青森なのか北海道なのかよく分からないエリア・青函トンネル。
ここに一人の少女がいる。
少女は金髪の髪をひょこひょこと揺らしながら、地面に張った紐の先にペットボトルを括りつけた。
紐は移動の際に服のほつれから引っ張り出し作ったもので、ペットボトルには中身に液体でなく道中拾った石ころが入っている。
ベッタベタな『簡易警報器』である。
「ふむ……トンネル内部は暗いし、音も響くから、これなら効果絶大だと思うが……」
言いながら、試しに足を引っかけてみる。
所詮服の紐だったため、あっさりと紐は千切れてしまった。
不幸中の幸いだったのは、ペットボトルがしっかりと音を鳴らしてくれたことだろうか。
そして一番の不幸は、トンネルの僅かな傾斜が原因で、ペットボトルが転がり出したことだろう。
「あ、こら、待て!」
ガランゴロンと音を立て、ペットボトルは青函トンネルを転がっていく。
本来ならすぐに拾えたであろうペットボトルに追いつくことが出来ていないのは、少女が内股で尻を押さえながら走っていたからだ。
そんな滑稽な動きで距離が縮まるわけがない。
「お、おのれェェ~~~ッ、こんなところでまで私の邪魔をしようと言うのか作者6ッ!!」
ギリギリと歯ぎしりをしながら、憎悪に歪む顔面へと手を添える。
間もなくして金髪ツインテールの少女は、メイド服を着たネコミミ少女へと変化した。
――いや、正確には少女ではなく“男の娘”なのだが。
「ええい、ヘイスト、ヘイスト、ヘイストォッ!」
自分自身に移動速度増加魔法を三連掛けする。
そしてすぐさま先程の金髪ツインテールへと姿を戻した。
ネコミミ女装っ子のレオンは体力がなく、全力疾走の後はまるで使い物にならないという描写が彼女のいるロワにはある。
故にさっさと戦闘員にして所持している斧の扱いにも長けた金髪少女に戻ったのだ。
「ふん。どうだ、作者6! 貴様の残した爪痕など、戦略次第でどうとでも――っ!?」
スムーズな変身に満足したのか高笑いをしていたところで、右足が異質な感触を捉える。
それがペットボトルだと気付いたのは、慣性の法則に従っての一人顔面カーリングを体験した後だった。
どうやら予想外に早くペットボトルに追いついたようで、思いっきり踏みつけてしまったらしい。
空のペットボトルならペットボトルがへこんでおしまいだったのだろうが、生憎石が入った部分を踏みつけている。
足首を捻った少女は、見事に地面にキスをした。
「うぐっ……作者6めええ……随分とアジな真似を~~~~~~ッ」
眼尻に雫を溜めながら、今度は姿を青い髪の女の子へと変化させる。
そして足首に回復魔法をかけ、先程と同じように金髪少女へと再び戻った。
「やはり尻はさっさと直してしまうべきなのか……?
