そのギガース族の幻獣は 静かに語った・・・
この異空間の混在さえも 単なる予兆に過ぎぬと.
世界の希望の象徴である 光の戦士を
異界深くに引きずり込み イミテーションを生み出した
大きな震えさえも これから訪れるものに
比べれば ちっぽけである.
それはとてつもなく 大きく 深く
そして 温かい・・・
だが 温かさだけではこの物語は語れはしない.
8つの魂が 少年に導きを 与えるだろう.
そこから少年は 大人になってゆくのだ・・・
01:[甘き少年時代に別れを告げよう]
「胸に問いかけ決意するがいい―」
カオスの手先の一人がそう言って姿を消した後,
オニオンナイトの称号を持つ少年は,己の不甲斐無さを噛締め,走り出した.
自分が守るべき少女,ティナの悲痛な叫びを聞いた時・・・
心が痛かった.そしてもっと痛く辛かったのは,
自分の手でティナを傷つけてしまった事・・・
―僕は,なんて愚かだったんだろう.守ると決めた少女を守れなかった・・・
さっき,コスモスとカオスの一味のあいつが言っていた
「一番大事な想い」,そして「決意」って,一体どういう意味なのだろう?
やっぱり,神様って勿体ぶった言い方が好きなのかな?
それに,確かゴルベーザって言ったっけか,何だか
カオスの連中って壊すだけの奴らだけじゃないみたいだな―
などと,少年が頭をフルに使い思考しながら,
幻光虫が漂う薄暗い「夢の終わり」を軽やかな足取りで走っていると・・・
突如として,流音と僅かな揺れと共に真下のデジョントラップが渦を巻き,
その中心部から背中に孔雀の羽の様な,頭には巻貝の様な装飾品を身に付け
顔には独特な模様を刻み,胸部が少しはだけた漆黒のローブを身に包んだ
妖艶な女性が現れた.
驚く暇さえ無く,その女性は少年の目の前に瞬時に近づき,曰く―
「・・・可哀想な少年
混乱している可哀想な少年.さあ行くの? 退くの?
おまえは決めなくてはならない」
「何を言っているんだよ?!」
「おまえの中の少年は行けと命じている.
おまえの中の大人は退けと命じている.
どちらが正しいのかおまえにはわからない.
助けが欲しいでしょう?この窮地から救い出して欲しいでしょう?」
「助けなんて・・・いらない!もう行くしかないんだ!」
「助けを求める事は恥ではありません.おまえはただの少年なのだから」
「僕を子ども扱いしないで欲しいな」
「もう少年ではいたくない?」
「もしあなたが魔女かなんか,すっごい力を持ってる人だったら,
僕の時間を早めて欲しいよ」
「もう戻れない場所へ.
さあ,少年時代に別れを」
「え,ちょっと―」
最後まで言い切らない内に,いつの間にかデジョントラップは二人を
球形状に包み込む様に形を変えていて,少年は周りの状況の変化を
確認するので精一杯だった.その間に女性はうっすらと姿を消していって
そしてそれに気付いた瞬間,目の前が光に包まれ,同時に気を失った.
目覚めると,見慣れた白銀の世界,そう,「秩序の聖域」にいた.
何故自分がこんな所に運ばれたのか分からないけど,
とにかく前に進まなければ―と思い,前を見据えると
秩序の神が腰を下ろす座,とウォーリア・オブ・ライトから
聞かされていたオブジェの向こう側に,
またもや妖艶な出で立ちの女性が立っているのが見えた.
名はアルティミシア,カオスの一味である.
―ここは僕一人しかいない!そして戦うぞって心に決めたんだ,だから―
戦いに敗れ,長い長い眠りについていた様な気がする.
その間,誰かが自分を看病してくれていたのをうっすらと少年は覚えていた.
―負けちゃった・・・.なんだか情けないや,
僕.こんなので,本当にティナを守れるのかな―
まだまだ小さな身体を起こしながらそんな事を考えていると,
「傷は大分良くなったようだな」
と,渋みを抱いた温かな男性の声が耳に入ってきた.
目を開けて姿を確認してみると,驚く事に想像していたものとは
大きく異なっていて,その声の主は
ギガース族と呼ばれる獣―これは仲間から聞いた事だが―であり,
見る限りでは,巨人族,の名にふさわしい筋骨隆々とした逞しい風貌であった.
ただ,モンスターとしてのギガース族とは違い,
何か神秘的なエネルギーが体中から感じられた.
