1.


ガストラ帝国の一軍人から,反帝国組織・リターナーの一員へと寝返ってまだ間もない私だけれど,本当に色々なことがあったり,色々な人に出会ったりすることができた.帝国にいた頃とリターナーに属してから今に至るまでの時間を比較すれば,言うまでもなく帝国にいた頃の方が圧倒的に長いけど,改めて思い返してみるとどうだろうか.リターナーに入ってから今現在に至るまで・・・.幻獣・ラムウから,「魔石」の秘密を聞いている今に至るまで・・・.


城下町サウスフィガロにて帝国軍兵士たちに,謀叛の罪で暴行を受けていたところをロックという男性に助けてもらい,リターナーの皆が集結しつつあるという炭坑都市ナルシェに向かった.ナルシェでは,私が帝都ベクタにいた頃から既に耳にしていた重要な情報となる事件が起きていた.それは,情報としてなら,帝国とリターナー,どちらに属する者でも誰もが知っているくらいの,言ってみればこの世界を轟かすほどの事件だ.その事件とは,氷漬けの幻獣が発見されたこと.帝国は元々,その幻獣と呼ばれる生きものたちから抽出できる力と,独自に開発した軍事兵器とを合わせて「魔導の力」とし,世界征服を企んでいる.そんななか発見された幻獣だから,当然のようにナルシェにその幻獣奪いに来るわけで.私たちリターナーは,ナルシェにて無事全員到着し,そこへ幻獣を奪いに襲ってやって来た帝国軍を一致団結して追い払うことに成功したのだ.

しかし・・・,「全員到着」とか「一致団結」など,まるでリターナーの皆が全員顔見知りで全員が全員仲が良い風に聞こえるかもしれないけれど,実はそうではなかった.例えば,私,セリス・シェールは元帝国軍の将軍だったけれど,帝国の外から見れば「悪名高いセリス将軍」という汚名を着せられていたようで,ナルシェで会った人のなかには実際この私に「帝国軍の将軍だったから」という理由で剣を向けた人がいた.他にも,紆余曲折した出会い方をした人が何人かいたけれど・・・,そんな出会いかたをしつつも,「打倒帝国」という共通の目的を掲げ,志を同じくする人として快く迎え,または迎えられる.私は名前も知らないリターナーの人たちと氷漬けの幻獣が安置されている場所へ向かう準備をしている時,そういうことを思っていた.

…これが「仲間」というものなのか,と.
そして,そのことを教えてくれたロックに感謝したいばかりだ.

出会い,と言えば,私にとってはとても大切な再会もあった.それは,私と同じく,元帝国軍の一員だった魔導戦士,ティナ・ブランフォードとの再会だった.彼女と初めて出会ったのは,今から三年前,まだ私がルーンナイトではなく魔導士と呼ばれていた頃のこと.当時の私は,魔導を自分の体に注入されたにもかかわらず,一切の魔導の力を使えないことに悔しさを覚えていたのだった.実戦に投入させるために,私の世話係で,帝国の宰相でもあったケフカが,私とあやつりの輪をつけたティナとを戦わせたのだ.・・・私に魔導の力を使えるようにさせるために.

私はティナの手の平から湧き出した炎を見たその時に初めて,これが魔導の力というものなんだ,と思った.けれど結局その戦いでは何も生まれず,ティナのあやつりの輪を断ち切った私は,当時魔導研究所は自分の部屋にあるベランダにティナを連れて来て,同じ時間,同じ空気を共有した.しばらくもの思いに耽った後,ティナに話しかけようと彼女の手の平をふっと見やると,大変ショックなことに,彼女の手の平が焼け爛れているのに気付いた.・・・魔導の力というものは,使用者の精神を乱すことがあるというのはよく耳にしていたことだったけど,実際にこう傷んでいるのをまじまじと見ると気が病んでしまいそうだった.私はそこで,彼女の手を握りしめ,こう願ったのだ.
「お願い,この娘の傷を癒させて」
と.するとどうしたことか,今度は私の手の平が青白く光り出し冷気が放出して,ティナの焼け爛れた手の平をみるみる内に治していっているじゃないか.その時,これが私に与えられた力,「魔導の力」なんだと思った.だけど,それより重要なことがあった.私はそこで,生まれて初めて―多分ティナに会わなかったら一生持つことができなかっただろうもの―「希望」を持つことができたのだ.具体的に言うと,

「私は,人を傷つけるためだけに造られた存在ではない」

,という希望を.