いや、だが今回のヒールやヘイストのように紋章術を使う機会が今後間違いなくやってくる。
それを思うと尻くらい我慢せねばならないか……」
尻を摩りながらMPの残量を確かめる少女の眼前に、突如――
「うわああああああああああああっ、く、くくく蜘蛛ォ!?」
蜘蛛が、現れた。
そう、蜘蛛。何の変哲もないただの蜘蛛だ。
髪にぶら下がっているとはいえ、些かリアクションがオーバーにも思える。
しかし、ここがパロロワ世界であることを思えば、その反応も無理はあるまい。
大半のロワ会場は主催が人工的に作り上げたものであり、生命は一切いない仕様である。
少女もそう思っていたため、不意を突かれる形になって驚いているのだ。
「うっ、おお!」
思わず目を瞑りながらぶんぶんと髪を振り乱す。
体全体を大きく振り動かす度に、作者6に抉られた尻がズキズキと痛む。
だがしかし、今の少女にそれを気にする余裕はない。
いつだって目の前のことに全力投球――過疎ロワにおける基本である。
「クソッ、死ね! 死ねええええっ!」
何とか髪から払いのけた蜘蛛を、何度も何度も踏みつける。
この会場に参加者以外の生命体がいることを名無しさんは知らない。
知らないからこそ、この蜘蛛が参加者という可能性を考慮して執拗なまでに踏み殺しているのだ。
「フハハハハ、ついにスコアを稼いだぞ! 見たか、作者6ゥゥゥ!」
稼いでません。
書き手ロワじゃ参加者以外の存在がこれでもかってほど溢れてるんです。
もうちょっと北海道を回っていれば、KONISHIKIの大軍を見てその事実に気付けたかもしれないのだが……
「蜘蛛の姿ということは、恐らく
動物ロワかそこらの参加者だろう。
パロロワは変態が多いからな。ロリの格好の今、蜘蛛相手に敗れようものなら触手プレイが待っていたろうな……
ふふ、まあ、この私が敗れるはずがないのだがな」
ようやくスコアを稼げた(と思いこんでいる)ためか、余裕綽綽と言うように鼻を鳴らす。
ただの蜘蛛に敗れる方が難しいのだが、知らぬが仏ということにしておこう。
「やはり最強はこの名無しさんだッ! 依然変わりなくッ!」
そう、彼女の名前は名無しさん。
AAAロワで投下数ぶっちぎり1位を誇る『鳥なし書き手の集合体』である。
彼女の名前はあくまで“さん”まで含めてなので、テイルズの
名無しと混合しないよう注意してほしい。
「無様だなあ動物書き手よ……ま、ロワは常に弱肉強食! 書き手同士の奪い合いなども日常茶飯事!
恨むのなら無力な自分と主催者を恨むんだなあ~~~~」
散々調子に乗った後で、自らの目的を思い出す。
目立つという大きな目的の他にも、彼女はいくつかの目的を持っている。
自身に屈辱を味わわせた作者6への復讐や、装備の充実。それに――
「どれ……味も見ておこう」
それに、書き手の死体を食すという目的。
カニバリズムブームに乗りつつパワーアップ出来る優秀な行為だからだ。
故に、名無しさんは蜘蛛を口へと運んでくる。
そして、ちょこんと突き出した桃色の舌で、ぐちゃぐちゃになった蜘蛛の死体を舐め上げた。
「ぺちゃ……んくっ、んっふうぅ」
苦い。というかぶっちゃけ不味い。必要以上に踏んだせいか、自身の靴の味もする。
が、しかし――
「かふっ、けふ……ご、ごちそうさま」
嘔吐に至ることもなく、名無しさんは蜘蛛の死骸を平らげた。
確かに人間の食べる物の味ではないが、ハイポーションに比べればこの程度の不味さ児戯に等しい。
ハイポーションの苦みが残る今の名無しさんの口に、食えない物など何もなかった。
「……あまりパワーアップした実感が湧かないな」
眉を顰め、自分の手をぼんやりと見つめる。
オーラやら念やらの概念がないロワなので、パワーアップを実感しづらい。
ステータス画面が出せれば一目瞭然なのだろうが、さすがにそこまでする能力は持っていなかった。
まあ、持っていた所で、多分絶望するだけだけども。
野生の蜘蛛でびっくりするほどパワーアップなんてするなんて都合のいいこと、ロワであるはずがないのだから。
「まあ、何かしらのステータスがパワーアップしたのだろう。いずれ分かるか」
