2.
私,セリスと,エドガー,そしてマッシュの先導をきって,ロックは世界地図を片手に,それもとりわけ北西部を偶に見ながら,私たち三人の歩くペースに合わせて同じく歩いていた.彼・・・ロックの「仲間のペースに合わせて歩く」ということは・・・私一人が勝手に思っていることだけなのかもしれないけど・・・普通の人には見られない,彼だけの特長だと思っている.実際そう思い始めたのは,城下町サウスフィガロを脱出し,フィガロ城へと続く洞窟の中でのこと.その洞窟の中に入り,松明を持ったロックの後ろについて,私は歩いていた.
サウスフィガロの地下室で手枷による痛みに必死になって耐えていたところで,彼は自分が着ていたジャケットを私にかけてくれた.そのジャケットは,黒を基調とした,襟が高く半袖のもので,かけてくれた時は一瞬だけど,男の人特有のにおいがした.ジャケットの肩から二の腕にまでに相当する部分は,左右それぞれに,太陽と月をイメージしたアップリケが縫い付けてある.
とにかく私はそんな彼のジャケットを羽織りながら,彼・・・ロックの後ろについて,歩いていた.「後ろについて」,と言っても,ロックは自分の後ろについている人を無視してどんどん先に行ってしまう人ではなかった.それは,当時の私のように,ある程度傷を負った人だからそうしているのではないかと考えることもできるけれど,現に今,その考えを打ち消さざるを得ない事実が目の前で起こっている.要するに,私とエドガーとマッシュは皆元気なのに,それでも彼,ロックは後ろに続く私たちのペースに続いて歩いているということだ.
…話は元に戻るけれど,サウスフィガロからフィガロ城へと続く洞窟の中で彼の後ろについて歩きながら,色々とこのロックという男性について考えを巡らせていた.帝国軍の兵士の暴行によって傷つき,歩くのもままならないところを彼が持っていた薬によって,ようやく速さは遅いけど普通に歩けるほどになった私.そんな私のペースを考えてロック自身が歩調を合わせ,且つ私や他の仲間たちの先導をきって歩くことができる・・・.私はこの「彼の特長」に気付いた時から,ロックという男性に興味を持ち始めたのだった.もっと彼のことを知りたい.でも後ろ側からは彼が今どんな表情をしているのか分からなくって,そんな時に軽々しくものを聞いてはいけないと当時の私はそう思っていた・・・というか,まだそれだけこのロックという男性について知らない部分が多かったのだろう.この,知りたい,けど聞くに聞けないもどかしさ.この思いは一体なんと呼べばいいの?その思いは日々募るばかりで,ナルシェでの幻獣を死守するために戦った時は一時は和らいだものの,その後ティナを捜しに偶然訪れたコーリンゲンでその思いは爆発しそうになり,今に至る,というわけだ.
雨の降る町,ゾゾから南下し始めて,三日が経った.草原をただひたすら歩き,やっと地平線にうっすらと建造物らしきものが見えた時,私たちの前を歩いていたロックが,後ろを振り返りながら,こう叫んだ.
「やった!やっとジドールの町が見えて来たよ.ゾゾの町にチョコボ屋があったら良いのにって何回も思ったことか・・・.皆,この数日辛かったろう?」
その後ろにいた私たちは三人とも別々の反応をした.エドガーは,やれやれ・・・,といった風に,肩をすぼめて「しょうがないなあ」と言わんばかりで両手を広げ首をふるふるさせるというジェスチャーをしていたし,マッシュは両手を腰にやり,「ガッハッハッ,やったなロック」と笑ってそう言いたそうだった.そして,私はというと・・・.
「いいえ,あなたの後ろ姿をずうっと見ていたから,全然辛いと思ったことはなかったわ.寧ろ,安心できた」
と,思ったままのことを言ってしまった・・・.彼,ロックはこう答える.