そう,ティナと共にいた時に,まさしく彼女から感じられたのと同じものだ.
そのギガース曰く,
「君に頼みがある.ティナを・・・いや,
私の娘を・・・どうか,助け出してやってくれ・・・」
「えっ?!それじゃあ,あなたは・・・!」
「そうだ.私は幻獣マディン.ティナの父親だ.
そしてここは幻獣界.君の住む世界では召喚獣と呼ばれているそうだが,
同じ様な力を持つ者達が住まう場所だ」
The truth is that she is ...
02:[たとえ自分が幻だとしても]
「ティナのお父さんが幻獣・・・?」
「そうだ.母親は人間の娘で,
少し気弱な所があったが,美しいひとだった・・・.
ティナは,母親のそういうところを受け継ぎ幻獣としての力だけは,
父親である私のそれを受け継いだのだな」
「幻獣と人間の・・・その・・・所謂ハーフって事ですか?」
「そうなるな.私は・・・人間と幻獣,違う種族でも愛し合える事を
証明したかったのだ.その答えとして,あの子・・・ティナが生まれた.
ティナは,あらゆる生命を繋ぐ絆の象徴なのだ.
例え異なる種族同士が番い来たせいで自分が生まれた,と悩みを抱えようとも
私はあの子に『共存』という愛のかたちを学んで生きて欲しいと願ったのだ」
マディンの熱弁に頷きながらも少年はティナという少女について考えていた.
一緒に歩いていた時,ふと振り返ると,
立ち止まって物憂げに空を見上げていたり・・・
―彼女は一体,空に何を重ねて見ていたのだろうか?―
他のコスモスの戦士達と一緒にいる時,気が付いたら独り抜け出していて,
見つけて合流を促す旨の言葉を伝えると,儚さを帯びた表情で
「ごめんね,すぐ戻るから」と一言・・・
―彼女は独りが好きなのだろうか―
前に進もうとする自分を,危機を悟り制してくれた不思議な能力・・・
―これは生まれながらにして持つ魔導の力というものなのだろうか―
そして,「過去のカオス神殿」でティナが初めて見せた,あの眩い光を放ち
神々しいとまで感じられた白き肢体・・・
―あれこそが,マディンから授かった「幻獣」の姿なのだろう―
マディンの話している内容については,いかに少年が聡明であっても
年齢的にまだ理解するには難し過ぎるところがあるだろう・・・
「・・・しかし,私は見ていて辛かった」
今までと違い,マディンが急に声色を落として語り始めたので,
少年は思考をストップさせ,マディンの語りに耳を傾ける事にした.
彼はティナと共にいた時は勿論,悩める者の話は真剣に聞く,
心優しい性格を持っているのだ.
「ティナは,幻獣の力を持つが故に,心悪しき者共にその力を利用されてきたのだ.
今回,君が参戦している戦いでは・・・カオス,といったな,
そう呼ばれる者共に幾度も利用されてきたのを私は見てきたのだ」
「なん・・・だって・・・?!ティナが・・・カオス勢に・・・?」
さすがに,この事実には数多の冒険を続けて来た少年でも驚きであろう.
何故なら,今までずっと仲間だと思っていて,守るべき存在とまで想いを
固めていた相手が,打ち倒すべきカオス勢に加担してきたというのだから!
だけど―
あくまで,利用「された」とか「加担してきた」だけで,ティナ自身は,
カオス側の連中の様な悪しき心なんて持っていないはずだ!
それにティナは操られる直前まで僕の身をいつもいつも案じてくれた
優しい女の子なんだ,だから・・・今度こそ僕がティナを救わなきゃ―
「ティナのお父さん!僕はティナを助けたい!
助ける方法を知っているのなら,教えて下さい!」
「・・・お前は,ここへ来る前にも,
色々と場所を転々として来ているはずだ.私が思うに,
それはティナやお前を呼び寄せて,先程の話に出て来たカオスの者共と
戦わせている者によるものだと思うのだ」
「僕達を呼び寄せて来た者って・・・コスモスの事じゃないか・・・!でもここは幻獣界で―」
「すまない.その事で訂正があるのだが,
実はここは本当の幻獣界ではないのだ.本当の幻獣界は,
ティナが元いた世界に存在していたのだが,
それももう存在していない.失われた世界なのだ」
「失われた世界・・・?なら,どうやってここに・・・?」
「話すと長くなるが,ここは天界と呼ばれる世界のごく一部の場所に過ぎない.
