04:[それは生ある記憶と]



幻獣界を出てしばらく歩くと,マディンが示してくれた通り,祠と思しき洞窟が見えてきた.

…幻獣界を出て始めて分かった事だが,少年が持っていた「天界」のイメージとは異なり,
赤焼けた空に,荒廃した大地,一匹たりとも見られない動物達―

心を躍らせ勢い良く出発したというのに,何やら不穏な空気が漂う中,少年は祠に入って行った.


―ふ~ん,中は思ったより明るいじゃないか―

洞窟の中へ2,3歩踏み入ろうとした時,


「ようこそ,『魂の祠』へ」


と,しわ枯れた声と共に,祠の中央に幽霊が現われた.
幽霊は,白装束を身にまとい,顔は見えず,唯一「手」のみを見る事が出来た.
その手はひどくしわくちゃだった.

少年が幽霊に注目していると,

「なんだい,そんなに私の手が気になるのかね?」

と早口で言った次の瞬間,片方の手を大きく上に挙げ,「指パッチン」をしたのだった.
少年は幽霊の意外な行為に驚き,そして気付いた.


二人を中心に,四方に青白い光を放つ松明が立てられている事.
祠のあちらこちらの岩肌に,清水が僅かな音を立てて流れている事.

…祠の中は,神秘的で,心地よい自然の音が聞こえる空間となった.

「さぁ,あんたのイメージ通りの『天界』にしたよ.ここで,夢と『死生観』について
話をしようじゃないか」


―えっ?!なんで僕の想像が分かって・・・?それに夢?思い出の話じゃないんだっけ?
それに「しせいかん」って何の事だ?!全然話が違うじゃないか―


「混乱している様だね・・・でもまぁいいさ,じきにその意味が分かる.
そうだね,先ずこの天界の『死生観』について話そうか」

―「大切な『思い出』を思い出せば,蘇る事が可能」って話だったけど―

「そう・・・人によっては,安直に感じるかもしれないね.だけどね,こんな言葉があるんだよ.

『僕達は死んでいった君の事を決して忘れません,
この墓の前に立つ度に君の事を思い出します・・・.
…そして僕達はやがて訪れる死の恐怖にも負けず生きてゆきます・・・.
…僕の事もこんな風に 皆が,いつまでも忘れずにいてくれるのだから・・・』

どうだい?『思い出』を思い出す事により,『死の恐怖』に負けずに『希望』を持って生きてゆける.
記憶を紡ぐ事により,数多の生命は,永久に死ぬ事は無いのさ.それが『蘇る事が可能』という
事であり・・・,その記憶を紡がせるのが,シルクスなのさ」

―シルクス・・・.何だか懐かしい響きだ―

「おや?覚えちゃいない?なんだい折角あの時私が・・・」

―え?!―

「おっといけない,あんたは今思い出せないんだったね・・・」

―「あんた」?―

「じゃあ次は夢の話を―」

と,幽霊が言いかけた時,突如祠に「霧」が発生した.

「チッ,もう時間かい・・・.夢は私の代名詞だというのに・・・!あんた・・・辛いが,耐えるんだよ・・・」

幽霊は,祠の奥の方を振り返り,厳しい口調で,

「さぁ,ここからはお前の出番だよ,哀れな弟弟子よ・・・」

と言いながら,幽霊は自身を鏡に変え,更に,松明の光が消え,僅かな音も消えてしまった.

―どうしたんだ?!シルクス,夢,弟子・・・.そして何だ,この無音と霧・・・凄く,気分が悪い―

と思いながらも,少年は,鏡に近づき,裏面にこの鏡の名が刻まれている事に気付く.

「  の夢幻鏡」

彼はさして考える事もなく,鏡の正面に戻り自分の姿を眺めていると,ある重大な事に気付いた.

―あれ?!口が・・・無いぞ!そう言えば,あの幽霊との会話では,
僕からの発言は全部,心の中だった―

少年が慌てて,他にも自分の体の変化は無いかと鏡をまじまじと見つめていると,
不意に周りに数体の怪物の気配がして,見渡そうとしたところ,なんと体が動かなくなっていた!

そして・・・声が聞こえた.