気を取り直し、名無しさんは考える。
自分が蜘蛛の巣に引っ掛かったということの意味を。
「あの程度の雑魚にやられる者がいるとも思えん。誰かと会っていたらまず間違いなくあの蜘蛛は殺されている。
おそらくこのトンネルを通ったのは私が最初だ」
その考察は、結論だけなら正解である。
今のところ、青函トンネルを利用した者はいない。
「つまり、北海道と青森間を移動した者はいないということだ。
北海道に旅の扉が無かったら、当然青函トンネルを通って本州に向かわざるを得ない。
ということは、青函トンネルを通った者がいない以上、北海道に旅の扉が存在していると考えられる」
が、名無しさんは致命的な見落としをしている。
北海道から青森を行くのに、必ずしも青函トンネルを通過する必要はない。
津軽海峡の上を走って通過するような出鱈目キャラはたくさんいる。
それが書き手ロワというものだ。
「だが……この蜘蛛はデイパックは持っていない。
五体満足の蜘蛛がデイパックを持っていなかった理由として、一番納得がいくのは『持つ事が出来なかったからスタート地点に放置してきた』だ……
奇襲に使いやすいトンネルを選ぶにしても、スタート地点が遠かったらわざわざ青函トンネルをチョイスすることはないはず。
そもそもにこのサイズだと移動に時間もかかるだろうからな」
順調に実のない考察を続ける名無しさん。
名無しさん、何度も言いますが、その蜘蛛参加者じゃありませんよ。
……駄目だこいつ、オラクル習得してねえわ。
「青函トンネルの北海道側周辺はすでに私がチェックしたが、何もなかった。
誰かにすでに持って行かれた可能性もあるが……あの蜘蛛が青森、それも青函トンネル付近からスタートしたという可能性が高い」
考察の結論。
そして、ペットボトルを追いかけて青函トンネルを半分近く進んできてしまった事実。
この二つから導き出されるベストな今後の方針は、
「ここまで来たんだ、一旦青森まで出てしまうか。
本当なら待ち伏せをしたかったが、支給品があるかもしれないなら行っておいて損はない。
待ち伏せして残り時間を使い切ったら間抜け以外の何者でもないしな」
もう既に間抜け以外の何者でもない気がするが、そうして名無しさんは青森へと向かったのであった。
ティローン(SE)
『名無しさんのタレント・味覚が消滅した!』
「旅の扉、か……北海道にあるとすると、本州にはどのくらいある?」
青森に着いた名無しさんは、考えながら歩を進める。
「大きな地方には複数あるかもしれないが……おそらく、1つの地方に1つだろうな。
旅の扉に群がって来た参加者たちが乱戦を繰り広げてくれる効果を期待するなら、
多すぎず少なすぎない方がいいからな」
名無しさんの向かう先は、恐山。
トンネル出口周辺にデイパックがないと判断するや否や、そちらに行き先を変更していた。
「関東の旅の扉は恐らく東京。人はたくさん集うだろうな。東北から向かう者も多いだろう。
そして東北で一番人が集うとしたら仙台だ。ならば旅の扉は仙台にあるのか? 否ッ」
名無しさんの移動速度は見る見る内に早くなる。
進行方向から、戦闘音が聞こえてきた。
「逆に関東から東北に向かう人間は、おそらく大半が“人の少ない安全なエリアに行きたい者”だ。
こそこそ隠れて移動する、真っ先に間引かれるべき連中だ。何せ何もなさそうな東北なんぞに行こうというのだからな。
そういった連中が早い段階でたどり着けそうな仙台に、旅の扉を仕掛けるとは考えづらい。
それに関東を目指す積極性のある連中が仙台を通過する際に旅の扉を発見するようでは、大乱戦を誘発しづらくなってしまう」
失礼極まりない話だが、名無しさんにとって『宮城=仙台』らしい。
故に『宮城を通過すること=仙台を通過すること』というとんでもない前提の下で考察を進めている。
……考察向いてないよ、この娘。
「東北に設置するならば、“関東から離れる奴らのゴール地点”である青森ッ!
他の参加者と遭遇しながらも生き残り、青森まで来れた奴は次のエリアに行かせてあげようという発想!