そして,天界とは昔,現世で正しい心を持っていたが,
強大な悪の力や理不尽な力により命を散らした者達が住まう場所なのだ」
「それじゃあ,僕は死んだ事に・・・?それに,コスモスとどういう関係が?」
「いや,お前は生きている.何故かは分からないがただ,何か眩しい
精神エネルギーを感じるとしか言い様が無いな・・・.コスモスとやらについてだが,
兎に角,天界を出るしか無いだろう.その為には天界の宮殿アラボトにいる主の許可が
必要なのだが,アラボトに入るには少々骨が折れる事をしなければな・・・.
しかし,私はお前に娘を救って欲しいと頼んだのだ」
と,彼はそこまで言うと一呼吸置き,
今までの声色とは一変して厳しい口調で,
「その為に,お前には死んで貰わねばならない」
少年は,「あの時」に味わった様な,深い戦慄を覚えたのだった・・・.
Really, who is the "dominus" waiting for the boy ?
03:[存在が確かだと 証明できるもの]
少年が味わった戦慄―それは今は上手く思い出せないが,
コスモスに呼び出される前の記憶に焼き付いている,敵と戦う前に彼らから
発せられた,自らを否定される類の言葉だった.孤児で,血の繋がった
両親からの愛を受けた記憶を持たない彼は・・・
何よりも,自分の存在を否定されるのが怖かったのだ.
ギガース族の特徴とも言える「怒気」を真に受けてたじろぎつつも,
少年は素直な疑問を口にする事にした.
「よ・・・蘇る事は可能ですか?」
少しばかりの張り詰めた空気の間があき,
「フフ・・・やはり存在が確かな者の意志は生の証となるのだな」
「えっ,それってどういう―」
それまで体中がビリビリする程感じられた怒りの波動が消え失せたかと思うと,
マディンの表情がさっきまでの穏やかなものに
戻り,声も温かな響きに戻っていった.
「案ずるな.
死んで貰うと言ったが,私がお前の命を奪うわけではないし,命を奪われると
いってもお前の大切な『思い出』を思い出せば,蘇る事が可能だ」
―思い出・・・,僕にとっては,在って,無いもの,だ―
「その『思い出』についてなんですが・・・,実は僕,
コスモスに呼ばれてから,元いた世界での出来事がよく思い出せないんです」
そう言って少年は,ゲンコツを作って頭を軽く叩いた.
人差し指を額の前に立ててフリフリさせて己の知恵を仲間に披露したり,
幼いながらにも,敵襲の時は,両足を曲げ腰を落として両腕に力を込めたり,
そういうちょっとした仕草でコスモスの戦士達を励ましてきた彼も,
今した仕草は自然に出てきたもので
本当にどうしようもないと思っていたのだが・・・.
「それも大丈夫だ.
この仮の幻獣界を出ると祠があるのだが,そこにお前の事を
良く知った人物が待っていて,『思い出』を思い出させてくれるはずだ」
コスモスに呼ばれてから,特にウォーリア・オブ・ライトとフリオニールと
ずっと共有していた,「元の世界の事を思い出せない」という
モヤモヤした悩みを,ただの一言で解決への手がかりをくれるなんて・・・.
―もしかしたら,「おとうさん」って,こんなに頼りがいのある人なのかもしれないな―
「さて,お前がここに来て大分時間が経ったな.
これからお前は旅立つ身なのだから,一眠りした方が良いだろう.
寝床は・・・この洞窟の奥にあるベット以外のなら自由に使っても良い」
マディンに言われるがまま床に伏し,少年は目を瞑った.
「夢の終わり」での出来事から今に至るまで,色々な事があり過ぎて,
整理しきれないや・・・と思い返している内に,
自然と彼は微睡みに落ち込んで行ったのだった・・・.
「・・・
少年が目を覚ますと,寝床のすぐ横にマディンが胡坐をかいて座していた.
「起きたか.目覚めの具合はどうだ?」
「別に,天界に来る前の世界と比べて変わったところはありません」
「そうか・・・.やはりお前は特殊な精神エネルギーを携えているようだ.
と,その話は良しとして,旅立つお前に渡すものがあってな」
と言って,マディンが大きな腰を上げ,洞窟の暗がりへ歩み出し,
備え付けの棚を開き,そこにしまわれていた小箱を開いてゆく.
少年は,その行為をとても興味深そうに見ていた.
やがて,そこに保管してあったものを取り出し,
まるで小動物を抱える様にこちらに持って来て,彼に手渡した.