「『安心できた』って,セリス,お前何を・・・」
「いえ,いいの・・・」
と,私が更に返し,場の雰囲気を壊してしまったような気がした.エドガーは,それにいち早く気付いたのか,ロックの片方に手をやり,指をフリフリさせていた.そして,
「チッチッチッ.ロック,お前分かってないなあ」
と言っていた.マッシュは,ポカンと口を開けて,何が起きたのか全く理解できていないみたいだった.
そんなことがあって更に数日後,彼方に見えるその町を目指し,私たちはようやく,その町,ジドールに着いた.ロックが開口一番に言うことには,
「皆!やっとジドールに着いたわけだけど・・・,悪いが宿を借りてきてくれないか?俺はこの町のあらゆる情報を根こそぎかき集めに行って来るからさ」
と.そう言って,彼はあっという間に町の中の人集りに溶け込むように走って行ってしまった.その言葉を受けた私たち三人・・・のなかでも,マッシュが,
「宿を借りるなら,俺がして来るぜ!疲れた体に一番でピッタリの宿を探してくるから,兄貴とセリスは入り口でゆっくりしてろよ!」
と言って,彼もまた,人集りに溶け込むように走って行ってしまった.
こうして,ジドールの町の入り口にて,エドガーと私の二人だけが残されることになった.エドガーは,マッシュの人集りの中へ走っていく後ろ姿をしばらく温かい目で見ていた.やがて,独り言のように,「あいつも分かってきた・・・」と呟くと,全身を私の方へ向け,こう話し出した.
「ああ,私の独り言が耳に入ってしまったようだね.すまない,気にしないでくれ.ナルシェで一緒に戦った時以来,まともな会話すら交わしていなかったようだが・・・.改めて自己紹介をさせて貰おう.私はエドガー.エドガー・ロニ・フィガロ.エドガーと簡単に呼んでくれても構わない.後ろについている名前は,ただの重苦しい飾りみたいなものさ.それで君はセリス・シェールといったね」
そこで一旦,彼が私の様子を窺うようにしたのか,話すのを止めた.私は,彼につられて自己紹介をした.
「私はセリス.セリス・シェール.元帝国軍の将軍で,一応『ルーンナイト』の称号を持っているわ.でもこれは,ただの重苦しい飾りみたいなものだけどね.あとは・・・.大事にしているものがあるわ.それは,バラの株よ.赤いバラの花びらがとっても綺麗なの」
エドガーは終始私の話をとても楽しげに聞いていた.どうしてそんなに楽しげにしているのか,と訊くと,彼はこう答えた.
「何故私がこんなに楽しげに話を聞いているのかって?そんなに疑問に思うことかい?単純に,女性と話すのが好きなだけだからさ.それに・・・」
それに・・・?一体なんだって言うんだろう?
「君の美しさは,正に赤いバラの花言葉の一つである『美』をそのままかたちにしたようだ.その美しさが,私の心を捕らえて話さないからさ.そしてもう一つ・・・」
と,エドガーは,ジドールの町の中央部からドタバタと賑やかな音を立ててこちらへ向かってくるロックとマッシュを目にして,こう言った.
「ああ,どうやら君とのお喋りタイムもここまでのようだ.本当なら君とずっと話をしていたいが,今後の作戦を立てなければいけない.それがリーダーの辛いところさ」
まだ町の入り口立っている私たちは,ジドールの町に少しだけ踏み入ったところで彼らと合流し,ロックが町中から根こそぎかき集めたという話を聞きながら,更に四人でゆっくりとジドールの町へ入って行った.
エドガーは,まずこのジドールという町について簡単な説明をしてくれた.
「ここジドールは,金銭と地位が全てだと信じる上流階級の人たちが住む町だ.オークション会場もある.噂では,先日『魔石』が入荷されたらしいぞ」
その言葉を受け,私が
「さすが一国の王様ね.でも・・・『魔石』もオークションで売ろうとしているの?それさえも売りものにされてしまうなんて・・・」
と言うと,エドガーは,町なかでも尚,私たちの前を歩くロックに聞こえないように小声で私にこう返した.
