V.


一度は,豹変したセリスによってこのパブは一体どうなるのかと誰もが皆思っていた.しかし,常に冷静さを失わない若きフィガロ国の王エドガーと,その弟で屈強とした肉体を持つマッシュの兄弟によって場は鎮静化されることになった.あっという間に終わった出来事に対して何も出来なかったセッツァーは一人,
「情けねぇ!」
と,自分に言い聞かせるかの如く壁を蹴った.その言葉と音に反応したセリスは,ゆっくりと立ち上がり,こう言ったのだ.
「いいえ,セッツァー.あなたは情けなくなんかないわ.だって,剣を引き抜いた私を止めようとしてくれたじゃない.そして私は言ったわ.『夢をあきらめないでね』って・・・」
セリスが口に出した「夢」という言葉に,パブのじいさんたちは反応する.
「また夢の話か.お若いのう.ファファファ・・・」
マッシュの豪腕に掴まれたままにも関わらず,彼らは嫌味を言う.そんな両者を見て,エドガーは語り始めた.
「セリス,セッツァー・・・彼らは私たちの仲間です.そして今,その仲間が辛い目に遭っている・・・.あなた方のせいで,ですよ.しかし,あなた方の言っていることを全て否定することは出来ません.あなた方なりの考えがあるのでしょうから.・・・どうでしょう,此処でセリスとあなた方で和解をするのは?それが一番後味が悪くならない方法ではないでしょうか」
エドガーは,壁にもたれかかっているセリスに手招きをして,
「セリス,まず一番始めに君にいくつかの質問をさせてもらうが,構わないかな?」
セリスはエドガーの方へ近付き,答えた.
「ええ,別に構わないわ.・・・あ」
セリスが不意に言いかけたので,エドガーは,どうしたんだい,と尋ねると,
「さっきあなたから貸してもらったハンカチ,返すわ」
と言いながら,エドガーにハンカチを返そうとした.・・・が,彼は,
「いや,それはもう君のものだ.男は常に2枚以上のハンカチを持つのが常識なんだよ.レディのためにね.・・・おっと,話がそれてしまった」
彼は,互いに向かい合うセリスとじいさんたちの間に入ると,早速セリスに質問をし始めた.

「セリス.君が一番信じていることはなんだい?」
セリスはすぐに返した.
「あの人が・・・ロックが生きていることよ」
続けて,彼が問う.
「君が一番大事にし続けているものはなんだい?」
「勿論,赤バラの・・・いえ,今はあの人の・・・このバンダナね」
また,彼は問う.
「君が今一番したいと思っていることはなんだい?」
「ロックが・・・みんなが無事に生きているということを確かめたい.そして,がれきの塔にいるけケフカを倒しに行くこと!」
彼は続けて問う.
「セリス.今質問をした『君の一番』が全部無くなってしまったらどうする?」
「一度は身投げしてしまったけれど・・・.それは間違いだったって思ったわ」
彼は問い続ける.
「セリス.どうして私の質問にすぐ答えられる?一度は身投げするくらい,『君の一番』を失ったんだろう?」
「何度も挫けたからよ.もうこれ以上にないくらい絶望に打ちのめされた時,こう思ったわ.『私は,もう何も失うものがなくなったんだ・・・』って.そして,こうも思ったわ.『なに・・・?この沸々と湧き上がってくる,この思いは・・・?』って」
エドガーは,セリスのこの言葉を聴いて目を見開き,言った.
「一体その思いはなんだろうね?」
セリスは語った.
「多分,最後まで追い詰められた私に残された心,『希望』ね.それは勿論,ロックから受けたものでもあるけれど・・・.でも,違うの.私自身のなかからでも,既にできあがったものなのよ,きっと.もう失敗する,とか,何かを失うこともない,不思議と何も恐れない『勇気』みたいなものができあがったんじゃないかしら.その時,私思ったわ.これが,『生きる強さ』なんだってことが・・・.」

このようなエドガーとセリスのやり取りを,パブにいる人全員が見ていた.マッシュは既にじいさんたちを解き,
「そう言えば俺と再会したばかりのセリスは,なんだか・・・輝かしかったよ.ああいうのを,『恋に燃える女』とか『強い女』って呼ぶのかい?」
と口にしたし,セッツァーは
「ヘッ,なるほどな.『何度も挫けたから』か・・・.いつの頃からだろうなあ,勝負事に手を出さなくなっちまったのは・・・.多分・・・俺の翼(とも)を亡くした日からか・・・」
と言った.他のパブのなかにいた連中は,ガヤガヤと騒ぎ出した.そんななか,エドガーは今度は,じいさんたちに向けて質問をし始めた.