それは,音を奏でる楽器だった.
―何だろう,この楽器・・・ずうっと前に弾いた事がある様な・・・.
それに昨日言っていた「僕の事を良く知った人物」って一体誰の事なんだろう?―
少年がそう思考を巡らせながら,短剣を腰に携え,黄と青の模様が
映える愛用の剣を手にし戦闘前の彼の独特のポーズをとり,
光が差す幻獣界の洞窟の出口から出ていざ出発しようとした,その時―
「待て」
あっ,そう言えば,マディンにお世話になった事とお別れの挨拶を
するのを忘れていたと思い直し振り返ると,マディンは座して光を受け
こちらに背中を向けていて,またもや尋常ならざるオーラを発していた.
しかしそれは昨日感じた怒気の様なものではなく,
どこか温かいものであった・・・のだが,
彼の口調は,淡々としたものだった.
「祠で用を終えたら,一度この幻獣界へ戻って私に会いに来い.いいな?約束だ」
少年は,マディンの態度や口調の異様さに深い意味を求めずに,発端がどうであれ,
新しい旅に正直ワクワクし我を忘れていたところがあったにせよ,
これから自身を待ち受ける新たな冒険に心を躍らせ,ただ一言,
「分かりました.看病してくれて有難う,マディン!」
と言って,勢い良く幻獣界の出口・・・
かつては封魔壁と呼ばれた岩場を,足早に駆けて行ったのだった・・・.
Please let me perform the "Prelude" ...
[Prelude]
オニオンナイトの称号を持つ少年が封魔壁を
出て行った後幻獣マディンは,封魔壁にて
―正確に言えば,幻獣界の出口でも「内側」の方に―長い間,佇んでいた.
少年は気付かなかった様だが,仮の幻獣界とは言えど,
そこにはマディンの他にも,ティナが元いた世界で儚くして命を散らした
幻獣達が沢山いるのだ.彼らはマディンの存在は良く知っているし,
彼の性格,過去も知っていた.だからこそ,今彼が何故あの場所で,
じっとして物思いに耽っている理由も,その内容も大体は察しがつくのだ.
現世で言えば,陽が一番高く昇った頃から地平線に沈むまでの間程.
マディンが昔の自分に起きた惨劇について想いを巡らすのは
そろそろやめにしようかと思った時,一瞬,彼の周囲が
黄味を帯びた白い光に包まれ,彼から少し離れた場所に,金髪に先程の光の
色と同じ色味をしたヴェールを下げていて,白いドレスを着込み,
青い瞳が印象的で,幻獣とはまた違うオーラを放つ女性が現れた.
マディンはその女性の出現に驚く風も無く,封魔壁の崖に腰かけ,
偽りの赤焼けた空を遠い目で見ていた.
女性は彼に歩み寄り,何か気遣いの言葉をかけたが,彼は無言のまま.
その後,マディンと女性は少し言葉を交わしていたが,
意味深な言葉を残し女性は光に包まれ消え,
マディンは,今までとは違い少し困惑した様子で,
自分の住む洞窟に帰り少年が会いに戻って来るのを待ち続けた―――
というのが,女性とマディンの様子を
遠くから見ていた,ユラという名の幻獣の証言である.
そして,以下に示すのが,人の聞き得る範囲より
100倍程遠くの場所の物音を聞く事が出来るという妖精の「風のささやき」
によって伝えられる事になった,その時に交わされた会話の内容である.
「・・・一体何度,娘を戦争に巻き込ませる積りなのだ?」
「今回で終わりです」
「そうか・・・.少し疑問があるのだが,
この異空間が混在した世界・・・.あの少年には『天界』と言って
誤魔化したが,この世界を生み出したのは,貴女の仕業なのか?」
「私ではありません」
「では―」
「ただ,『神』の名を冠する者
―私だって神ではありますが―そう応えるしかありません」
「あともう一つ.「貴女が私に渡してくれたリュート・・・
手にとってみただけで,見た事の無い情景が旋律となって頭の中に
流れ込んできたのだが,あれは一体・・・」
「あのリュートは,元々は私の『だいじなもの』だったのですが,
あれは全ての幻想を紡ぐ,時空を越えた調べを奏でる楽器なのです」
「それをあの少年に託して貴女は一体何を考えて―」
「全ては究極の幻想への悠久なる旅の為・・・」
Enjoy Your Voyage ...
最終更新:2011年04月27日 19:27