰かが漏らしたのが、一周回って静かになった世界でやけにはっきりと聞こえていた。
「そうだ、この実験に協力してくれたお礼として、賞品を一つ用意しようと思う。最後の一名まで生き残った『優勝者』には――降臨した聖杯の力を献上しよう」
瞬間、場に漂っていた空気が一気にまったく違う質のそれへと変貌した。
スカリエッティは知っている。
聖杯なんてものにすがってでも、叶えたい願いを持った者が存在することを。たとえその手を汚しても構わないというほどに、渇望する願いを持つ者が存在することを。
知った上で、彼らを焚き付けるには、聖杯の誘惑は余りにも有用だということも――彼は知っていた。
当然、聖杯なんて魅力的な景品があるのとないのとでは、実験の進行度合いも変わるだろう。
スカリエッティは人々の願いさえも自らの欲望を満たす糧とし、玩ぶのだ。
「おっと、如何に実験といっても公平性を欠くのは良くない。だから、あまりにも強大な力を持つ参加者には此方の独断で制限を課す場合がある。
心配することはないさ――誰にでも優勝の可能性はあるんだ。力に任せて殺し進んでも良いし、漁夫の利を得て美味しい所をかっさらっていったって構わない。やり方は自由だよ」
一通り語り終えたスカリエッティの右手に、今度は無機質な銀色を放つ大きめのリングが現れる。
同じリングでも、参加者を拘束する紫光のそれとは大きく異なる。
こちらは実に機械的で――強調するようだが、無機質な印象があった。
「さっき説明した『力の制限』を行うのがこの首輪だ。対象の力を抑えることができる優れものでね。今回の実験では、君たち全員にこいつを装着して貰う。
制限目的もそうだが、何より、こういう役目がこれにはあるんだ」
ぱちん、とスカリエッティが指を鳴らすと、それまで何もなかった空間に突然異物が現れる。
それは金髪の若い女だった。傷を負ってこそいないが、意識を失いぐったりしている。
彼女の名前を叫ぶ半ば絶叫に近い悲痛な声があがる。
しかし、それは虚しく残響となって空気に溶けることしかできなかった。
「彼女はフェイト・T・ハラオウン。此度の実験である役割を担って貰うために招いたんだ。私個人として興味のある存在ではあったのだが――――、ね」
フェイトの首には、既に銀色の首輪が装着されていた。
それどころか、甲高い警報を響かせている。
何を意味しているのか。それは、スカリエッティの表情から大方読み取れるものだった。
「さっきも言ったように、君たちにはこれを装着して貰うわけだが。これを無理に外そうとしたり、強い衝撃を不用意に与えたりすると」
ピィィ――――ッ、と。最後の警報が一際大きく、甲高く鳴り響いた。
「…………こうなるわけだ」
スカリエッティの台詞が終わるのとほぼ同時に、フェイトの喉笛が弾けた。
正確には、首輪が爆裂して、彼女の咽喉部に風穴を穿ち、流麗なる金色の魔導師・フェイト・T・ハラオウンの生命を乱暴すぎるやり方で、ただの一瞬で終わらせた。
刹那、会場をつんざくような悲鳴が駆け抜ける。
中には怒号も混じっていたが、スカリエッティは顔色を変えない。
彼にとっては、あくまで実験の円滑な進行に必要な犠牲を一つ、払っただけの認識だったのだ。
邪悪――ジェイル・スカリエッティの邪悪さは、既に十分なほど人々の心に染み込んだだろう。
フェイトの屍が消える。
最初に彼女が現れた時と同じ虚無の空間が戻ったが、ステージを染め上げている若き魔導師の鮮血は未だ乾くことなく、生々しい痕跡を残していた。
「更に、この実験がその体を為さなくなるような著しい反逆行為。指定されたマップ外への許可なき逃亡。そして、六時間毎に設定される『禁止エリア』に侵入した場合も然り、だ。
実験の進行状況を伝えるために、六時間おきにこちらから『脱落者の名前』と『禁止エリア』を告げる定時放送を行う。禁止エリアとは読んで字の如く、侵入の不可能な区域。
そこに侵入すれば、十五秒の警告の後に首輪がドカン――さっきのようになるってわけだ。
ジェイル・スカリエッティは再び指を鳴らす。
すると、今度は拘束されていた参加者たちが一人また一人とその姿を消していく。
実験の会場へと転送されているのだ――悪夢は現実となって、これより始まる。
スカリエッティは最後の一人が転移するのを確認してから、己もパチリと姿を消した。
こうして、バトルロワイアル実験は幕を開けたのである。
【フェイト・T・ハラオウン@魔法少女リリカルなのはStrikerS 死亡】
◆ ◆
「……お疲れ様です、ドクター」
「ああ、ウーノ。構わないさ、この実験を首謀したのは私なのだから。君たちは裏方に撤してくれていれば十分だ。……おっと、首謀者はもう一人いたかな」
スカリエッティは自身の産み出した戦闘機人・ウーノと軽く言葉を交わすと、一人の女性を見た。
黒衣に身を包んだ妙齢の美女が、そこにはいた。
スカリエッティなんかより余程重々しい威圧感を纏って君臨するその『大魔導師』に、スカリエッティは笑顔を送る。勿論、彼女は眉をひそめてみせるだけだったが。
彼女の名前はプレシア・テスタロッサ。
魔法の腕前でなら主催陣営でも随一の実力者である。
過去に虚数空間に落ち沈んだ筈の彼女が、どうしてここにいるのか――それは、プレシアも知らない。
知るのはスカリエッティか、はたまたあの『蛇』か。
当事者達さえも真相を知らないまま、願望器を巡った殺し合いの歯車は廻り出す。
首謀者は二人。片や無限の欲望懐きし次元犯罪者、片や失われし都を求める大魔導師。
裏方は十数名。
『ドクター』ジェイル・スカリエッティの生み出した戦闘機人『ナンバーズ』、その総員。
そしてスカリエッティやプレシアさえも素性を知らぬ『蛇』。
混沌の物語の頁はここに捲られた。
【ジェイル・スカリエッティ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
【プレシア・テスタロッサ@魔法少女リリカルなのは】
【ナンバーズ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
【薊@カゲロウプロジェクト】―――主催陣営
◆ ◆
――――ツマラナイ。
◆ ◆
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| 実験開始 |
ジェイル・スカリエッティ |
[[]] |
| 実験開始 |
プレシア・テスタロッサ |
[[]] |
| 実験開始 |
ウーノ |
[[]] |
最終更新:2012年11月28日 17:57