「私も最初そうだったのよ。奈積さんと部屋の掃除ばっかり」
そう言って静香さんは笑った。
賑やかな夕食の時間。
談笑が絶えることのない、この時間。
「美雪は特に、まだ本格的に仲居の仕事をさせるのは危ない。この二週間でよくわかった」
「それってどういう意味ですか? 奈積さん」
「おっと藪蛇。まぁ、表の掃除は本来雑用組の仕事だからな。丸山の仕事を奪い続けるわけにはいかないしな」
「綺麗にまとめて、煙に撒かないでください。奈積さんの悪い癖です」
「てか雑用組ってなんだよ? 働いてる年数から言えば俺や誠二さんのほうが上だろ? あっ、丸山は別枠な」
「拓弥さんまで何言ってんですか!?」
「お前のRX-8で俺のハチロクに勝ったら発言取り消してやるよ」
「俺のライトチューンのRX-8と280馬力オーバーのハチロクターボじゃ、完全に無理ゲーじゃないですか!?」
長田さんと丸山さんが揉めてる間に私は奈積さんの皿のおかずに箸をつける。
「あーっ! 美雪またお前、私のおかずをとったな!」
奈積さんが仕返しにと私のおかずに箸を伸ばす。
「なっ……!?」
「…………すげ」
「今の速さって…………!?」
みんなが目を丸くして驚いている。
なぜなら、奈積さんの箸が止められたから。
………………私の箸によって。
「みっ、美雪ぃ! 箸で箸を掴むなんて反則だろ!?」
「反則も何も、おかずの奪い合いをしている時点でどうなのよ? ちゃんと一人分の皿があるんだし」
千春さんのさりげない突っ込み。
「それに、なっちゃん。おかずのひとつくらいで大人げないよ~? 食べ盛りの美雪ちゃんはともかく、体重増加を気にしてるなっちゃんが食い意地を張るなんておかしい話しよね?」
「体重増加を気にしてるのは静香の奴だろ!?」
「あら、ムキになっちゃて~。怖い怖い」
「ていうか千春先輩~。さりげなく私のこと馬鹿にしてません~?」
静香さんもこの騒ぎに加わる。
「そうだ。食べるものが好きな同士、美雪と静香でコンビ組んじゃえよ」
「奈積さん! 私とこんなただ大食いなだけの人と一緒にしないでくださいよ!」
「なんですって!? 人のおかずを奪ってる美雪ちゃんに言われたくわないわ!」
「まぁまぁ、あまり熱くならないで……」
龍巳が私と静香さんをなだめようとする。
「でもさ……、あたい京の伏見の人間だから甲斐の名物的な食べ物っていまいち分からないんだけど……何かあげてみ?」
伏見って京……つまり山城府の地名だったはず。まぁ、確かに甲斐からは離れた場所にある。
「ん~と……ほうとう?」
「鮑の煮貝もあるわよ」
「ん~。あれ高いからなぁ~。私まだ食べた事無いわね。あと信玄餅もありますね」
「最近じゃあ、信玄桃なんてお菓子もあるわよ」
「それは初耳だなぁ~。今度買ってみよっと」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………お前ら、やっぱし気が合うな」
相澤さんが苦笑しながら言った。
プルルル……。
その時、電話が鳴った。
私は受話器を取りに行こうとしたが、呼び出し音が止まる。
「はい、大久野屋旅館です」
先に受話器を取ったのは長田さんだった。
「その声は文彦ね。久し振り、鈿女よ」
「その呼び方は止めろ」
口調が砕けたものになる。
「んで、何の用だ? 冷やかしなら切んぞ」
「随分な言い方ね。まぁ、良いわ。この前、天照大神がそこに泊まったらしいわね」
「あぁ」
「それでね、私も、もう一度そこに泊まりたいなって思ったの」
長田さんは予約客の書かれているファイルを取り出し、ページをめくる。
「正直に予約したいって言えいいだろ。それでいつにしたいんだ?」
「来週末くらいかな?」
「来週末かぁ……。どこの部屋でもいいなら、いつでもいいけどな」
「拓弥と同じ部屋って可能性もあるという事かしら?」
「ばっ、馬鹿っ! 何でそうなるん?」
長田さんのあんな声、始めて聞いた……。
「もう、本気にしちゃって~」
「うるせぇよ、馬鹿」
「じゃあ、できる限りで良いから、良い部屋をよろしくね」
「あいよ」
電話での会話から相手は長田さんと親しい間柄だとわかる。
「誰なんだ?」
奈積さんが尋ねる。
「……ったく。あいよ」
電話での会話から相手は長田さんと親しい間柄だとわかる。
「誰なんだ?」
奈積さんが尋ねる。
「鈿女のやつだよ。……ったく、忘れた頃に来るやつだ」
誰のことかわからない。
でもこの場にいる人たちは誰だか知っているようだ。静香さんも心当たりはあるようだ。
「誰の……ことですか」
「天鈿女神さまのことだけど」
奈積さんが少し呆れた目で言う。
「えっと………………わかりません」
「……………………」
みんなの目線が呆れたものというより痛いものに…………。
「まぁ、仕方ねぇか」
長田さんが布製のカバーがかかった一冊の文庫本を私に渡した。
ページをめくってみる。
「古事記……?」
「俺んだけどな。とりあえず読んどけ」
「………………」
……余計なお世話だ。
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