IV.


フィガロ城からチョコボに乗って,三人の勇士たち,セリス,エドガー,マッシュは,コーリンゲンという小さな村へと向かっていた.そこでまた新たな仲間の一人と再会できることを信じて・・・.

何気に,マッシュが自分の兄であるエドガーに尋ねた.
「なぁ兄貴.フィガロ城からコーリンゲンまでは,展望台から見た限りでは割と近かった.それなのに,なんでわざわざチョコボに乗って行くことにしたんだ?」
兄・エドガーが返す.
「崩壊してしまったこの世界のことだ,どんな魔物がいるのか分からないのに徒歩で行くのはあまりにも危険すぎるだろう?実際,お前とセリスがモブリズの村で追い払ったっていうフンババだって,崩壊した後に現れた魔物だって言うじゃないか.それに・・・」
エドガーは先頭をきってチョコボを駆けるセリスに目線を移し,彼女に聞こえないような,そんな小さな声で
「恋するレディを見ると誰でも応援したくなるものさ.コーリンゲンで誰が待っているのかはさすがのこの俺でも分からないがね」
と言った.マッシュは,分かったような分からないような,そんな表情をしながら,すぐ横を走るエドガーから正面へと向きなおした.やがて,セリスは嬉しそうに声をあげて,
「見て!コーリンゲンよ!良かったわ,世界が崩壊してしまって無くなってしまったのかと思ったこともあったけど・・・ちゃんと・・・あるのね.生きているのね,村の人たちは」
と言ったのだった.

コーリンゲンに着いたセリスたちは,まず村にある,あらゆる情報が集まってきて,且つ,ほとんどの村人に馴染みのあるパブに入った.そこで,一行がまず一番目にしたものがあった.

それは,壁にかけてある美しい絵を台無しにするかの如く,その絵に何十本も刺さっているダーツの矢.そしてパブの中央では,白髪で―と言っても年齢は20代後半らしい―顔中に傷のある男が,右手には指で二枚のジョーカーのカードを器用に挟み込み,また違う指で挟みこむ・・・ということを繰り返し,左手で,多分・・・その男が飲み干したウィスキーの角瓶だろう,その角瓶に小さいダイスを入れてキャリキャリと転がし回しては弄んでいた.その男は,パブのマスターに金を払うと,パブの奥の衣紋掛にある,襟が高く丈が自分の背の高さと同じくらいある真っ黒のコートを大袈裟に翻すように着た.そして,壁の絵に刺してあった何十本もあるダーツの矢をしまい始めた.一行はその様子を最初は呆気に取られて見てはいたが,一行の中でもとりわけセリスは,その男がダーツの矢をしまい始めたのを見てこう言った.
「セッツァー?ねぇ,あなたセッツァーでしょ?!お願い,そうだと言って!」
セッツァーと呼ばれたその男は,一度,あん?,と言って,セリスの姿を確かめるようににしてコートの袂を捲り,セリスを見返した.すると彼は,何気なしに,こう答えた.
「よォ,お前・・・セリスか.生きていたんだな」
セリスは少し驚き,
「え・・・?!この私が死んだと思っていたとでも言うの?・・・生きてたわ.生きてたわよ.後ろにいるエドガーとマッシュだって,精一杯生きてた!」
セッツァーは,両の拳を握りしめながらそう返すセリスの肩に片方の手を置き,
「そう騒ぐな.他にも俺のように飲んだくれたじいさんがいるんだから少し落ち着けよ.・・・今の俺の心の中はな,この世界と同じに,荒廃しているんだ.あれだけ追っていた空にも,もう絶望しかない・・・」
と答えた.すると,セリスは今度は物腰落ち着いた風に,否,セッツァーを諭すようにこう言った.
「セッツァー,あなた,希望や夢は,空にあるものだと思っているの?」
セッツァーはすぐに返す.
「・・・ん?なんだ,違うとでも言うのか?」
セリスは,物腰を保ったまま,語り続けた.
「夢は違うかもしれないけれど・・・希望は,追い求めるものじゃなくって,誰でも最初から持っているものなのよ.私だって・・・」
セリスは,あの孤島で偶然会った鳩に巻かれてあった布を取り出した.セッツァーは,目を見開き,
「そいつぁ・・・もしかしてロック・・・あいつのか?!そうか.あんたはたったそれだけで変われたんだな.俺なんか,このギャンブル道具とか,そんなものを沢山持っているくせに・・・.情けねぇな.じゃあ俺も希望ってもんを蘇らせてもらうぜ.そして・・・」
と言い,セリスの瞳に自分の目線を合わせると,セリスは,
「ええ,夢を一緒に追いに行きましょう!!」
と言ったのだった.

実はこの二人,セッツァーとセリスの会話が行われている間,不思議なことに,外界・・・すなわち二人の外側からは一切音が入り込まないような,そんな特殊な空間が施されていたのだ.それが証拠に,会話が終わり,セリスが気を抜くと,セッツァーの耳に,いきなり「雑音」が入り込んで来たのだ.・・・先程彼自身が言った,「飲んだくれたじいさん」たちによる,くどくどとした現実話,嫌味.

