猿はシェイクスピアの戯曲を書き上げた

その子供は、窓の向こうから見ていた。

彼女の視界の先には、向こう側からは感知できない窓が有る。
子供らしくてお洒落な窓だ。
そしてその窓の向こうには。

Prince of Killeが杉田空気王をズガンと殺す場面が映し出されていた。

これは世界の外の物語。



子供がうーんと首を傾げて、その唇からくすっと小さな笑みが零れた。
くすくすっと、悪戯っぽい小さな笑い。
それから呟くように、言った。

「ちょっと可哀相かなあ。でも、仕方の無い事だよね」
「何が仕方の無い事だ」

少女の首根っこを掴む腕があった。
その子は抵抗もせず腕に首根っこを掴まれて、持ち上げられる。
不鮮明な、影のような腕が持ち上げる。

◆ANI2to4ndEの手が。

“あの子”と呼ばれる少女……何処か中性的であり、
もしかすると性別の区分すら怪しいその子は、悪戯を見つかった子供のように笑っていた。

「やってくれたな」と◆ANI2to4ndEが言い。
「なにを?」とその子は笑う。

そしてその子は続けた。

「あなたは判っているでしょう? 私は一切の介入をしていないよ?
 だって空気王が記したんだもの。
 『※“あの子”は今後、こちらのロワに干渉できません。』……でしょう?
 ただ私が観察している先で、杉田空気王が死んだだけ。
 なんなら赤字で記そうか。
 “あの子”は杉田空気王の死に関して、ロワ内に一切の介入を行っていない
 ……ってね」

その赤字は参加者のそれより桁外れに強く、堅固に事象を固定化する。
少女の言葉は紛れも無い真実であり、揺らぎ無き事実である、と。
◆ANI2to4ndEは、投げ捨てるように少女を手放した。
「わわっ」と声を上げて床(?)に顔から突っ込んだ少女は「いたーい」と嘯く。
実際には痛みなど欠片も感じていないだろうに。

すぐに立ち直った少女は困ったような表情を浮かべて、答えた。
「でも、そうだね。
 空気王さんの赤字にそれほどの意味が無いのはほんとかな」
と。

「だってあの赤字は私が干渉しない事を保証するだけなんだもの。
 あの赤字はサイコロの目をイカサマで変える事は防げただろうけど、
 何の理由も無く全くの偶然で百万回ピンゾロが続く事は防げない」

「空気王の死は、それか?」
「さあ?
 それ以前に製造上のミスで賽の目が偏っていたのかもしれないよ。
 あるいは彼の振り方(選択)が不幸な出目に直結した可能性だって有るじゃない。
 例えるなら川の洪水を恐れて、裏山の木を伐採し堤防を作ったような物かな?
 その結果、水を止められなくなった裏山は土砂崩れを起こし家を呑みこんでしまった」

◆ANI2to4ndEは苦々しげに、答えた。
「おまえの様な存在は触れればただ広がるだけだ。
 放って置けば不確かなままだが、捉えようとすれば形と動機を与えてしまう。
 だからエドさんには追跡しろとだけ言っておいたのだがな」

少女はころりと笑顔を浮かべ、赤字を物質として顕現させる。
※“あの子”は今後、こちらのロワに干渉できません。』をひらひらと摘み、
優しく可愛らしいキッスをしてみせた。

「でもこの赤字は気に入ったかな。
 空気王さん必死のプレゼントだもの、ちゃんと受け取っておかなきゃね」

◆ANI2to4ndEは腹立たしげにそれを見つめながら。
……言った。

「その赤字は自分で書いたな?」

「……どうして、そう思うの?」
「杉田空気王が作中で宣言した台詞とは内容が変わっている」

少女はすうっと、表情を悲しみに染めた。
何かに落胆したような、僅かな倦怠を秘めた悲しみに。

「空気王さんがあそこで間違えなきゃ良かったのにねえ」

そして悲しみから、蔑みに。
バトルロワイアル主催者としての悪辣な表情が垣間見えた。

「空気王さんったらあの場面で、
 『“あの子”は書き手バトルロワイアル3rdに干渉できない』なんて言うんだもの。
 私が“別の書き手バトルロワイアル3rdを運営している”事を忘れて、ね。
 それは一参加者の身でバトルロワイアルの主催を封じ込もうという願いと同義だよ?
 彼如きじゃ到底そんな赤字は記せない。
 赤字は“自分に出来る範囲の事を決定事項として確定させる”だけの力なんだから。
 赤字を主に使っているのが参加者から外れた存在である事の意味も考えなきゃね。
 ふふっ、たまにギャルゲ写本さんみたいなチートもいるけど」

そもそも参加者の力で主催級を封じ込もうという目論見自体が無謀だった。
単純に力差が有りすぎる。
主催級に制限を課すとすれば、それは主催の手で行われなければならなかったのだ。

「よもや空気王を誘導したのか?」
「その手には乗らないよ。
 私は何もしていない。
 私はあなたのロワに干渉できない。
 この赤字が有る限り」

しかし、赤字は既に記された。
例えその赤字が当人の力で記された信用のおけない物だったとしても、
赤字が破られていない限り、その内容は保障されている。

“あの子”はもう◆ANI2to4ndEのロワに干渉できない。
“あの子”は◆ANI2to4ndEのロワに一切干渉していない。
◆ANI2to4ndEのロワで何が起きようと、“あの子”の干渉では有り得ない。

何が起きようと全ての理由は“あの子”以外に帰結する。
恐らくはそれこそが、“あの子”の望んだ事だった。

「だからね、私はせいぜいあなたのロワを観察し、見物するだけだよ。
 ◆ANI2to4ndEさんも私なんかに構わずロワの運営に戻った方がいいよ?」

そう言い残し。
空気王の赤字を抱いた“あの子”は溶けるように虚空へ消えた。

◆ANI2to4ndEはどこか険悪な視線でそれを見送ると。
やがて背を向け、何処かに消えた。

たったそれだけの物語。
バトルロワイアルの外で起きた、ちょっとした幕間劇。

このお話は、それだけの事。

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最終更新:2009年06月17日 00:47
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