1.シーン1


昔の哲学者はこう言った.

「万物は流転する」と.

全てのものは流れゆく.「時間」という一つの流れに委ね,常に変化しているのだ.

これは,クスフス・アンセーヌ・オルテガがまだエコールという名の学校の生徒だった頃の話―――.


エコールの入学式が終わったその日,彼ら3人はそれぞれの思いを抱きながら一つの大きい板を見つめていた.その板には,入学したての学生の名前がずらっと書かれてあった.アンセーヌはすぐに自分の名前を見つけることができた.クスフスは,最後から探したほうが早いことに気付いた.オルテガもクスフスと同じくらいの場所に名前が書かれてあった.
程なくして,板の前に教官たちがやって来て,その内の一人がこう言った.

「まずは,入学おめでとう.よく我々の学校に入ってくれた,ありがとう.・・・このように入学試験の成績順に君たちの名前を連ねるのは私たちは気が引けるのだが・・・.どうか気を落とさずに明日からも元気よく登校して欲しい」


2.シーン2


「あの時は,負けてやるか!って思ったモンだぜ」

エコールの学生たちがよく集うパブ・叡智バーで,クスフスとオルテガがビリヤードをしていた.彼らは,慎重にキューと手玉のなす角度を見定めながら,入学式後の思いや,教官の言葉について語り合っていた.

「そうだな,オルテガ.僕たちは入試最下位で通ったんだもんな」
クスフスは,勢いよくキューを突き手玉を落としたオルテガにそう言った.
「やっちまった.おまえの番だよ.ところで"あれ"はもう決めたのか?」
ハイボールをゴクリと喉の音をたて飲み干したクスフスは,ガラスのコップを机に静かに置くと,言った.

「ああ,高等部進学の際の志望学科のことかい.・・・鷹揚物理学科にしたよ.入学してからここしばらく経つけど,僕はどうやら何かの理由を追及するのに向いているって思ったんだ.そしてその対象が自然界であることにもね.もっと言うと・・・.僕は,皆で何かやり遂げるというよりは,独りで数式をいじっている方が好きだということにもね」


3.シーン3


「もっとあなたのことが聴きたいわ」
鍵がかかった書庫のなかで,互いに性の初体験を終えたクスフスとアンセーヌ.
クスフスは彼女からそう聞かれ,全てを答えようと思った.心も体も,今は愛すべきひとが目の前にいるのだ.それは,揺るがない事実だった.その問いは,彼の追及の対象を,人間の愛に移した瞬間であった.

自分が全てを以って愛した人が目の前にいる.そして,その想いに確かに応えてくれたひとが同じくして目の前にいる.これほどの生の喜びが他にあるだろうか!クスフスは真の愛を交わすことによって,今生まれ変わったのだ.

「アンセーヌ.君だけに全てを話すよ.覚えている限り過去の話から,今に至るまでの僕のことを」
「ありがとう」

― ― ―

大人になったクスフスは,愛する人が生まれ,彼自身の人生が大きく変わる,否,「流れ出す」ことになる.彼は,一体,エコールで何を得たのだろうか.そして流れ出した先に何が待っていたのだろうか.今,【天外理想郷】の主人公の知られざる過去が明らかになる.

(続く)






最終更新:2014年04月07日 20:43