「ハハハ・・・かかったな!
その鏡に 姿を映した者は5匹の
魔竜の呪いにかかり 動けなくなるのだ.
魔竜の餌食になるが良い!」

一頭目は,少年の無くなった口を無理やりこじ開け,「舌」を鋭い牙で根元から齧り切った.
二頭目は,少年の「鼻」を強力な腕力で押し潰した.
三頭目は,少年の「耳」を鋭い爪で切り裂いた.
四頭目は,少年の「体」を巨大な足でぐしゃぐしゃに踏み潰した.
五頭目は,少年の「眼」を口から吐いた業火で蒸発させた.

これで,彼は,「五感」が全て失われてしまった・・・.
そして最期に,既に何も見えなくなった暗闇の彼方から,

―さぁ,我に永遠なる命を・・・.限りある人間の命などいらぬ!―

少年は「心」がギュウッと握り採られる様な感覚を覚え,

―あぁ,正にこれが「死の恐怖」ってやつなのかな・・・.
でも,こんな得体の知れないのにやられるなんて!とにかく・・・,思い出すんだ―

少女の笑顔,一番大事な想い,決意,父親という存在への憧れ,冒険心,希望,シルクス,
そして・・・クリスタル.

最後の3つの言葉を思い浮かべた時,心に開放感を感じ,今度は別の思念が心に送られてきた.


―さぁ 私達が魔竜を食い止めている間に早く!―

―この世を闇に変えてしまってはならぬぞ!―

暗闇の彼方に,僅かだが光のちらつきが見えていた.少年は心の中で呟く.

―これは光の心を持つ人達の声・・・?でも,それが誰なのか・・・思い出せないっ―


「ファファファ・・・それはお前がわしの霧の力で精神が混濁しておるからよ.
どれ,わしが使わした愚か者には奪えなかったお前の心を我が霧で覆い,最期に
『絶夢式波動砲』で思い出もろとも滅してやろう・・・!」

声の主は,触手を伸ばし,先ず暗闇の彼方にあった光のちらつきを霧で覆い,消し去った.
次に驚くべき事だが暗闇しか見えない―少年は既に眼を失くしているから,「見えない」
というのは変な話だが―はずなのに,非常に眩しい光の筋が何本も同心球状にゆっくり
回転しながら,次第に速度を上げ,やがて少年の心を包む様に回転し,

「光は光の力で圧殺せん」

瞬間,彼の心は散と化した.



… ・・・ ・・・

光のちらつきが消えてから,少年は「ある大事な想い」を心に,散々になった自身の心の
カケラを繋ぎとめようしていた.しかし,光のちらつきが僅かに見えてから,
何が起こったのか分からない彼は,どうする事も出来ずにいたのだった.

―これが本当の死っていうものなのかな―

…最後に心に残った「ある大事な想い」が,今,彼を―

―いや,終わりたくない!
例えどんな絶望の中でも決して諦めちゃだめなんだ!
それにこうやって何かを思えているって事は,
まだ心は失われていないって事に違い無いはずだ―


「そうさ」

「身体は死んでしまっても魂は滅びはしない・・・」


少年の心―いや,「魂」―は一つになり,聴覚を取り戻し,ふと声を聞いた.

「トパパのちびっ子!」     ―シ・・・ド?―
「死ぬな!」          ―じいさん?―
「死ぬんじゃねー!」      ―デッ・・・シュ?―
「しっかりして下さい!」    ―アル・・・ス王子?―
「死なないでー!」       ―サラ・・・姫?―


―そうか,僕も光の―

少年は,味覚,喋る能力を取り戻した.

「やっと思い出したかい?」

「そしてあなたはウ―」

少年は,触覚,身体―「死んだ」と言っても,足が地に着いていない程度なのだが―を取り戻した.

「あたしの事はいいから,思い出したら,さっさと行くべき所へお行き!」

「あ・・・あぁ,でもまた来ても良い?」

「物好きなこった・・・好きにすればいいよ」


少年が祠を出た後,やっと視覚を取り戻した.振り返ると,何故か,祠がある洞窟の入り口は
塞がってしまっていた.