「ホレ,見ろ.あの苦しがり屋で弱弱しいセッツァーに対して適当なことを言って,下手に立ち上がらせてしまったぞ」
「あんな言葉じゃどうせまた挫けるに違いないわい.もしかすると身投げするかもしれん」
「そもそも若いモンは『現実』というものを分かっちゃおらん.そこに綺麗な言葉を並べて励ましても無意味なだけじゃ,なあ?」
「おおとも!何が『希望』,『夢』じゃ・・・.そんなモンはこの世界にはいらん.わしたちは素直に滅びゆく運命を全うするのが一番なんじゃて・・・」

セッツァーはまだ酔いが覚めていなかったせいもあったのか,情緒不安定なところもあった.そのじいさんたちの話を耳にした彼は,思わず耳を塞ぎたくなった.折角,希望を蘇らせようと思えたのに―.その一部始終を見ていたセリスは,そこで豹変した.

セリスは,そのじいさんたちの真ん前にあるテーブルを思いっきり叩くと,こう叫んだ.
「何故!何故,お前たちは苦悩の果てにやっと希望を蘇らせかけたひとの心を殺ぐようなことを言うのか!お前たちだって,かつては夢を持っていたのだろう?それをどうして!」
いきなりの発言だったので,酒場にいる全員が彼女の豹変ぶりに腰を抜かしていた.特にエドガーは,セリスの口調の変化にいち早く気付いていた.これはもしかすると,彼女が「常勝将軍」と謳われていた頃の彼女自身の口調なのではないか,と.しばらくして,このセリスの発言によって逆撫でされてしまったとあるじいさんが言うには,
「お前のようなガキに何が分かると言うんじゃ!大体若いモンの言うことは甘すぎる!夢だの,希望だの・・・.ホレ,なんて言ったかの,この村にも昔顔を出しておったあの泥棒・・・」
そこで別のじいさんが便乗する.
「ロックじゃろ?あの男も大層なヒヨコっぷりだったな!ワッハッハ・・・」
この発言が,更にセリスの逆鱗に触れてしまったのか,しかしそれでも尚,彼女は平静を保とうとし,
「なん・・・だと?ロックが・・・あの人がヒヨコだと?お前らに何が分かるというんだ・・・」
とゆっくりと敢えて話したが,こう言った彼女に対して,パブのじいさんはからかうつもりでこう言ったのだった.
「なんじゃ?お前さん,あの男に惚れておるのか?夢見男と夢見乙女の恋物語か!オペラ劇場で公演したとしても一銭の価値もなかろうに!ワッハッハ!」

そこで遂にセリスの心の奥底にある「箍」が外れたのだった.けたたましい程の笑い声がしばらく続くなか,セリスの仲間たち,エドガー,マッシュ,そしてセッツァーだけしか見えない,ある種の青色をしたオーラがセリスの周りを揺蕩うのが見てとれたのだ.そのオーラの出様に呆気にとられていた三人だったが,特にそのことにいち早く気付いたマッシュは,「セリス,お前・・・!」と彼女の腕を掴もうとしたが,エドガーに止められた.そして,セリスは,あの孤島から出発して二度と見せないと決めていた涙顔をセッツァーだけに見せ,やがて,剣をゆっくりと鞘から取り出し,構えようとした.セッツァーが,「まさかお前・・・やめ・・・」と言った瞬間だった.片方の手で剣を鞘から完全に引き抜き,構え,今にも斬りかかろうと踏み出す寸前を,彼女のすぐ後ろにいたセッツァーがそう言って止めようと言いかけた時.正にその瞬間に,セリスはもう片方の手で勢いよく水平に伸ばしてセッツァーを顔の前まで寸止めさせ,涙声で,「セッツァー・・・夢をあきらめないでね・・・」と言ったのだった.

そして刹那,涙の流れた跡も残さずにセリスは前方を見据え,剣を斜めに構え,そのじいさんたちにの懐へ斬りかかろうとした.だが,そのじいさんたちの懐へ剣が直撃する寸前で,モンク・マッシュが,なんと素手でその剣を受け止め,同時に,逃げようとするじいさんたち全員を自身の豪腕で引き止め捕まえたのだった.彼は,終始無言で,じいさんたちを捕まえてからは,どっちの方も向かずに,目を伏せたままだった.やがて,セリスとじいさんたちの間にエドガーが歩み寄ると,まず最初にセリスの震えている腕を優しく掴み,剣を放させ,代わりに,ハンカチーフを敢えて無言で渡した.

場の空気はこのように激しく変わっていったが,最終的には,場・・・このパブを,フィガロ兄弟が鎮静させたことになる.セリスは,ピンと張っていた心の糸が解れたかのように,剣を構えた姿勢から,まず足が脱力し,座り込んだのだった.






最終更新:2013年02月24日 11:24