小さいころは夢見がちだった
今だって、どっちかというと目の前のことより頭の上
ぜったいぜったい、空も飛べると思ってた
ううん
今でもちょっと、思ってる
ほら、手を広げればすぐ、
こんにちは、柊つかさです
それは、夏休みと文化祭の、あいだの出来事でした
猫が、しゃべった
それも、阿笠博士みたいな声で
たぶん日曜日だったと思う。その日は12時に起きたから
近くを散歩してたら、キョンくんたちがいた
ああ、文化祭で映画やるっていってたなあ
そのときは、そんな軽い気持ちで声をかけようとした
シャミ「考えることはない。その少年の意志を奪い取ってしまえばよいではないか」
最初は腹話術だと思った
でも、ぜったいぜったい、違うと思う
だってキョンくんも古泉くんも、あんな渋い声出せないから
だからきっとあれは、猫の声
わたしは一目散にかけだした
走るのは苦手だけど、精一杯駆け足をした
頭の上から、目の前に何かが広がった
お姉ちゃんも
お父さんも
お母さんも
いのりお姉ちゃんも
まつりおねえちゃんも
誰も、信じてくれなかった
「電波入ると、好み分かれるんだヨねえ・・・」って言ったこなちゃんも
「ええと、その・・・・・・い、一応調べてみますね」って言ったゆきちゃんも
きっと信じてない
でも
それでも、しゃべったんだもん
猫は、ぜったいしゃべったんだもん!
そうだよね?
つかさ「キョンくん!!」
次の日、キョンくんのクラスに突っ込んでいった
キョンくんなら、何か知ってるはずだもん
つかさ「昨日、猫しゃべったよね?」
麦茶だと思って飲んだら薄口しょうゆだった時みたいな顔の、キョンくん
キョン「・・・ええとだな、つかさ」
つかさ「うん」
キョン「猫とはなんのことだ?」
つかさ「昨日キョンくんたちと一緒にいた猫」
キョン「・・・見たのか・・・?」
つかさ「見たよ。聞いたし」
キョン「あれはだな・・・そう、腹話術だ」
キョンくん、なんでそんなに慌てるんだろ
つかさ「ほんとに?」
キョン「ほんとだ」
つかさ「猫しゃべらない?」
キョン「しゃべらん」
谷口「なんの話だ?」
…・・・なんか余計な人がきた
谷口「キョンとちいらぎか。珍しい組み合わせだな」
キョン「お前からしたら、大抵のコンビは珍しい組み合わせだろうよ」
谷口「キョン・・・お前はそろそろ夜道に気をつけたほうがいいぞ。マジで」
つかさ「ってちょっとまってっ。なにそのちいらぎって・・・?」
谷口「小さいほうの柊だから、ちいらぎ」
お姉ちゃんと身長、そんなに変わらないのに・・・
キョン「なんてことないヨタ話だ。お前の興味があるとも思えん」
谷口「なるほど。そうやって泉も柊もたらしこんだ訳だな」
キョン「お前な・・・少しは素直に俺の話を聞けんのか」
谷口「で今度は姉妹丼か。涼宮と泉に刺されんなよ?」
キョン「だから聞けって」
谷口「まあその前に、うちの男子が先かもしれんがな」
…はっ。いつの間にか聞き役に・・・
だめだめ、こんなことだからいつまでも天然なんて言われるんだ・・・!
わたしは思い切って声をあげた
つかさ「キョンくん!」
キョン「な、なんだいきなり叫ぶなつかさ・・・」
ちょっと恥ずかしいけど・・・がんばれ、わたし!
つかさ「今日、キョンくんち、行っていい?」
谷口くんが刃物もってこいって叫んだり
タイミングよく帰ってきた涼宮さんがキョンくんにドロップキックしたり
こなちゃんが「フラグ成立!!」って騒いだり
お姉ちゃんが微妙な顔したりしたけど・・・
なんとか、キョンくんの家まで来れた
大丈夫だよお姉ちゃん、わたしキョンくんには興味ないから!
興味あるのは、あの猫だけ
でも、男の子の家に行くの、なんか緊張するなあ・・・
ちょっと、インターフォンを押す指が震える
ええい、がんばれつかさ!
インターフォンを、思いっきり押、
谷口「なんだちいらぎ、早かったな」
…・・・またなんか余計な人がきた
キョンくんち行くって言ったの聞いたはずなのに、、
なんでこの人いるんだろう?