その事に疑問を抱く暇も無く,取りあえず心身を取り戻せた事に深い安堵感を感じながら,
マディンとの約束を果たしに,戻って行ったのだった―

…だが,少年は忘れていた.まだ取り戻せていない「感覚」を.それが原因で,アラボトの
主に一体何をされるのか・・・今は,誰も知る由も無い・・・.



一方,封じられた魂の祠にて・・・,幽霊はボヤいていた.

「全く,再会を喜ぶ時間も与えられないとは・・・あんたも結構厳しい事をするもんだね」

「あなたは,彼を幻想の世界へ導くのです」

「そんな事ぁ百も承知さ.ただあたしが訊きたいのは,例のクローン技―」

「それは後程」

と言って,幽霊の話相手は消えてしまった.

「全く・・・どうして若い娘はああも秘密主義かねぇ・・・.さて,あの子が来る前に
寝るとするかい.おいでオウム.ちょいと準備を・・・」



In fact, his real name is "Animi Zande" ...


05:[・・・愛する心]


「マディンさん,その子の傷はあとどれくらいで治りますか?
私は痛々しくてとても見ていられません・・・」

「心配無い,もうすぐ治る.・・・それにしても,この子が秩序の聖域から
幻獣界に移って来るのは毎度の事だが,それも一体いつまで続くのだろうな・・・」

「申し訳ありませんが,私には何とも・・・.御役に立てず,済みません」

「まぁそう畏まるな,ユラ」


幻獣界はマディンの家にて,少年の傷を痛々しそうに見ながら,
マディンは傷口に手をかざし治療を,ユラは少年の折れた剣を同じく手をかざし直していた.
マディンの家は緑色の光で満たされ,二人の「なおす」手からは一層強い光と,
音が発せられていた.少年は,この二人の幻獣による「共鳴」にて,
何とか回復する事が出来たのだった.


「よし,もう良いだろう.お前はいつもの様に自分の家でゆっくり休め」

「はい. ・・・?」

「どうした?」

「いえ,この子のベルトに何か文書が挟められています」

「何?」

マディンが少年を起こさぬ様,ベルトからそっと文書を取り出し,
それに添えられている文字を読んだ.

「ふむ・・・.察するにこれはカオスとやらの者共からのメッセージだろう.
この少年にはとてつもない力が秘められているか,そうだとしたらこの世界を元の状態に
戻してくれるかもしれぬ」

彼はその文書を,いずれ少年に手渡す事になる楽器と一緒に箱に封した.

やがて二人の幻獣が放つエメラルドグリーンの光は消え,
彼の家の中は元の茶褐色の岩肌が目立つ岩窟に戻った.


少年が魂の祠から返って来て,暫くマディンと,自分の身に起こった出来事を話し,
次第に二人は打ち溶け合っていった.

「僕には欠けがえの無い仲間がいたんだ・・・!元の世界の事を全部思い出せたんです!
でもどうやって思い出せたんだ・・・?」

「まぁ深く考えなくとも良いのではないか?・・・記憶を取り戻せたのは素晴らしい事だ.
そして・・・」

マディンは少年の兜を取り,

「よくやったな」

と,彼の頭を大きな手で優しく撫でた.

「わ,ちょ,何するんだよっ,」

少年はマディンの行動が何を意味するのか分からなかったが,ただ,
ボロボロ零れ落ちる涙をマディンに見せまいと必死だった.

―何だろう,この感情?嬉しいとかそういうんじゃなくって―


「実はお前に渡さなければならないものがもう一つあるのだ」

マディンは楽器の時とは違い,少しばかり深刻な表情をして唐突に切り出した.

「これはお前が此処に運ばれた時に一緒に着いてきたものだ」

「これ・・・もしかして手紙?」

少年は,その文書に添えられている文字を音読した.


「・・・お前は鏡の心を
手に入れ 闇に殺意を持つ
少年になるだろう
乙女よ 髑髏舞う死と
泣ける十字架を守るがいい
さすれば 時も理知も同じルーツに沿う
碌に得た書に 決意
柔決破」


―何だこれ・・・?少年と乙女って,もしかして僕とティナの事かな?
鏡の心を手に入れると闇に殺意を?いくらなんでも,殺意までは覚えないよ・・・.
ん?「時と理知」・・・,「時」・・・.そうか,この手紙の主は―

「マディン,僕この手紙の主が分かっちゃったよ―」

と少年がマディンの方を振り返ると,彼は,淡やいだ青が映える「石」になっていた.
その光景を見て,少年は息を呑まざるを得なかった.

