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 甲斐県の八ヶ岳南麓の施設。
 そこに集められた者達は皆一様に緊張した表情をしている。
 彼らの服装は迷彩服と、一般的な服装とで分かれていた。
 しばらくして彼らの前に二、三人の男が出る。皆、一斉に敬礼する。
「先程、我々特務自衛隊は出動要請を受けた。これまでにも再三言ってきた事だがこれは訓練ではない!」
 彼らの目上の立場である男がいかにもな口調で話し始めた。

 特務自衛隊。
 1973年に設立された陸、海、空に次ぐ第四の自衛隊。
 それまでの自衛隊とはあまりにかけ離れた、より戦闘に特化した活動内容から憲法九条賛成派、反対派問わずに批判されることも少なくない。
 そして特務自衛隊にはほとんど外部に公開しない活動があった。

「今回全体的な指揮をとる篠藤玄一等特尉だ。よろしく」
 彼らの上官である篠藤玄は全体を見回してから言った。
「本日未明、淑界において港を占拠する事件が発生した。犯行グループは以前からマークしていた組織だ。
 犯人たちは大量の拳銃や自動小銃などで武装しており、現地の警察組織には手に負えない状況だそうだ。
 その港とこの世界の位置的関係上、早急な事態の収束を命じられた」

 特務自衛隊の任務のひとつ……それは、異世界における活動。

「現場状況を志村オブザーバーから」
 ベージュ色の作業着をきた男が前に出る。
「七三一部隊本部員、志村怜治です。本日は本部長は所用のため、私が夜雀部隊指揮官の代役を勤めます」
 そう言うと怜治は港とその周辺の地図をホワイトボードに張り、詳しく状況と大まかな作戦内容を話した。
 それが終わった時、隊員の一人が尋ねた。
「位置的理由での異世界介入と聞きましたが、具体的にはどのようなものですか?」
 怜治は玄に視線を移す。玄が目配せをすると、怜治は話しはじめた。
「常世は古事記などでは海を越えた向こうにあるとされている。その内の一つで最大規模を持つ淑界と葦原中国を結ぶ特殊な海域の玄関口だ。
 ここを抑えれば直接日本国への攻撃が可能になって、向こうの船ならその海域を通過して逃げることもできる。我々がこちらの船で行こうとしても中国や韓国に着くのが関の山。
 つまり奴らに攻撃を仕掛けられても、特殊な境界のために海自が追いかけても逃げ込まれれば捕まえることは不可能ということだ」
 怜治が一旦間を置くと、玄がそれに続けて言った。
「奴らに攻撃をされる前にその危険性の排除命令を下した。これより装備の確認が出来次第、常住ノ世界に向かう!」
 自衛隊員に銃に使う実包が配られる。
 それは自衛隊で使われる5.56ミリNATOや9ミリパラべラムと同規格の弾丸。これを銃を込めて引き金を引くだけで命を奪う事が可能になる。
 これから待ち受ける戦闘に隊員はさらに表情を固くした。
 迷彩服ではない男たちも自分の得物を点検する。
 彼らの得物は拳銃弾で言うなら火薬量の多いマグナム弾や.45ACPなど比較的強力な弾丸を使う銃だった。
 代物こそ人間が開発した物だが、彼らは人間とは違うモノを相手にすることを初めから想定していた。

 これから、彼らは平和の為に周囲をそして自らを騙して、命を奪いに行く。

「なお、今回の作戦にあたり夜雀部隊がオブザーバー隊として加わる」
 特務自衛隊員の何人かが眉をひそめ、同僚ではない者達の方を向いた。

 夜雀部隊。
 夜雀とは夜に現れる鳥の妖怪。山の主が魔物から人間を守る時の印であり、不吉なモノでもある。
 彼らは異界を相手に戦うため、神や妖怪、超能力者などの人間ならざるもので結成された戦闘集団。
 国に雇われた特務自衛隊と違い夜雀部隊は非合法の組織であり、目的のために数々の違法行為に手を染めている。
 本来彼らは法治国家に暮らす人として法の裁きを加えなければならない対象である。
 彼らの犯罪を全て検挙しようものなら、傷害致死罪や銃刀法違反など容疑の数は膨大な数になり、日本はおろか世界中の新聞の一面記事を飾る事になるだろう。
 光と闇。特務自衛隊と夜雀部隊は本来なら敵対し、対立しているはずの二つの組織。
 二つの戦闘部隊の協力体制は特務自衛隊所属の一等特尉である篠藤玄の個人的な縁により形作られていた。
 特務自衛隊とは本質の違う組織である夜雀部隊に嫌悪感を抱く特務自衛隊員は少なくなかった。
 武器や弾薬が統一されていないので共用できない面もあるが、夜雀部隊の服装は私物であり、作業着やだったり和服の者もいるのも原因だろう。服装が派手な色使いでないだけ幸いである。
 しかし、例え足手まといになろうとも異界の関わる作戦において夜雀部隊の協力が特務自衛隊のは不可欠であった。

