まるでピクニックで使うようなレジャーシートを敷いて、奇妙な二人の男女が茶会をしていた。
片方は淡い桃色の頭髪にネコミミパーカー、特徴的なデザインのリュックを背負った『超高校級のゲーマー』の格好をしている。
対するもう一方は彼女の小綺麗な容姿とは正反対のボロボロなローブを羽織り、ゆらめく影のように静かに其処に座していた。
少女が啜るのは砂糖を信じられないくらい多めに入れたひどく甘い紅茶で、男も男で気違いじみた分量の糖分を入れたコーヒーを啜っている。
二人はまるで恋人のよう。
しかし腕の立つ者なら気付いただろう。彼らの目に宿る色合いは決して常人のそれでなく、明らかに異質であるという一点に。
暫し液体を啜る音のみが聞こえていたが、やがて男が口を開いた。
「ふむ、成る程な。
呆気ない。終わりとは得てしてこんなものなのか」
巻き込まれたのは終末の宴。
耳に届く夜風は終焉の戦慄。
陰々滅々とした男の声には、この場に相応しく声というものがない。
ただ現状を確認し、率直な感想を述べたのみ。
バトルロワイアル――――いざ実際に混ざるとなれば、これほど世界の終わりのフレーズに合致するシチュエーションもない。
砕かれ、壊され、塵芥と帰し、被造物はもちろんのこと其処に存在するあらゆる生命が諸々に、平等かつ例外なく”死”という運命を宣告されている。
誰あろう、主催者の手によってだ。
ただ、超然。
茶会の二人を表現するならば、きっとそこに落ち着くだろう。
その思考は凡てを超え、その精神は他の誰にも解せない。
たとえ世界が滅びようとも、おそらくなんの痛痒も感じまい。
片やその未知を切望しているから。
片や結末を観測し続けるがゆえ。
「さて、いずれは我々も崩壊に巻き込まれる。名残惜しくはあるが、潮時だろうな」
台詞とは裏腹に、やはり口調に一片の迷いもありはしない。
カップを置いたその挙動も淀みなく、停滞や躊躇は皆無だった。
天空には無明の暗黒が座し、あたかも未来さえ塗り潰しているかのよう。
垂れ込める漆黒の中で、可憐な少女が漸く口を開く。
「『生まれ出ようとする者は、一つの世界を壊さねばならぬ』――某作品より引用ってね。そうなら、この生命の断末魔は産声なんだと思うよ、水銀。覆された結末へ至るための線路……さしずめ、アナザールート」
ことりとティーカップを置いて、黒き影へと言い放つは、陰鬱たる黒ローブとは対照的な可憐なる桃色。
少女相応の容姿からは想像も出来ない、黒き影に匹敵する鮮烈さを兼ね備えている。
これもまた、常人の思考では追い付けぬ道を歩んでいるのだ。
常人がこのような瞳で物事を見るなど、出来るはずがない。
「やはりあなたはこの運命へと背くのか、ウォッチャーよ。いや、分岐点<チェックポイント>と呼んだ方が良かったか」
「それは私であって私じゃない。あれはいわば私の辿ったアナザールート………言ってみれば、只の代用品に過ぎない。
私のような端役には、ただの観測者(ウォッチャー)がお似合いだよ」
「そうか。ならばウォッチャー、続きと行こう」
二つの影は仲睦まじく、十年来の友人のように談笑する。
己が引き起こした災厄になど、一切心に留めていない。
彼らが描いた殺し合いの中では崩落が始まり、登場人物達はもう戻れぬまでに結末を曲げられ、彼らの物語は音を立てて崩れ去った。
諸行は無情、回転する鍵十字が如く。
綴り手と観測者の存在は揺るがない。
彼らが幸あれと生み出したゲーム盤は、彼ら自身が未知に囚われたことで時を止め、彼らが次にキーを叩くまで決して針の進むことはない。
ならばこそ、ここに新たな物語の種を蒔こう。
花は、泥にも負けぬ蓮華がいい。
未知という名の災厄にも負けぬ、永劫に咲き続ける美しき蓮の華が。
「私とあなたは絶対に相容れない」
「うん、相容れるには何度の転生が必要だろうね。でもその来世で私たちがまだ再会を果たすとは限らない。