「え・・・えぇ?そんな・・・さっきまで僕の頭を撫でてくれたのにどうして・・・」

「行くべき先が目に見えるか?私には『アラボト』という言葉しか知らないのだ.
これからどんな出来事がお前の身に起きるか分からない.だから,力になろう.
しかし本来ならば力を持つに相応しいかどうか,戦って技量を確かめてから己の力を
託すのが幻獣の習わしなのだが,今のお前は幽霊で,
その様な装備で,魔法も使えぬのなら到底敵わぬだろう」

「そんな事・・・無いよ!僕はマジックフェンサーなんだ,使えるよ何でも!
あ・・・あれ?」

少年は何度も唱えようとするが,魔法は一切発動しなかった.

「封魔壁を通り過ぎた者は一時的に魔法を封じられるのだ.
私はもう天界にはそんなに長くいられない身だ.
だからせめてお前の心の中に『魔石』として宿らせてもらう」

穏やかであり且つ温かな口調でマディンは語りきった.

魔石が放つ炎の様な赤い光が,彼の家の中全体を照らした.それに呼応するかの如く,
家中の岩の表面がエメラルドグリーンに変色し,互いに音を出しながら共鳴してゆく.



迷った時 いつでも私を呼び出せ.

窮地に瀕した時は 燃え滾る炎の様な勇ましさで脱せよ.
進むべき道を失いそうになる時は 凍て尽くす氷の様な冷静さで視ろ.
大切な人を守る時は 刹那に煌く雷の様に迅速に動け.

それが出来たら お前は光の戦士だ.

お前が私を必要としなくなる時 お前は既に立派な大人になっている.

迷った時は い つ で も 私を呼び出せ・・・



今まで静かだった洞窟が,魔石が発する滑らかな音で木霊していった.

「これが,魔石・・・」

魔石は,少年の手を通じて彼の心の中に滲み込んでいった.


彼は洞窟を出ると,アラボトへ向かって,一気に駆け出した.
先程の戸惑いはあったものの,早く行かなければ,という想いにかられて.

その駆けて行く姿を,封魔壁の展望台にて静かに見守る女性がいた.
赤焼けた空に浮かぶ偽りの陽の,禍々しい程の光を浴びながら,
その金髪で赤いスカートの女性は,一言だけ呟いた.

「あなた・・・その子をよろしくね・・・」


― ― ―


「さて,お前がここに来て大分時間が経ったな.
これからお前は旅立つ身なのだから,一眠りした方が良いだろう.
寝床は・・・この洞窟の奥にあるベット以外のなら自由に使っても良い」

マディンは少年が寝ている間,胡坐をかきながら彼の記憶を辿る事にしていた.
薄暗い洞窟の中,マディンは彼の思念波をキャッチする事に成功した.

『悪いがお前には死んでもらう』
『死ねい!!』
『お前を闇に葬り去る!!』

「成程,確かに強烈な記憶だ.私もどうやらグツコーとやらの言葉をそのままこの子に
言い放ってしまった様だ・・・すまない・・・.だが・・・.『生きたい』という
意志があるだけでも,素晴らしい事ではないか.少年よ・・・,その希望を捨てるな.
そして・・・,人を愛するのだ.そうすれば,必ずやお前の持つ恐怖は吹き飛ぶだろう」

―かつて我々がそうした様に―

マディンは,少年に毛布をかけてやった.



The time will be coming ...!


06:[Bloody Smelly Flare]



「あそこに見える建物がアラボトか!」

少年は走るスピードを加速させ,荒野,平原,野原を駆け抜け,
そして森に入り村を見つけた.

「ここは・・・?」

村の人々は皆,足が地に着いていなかった.彼は最初その光景を見て少し驚いたが,
それよりも自分以外の人間をこの天界という地に来て始めて見られた事に安心感を
覚えたのだった.少年はとにかく皆に話しかけることにした.

