「すまんハルヒ。早く帰らなければいけなくなった」
携帯を見ていたキョンが申し訳なさそうに言った。せっかく部室に一緒に行こうとした私の計画は早々に破綻してしまった。
「なんで早く帰らなくちゃいけないのか千文字以内で説明しなさい。我が神聖なSOS団を欠席を欠席する理由がくだらないものだったら
承知しないわよ! 死刑よ!」
つい声が大きくなってしまう。キョンとはこんな喧嘩みたいなやりとりをしたくないのに、素直になれない自分が悲しい。
「妹が風邪で寝てるんだ。お袋が買い物に行きたいらしいが、妹を置いて出ていけないらしい」
妹ちゃんが風邪。キョンの事だから、お義母さんが言わなくてもまっすぐ帰っていたと思う。私にはわかるわ。キョンったら優しいんだもん。
「そう。それなら早く帰りなさい。妹ちゃんによろしくね。あ、ちゃんと看病しなさいよ?あんたは風邪なんか引いたことないからわからない
でしょうけれど、病気で体が参っている時は心も弱気になるものなのよ。しっかり元気づけてあげなさい。心が元気になれば体もすぐ良くなるわ。」
「ああ、ありがとな。ハルヒ」
優しい声に、思わず顔が赤くなる。
「いいから早く行きなさいよ! いい? 明日までに妹ちゃんの風邪が治らなかったら死刑だからね!」
顔を見られないようにキョンの背中に回り、思いっきり蹴っ飛ばす。キョンはこちらを一度振り返り、手を挙げてから出て行った。
「……はぁ」
机に突っ伏す。なんか体がだるい。
「こんなハズじゃなかったんだけどなぁ……」
突っ伏したまま鞄の中へと手を伸ばした。鞄の中には今朝焼いてきたばかりのクッキーがたくさん。
昨日、キョンがお茶菓子が欲しいって言っていたから、頑張ったのに。
「おいしいって言って欲しかったな……」
溜息混じりに、クッキーを一枚かじる。うん。バターの風味がよく効いていておいしい。これならキョンも喜んでくれたはず。
「仕方ないよね。病気なんだもん」
妹ちゃんに嫉妬しそうな気持ちを抑える。駄目。キョンの妹ちゃんは私の妹なんだから。
「さて、行きますか!」
気分を切り替えて勢いよく立ちあがる。いつまでもメソメソしてたらキョンに笑われちゃうからね。
そうだ。このクッキーは有希にみくるちゃん、古泉君に食べてもらおう。そして明日キョンに自慢してもらうのよ。
なんたって私の自信作だから絶賛間違いなしだわ。そしてキョンが私のクッキーを食べたいって言わせるの。いえ、キョンなら言ってくれるわ。
そして日よりも美味しく作ったクッキーを食べてもらうの。うん。完璧な作戦だわ。
「よし!」
気分が乗ってきた私は鞄を手にとって――
「あ、お姉ちゃんいたー。帰ろー」
「あれ? つかさ、こなたは?」
「こなちゃんはキョン君とデートだってー。うらやましいよねー」
――今、何て言ったの?
「ったく。キョン君もなんでよりによってこなたなんか選んだのかしら?」
「本当、お姉ちゃん残念だったねー」
「な、何言ってるのよ! 全然そんなこと思っちゃいないわよ!」
この二人、柊かがみと……確か隣のクラスで双子の妹のつかさ。この二人は何を勘違いしているの? キョンに恋人なんかいるわけないじゃない。
「ね、ねえ。」
「ん? 涼宮さんどうしたの?」
「ごめんなさい。ウチの団員の名前が聞こえたから。キョンがどうしたの?」
きっとこの二人はなにか誤解をしているのよ。今日、キョンが活動を休んだのは妹ちゃんが風邪だからよ。
「あー。キョン君のこと? こなちゃんと付き合ってるんだよー。うちのクラスじゃもうみんな知ってるけれど、こっちにはまだ広まってない
みたいだねー」
「何かの間違いじゃないの? 今日キョンが帰ったのは妹ちゃんが風邪ひいたからよ」
「あ、そうなんだ? なんだ、こなた今日はデートじゃないのか。じゃ、何で帰ったんだろう?」
「さあ?」
二人して首を傾げている。けれど、解かなくちゃいけない誤解はそこじゃない。
「そもそも、キョンが付き合っているわけないじゃない。SOS団はそこまで暇じゃないのよ」
そう、キョンが他の女に取られるわけがない。月曜から日曜まで私たちはいっしょにいるんだから。
「ううん、それは間違いじゃないよ。ほら」
柊つかさが手帳を広げた。私はそれを覗き込む。
「――」
目の前がぐるぐるする。景色がぐにゃりと歪んでいくみたい。
「また増えてるじゃない!」
「しょうがないよ。こなちゃんが勝手に貼ってくんだもん」
「あんの
バカップルめぇえええ」
足下で地震が起きているみたいにぐらぐらする。よくこの二人は平気で立っていられるわね。
「――」
大丈夫。あんなのはコラよコラージュ。キョンは妹ちゃんの看病をしてるわ。そうだ。このクッキーをお見舞いに持っていこう。
きっと二人とも喜んでくれる。そうに違いないわ。
「ったく。涼宮さんごめんねー。不愉快なもの見せて……て、あれ?」
そうよ確かめなきゃ。私は手早く靴に履き替え、駆け出した。
最終更新:2007年07月27日 05:11