そして青森と言えばリンゴ園か恐山ッ!」
名無しさんは東北の人にごめんなさいしないといけないよね。
……これを書いてる人間は別に東北を嫌ってはいませんので、そこの所ご理解下さい。
「さらに先程からの戦闘音ッ! 間違いない、旅の扉周辺で乱戦が起きている証ッ!
そこに乱入し、今度こそ目立ちまくって私が勝ああああああああああああああつぶべっぱあああ」
天罰覿面。東北人怒りの鉄鎚。
不意に現れた“電撃を帯びた魔力の奔流の残りカス”の直撃を受け、名無しさんは吹き飛ばされた。
【名無しさん@AAAロワ 死亡】
「――――して堪るかああああああああああああああああああッ」
LSキャラならともかく、巻き添え死亡なんて死に方、自分は絶対に御免だ。
「まったく……電撃耐性がなければ即死だったな……」
最近、AAAロワでは麻痺耐性の支給品について問題が起こった。
詳細は省かせて頂くが、「麻痺耐性のアイテムだと思ってたのが偽物だと思ったらやっぱりコレ本物でした」というような内容だ。
『麻痺耐性を付属するという修正は、過去作にまで影響を与えてしまった』ということがあり、
AAAロワの集合体とも取れる名無しさんにも麻痺耐性云々が影響を与えたのだった。
ついでに言うと、スクエニっ子は電撃系統(出版社的な意味で)に強い奴が多かったりもする。
「クク、誰だか知らんが面白い……この私が皆殺しにしてくれるわッ!」
顔面の煤を拭い、獰猛な笑みを浮かべ名無しさんは再び山を登り始める。
盛り上がっているであろう大乱戦に、自分も混ぜてもらうために。
☆ ★ ☆ ★ ☆
数分後、名無しさんは戦場へと辿り着いた。そして――
「あのガキだけは絶対に俺がぶっ殺す!」
「残念、貴様は今ここで私に殺されるのだよ」
悲痛な叫びを行う悪魔に無邪気で邪悪な笑みで語りかける。
そして鋼鉄の斧を振りかぶった――ところで、悪魔は旅の扉へと消えてしまった。
「………………え?」
行き場を失った斧の重みで尻持ちを着き、名無しさんは間の抜けた声を出す。
「も、もしかして、私の存在に気が付いてなかったのか……っ!?」
正解です。
怒りに駆られた悪魔は、名無しさんに最後まで気付かないまま旅の扉に飛び込みました。
ついでに言うと、挑発のセリフも復讐宣言と被っていたため届いてません。
「……………………ふっ」
頬を引き攣らせしばし呆然としていた名無しさんが、壊れた玩具のように笑みを浮かべる。
そしてその微笑みは高笑いへと変化した。
「ふははははははははははははははははチクショオオオオオオ」
傍にあったひしゃげた箱をやたら滅多に殴りつける。
悔しかった。過疎ロワを蔑にすると言わんばかりのあの悪魔の行為が。
悔しかった。その場に存在しないかの如き扱いを受けたことが。
「このッ私をッなめるんじゃあないッ!!」
怒りのあまり拳の軌道が若干ずれ、小指と薬指の間を箱の角にぶつけてしまった。
ひとしきり悶絶した後、傍に一つのデイパックがあることに気が付く。
「これは……貴様のものか? 死ぬ前に答えてもらおうか」
それから、箱の残骸から少し離れた場所に横たわった一人の少女に目を向ける。
血に濡れた少女は、見るからに死んでいた。
おそらく、ここであったと思われる戦いでの死者なのだろう。
今更ながら、乱戦に間に合っていればと悔やんでしまう。
「貴様に聞いているんだ。痴女の小娘」
とりあえず、万が一を考えて、一命を取り留めていないかと少女に声をかけてみた。
もしここでイベントの一つでも起こせたとしたら、急いで来た行為は無駄にはならないのだ。
少女が生きていれば、このうえなく好都合。スコアを横取りもできるし、ラッキー極まりない。
そんなわけで、生きている事を願いながら、名無しさんは少女に向かって話しかけ続けた。
「しかし貴様は手元にデイパックを持っている。とすると、このデイパックはどこから拾ってきたものだ?