「あの,皆とアラボトについて教えてください!」

村の人々に何の疑いも無く,彼は村の広場と思しき場所でこう叫んだのだった.

村人によると,ここはマハノンという村で,彼らは既に現世で亡くなった人ばかりだという.
そしてここに辿り着くまでに多くの犠牲者を出したのだという事も分かった.

「辿り着くまで?どこからやって来たのですか?」

村人は皆,口を同じくして分からない,と言うばかりだった.パブでは飲んだくれた連中が
何やら喧嘩している.どうやら未だにこの良く分からない世界に疑問を抱き,イライラ
しているところがあるようだ.少年はその光景をを見て何か思いついたようで,
彼らのところへ歩み寄っていった.

「あの世だろうと関係ねえ.ここはオレたちの村だ!」

「いや大いに関係あるね.私たちはこの村の事を知る必要がある!」


「僕もそう思います」

「ああ?ガキは黙ってな. ・・・お,おい,何しやがる!」

少年は男の空っぽになったグラスに,近くにあったりゅうさんのビンの中身を入れ,
その中ににんにくを入れた.と同時に,にんにくは強烈な酸で溶け,グラスは緑色の,
泡を吹くドロドロした液体となった.

「はい,出来ました.これを飲んでください」

「てめえ・・・オレを殺す気か?」

「いえ.これを飲んでおじさんが気分良くなったらこのパブの雰囲気は元通りに,
悪くなったらおじさんは亡くなっていない状態,つまり生きているって事になって,
どっちにしても良い事だよね」

「オレが生きているって事・・・?どういう事だ」

「僕の仲間から聞いたけれど,にんにくって"まだ"生きている人に対しては害があるみたい.
簡単に言うとアンデッド」

「まだ生きてるだと?お前,オレに喧嘩売ってんのか?」

「違います.おじさんがこの飲み物を飲むことで,きっと良い事が起こるから!絶対!」

「そこまで言うんなら・・・飲んでやろうじゃねえか.ゴクゴク・・・」

パブにいる人々の全員の眼を惹いて,その男は少年が作った液体を一気に飲み干した.
少年は,息を止めてその男の様子を窺っていた.


「ぷふぁーっ!なんてうめえ飲みもんなんだ.よう,お前中々やるな.
もっとオレやパブの皆を楽しませてくれよ」

「ええ?」

パブのマスターから拍手を受け,少年は驚いた.

「ここにいる人達は,飲まなきゃやってられないんです.この良く分からない世界の中で,
心が病んだ人は,これくらいしか拠り所が無いのですよ.そんなところへあなたが
来てくれたおかげで正しくあなたの言う通りになりました.もっと我々を楽しませて下さい」

少年は,パブの奥に置いてあるピアノへ向かい,1曲弾いた.

「そ・・・それでは皆さん聴いて下さい,スイフト・ツイスト!」


自分の奏でる軽快な曲とは裏腹に,彼は深刻になっていた.

―あのおじさんが気分良くなったって事は,もう生きていないという事・・・.やっぱり,
ここは亡くなった人しか住んでいない世界なのだろうか―

大雨が降っているかの様な拍手の音を聞きながら,少年は一礼をし,アラボトについて
詳しい話を聞いて早くそこに行かなくちゃ,と思っていた.
パブの人々全員と握手を交わし,少年はパブを去った.

―手が冷たかったよ・・・!やっぱりここは―

しかし,マハノンの風景はとても温かいものだった.足元一杯に広がる緑.木が幾本も
立っていて,村のはずれでは水面が陽の光を美しく跳ねていた.
少年はやっと気付いたが,マハノンから見える空は何故か青空で,陽光からは禍々しさは
感じなかった.益々この世界に疑問を抱くようになった彼は,村の奥へ辿り着いた.
見張っているかの様に1人の男が立っている.

「この先は恐ろしいモンスターが沢山いるぜ.近寄らない方が身の為だ」

村で唯一,禍々しいものがあった.金縁に紫色をした踏み台があった.
中心は渦を巻いて怪しく光っている.

―ここがきっと,アラボトへの入り口だ―

少年がそう思っていると,踏み台の傍にいた男がこう言った.