三年振りに再会した彼女は,あのあやつりの輪のせいでまだうまく感情をコントロールできていない・・・というか,何かに深く悩んでいる様子だった.そして,頻りに繰り返していた言葉があった.・・・「愛する」という言葉を.それもあってか,その時の私にとってはティナはどちらかと言えば話しかけにくい人になっていた.それでも私のことを覚えてくれている信じ,三年前に私に希望をくれたお礼をしたかったのだけれど,ティナはそういう雰囲気を醸し出していたものだから,声をかけることすらできなかった.リターナー皆で守った幻獣と対面した時に,ティナは最初こそ俯いていたものの,何かに気付いた様子でハッとその氷漬けにされた幻獣を見上げて,こう呟いた.
「ことばのせんせい・・・?」
私はそうティナが呟いたのを聞いたものだから,思わず彼女の方に一歩踏み出すと,ティナは光に包まれた.そして,その光が薄やいでいくと,ティナ・・・と呼んでいいのだろうか,まるで人の姿を借りた魔物・・・と呼ぶにしては相応しくない神々しいオーラを放っている,全身が紫じみた薄い体毛に覆われた人外の生きもののような姿をして身を現した.私は,そんな彼女を認めるので精いっぱいで,ロックが彼女に駆け寄る暇もなく,ティナはどこか遠くへ飛んでいってしまった・・・.

そこで私たちリターナーの中でも,特に強い力を持った「勇士」たちは,ナルシェに残る組と,ティナを捜す組に分かれて行動を開始していた.私,セリス,ロック,エドガー,マッシュのティナを捜す組は彼女を捜すため,ナルシェを含めた北大陸のあらゆる町・村の人々の噂話を聞いて,ゾゾという町に辿り着き,その町の一番高い建物の最上階の奥にて,未だ人外の姿のままだけど,無事に彼女,ティナを見つけることができた.


そうして話はやっと今現在に戻る.幻獣ラムウから聞かされた事実,それは,ティナは自分の存在意義に深く苦しみを隠せないでいるという.そんな彼女を救うために,私たちは,ガストラ帝国にある魔導研究所に向かうことになった.魔導研究所か・・・か.そこへ行けばティナは助かるかもしれないというのね・・・.それにしても・・・,帝国からリターナーに寝返った私が,再度そこへ足を踏み入れることになるとは,おかしなもの・・・.

ティナが最上階にいる建物から降りる時,このゾゾという町の外観を初めて知ることができたような気がする.この町に初めて来た時,エドガーという男性がこう説明してくれたのを覚えている.
「ここ,ゾゾは,ジドールから逃れて来た者たちが行き着いた場所だ.おまけに気候は年がら年中,雨ときた」
と.このゾゾという町は,どういう理由かは分からないけれど,年中雨が降っているという,初めて訪れた感想としては,「なんとも陰惨な町なんだな」と思わせるような,そんな町だ.その雨はやはり止むことはなく,常に一定の勢いで降っているのだ.急に激しく降り出すこともなく,また逆にパラパラと小雨になり過ぎもせず.ふと空を見上げると,雨が降っているから当たり前か,ずっと雲が空を覆っていて,少しも陽の光が差し込むことはない.そんな不自然な気候にあるにある町だからかなのか,そこに住み着く人々の心も不自然になってしまったのだろうと思う.要するにこの町の人々は皆ひねくれ者で,嘘しか言わないのだ・・・・・・.それだから,ゾゾに初めて着いてから,ティナがこの建物の最上階にいることを突き止めるまで,かなり苦労したものだ.

この,町で一番高い場所からゾゾを見ると,ジドールから何故こんなに人がここに訪れて来たかという事情がなんとなくだけど分かったような気がする.まず,さっきも思った通り,一年中雨が降っているという特殊な場所が,ある種の閉じられた空間を作っているように思えた.そして,その空間の中に建てられている,青みを帯びた黒で統一された幾層にもフロアを重ねるビルが連なっている.まるで,過去に栄えていた都市国家の廃墟みたいだ.彼らはそれらのビルに住み込み,果たして何を思って生きているのだろう?彼らが逃げ出してきたジドールという町は上流階級の人たちが住むと聞いているけれど・・・ひょっとしたら彼らは,この廃墟のような町で,自分たち独自の「上流階級ごっこ」を楽しんでいるのかもしれない.私のその考えが的を射たかのように,それらのビルの内装は外から見ただけでは凡そ想像もつかないほどの小奇麗なものだった.壁には要所要所に明かりが灯され,広間にはきちんと紫のカーペットが敷かれてある.後は一切の装飾品が置いていない,こざっぱりとした部屋ばかりがあった.

そんな風に,私が最上階から下の階へ降りながら,色々思いを馳せていると・・・もっと下の階の方から,私の仲間たちの会話が聞こえてきた.
「それでは,帝国へ乗り込むのでござるな?」
「ああ.それでこれからどうするかだが・・・,二手に分かれた方が良いだろう.ナルシェを守る組と,魔導研究所へ向かう組に」
その言葉を耳にした私は,もの思いに耽るのを止め,急いでその会話に割って入ろうとし,こう言った.
「待って!私が帝国に行くわ.ガストラ帝国でのことに詳しいから」
帝国潜入をいち早く買って出た理由は,勿論ティナを助けきちんと彼女に例のお礼をしたいのと,帝国との関係にきちんとケジメをつけたいと思っていたからだ.そう,一人で行けば問題ない・・・.仲間の一人からは,「しかし一人では・・・」と心配されたけど,私は我を通した積りだった.積りだったのだけれど・・・.
「俺もついていくぜ」
とロックがそう言いだした.そうだ,彼・・・ロックとは,「守り守られる関係」にいたんだ.