そして今、束の間でもあなたと和解を果たすのは不可能だ」
「ならば解は決まっているだろう、ウォッチャー。
私たちが劇的に踊れば踊るほど、悪辣な主催者は喜ぶだろう。
王冠の独裁者が、鮮烈なる宴を拒むとは思えない」
――そうすれば、私たちが存在していた記録は残る。
無表情の白磁の肌に、一筋の亀裂が走る。
それは笑み、ほんの僅かに窺い知れる、超越者の微笑であった。
「此処で祈りを捧げよう、ウォッチャー。願わくばあなたに幸があり」
「真なる結末へと辿り着かんことを」
直後、二人は一瞬にして茶会の場から飛び退いた。
つい直前まで穏やかな茶会の舞台だった場所は、乱雑にティーカップがぶちまけられ、無惨な姿を晒している。
既に二人は道を違えた。水銀の綴り手と結末の観測者は、殺し合うより選択肢を持たない。
――謬、と少女が舞った。
手にしているのは黒鍵。
本来は一般人が持っているべきモノではないが、これは支給品。
そしてそれをプロさながらに扱いきる技量をも、彼女は備えていた。
地面を蹴ると砂埃が舞い、黒鍵の観測者は綴り手へと突貫する。
「甘いな」
綴り手はその突貫をひらりと影のように避けると、彼もまた懐から取り出した一本の剣で攻勢へと移った。
その剣こそ彼に与えられた武具。四季崎記紀と云う刀鍛冶が作り上げた十二本の完成形変体刀が一本、『絶刀・鉋』。
決して砕けぬ頑丈性を売りとしたその刃は滅多なことでは砕けないだろうし、綴り手の力量であればそれを使いこなすのも容易なことだった。
振り下ろされる絶刀を少女は黒鍵で受け止める。
激しい金属音が鳴り響くと、今度は少女が身体を宙へ舞わせた。
細身にそぐわぬ跳躍力、まさにそれは少女という存在が辿った書き手というアナザールートでこそ勝ち得た産物。
それを評価するように笑んで綴り手も懐より黒い魔物を引き出す。
「たまんねえなあ――とでも、言うべきか?」
「機関銃…………ッ!!」
観測者が苦々しげに表情を歪める。
綴り手の取り出したのはイングラムM10、サブマシンガンだ。
しかし、彼もまた理解している。
観測者の武具が黒鍵である以上、これで殺すのは無理であると。
むしろ、そうでなくては興醒めであると!
「死骸を晒せ、観測者」
ぱららららららららら――――、と魔物めいた銃声が連続する。
馬鹿正直に正面から受けてはやはり些かの危険が伴う。
要求されるのは巧みにダメージを反らしながらの撃墜。
低姿勢のまま地面を走る観測者は、自らへ迫った弾を黒鍵で落とした。
銃弾相手でも肉薄する身体能力、それはまさしく人智を超えている。
イングラムの雄叫びが止んだ刹那。観測者は僅かに刀身の欠けた黒鍵を真っ直ぐ綴り手の頭めがけて投擲した。
直撃すれば死ぬだろう。
が、まるでこれを既知であったかのように絶刀が阻む。
「可憐な容姿に似合わんな」
「そうだろうね。身体と力が一致してないのには気付いてる」
「ほう、それはどんな気分だ?」
「最高だよ」
走行速度は時速50km程に達するだろう。
観測者の踏み込みはとある武術の技能の一つ。
地面を滑るようにして綴り手の間合いへと入り、その胸を穿つ。
べきり、と肋骨を破壊する感触があった。
当たりは浅かったものの、決して少なくないダメージだったはずだ。
しかし表情は未だ優れない。
明らかに水銀の綴り手の様子はおかしいのだ。
苦痛を感じるどころか、むしろ楽しげに微笑んでさえいる。
「素晴らしい……これがかの騎士王の鞘か」
その台詞に、観測者は舌を打った。
おおよそ想定し得る限り、一番あってほしくないケースだったからだ。
全て遠き理想郷(アヴァロン)――超然の回復をもたらす宝具。それを体内に取り込まれていては、此方の攻撃が無意味同然のものとなる。
肋骨数本程度では『やったか』とすら思わせてはくれない。
「どうした観測者、汗が浮いているぞ?