「ヒルダ様はご無事なのだろうか.心配だが,私にはどうする事も出来ない・・・」

―えっ?ヒルダ様?ヒルダって確か―

彼はアラボトについて重要な何かを知ったようで,潔く踏み台を踏んだ.
電気の粒に包まれ,「天界の宮殿アラボト」へ身を投じた.


アラボト内部は毒々しい赤紫・黄みを帯びた壁で囲まれている.そして,
仄かに輝く白い粒子があちらこちらを照らしている.

―これは・・・亡くなった人々の魂・・・?―

少年が一歩踏み出した直後に,彼の頭の中に「声」が聞こえた.

「光の戦士にお目にかかれるとは光栄です」

少しだけ驚いたが彼はその「声」に対してこう返した.

「まぁね.照れるなぁ~!」

すると,「声」もすかさず返す.

「そうです,輝きは貴方だけのもの」

彼は声を無視してどんどん先へ進んだ.途中,宝箱がいくつかあり,彼は躊躇わずに
どんどん開いていった.

「我はカオスライダー・・・.生ある者の生き血を糧に混沌の中で常に死に続ける者」
と書かれた像の傍にある宝箱には,「血塗られた盾」と「ボーンメイル」が入っていた.

「坊や・・・このマザーラミアの慈悲深き抱擁にて永遠なる眠りにつくがいい」
と書かれた像の傍にある宝箱には,「いばらの冠」と「呪いの指輪」が入っていた.

「何故戦わねばならないのか.戦いを圧える為に戦った堕天使ルシファー」
と書かれた像の傍にある宝箱には,「死者の指輪」が入っていた.少年はそれらの
防具・アクセサリを全て身に付けた.皆,生ける者にとっては不利そうなもの
ばかりの様だが,幽霊である自分にとってみれば
きっと良い効果が得られると考えての事だった.


「その光,私には余りにも惜しい.どうです,私に仕えませんか」

また「声」が聞こえた.少年はすぐさま返答する.

「どうしようっかな~?」


彼が難なくアラボトの最上階に着くと,

「良くここまで来られましたね.さぁ褒美です」

という「声」と共に,「スリースターズ」が入った宝箱が現われた.

少年は何の躊躇いも無く宝箱の中身を取り,前を見据えて
―「声」の主の方を見上げようと―一歩を踏んだ.

アラボトの主と思しき,また同時に「声」の主と思しきものが
姿を現そうとした矢先,少年は,

「ああ,あんた皇帝でしょ?身を隠してた積りだけど,正体バレバレだよ?」

「ほう・・・.流石は聡明な子ども,といったところですか」

そして,「声」の主は正体を現した.

「ようこそ,光の戦士」

「やっぱり,皇帝だったんだね」

と言いながら,少年は内心驚いていた.この天界に着く前の世界にいた彼とは全くの
別物だったからだ.いくつもの白い翼を生やし,金色のローブを身にまとい・・・,
何より受ける印象が「神々しい」.その一言で彼をズバリと言い表せる程.

「フリオニールが元いた世界で私は倒され,地獄から蘇り,
しかしまた倒された・・・.私は二度死んだのだ」

「だけど,今ここにいるお前は一体誰なんだ?!」

「死ぬ間際に分かれたのだ.どうやってかは分からぬがね・・・」

「分か・・・れた?」

「君の知っている皇帝と・・・知らない皇帝に.本来は悪しき私と善き私と
言いたいところだが,この異空間において,それは破綻したのだ・・・.
ここは本当の天界ではない」

「じゃあ,僕は何の為にここへ来たって言うんだ?」

「無論,憧れるためだ」

「憧れる・・・?一体何にだっていうんだ!」

「永遠の命にだよ.人はいつか死にゆくものだ.限りある時間の中で,ある者は成功を
納め,またある者は世に失望し自ら命を絶つ.実に不公平だと思わぬかね?
私はそういった人間たちに永遠の命を,希望を授けようとする者だ.
そもそも成功とはなんだ?」

「有名になったり,この世界に何か凄い事をしたりする事・・・」

「その『成功』も,死ねば無に還るのだぞ.
ならば永遠に生きて多くの偉業を遂げた方が得策ではないか.
どうだ・・・憧れて来ただろう,永遠の命に・・・.
過ぎ行く時には誰にも逆らえぬ・・・」