青函トンネルの出口付近じゃあないのか?」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
しかし、そんなこと名無しさんには分からない。
瀕死故に少女に声が聞こえてなかったり、逆に少女の声が掠れすぎてて聞き取れない場合もある。
自分の考察が正しいという保証が欲しくて、名無しさんは地面にうつ伏せになった。
少女の顔に吐息がかかりそうなほど顔を近づけ、もう一度だけ質問する。
「……本当に死んでいるのか? おい、仮にもマーダーの私をぼっちにするつもりなのか?」
やはり返事は返ってこない。
が、AAA住人は諦めが悪いのだ。何やかんやで月報で生存報告を出来ているのは、その執念故!
名無しさんは最後の確認と言わんばかりにその指を少女の薄い唇へと触れさせた。
「息は……」
唇を少し下げさせ、半開きの口を大きくさせる。
その唇はまだプニプニと心地よい感触を保っていた。
「……くそっ、間に合わなかったか」
そして呼吸を確認するが、やはりもう手遅れだった。
もう少し早く来ていればこの少女から情報を得たりこの少女のスコアを横取り出来たかも知れないのに。
先程の悪魔も呼びとめられたかもしれないのに。
尻を痛めて走りづらくさえなかったら。
「おのれ、作者6め……絶対に許さんぞ」
何でもかんでもクロードの仕業にするネタがあるAAAの出身だけあって、人のせいにするのは名無しさんの得意技だった。
こじつけ? 無理矢理? だから何? それもこれもクロードと作者6の仕業だ。
「……とりあえず少しでも戦力を増強するために、小娘も食しておくか……
そうすれば支給品の充実化も含め、わざわざ一話かけて青森まで来た甲斐があったことになる」
必要なパートだけを投下することが多く、あまり繋ぎのない、良くも悪くもジャンプロワ以前のパロロワみたいな風潮なのがAAAロワである。
勿論繋ぎを投下してくれるのは大歓迎だが、今の所繋ぎはほとんど必要最低限しかない。
キャラによっては一話の繋ぎだけで放送を跨いだりしているほどだ。
故に、そんなロワ出身の彼女は、極力『進展もなく時間経過もほとんどない繋ぎ話』を避けようとしていたのだった。
「しかし……こんな少女をどうやって食べればいいと言うのだ?」
依然少女の唇を指でぷにぷに弄りながら、名無しさんは考える。
先程の蜘蛛はサイズが小さいため丸飲みや啜る等で完食が出来た。
が、眼前の少女はそうもいかない。
幼女に近いリドリーの体格である名無しさんより、下手したら体積が大きいのだ。
一体どのようにして食せと言うのか――少女の唇をぷにぷにし続けながら名無しさんは考える。
「よし、ロワは度胸。無茶か否かはやってみてからその感触で判断するものだ……いざッ」
唇から指を離し、代わりに己の唇を、いや、己の整った白い歯をそっと触れさせる。
ほんの少し上顎に力を入れるだけで、白い歯は柔らかな唇へと浸食していった。
歯の周辺に深紅の気泡が浮き上がり、やがて真っ赤な筋となる。
少女の顎と名無しさんの顎との境界線を伝った後、それぞれの首筋へと分岐した少女の血は、やがて身に纏った衣服へと吸収された。
もっとも、少女の方は衣服というより、ただ肌を隠すために被せられただけの布地であったが。
(お、思ったより……固いんだな……)
名無しさんが唇から行ったのは、その柔らかさ故だった。
怒りに任せて自分の唇を噛めば分かると思うが、唇はいとも容易く噛み切れる。
だったら人体で一番食べやすい場所は噛み切りやすい唇だろうという発想だ。
しかし現実はそう甘くなく、『噛み切る』ことと『噛み千切る』こととの難易度の差にただただ戸惑うばかりである。
歯に力を込めても、なかなか唇を抉り取ることができない。