 玄も自分の愛銃と弾倉の確認をする。
 特務自衛隊の実戦部隊にのみ配備される四面レイルと折曲伸縮式を備えた改良型のⅡ型が存在しているが、彼が手にしているライフルは89式小銃のいわゆるⅠ型に改造を加えたものだった。
 レシーバー上面にレイルを備え、そこにダットサイト。ハンドガード下面へ汎用品を加工して取り付けたレイルには、フォアグリップを取り付けてある。
 Ⅱ型に様々な装備を取り付けたもの銃と比べると最低限の物しかない。それが却って、激しい戦闘を戦い抜いてきた銃の風格を漂わせた。
「怜治さん」
「何でしょうか? 篠藤一尉」
「そろそろ転移の準備に取り掛かるぞ」
「わかりました」
 怜緒那は夜雀部隊の何人かを呼んだ。
「矢部、太田、片上。用意はいいか?」
「はい。いつでも取り掛かれます」
「そうか」
 玄は部下たちの方を向いて命令した。
「各班、車両に搭乗し次の指示を待て!」
 そして、怜治たちと共に建物の外に向かった。


 外の広いアスファルト敷きの土地に玄たちはやってきた。
 矢部、太田、片上が何か白い棒を何本か取り出した。
「もうちょっと効率的にできないだろうか? あれをやる度に消しても」
「転移する場所や規模で術式も微妙に違うんで簡単に消せることに越したことはないですよ。それにペンキで書かれてずっと残るよりはマシでしょう」
「滅多に一般人が入らないとはいえ、確かに陣がずっと残ってるのも薄気味悪いな。変な噂が立っても困るし」
 それは普通の白いチョーク。学校の黒板にあるものと変わらない。
 三人は男たちはアスファルトの上にチョークで白い線を書き込んでいく。
 直線に曲線。甲、乙、丙、丁……。
 さらに木、火、土、金、水。さらに東方、南方、中央、西方、北方と書く。
 仕上げに木、火、土、金、水から一本づつ線を引き、星の一筆書きのような線を描く。
 そうして出来上がったのはコンクリートの土地に大きく描かれた陰陽五行、特務自衛隊では転移用魔法陣と呼ぶものだった。
 それはつまり世界の転移に特化した陣。人物や物資を異界へと転移させる術の基盤になるものだった。
 特務自衛隊は葦原中国以外の世界に介入する術を持っていなかったので、今回のような件では後手に回るしかなかった。
 9条的にはそれでも良いのだが、そうも言ってられないのが特務自衛隊の請け負う任務。
 そこで転移に長けた術者のいる夜雀部隊と協力態勢をとることで、世界間の転移を必要とする作戦行動にに対処している。
 片上が玄と怜治の所へ駆け足で来た。
「志村班長、五行陣を書き終えました」
「篠藤一尉。転移の準備は全て整いました」
 玄は無線機に向かって話しかけた。
「こちら篠藤。準備が整った。全車両、転移用魔法陣へ移動を開始せよ」

 少しして、陰陽五行の陣が描かれたコンクリートの土地に車両が続々と現れる。
 夜雀部隊側の車両は当然普通の自家用のナンバー付きの乗用車である。セダンにミニバンに軽トラなど至って普通である。
 特務自衛隊側は陸上自衛隊のようなオリーブドラブと呼ばれる濃い緑色の車両だが、軽装甲機動車やトラック等のみで大火力のある戦車などの姿がない。
 実際に撃たなくとも戦車はある程度の役目を果たせるのだが、それを持ち込まない理由は異世界における戦闘の規定にあった。

 現代日本より銃などの武器が入手しやすい異界では当然武器を使った戦闘が起きる確率が高い。
 それが巡って内戦や国際戦争レベルの戦いに発展する可能性があり、その結果異世界自体が壊滅的なことになりうることもある。
 侵略、防衛、報復、奪還……。
 様々な思惑があるものの、自分の住む場所まで壊滅しては元も子もないという共通した考えが根底にあった。
 そこで最悪の惨劇を未然に防ぐために数々の世界間の賢者たちで新たに規定を設けることになった。
 捕虜や民間人の扱い。生産、保有できる兵器の制限。
 そして、損害の代償は双方の負担。
 必要以上の損害を出さないため、異世界の戦闘部隊の火力は稀に見る非常に大きいものだとしても対物ライフル程度である。
 中にはこの規定独特なものもある。『宣戦布告に双方の同意が必要』というもの。
 無論、防衛はこの限りではないが、それにもさまざまな制限がかかるのである。
 その規定に従うのは特務自衛隊でも同様。
 従わなければ何らかの方法でで押さえつけられ、最終的に存在すら否定される。

 車両が全て到着すると玄と怜治はそれに乗り込んだ。
『これより行動を開始する。全員転移による衝撃に備えろ!』
 無線で玄の声が全員に伝えられる。
 玄の開始の合図を無線で聞いた矢部は指で印を切る。そして少しの間、目を瞑り陰陽五行陣の中心の方向へと手をかざした。
 アスファルトに引かれたチョークの白い線から青白い光が浮かび、その光は瞬く間に特務自衛隊と夜雀部隊の周りを包んだ。
 矢部が陣の中心へかざしていた手を握り、呟いた。
「――――!」
 次の瞬間、そこには矢部たち三人を残して誰もいなかった。

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最終更新:2013年11月23日 20:41