僕とディリクレが生み出したタイムアタックと思考の鍵は時としてリアルとファンタジーの
間を掻き乱すものになる.要するに軍は,それを軍事利用できないかと考えたのだろう.
研究室の一角に設けられた子ども部屋の中で,僕とクラスメイトの5人は,そこからの脱出の
計画を練っていた.僕が新しく生み出したタイムアタックで,研究所内の全ての人間の
思考を狂わせ,その隙に脱出する計画だ.

だけど,それこそがガーランドの仕組んだ罠であり,研究の大幅な促進に繋がるものとなって
しまう.新しく生み出したタイムアタックは,いよいよリアルとファンタジーの間を越え,
その場にいた全ての人間全てに「歪み」を生じさせた.だけど,その場にいた人間というのは,
研究所の実際の人間のコピーだった.コピーは瞬く間に「歪み」によって狂いだし,その
コピー固有の心理により次々と人外の姿となっていった.モンスター?魔物?の姿をした
それらは,軍施設の地下牢へと封じられた.この結果に納得のいかなかった軍研究員達は,
更なるコピーの「元」となる人物を連れて来た.それは・・・僕のママだった.

研究所に連れて行かれる前に,ママがよく言っていたことがあった.

「フーリエ・・・,例えどんなに多くの人を不幸にさせても私はあなたを救いたい」

最初はその言葉の意味が分からなかった.いや,理解できなかった.どんなに多くの人を
不幸にさせても?僕,ただ一人の為に?沢山の人を不幸にさせても?

その想いの行き違いはやがてママに対する憎しみへと変わり,僕は狂いそうになった.
そうなってしまった僕を,研究所の人間は無理矢理ビーカーに押し込め,人外の姿にしていく.
次々とタイムアタックを生み出せる脳はどんどん大きくなり,手は肉食獣のそれに近く,
爪は鋭くなっていく.僕もモンスターにされるのだろうか,と思った.橙色の熱い液体の中で,
僕は必死になって足掻いていた.

―熱い・・・!死にたくないよ,みんな・・・―

ゴボゴボ沸騰する液体の中で,初めて死の恐怖というのを味わった.

死の一歩手前まで来たとき,僕は最期のタイムアタックを試みた.ずっと受け入れにくかった,
思考の鍵と合わせて.

「ディリクレ・・・君の生み出したものを使わせてもらうよ」

タイムアタックと思考の鍵.互いに対を成す二つを合成させることによって出来た,力.
軍研究員は僕がこの力を行使する事を狙っていたんだろうけど,甘く見てもらっては困る.
その力・・・「境界の力」は,研究所だけでなく,ガイアそのものを消し去るほどの力だった.

荒れ果てた研究所を後に,僕はパパを連れて以前3人で住んでいた家へ還っていった.


境界の力で出来上がった次元の狭間に,
僕はそれまで紡いできた記憶を全て再現することにした.
平和な日々を作り上げた.

でも,その代償として,僕は脳に著しい損傷を負う事になる.激しく脳を使った事への対価かも
しれない.「感覚反射」という病気に罹ってしまった僕は,何処とも分からない場所で,
誰かに脳手術をしてもらい続けている・・・.

特別な力なんていらなかった.平凡な家族生活を営むことが実は一番難しいことを,僕は知った.


あのね,おかあさん,おとうさん・・・.僕,普通の子どもとして生まれたかったよ・・・.
そうしたら,あんな悲しい事起こらなかったよね?平穏な日常を3人で,家族として生きることが
出来たよね?こんな姿になっても,愛してくれる?

こんな僕にも・・・家族,出来るよ・・・ね?






最終更新:2011年05月30日 19:35