谷口「キョンならまだいねよ、さっき俺も呼び鈴押した」
つかさ「そっか・・・えと。谷口くんもキョンくんに?」
谷口「ああ、ちょっと借りもんを返しにな」
つかさ「ゲームかなにか?」
谷口「いや、まあそんな感じかな。気にすんな」
谷口くんは、なんでか慌てて手に持ってた雑誌を隠した。
でらべっぴん・・・・・・てなに?
谷口「そ、それよりよちいらぎ。お前はキョンに何の用なんだ」
つかさ「んと。ええと、ね?」
きっと谷口くんも信じてくれない
誰だって、信じてくれない
でも、嘘はつけない
だってわたしは、嘘がとても苦手だから
それにもしかしたら、
もしかしたら、谷口くんも、空を飛べるって信じているかもしれないから
谷口「ああ、お前バカかよ」
全然信じてくれなかった
口も悪かった
谷口「お前なあ小学生じゃあるまいし。つかショーボーだって今どきそんなホラ吹かねえよ」
ひどいよ谷口くん・・・
もう少し、言い方とかあると思うけどなぁ
つかさ「で、でもっ。わたし見たんだよ、映画の撮影中に猫が、」
谷口「幻聴だろ。じゃなかったら腹話術」
つかさ「でも!すっごい渋い声だったもん。あんなの高校生じゃ出せないよ」
谷口「近くのイカれたおっさんが独り言でもつぶやいてたんだろうよ」
ちがう
ぜったい、ぜったい違う
あれは猫がしゃべった
根拠もないし証拠だって全然ない
だけど、だけど、
谷口「あのなあちいらぎ」
ちょっとだけ、谷口くんの声が優しくなった
でも、ちょっとだけ疲れた声だった
谷口「お前、成績どれくらいよ?」
つかさ「うーと・・・下の下、じゃないと思う」
谷口「じゃあ今度の運動会でどんだけ活躍する?」
つかさ「ビ、ビリじゃないくらい、かな」
谷口「じゃあ得意分野はなんだ」
つかさ「えと、料理なら、少しは・・・」
谷口「じゃあ将来凄腕料理人になれるか」
何を言いたいか、わたしにはわかった
だんだん、何かが頭の上にのしかかってくる
それは、わたしの嫌いなことばだ
ひらがなで三文字、漢字で、二文字
谷口「いいかちいらぎ、お前はな」
やめて、言わないで
谷口「普通なんだ」
谷口「何か人よりも数段優れてるとこもなきゃ、特別な才能があるわけでもない」
谷口「だから人とおんなじ生活すんのがやっとこさなんだよ」
谷口「お前レッドカーペット歩けるか?月に行けるか?スペースシャトルでもいいや、乗れるか?」
谷口「特別な奴は特別な世界を見れるさ、普通な奴が普通な世界を見れるのとおんなじでな」
わかってた
そんなの、ずっと前からわかってたもん
つかさ「じゃあ谷口くんはどうなの」
そのとき、わたしはすごく意地悪な顔をしてたと思う
でも、谷口くんは、全然いやな顔をしなかった
谷口「俺も普通さ、超のつくくらいな」
つかさ「谷口くんは、それでいいの?」
小さいころは夢見がちだった
誰だってそうだと思う
でも、いつの間にかみんな我に帰るんだ
わたしだけが、きっと、まだ浮ついたまま
みんなとは違うどこかに行けると思ってたんだ
キョン「あのな、痴話喧嘩を家の前でやるの、やめてくれないか」
知らない間に、涙が出てた
谷口くんは逃げるように謝りながら帰っていった
キョンくんは、おっかなびっくり部屋に入れてくれた
部屋にはあの猫(シャミセンって名前だって)がいた
わたしは泣いているばっかりで、なんにも言えなかった
キョンくんもどうしていいかわからずに、黙ったままだった
しばらくすると、キョンくんはお茶を持ってくると言って、部屋を出た
かっこわるかった
当たり前のことを言われて、ばかみたいに言い返して
当たり前のことなのに、涙までだしちゃって
本当にかっこわるい
キョンくんだって、そりゃあどうしたらいいかわかんないよ
一緒にいても、つまんないもんね
でも、だから
今がチャンスだと思った
わたしはシャミセンをひっつかむと、キョンくんの家を飛び出した
どこをどう走ったのかわかんなくなった
山道みたいなのは確かだと思う
近くに山なんてあったかな?