「あんた,もしかしてすぐあきらめるタイプ・・・だったりとか?」

「何?」

「永遠に生きてても,すぐにあきらめちゃそれこそ無の人生を送るだけだよ.
希望は授かるものじゃない,誰しも最初から持っているものなんだ!」

「私を否定するのか・・・.良かろう,愚行に身を委ねる光の戦士よ,その様な
まやかしの希望など消し去ってくれる!」

―き,来た!でも僕は何も武器を持っていないぞ―

「そうであったか.ではこの2つの内1つの箱より武器を選ぶが良い」

殺意に満ちた,少年の知らない皇帝は,彼の目の前に2つの宝箱を現わした.
宝箱にはそれぞれ次の様な事が書かれていた.

"神々によってもたらされし滅び行く運命を変えよ"―アルテマウェポン
"安らぎの地へ運ばれる死者を私が守ろう"―バリアントナイフ

少年は,迷い無くアルテマウェポンを選んだ.

「僕は死んでなんかいやしない,一時的に幽霊になっているだけだ!
僕は僕自身の運命を歩んでみせる!」

「随分と大口を叩く子どもだ・・・」

少年の知らない皇帝は,辺り一面に爆弾や罠を仕掛けた.
アラボトの最上階は非常に狭いフロアだった.なので爆弾と罠の密度が異常だった
…が,少年はそれを難なくかわし彼に接近して行く.・・・そして.

この狭いアラボトの最上階で,彼はいんせきを唱え始めた.
少年は動きを止め,彼を見やる.

「・・・何やってんのさ?」

「フン,せいぜい逃げ回るのだな」

「この僕の傍でいんせきを落とすの?」

「そんな言葉では私の策略を崩す事は出来ぬ」

「策略も何も,ただ僕を馬鹿にしているとしか・・・見えないよ!」

「怒るか.では私も怒るとしよう・・・姿としてな・・・」

「赤くなってもまだいんせきが落ちてこないんだけど?」

「・・・」

「何か・・・言えよ!」

少年は,彼に急接近して剣を振りかざそうとした・・・その時だった.

「来るが良い亡者よ,生き血の臭いをかぐがいい」

「え?」

少年は,剣閃が自分の体に突き刺さっているのに気付いた.

「良くぞここまで来た.褒美だ.受け取れ,ブラッドフレアだ」

少年は「血の臭いのする」赤き光弾に変化した彼に直撃した.
かくして,少年の必殺技は全て吸い取られてしまった.




アラボトが崩れ行く中,「少年の知らない皇帝」は,化けの皮を剥ぎ,
真の正体を現わし,そして別世界へ消えて行った.

「ハハハ!私の策にかかった愚かな少年よ!
奪われた力と希望を取り戻したくば私の後を追え!」



…廃墟と化したアラボトの中で,マハノンの村民2人が,少年を見つけた.

「ん・・・この子ではないな」

「どうしたんじゃ,シド?」

「いや,何でもない.それよりトブール,この子の世話はお前にまかせた」

「わかっとるわい. ・・・」

「どうした?」

「ついさっき,興味深い本を見つけての.それをお前さんに渡そうかと思ったんじゃ.
あの子・・・お前さんの『息子』を見つける手掛かりになるかもしれんぞ」

トブールと呼ばれた老人は,シドに分厚い本を渡した.

「世界年譜・・・」

「古代語の章を読んでみい」

「・・・うむ.

アエテルヌス
…永遠の.

アニミ
…心の.

エーブリウス
…酔っている.

オドル
…正式な.


ギサール

シルクス
…クリスタル.


デーシーデランス
…憧れる.
デーファティガンス
…くたくたにさせる.

トーザス
…最も遠いところ.


フーマーヌス

ミセル
…哀れな.


これで見つけられるというのか?」

「とふと思っただけじゃよ.なに,年寄りの戯言と思っても良いぞ」

「・・・少しの間,この子の面倒を頼むぞ」

「わかっとるわい」



If you were the boy, which weapon would you select ?








最終更新:2011年04月27日 18:57