「セリス.そう気に病むことはないさ.上流階級の連中なんかにとっては魔石はただの『宝石』でしかない.ただのもの珍しさだけで買っていく人たちが殆どなんだから.その買ったものの本当の意味なんて求めずに,ただそれがキラキラしていればいい,とそんな風に思う連中ばかりが住んでいるところに過ぎないのさ,ここジドールは」
私も小声で返した.
「でもロックはこの町になにかしらの手がかりがあると・・・」
エドガーは,右手の親指と人差し指とを顎にやりながら,少し考えたようにした後,こう言った.
「それはきっとあいつなりの勘ってものが働いたためだろう.ロックの勘って,良く当たるんだよな」
「それは,彼がトレジャーハンターだから?」
「そう・・・だな,そうとも言えるかもしれないね」
と,エドガーと私が話していると,今までずっと前を歩いていたロックが振り返り,
「この町の奥にでっかい屋敷があってさ.なんでもオペラ劇場の団長さんが訪ねているらしいぜ」
と言った.エドガーが彼の言葉に反応して,すぐに返した.「何故ジドールに?」と.ロックは,歩くのを止め,答える.
「分からない.でも町の人の噂だと何かが動き出そうとしているっていう雰囲気だったぜ?」
「そうか・・・じゃあ俺たちも行ってみるとするか,その屋敷とやらへ」
このエドガーの発言で,ジドールの中での私たちの目的地が決まった.
ロックによると,アウザーという名の富豪が住んでいるその屋敷には,沢山の絵画があらゆる壁にかけてあるサロンがあるらしい.私は,四人でアウザーの屋敷へ向かっている最中,こんなことを考えていた.
絵画にオペラ・・・.軍事国家であるガストラ帝国で育ってきた私にとっては,それらは全くと言い程,縁が無かったものだった.その無縁さは,リターナーに入ってからも同じで・・・,自分の中でそういう芸術的なものと言ったら,今唯一の趣味のローズトピアリー作りくらいしかない.そのローズトピアリー作りも,リターナーに入って日々戦いと冒険に明け暮れているものだから,趣味に没頭できる時間は全然なくて・・・.そういう意味では,私,セリス・シェールは,最近色々と疲れ気味だった.そんななか,偶然出会った芸術的なもの・・・.まあオペラはともかく,幼い頃から趣味の一環としてあった絵本を読む,というのがあったから,絵画にはあるかな・・・.
「セリス.」
もの思いに耽っていた時に,急にロックに呼ばれ,前を見ると,既に私たち一行はアウザーの屋敷の玄関手前まで来ていたことに気付いた.ドアのすぐ横にはエドガーが立っていて,私のすぐ横にはロックが立っている.マッシュは,アウザーの屋敷の手前にある欄干に手を置き,そこから一望できるジドールの町並みを堪能しているようだった.このシチュエーションは,もしかして・・・「レディファースト」ってこと?私は場の空気をそう読み取り,ドアをノックしようとドアに近づいた.すると,ロックとエドガーは「その調子,その調子」と言わんばかりの表情で二人ともドアの方へ手を差し出していた.そしていざノックしようと私が手を伸ばしドアに触れる,正にその時だった.ドアが勢いよくこちら側に開いたかと思うと,私とドアがぶつかり,私は倒れそうになった.更に,そのドアを開けただろう人物は,倒れそうになった私の姿を見て何を思ったのか,
「マリア・・・なのか?」
と言ってきた.と,そこへロックがやって来て,その人に対して言うことには,
「あんた,いきなりドアを開けておいて謝りもせずに何を言っているんだよ?!こいつは俺たちの仲間のセリスだよ」
と.その人は,ロックに強い調子の言い方をされ,さすがに罪悪感が沸いたのか,
「すまなかった.どうやら人違いのようだ.君たちの仲間のそのセリスという女性が,私の劇団の女優にあまりにも似ていたものでな.ふゥー,それにしても困ったものだ.それでは諸君,失礼した」
と言って,屋敷奥にあるチョコボ屋のチョコボに乗ってそのまま町の外へ出て行ってしまった.ロックは,
「そこかよ?!まずドアをセリスにぶつけたところから謝るべきだろ?」
と半ギレ状態で,エドガーは,やれやれ・・・,と言った風に両手を広げながら顔を横にふるふるさせるというお馴染みのジェスチャーをしていたし,マッシュは・・・彼の姿は,いつの間にか見えなくなっていた.どこに行ったのだろう?