このままでは普通に考えて、私の耐久勝ちになりそうだが」
その通りだった。
アヴァロンの回復性能はまさしく脅威以外の何物でもない。
これを潰すには、頭を切り飛ばすより他は無さそうだ。
「冒涜者の癖して、理想郷に縋るんだね」
「使えるものは使わなくてはな。私は本来この姿を保有しているオリジナルとは違って、あくまで人間の範疇を出ないのだよ」
「ふう………んっ!!」
死せとばかりに放たれる黒鍵を、あえて綴り手はその身で受ける。
ぐじゅりと音を立てて引き抜かれた刃の傷口は、既に治癒を始めていた。
余裕綽々の面構えだが、観測者も諦めてはいない。
八極拳。幼き身に刻まれた超人クラスの鉄拳もまた彼女の剣なのだ。
しかしながら振るわれる拳は全て空を切り、当たっても理想郷の回復力の前に微々たるダメージと帰し、無為に終わる。
戦況は明らかな劣勢。
それでも観測者は微笑んでいた。
これこそが彼女の求めたものへの分岐点。
すなわち『アナザールート』への分かれ道!
この障害を乗り越えてこそ、結末は覆されるだろう。
ならば何度でも立ち上がろう、この拳が奴を砕くまでは。
幾度も幾度も幾度も幾度も、腕が千切れても拳を振るおう。
黒鍵の残量もまだまだある、諦めるには早すぎる。
「泣き叫べ――――劣等!」
イングラムが再び雄叫びをあげた。
観測者にすればそれは死に神の笑い声に等しくさえあった。
ちゃんとした装備があれば、弾丸を受け止めながらも攻撃にすぐさま転換できるような芸当も可能なのに、生憎とこの軽装だ。
これでは勝ち目などありはしない。
黒鍵を振るうにも、一瞬だけ意識を向けるのが遅れてしまったのが悪かった。それは最悪の失敗であり、バッドエンドへの落とし穴だったのだ。
(あーあ……)
がっかりしたような溜息をつきつつ、迫る銃弾を見つめる。
数秒とせずに自分の肉体を蜂の巣に変える嵐に向き合う。
何も恐れてはいない。恐れるとすればそれは、忘れ去られることだ。
自分が綴り、観測した物語を忘れられるほど恐ろしいモノは彼女にはない。それに比べれば死など、羽のように軽い。
――――しかし。
「ダメだな」
突如ホスト風の青年が観測者と銃弾の前へ立ちふさがると、
「――お前等には足りないッ!
圧倒的に、全開さが足りない!