「じゅぽっじゅぽっ……じゅるるるじゅるるる、じゅううぅー」
とりあえず少しでも食せばSTR値が増加して噛み千切りやすくなるのではないか。
その発想に至り、口を窄めると噛み切った傷跡から血液を吸い出しにかかる。
端から見たら口付けに見えなくもないのだが、一人は必死の形相だわ一人は胸に大穴開いてるわでロマンチックの欠片もなかった。
「……ん、あむ……はむ…………んぐうっ!?」
気管支に血液が入り、思いっきり噎せてしまう。
一頻りゲホゲホとやったところで、ふと思う。
「……何か、違う。これは何か違う気がする……」
なんというか、これではただの変態である。
いやまあ目的であるカニバリズムも変態の一種だし、そういう意味では目的に近付いてはいるのだが、とにかくこれは何か違う。
一歩間違えれば、『美味しく頂く』の意味を履き違えているかのような光景に見えるんじゃないだろうか。
「やはり唇はやめておこう……もっとこう、効果の出そうな部位を……」
口元から垂れた少女の血液を拭いながら、少女の未発達な胸へと目を向ける。
穴の空いたそこには、少女の生命と言っても過言ではなかった心臓があった場所。
つまり、一番少女の生命力を吸収できるのは、あそこなのではなかろうか?
「ええい、ここまで来て後に引けるかッ」
半ばヤケッパチになりながら、少女の亡きがらに覆いかぶさり小ぶりな胸にむしゃぶりつく。
血の気がなくなり雪のような白さとなった山の表面をまずは舌で丁寧に舐める。
心臓から流れ出た血液が、パワーを分けてくれたような気がした。
次いで先端を口に含み咀嚼――しようとするも、なかなか噛み千切ることができず、しばし口内を使って唾液で濡らす作業へと移行する。
十分に唾液で湿ったことを確認してから、多少ふやけた少女の胸へと歯を突き立てた。
するとついに少女の皮膚がめくれ、千切り取ることに成功する。
思ったより不味くもなく、指をしゃぶったときのような何とも言えない微妙な味が口いっぱいに広がった。
歯で磨り潰し、喉に引っ掛かって吐き出す恐れのない大きさまで小さくなったことを舌で確認。
それからようやく少女の肉片が喉を通過し体内へと入っていった。
ふう、と一息吐き、名無しさんは一人思う。
「いやいやいや何だこれ。このペースだと絶対放送までに食べ終わらないって」
頭を抱えてしゃがみこむ。
他ロワのカニバリストはもっと手早く食事を済ませていることだろう。
なのに自分は一体何だ。カニバリズム描写が自ロワにないからといって、この手際の悪さは何なのだ。
「やはり有名なYOKODUNAのように人外でなくてはならないのか?
……いや、そんなはずはない。人間でカニバリズムに走るキャラもいる。
ということはやはり食べ方に問題があるということだ。ふむ……」
実を言うと、数分足らずで少女を平らげる方法が名無しさんには存在している。
まず一つは、包丁を使って『アイテムクリエーション・調理』を行い何かしらの肉料理に変えてしまう方法。
しかしこれでは能力まで吸収できる保証がないため、名無しさんは無意識の内にこの案を却下していた。
……先程のハイポーションがトラウマになっているから案から外しているという可能性もあるが。
「とはいえ、ロワのポジションを考えるとシンやエイミにはなりたくない」
これが二つ目の方法。人型での食事に苦戦するなら、人外になればいいじゃない。
しかし人外タイプのキャラは基本的にパッとせず、シンはサラマンダーのまま退場し、
エイミなんて死亡フラグを順調に貯め込んだ末案の定すぐ死んだ。
しかもエイミはモンスター化の直後に死んでいる。
正直、モンスターになるというのは不吉すぎるのだ。
「やはり、食べやすい箇所から行くべきか……すでに開いている穴の部分から皮膚を引っぺがすようにして食べていくか?