それにしても・・・.私が,この私が,女優に似ているって?「それほどの女性」なの?私って・・・.
「・・・『私の劇団』ってことは・・・もしかしてさっき出て行ったあの人がオペラ劇場の団長さんなのか?」
「ああ,そうなんだろう,きっと」
そう話している,半ギレ状態からようやく治まったロックと,どんな時も冷静沈着なエドガーとに,私は果たして自分が「それほどの女性」なのか訊いてみたくなった.だけど,ロックとは守り守られる関係で,だから,その・・・過去のこともあってか,私のことを見ても,きっとレイチェルの姿に重ねてしまうんだと思う.エドガーは・・・口説きの王様のことだ,きっと飾り気のない,でもさりげなく女性の心にスッと沁み込むようなことを言ってみせるのだろう.でも,元々彼,エドガーはフェミニストな人だ.私が「それほどの女性」かを尋ねても,彼の口からはきっと『どれくらい』,「それほどの女性」かは分かり得ないのではないかと思う.なら,マッシュは?山で禁欲生活をしていたという彼なら,きっと率直に私のことを・・・そして「それほどの女性」なのかを見てくれるだろう.だけど,その肝心のマッシュがさっきから姿を消していて,訊くにも訊けない,そんなもどかしい思いに駆られていた.私はロックにマッシュの行方を訊いてみようと話しかけた.
「ねぇロック」
「どうした?」
「マッシュってどこに行ったか知ってる?」
「ああ,マッシュなら,さっき屋敷から出てきたあの人がチョコボに乗って走り去るの時に,その後を走って追いかけて行ったみたいだけどな?理由は分からないけれど,そのチョコボを走って追うのって,どれだけ体力があるんだよって思わないか?スプリンターじゃあるまいし・・・.そもそもマッシュってモンクだろ?走るイメージがあんまり浮かばない・・・」
「そうね・・・私も彼はそんな走るような人じゃないと思っていたわ・・・」
と,私とロックが会話していたところ,さっきまでマッシュがいた,このアウザーの屋敷の手前にある欄干に今度はエドガーがいて,大声で,
「おーい,マッシュ,どこへ行ってきたんだ?」
と言って―多分マッシュはアウザーの屋敷の階段を上る手前にいたんだと思う―彼に呼びかけた.モンクである彼でも,さすがに息を切らしていたのか,はぁ,はぁ,と荒い息づかいをして屋敷のすぐ手前までの階段を上りきり,そしてドカッと腰を落とすと,エドガーに向かってこう言った.
「それがな・・・兄貴.あの人がチョコボに乗った時に落とした手紙を届けようとして,チョコボ屋に行っても間に合わないだろうから,走って追いかけようしたんだ・・・.けどやっぱり追いつかなくって・・・しょうがないから手紙を持ったまま帰って来てしまったよ」
エドガーは,やれやれ,と言った風の表情をして,こう返した.
「走るチョコボを追いかけるなんて無茶なことを・・・.お前らしくもない.だがそれだけ重要なことが書いてある手紙だとお前はそう思ったんだな?」
そう言って,エドガーはマッシュからその手紙を受け取ると,「ん?既に開封済みじゃないか」と呟き,折り畳んでいた手紙を丁寧に開いた.私,ロック,マッシュは,そんな彼の肩ごしからその手紙を覗き込むようにして後ろに周った.皆,その手紙に何が書かれてあるのか興味津々だったんだと思う.だけど,その手紙には,たった一行しか文章が書かれていなかった.
「おたくのマリア,嫁さんにするから,さらいに行くぜ さすらいのギャンブラー」
と.
最終更新:2012年12月12日 14:47