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なんてかっこわるいんだろう
いやいやまてまて、つかさ
本番はこれからだ
わたしはポケットから猫缶を出した
つかさ「ほらシャミちゃん、猫缶だよー」
シャミ「にゃあ」
つかさ「欲しいならしゃべってちょうだいなー」
シャミ「にゃあ」
つかさ「いただきますって言ってごらんよー」
シャミ「にゃあ」
つかさ「言わないとわかんないよー、ほらほらー」
シャミ「にゃあ」
にゃあってしゃべってるわけじゃ・・・ないよね絶対
木に登らせてみたり
後ろから追いかけたり
ジャイアントスイングしたり
色々してみた
でも、やっぱりしゃべってくれなかった
キョンくんは困ってると思う
シャミちゃんだって、きっと困ってる
こんなことまでして、わたしは何がしたかったんだろう
誰かに迷惑をかけてまで、わたしは空を飛びたかったの?
空が飛べるなんて、まだ思ってるの?
本当に、本当になさけないし、かっこわるい
でも、なによりなさけないのは、
帰り道が、わからないことだった
どうしようどうしようどうしよう
わたしは頭の中を精一杯働かせてみた
けど、どうせ下の下じゃないくらいの頭だった
そうだ携帯、
圏外だった
猫の帰巣本能をたよりに、
シャミちゃんは寝ていた
近くに家とか、
まったくなかった
電話BOX、
影もない
時間は8時
だんだんと、暗い夜がせまってくる
誰か、誰か
たすけて!!
谷口「こんなとこにいたか、ちいらぎ」
今だけは、余計な人なんて思わなかった
ごめんね、谷口くん。余計だなんて思ってて
谷口「キョンが探してたぞ」
つかさ「谷口くん、どうして・・・?」
谷口くんの顔に汗が垂れたのは、
暑さのせいかな?
谷口「お前がキョンち飛び出したのが見えたんだよ。おま、勘違いすんなよ
ストーキングじゃないからな」
つかさ「そんなこと、思わないよ」
谷口「で追ってきてみたら学校の裏山。ここらへん痴漢出るから危ないんだぜ?」
つかさ「そっか」
谷口「そろそろ帰るぞ。お前んちの親だって、心配するだろが」
つかさ「そうだね。谷口くん、」
谷口「?なんだ」
どうしようもなくなさけなかった
空を飛べると思ってたことも
そんなことないってわかったことも
わかったつもりで、やっぱりわかりたくないことも
全部、なさけなかった
ごめんね、と言おうとしたんだと思う
でも涙と鼻水と嗚咽でのせいで、全然そんなふうには言えなかった
つかさ「ご、ぶぇん、っね・・・」
何言ってるかわかんない
すごく、かっこわるい
谷口「あ、あのなあちいらぎ、謝るのはキョンにだろがよ」
つかさ「そう、っね、ご・・・んね」
谷口「ああもうどうしたらいいもんだか・・・」
谷口くんが、手をあげた
ぶたれると思ったら、そうじゃなかった
谷口「よ、よしよし」
それは髪の毛にもふれてない、手を頭の上で上下させただけの、
全然なってない「よしよし」だった
でも、
それでも、わたしはとびっきりに嬉しかった
帰り道、谷口くんの自転車の後ろに乗りながら、こう言ってやった
つかさ「ありがとね、ぐっちー」
背中ごしでも、彼がびっくりするのがわかった
谷口「お前・・・俺がそんなツラに見えんのか」
つかさ「ちいらぎのお返しだよー」
谷口「ほんと幼稚なのな、ちいらぎって」
つかさ「幼稚だってなんだっていいもん」
谷口「さよか。ロリ以外には需要なさそうだな」
やっぱり、口はわるいと思う
つかさ「ぐっちーのばか!そんなこと言っていいの?」
谷口「ああん?」
つかさ「もう後ろに乗ってあげないんだから」
谷口「妹みたいなやつ乗せたって、うれしかねえよ」
つかさ「ぐっちーが女の子と二人乗りなんて、今後いっさいないんだよー」
谷口「断定かよ」
夜空には、嘘みたいに綺麗な月が出ている
わたしは空は飛べないかもしれない
でも、こんなにも素敵な夜に出会えるんだ
最後に思う
あれは誰だったんだろう
わたしはシャミちゃんと別れる前、猫缶を食べさせてあげた
シャミちゃんはそれはそれは食欲旺盛なコみたいで、ペろりと一缶たいらげた
そのときは、わたしの他にはぐっちーしかいなかった
だけど、ぜったいぜったい、ぐっちーじゃないと思う
だってぐっちーは、あんな渋い声出せないから
だとしたらあれは、誰だったんだろう
「ごちそうさま」
と言ってくれたのは
終わり
最終更新:2007年08月16日 17:21