獣じみた食べ方になるが、まあ、いまさらどうこう言っていられる段階ではないしな」
そして彼女が完全に忘却していた三つ目の方法は、ブラムスになるというものだ。
ロワ内でもミカエルの血を奪っていた通り、ブラムスはヴァンパイアである。
当然、血ぐらい瞬く間に吸いつくせるわけだ。
そうなると肉は食べられないわけだが、肉も血液も食べられなさそうな今の状況よりはマシだろう。
「……いや、待てよ……この大穴の位置……近くに心臓があるんじゃあないのか……?
最低限そこだけを食べられればいいわけだよな……ということは、よしッ!」
意を決し、ルパンダイブを敢行する。
胸に空いた大穴へと顔面を突っ込み、じゅるじゅると血液を啜りながら心臓を探った。
が、しかし、少女は正確に心臓を貫かれていたわけで。
槍で思いっきり貫かれた心臓が形を保てているはずがないわけで。
「……ぷは……何だ、どういうことだ……心臓がない、だと……?
ま、まさかこの女、心臓を消滅なり抜き取るなりされて死んだのか……?」
そんなわけで、顔中血だらけになった名無しさんは、案の定絶叫するはめとなる。
「ふざけるなあああああ!! クッソオオオオオ、作者6ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
八つ当たりとして、少女の亡きがらを踏みつける。
何度も何度も、胸の傷口を抉るようにして蹴りつける。
――つもりだったが、二度目の時点で血液と潰れた内臓に足を取られ名無しさんは空を仰ぐこととなった。
無論、無骨な地面に後頭部を打ちつけて。
「ひ、ぎぃ……っぐ!」
後頭部を押さえつけながらのエビ反り作業の過程で、名無しさんはあるものに気がついた。
それは、箱の近くで拾った方のデイパックから見えた、とあるアイテム。
持ち主を誤解している名無しさんには何故デイパックが開けっ放しだったのかだとか、何故それを装備していなかっただとかは分からない。
ただ、それが自身のロワ出展のバーニぃシューズであることだけは分かった。
「は、はは……はーっはっはっは!!」
本来の持ち主――死体損傷の酷さから名無しさんからも『参加者の死体』だと思われなかった情景の書き手だ――は、
箱の中から出られなかったため、この支給品をデイパックの中にしまっていた。
ジッパーが開いているのは、先程名無しさんが逃がした悪魔――鳴海の姿をした【車輪】シナクだ――が歩きだした直後にこの支給品の存在を思い出し、シナクに譲ろうとしたから。
結局それは、直後に起きたゴタゴタのせいで叶わなかったが。
ともかく、この支給品は名無しさんに希望の光をもたらしていた。
「やった! やったぞ! トライア様はまだ私を見捨ててはいなかった!!!
自ロワの支給品は愛用品も同じ! 誰より私が一番こいつを使いこなせる!