ロックとは,私が南大陸にあるガストラ帝国から抜け出し,将軍専用の魔導ヴィークルに乗って北上し北大陸で最初に見つけた城下町サウスフィガロの地下室で出会った.先に話した通り,この町の地下室で,帝国軍兵士たちに謀叛の罪で身を拘束され暴行を受けていたところを,ロックに助けてもらった.出会って本当に間もない頃・・・その地下室から出て,出口を探している間は,裏切り者の汚名を着せられ,堕ちてゆく私に向かって,彼から差しのべられた手をそのまま掴んで良いものか迷っていた.しかし,彼と交わしていた会話のなかで,こんなやりとりがあった.

その地下通路にて,堕ちてゆくと思いこんでいた私が言う.
「仮にお前が私を連れ出しても,帝国兵は五萬といる.お前は守りきれるはすがない.それならば,いっそのこと・・・」
彼,ロックは私の発言の続きを遮り,こう言ったのだった.
「それならば,守り合えばいいさ.・・・でも今は,俺がお前を守ってみせる!」
守り合う・・・?最初こそ意味が良く分からなかった私だけれど,帝国にかかわる人以外の男の人からここまでハッキリと「お前を守る」と言われたことがなかった私は,差しのべられた彼の手を段々と掴もうと思っていた.そして,その後のディッグアーマー戦で,私はロックが言っていた「守り合えばいいさ」の意味がやっと分かったような気がした.それはナルシェへ幻獣を奪いにやってきた帝国軍を撃退した時にも感じたことだった.

そうやって,今は,まだ日は浅いけど,でもゆっくりと彼の手を今尚掴んでいっている最中だ.リターナーに入ってから,いや,彼に「裏切り者セリス」という枷を解いてもらって,「お前を守る」と言われてから,一日が早く終わるように感じられるようになった.これはどうしてだろうか?戦闘や趣味以外に新しく加わった「何か」のせい?それは一体,なに?・・・とにかく私とロックは,そんな「守り守られる関係」にいた.意識がふっと今現在に戻る.そうだ,ロックが魔導研究所に行く私に着いて来てくれるんだっけか.そこで,私は彼に何の気なしに訊いてみた.
「ロック」
「ん?どうした?」
「どうして私と一緒に行くって?」
私がこう尋ねると,彼は私が予想していた答えとは凡そ程遠いそれを返したのだった.
「ああ,秘宝のこともあるしな」
と.えっ,それだけ?私と守り守られ生きてゆくっていうことは・・・どうなったの?それに彼が言った,「秘宝」・・・.ゾゾの町に辿り着く前,コーリンゲンという小さな村で,ロックが思いだすように語った,彼自身の過去が脳裏を過ぎる.

ロック・・・彼には,昔,レイチェルという恋人がいた.ある日のこと,レイチェルは,ロックと共にトレジャーハンティングをしている最中,とある洞窟の中にかけられていた橋から転落して,記憶喪失になってしまったのだ.レイチェルは,今まで自分がしてきたこと,そしてなによりもロックという大事な恋人の存在すらも忘れてしまった.
「出ていって!あなたが誰かは知らないけれど,あなたが来ると,家族みんなが辛い顔をするの!」
大切な恋人からそう拒絶され,ロックはコーリンゲンから出て行った.そして一年後・・・彼が村へ戻った時,村人から聞かされた事実・・・.レイチェルは,コーリンゲンを襲った帝国軍からの攻撃で命を落としてしまっていた・・・けど,亡くなる寸前に彼女は,ロックのことを思い出して,彼の名前を呼んだという・・・.

私は,彼が頻りに「俺が守る」という言葉を繰り返し言っていた理由がそこで分かったのだ.守るべき人を・・・大切な人を守れなかった苦しみ・・・.その苦しみは私にも分かる.私もかつて守る側の人間だったからだ.

一方,そのレイチェルはというと,コーリンゲンに身を置く謎の秘術使いの手により,亡くなる寸前のまま,秘術の薬液に浸ったまま,まるで彼女と,彼女の周りの時が静止していたかのように「保存」されていた.ロックは,そのレイチェルの姿を見ながら呟いていたことがあった.彷徨える魂を呼び戻すことができる幻の秘宝のことを.その秘宝のために,彼は帝国に潜入しようとしている・・・.コーリンゲンで私一人がレイチェルの姿を見た時にも思ったことだけど・・・.

ねぇ,ロック?じゃあ私の存在はどうなったというの?守り守られる関係ではなかったの?あなたの頭の中にはレイチェルしかいないというの?私は,私は・・・.


ゾゾの町から出た私たち,魔導研究所へ向かう組である,私,ロック,エドガー,マッシュの四人は,ロックの提案でジドールに向かうことになった.







最終更新:2012年11月07日 13:59