「あなた方が『現実』と呼ぶものは一体なんですか?」
彼らもすぐ答える.
「今まさしくわしたちが置かれている世界のことじゃ!滅びゆく世界,死に絶える命・・・ばかりじゃ」
続けて,彼は問う.
「その『現実』の中で,あなた方は何をしてきましたか?」
「目の前で孫が死んだ.長年連れ添ったばあさんもあの世に逝ってしもうた.わしらはそれをただ見るより他はできなかったんじゃ・・・」
また,彼は問う.
「本当に,『ただ見るより他はできなかった』のですか?もしかすると,何か出来たのかもしれません」
「ええい,何度も同じことを言わすな!お前ら若造は分からんじゃろうが,『もしかすると』など通用しない世界なんじゃよ!」
彼は,続けて問う.
「可能性は本当に0なのでしょうか?実際にあなた方がご家族を亡くされた時に,ただ見ているだけではなく,少しでも手を伸ばしていたら・・・.少なくとも『助けたい』という意思表示をしていたら・・・.きっとあの世にいらっしゃるご家族だけでなく,あなた方も変われたはずです.今だって,セリスがとても大切なことを言ってくれました.大切なのは,どんな絶望に打ちのめされようと,何かアクションを起こそうする勇気とそして希望・・・.ズバリ,言いましょうか」
エドガーは,じいさんたちにだけ目を向け,こう言った.
「今のあなた方は,恐れているのです.『生きる』ことに.『挑戦し,挫けること』に!あなた方は,挑戦しましたか?」
「この老いぼれに随分と残酷なことを言うのォ・・・.挑戦じゃと?若い頃にゃあ沢山しとったが今はそんな力はないわい・・・」
彼は問い続ける.
「生きることに恐れている,という点については?」
「もうわしらも年じゃ・・・.今更そんなことを言われても困るだけじゃわい・・・.しかしあれじゃな・・・.お前さん方を見ていて,ちょっとは見直したわい.決してうわべだけのことを言っとらん.それに,若さを少し分けてもらったような気がするよ.生きることに恐れている・・・か.確かにそうかもしれん.このまま何もせず,飲んだくれたまま死ぬよりは,何か村の役に立つことをやっていかなければ,死んでしまった家族に合わす顔がないわい.・・・ありがとう.あんたらのおかげでまた重い腰を上げられそうじゃ.わしらにも出来ることはきっとあるんじゃな.セリス,といったな.さっきはすまなかった」
そう言って彼らはセリスに向かい詫びると,彼女はそれに応じ,
「いいえ,こちらこそ.マッシュに止められなかったら,私,あなた方を傷つけてしまうところだったわ・・・」

そこでエドガーが,
「よし,これで和解できたようだな.じいさんたちはやる気が起きたみたいだし,セリスも落ち着いたようで何よりだ」
「ありがとう,エドガー」
「レディの礼の言葉,しっかりと心に留めておくよ」
と返し,深々とセリスに向かい頭を下げ礼をしたのだった.


このようにして,コーリンゲンのパブでの出来事は一大事には至らずに済んだ.セリスたち一行とじいさんたちとの和解からしばらくした後,パブはいつもの平常な雰囲気を湛えていた.セリスたち一行は,今後どうするかをパブの一角で話し合っていた.三人の勇士が,一人・・・セッツァーが加わり,四人の勇士になったので,一行の内でとりわけセリスが嬉しがりながら話す.
「ねぇ,みんな!次に私たちが行ける場所はあるのかしら?」
と,バサッと,「あの日」に世界が崩壊する前の世界地図を机の上に広げた.
「セリス,この地図はもうあてにならな・・・」
と言いかけたエドガーの言葉を遮り,セッツァーが,
「あるぜ.それも,いっぱいだ」
と言った.セリスは,
「本当?!どうして・・・」
と訊いたが,セッツァーは椅子から立ち上がると,
「すまん,その話はまた後だ.後・・・そうだな,ここの宿がとれたらの話だな」
と言って,彼はパブの外へ出て行ってしまった.セリスは彼を追いかけようとしたが,フィガロ兄弟に止められた.まず宿をとらないと,ということで,セリスたちは,早速そうするために,カウンターにいるパブのマスターに話しかけた.






最終更新:2013年03月13日 19:29