言うならば『持ち主補正』という名の無茶が可能!」
嬉々としてバーニィシューズを装備する。
痛む尻のせいでバランスが取れないため座って履いているのだが、ファンシーな外見も相俟って、何というか遠足前にはしゃぐ子供のようにしか見えない。
正直格とか0である。
「ありがとう、名も知らぬ少女よ! 終盤になっても回想シーンで思い出してあげよう! ハハハハハ」
トントンと爪先で地面を叩き、バーニィシューズをフィットさせる。
準備は万端だ。やろうと思えばいつでも発てる。
「待っていろ作者6ゥゥゥゥゥ! 貴様の命運もここまでだ!」
バーニィシューズは、スターオーシャン2からの出典アイテムで、移動速度を馬鹿みたいに高めてくれる防具である。
それこそこれを装備しているのに慣れたら、装備なしでの戦闘がダルすぎると感じるくらいスピーディになるのだ。
バーニィレース――まあ、要するに競馬みたいなもの――でバーニィレースを取ろうとし、破産するプレイヤーもいるとかなんとか。
ロワにおいても、後衛にして原作ゲームで1・2を争うくらい肉弾戦で役に立たないノエル・チャンドラーが、これを装備しただけで藤林すず相手に肉弾戦で善戦できていた。
「北海道までの道のりくらいなら余裕! そして青函トンネルで張っていた時から考えると、まだ奴らは北海道を出ていないッ!」
ミニ日本の凄い所の一つに、『ビックリするくらい適当な縮尺』がある。広さが非常に曖昧で、移動にかかる時間なども適当そのもの。
『隣のエリアまでは2時間』なんてルールでもあるんじゃないかってほど、元の地図の広さと話の内容を無視した時間運びだってあるのだ。
つまり、「だって今バーニィシューズ履いてるもん」と言ってしまえば、時間経過を適当に扱ってもまあ大丈夫だろうという魂胆だ。
普通のロワならフルボッコ間違いなしだが、このロワには“リアル世界の時間計算で、一定時間経過するとマップは崩壊し全員死ぬ”というルールがある。
つまり無茶だと思ったら放置で死ぬだけなのだからと、全力で最低な行為だって行えるのだ!
「ふはははは、本当にいいアイテムをくれたものだよ!」
アニロワ出典にして日本国民なら名前くらいは聞いたことがあるであろうアイテム・スモールライト。
それを旅の扉に使用し、小型化したところで地面を抉り持ち運べるようにする。
これにより、時間制限ギリギリまで移動しても旅の扉を潜れるのだ!
「やはり過疎地は――東北はいい! ツイているッ! これが魂の故郷という奴かッ!」
実際はご都合アイテムを引くことくらい、書き手ロワでは日常茶飯事ではあるのだが、確かにまあ、今までを思うと彼女の運勢は向上している。
それに、遅筆故封印になったが、これを書いている作者は恐山での決闘で名無しさんを殺すプロットを持っていた。
さらに言うと、乱戦に絡めなかった名無しさんというコンセプトで書いたこの話でも、今朝までは某ルイージの人と絡み武器を失う予定だった。
絡める相手がいなくなったが故に万全の状態で獲物探しに出られる彼女は、メタ的な意味での運を含めると確かにツイているのかもしれない。
「いざ、北海道!」
名無しさんが恐山を駆け抜ける。
進行方向が正しいかも確認せずに、ただひたすらに駆け抜けていく。
今度こそ、存在感を得るために。
自称ツイてる彼女がはたして無事新フィールドにいけるかは、まだ分からない。
【一日目・早朝/青森県・恐山】
【名無しさん@AAAロワ】
【状態】まだおしり痛いです(´;ω;`)ウッ、野生の蜘蛛と
普通の名探偵の皮膚や血液を摂取してパワーアップ!?
【装備】鋼鉄の斧@
DQロワ、バーニィジューズ@AAAロワ
【道具】支給品一式×3(一式分の水は全部消費しました)、ヤンデレ妹の包丁@
ニコロワβ、不明支給品(今から確認)×0~1
キャスターのローブ@ギャルゲ2、ゼロのマント@コードギアス、ミニ八卦炉@LSロワ、スモールライト@アニロワ、小さくした旅の扉
【思考】
基本:目立って目立って目立ちまくる
0:ギリギリまで好き放題暴れて、それから旅の扉をくぐる
1:他ロワの書き手を殺して死体を喰う
2:作者6にいつか絶対仕返しする
※外見はAAAの参加キャラに自由に変えられる模様。現在の外見はリドリー・ティンバーレイク
※ミニ八卦炉の使い方を知りません
※蜘蛛の外見をした動物ロワの書き手を殺害したと思っています
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最終更新:2009年06月13日 15:21