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7つの海を渡れ
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7つの海を渡れ

リットン助教授の事件簿 (1)

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kadu

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リットン助教授の事件簿
―妖精の国にようこそ―

序章

馬車は、薄闇の中を駆け抜けていく。
クリスマスまであと二週間ほど。この季節は夜の訪れが早い。それが首都のロンドンから百マイルは離れている、北のエクスムア伯爵の領地ならば尚更だ。
御者は寒さでかじかむ手が手綱を放してしまわないように、しっかりと握り込んだ。御者台の脇に吊るされたランタンの微かな温かさだけが、今の彼の拠り所だ。

(お館様の様子がおかしい)
首都ロンドンをこよなく愛するお館様、ことエクスムア伯爵のリチャードは、滅多なことでは自分の領地には戻らない。
華美を好むリチャードには、いま御者の目の前に広がる広大な平野、途中で通り過ぎた薄暗くも神秘的な森、美しい湖などは取るに足りないもの。御者を務めて五年が経とうとしているが、御者がこの地を訪れたのは今日が始めてだ。何もない限り、お館様が領地に戻ることはもはやないだろうというのが、ロンドンにあるペントハウスの使用人たち共通の意見だった。だが、数日前、リチャードは「エクスムアの領地に行く」と言い出したのだ。それもその日のうちに出発すると。
(領地で、何かよからぬことがあったに違いない。)
今回の旅を決めたとき、いつもは陽気な主人の顔が、暗く沈んでいたことに彼は気づいていた。そして旅の道中、ほとんど何も喋らなかったことも。
御者には何も知らされておらず、道中何か起こらないかと、緊張して旅立った。だが、一日過ぎ、二日過ぎ、一週間が過ぎてエクスムアの領地に入っても何もなかった。そういえば、付き人は自分しかおらず、武器の携帯も特に指示されなかったことを思い出す。

だから、思ったのだ。
何が起きたにせよ、お館様の身の危険があるような種類のものではない。それならば、自分が気に病んだとて仕方がないことだと。きっと、エクスムアの領地で隠居をしている先代から何か申し渡されたのだろう。

例えば、
財産没収するぞ、とか。
嫁さんもらえ、とか。
浮名を流すな、家名を大切にしろ、とか。
大いにありえる。リチャードは憎めない、花のような魅力を持った人物だが、彼の美徳の中に誠実とか堅実というものは含まれていない。生粋の遊び人だ。そんな息子に堪忍袋の緒が切れた堅物の先代が、何かを言ってきたとしても不思議はない。

馬車は、二つの大きな道が分岐しているところに差し掛かった。御者は手綱を引き、ゆっくりと馬車を止めた。お館様から預かった地図には、領地に入ってからずっと大きな一本道しか記されていない。そして、分岐道には標識も立っていない。
御者は御者台から降りた。もう夜もふける。道に迷うよりは、主人に判断を仰ぐのが理に適った判断だろう。
「申し訳ございません、お館様。いただいていた地図にはなかった道がありまして、多分この数年の間にできた道だとは思いますが…。」
馬車の中から返答はない。
「お館様、お聞きでしょうか?」
無言。きっと、馬車に揺られているうちに寝てしまったのだろう。こちらとて毎日の強行軍でくたびれている。主人というのは、何ともはやいいご身分だな。領地で何が待っていたとしても、この身を切られるような北風に晒されずに戻れるのだから。
「お館様、失礼ですが扉を開けさせていただきます。このまま道に迷ったら本日中に城に着きませんので」
御者は、意を決して(そして少々の怒りを込めて)馬車の扉を勢いよく開け放った。

すると、中には誰もいなかった。



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