もっと……もっと全開になれよォォ!!!!」
そのまま素手で、イングラムの弾丸を薙払った。
尤も青年はケプラー繊維の編み込まれた、偶然にも観測者が最も欲していた防弾武装を纏っていたため、素手であるというのにも些か語弊があったが、それでも純粋な筋力のみで銃弾の破壊力を封殺してのけたその力量を、誰が低いと評価できようか。
「……っくく、ははははは」
イングラムの銃倉を交換し終えるよりも先に、水銀の綴り手は割って入った青年へとはばかることなく爆笑をし始めた。
「そう来るか、そう来るか。成程、理解したぞ観測者。これがおまえの言うアナザールートとやらか……全く、傑作だ」
「うーん……ちょっと私が思ってたのと違うけど……」
「何をゴチャゴチャと話してやがる! いいか、お前達は俺と来い! 俺がお前達に、全開とはなんたるかを教えてやる!!」
未知の結末を追い求めた綴り手。
覆された結末を願い続けた観測者。
彼らの願望は『全開』に包まれ。
彼らの抗争も『全開』により閉ざされる。
水銀の綴り手はひとえに何でもよかった。
彼も本質では、結末の観測者と何ら違わない。
未知の結末は覆されることで生まれるものでもある。
ただ、観測者と一度敵対するために綴り手は殺戮を掲げた。
彼女との激突は紛れもない未知だ。
彼女を踏み越えるにしろ踏み潰されるにしろ、未知を知ることとなる。
しかしそれは乱入した全開の追求者を前に、無意味となったのだ。
彼は存在そのものが未知といっていい。
彼の全開極まる道に、既知の存在する余地などないだろう。
ならば――観測者と道を違える理由は消えた。
それだけのことだった。
そんなつまらない理由で、インフレーションとアナザールートの殺し合いはあまりにも呆気なく幕を閉じたのだった。
――全開の追求者は考える。
こんな殺し合いは、全開に打ち破られるべきだ。
全開に生命力を解き放った書き手達に、破壊されるべきなのだ。
ふざけた催しを、と憤りながら彼が出会った光景こそが、結末の観測者と水銀の綴り手が衝突する殺し合いだった。
彼は思わず見入ってしまった。
口ではああ言ったものの観測者の身体能力は本当に半端じゃなかったし、それを対処する綴り手の余裕もまた目を見張るものがあった。
だからこそ。素晴らしいからこそ、彼は惜しく思ったのだ。
(こいつらはまだ全開じゃない)
強いことと全開なのは違う。
強者になって、更に常識を踏み越えて得られるものこそ全開の境地だ。
彼らにはそれがない。
強くとも常識を踏み越えていない、だから全開には遠い。
それが許せなかった。どうして全開にならないのかと激しくこみ上げる激情を遂に堪えきれずに割って入ってしまった。
結局抗争は水銀の綴り手が白旗を挙げたことで終幕となったのだが、彼らは是非とも全開になるべきだ。
だから俺が導く。
全開の境地へと。
そしてあの主催者を、全開の力で捻り潰すのだ。
決意の炎を双眸に灯し、全開の追求者は拳を握る。
それが、彼なりの反逆の狼煙だった。
「……ねえ、全開さん。その神父服、譲ってくれない?」
「ん? 別に構わねえが、サイズ合うのか?」
「いいのいいの」
神父服を纏った観測者はやけにご機嫌そうに、少女らしく笑った。
【一日目・深夜/D-7・森】
【チーム:全開の力に覆された未知の結末を見る】
【全開の追求者(◆uBeWzhDvql)@全開バトルロワイアル】
【状態】健康、全開
【外見】垣根帝督
【装備】特になし
【所持品】基本支給品1~2
【思考・行動】
基本:『全開』になって主催者を倒す。
1:水銀と結末を『全開』にする。
【結末の観測者(◆5Kdjgy1wTM)@アナザールート・バトルロワイアル】
【状態】疲労(小)、ちょっと上機嫌
【外見】七海千秋
【装備】黒鍵×8@アナザールート・バトルロワイアル、言峰綺礼の神父服@アナザールート・バトルロワイアル
【持物】基本支給品
【思考】
基本:主催を倒し、その結末を覆す
1:マーボー装備が完成した……!
2:全開と水銀についていく
※言峰綺礼の戦闘技術を会得しています
※支給品には即席ティーセットがありましたが台無しになりました。
【水銀の綴り手(◆AuHgijPLos)@INFLATION BATTLE ROYALE】
【状態】健康、wktk
【外見】メルクリウス
【装備】イングラムM10(32/32)@現実、全て遠き理想郷@仮面ライダーオーズバトルロワイアル、絶刀・鉋@新西尾維新バトルロワイアル
【持物】基本支給品
【思考】
基本:未知の結末を見る。
1:全開についていくことで未知を味わう。
2:面白いので全開、水銀と行動する
最終更新:2013年04月26日 23:53