目の前にある大きな屋敷を炎が飲み込んで、ずいぶん経った。
晩夏の暑さとは違う熱さを肌に強く感じる。
夜の帳が降りて既に久しいが、隣に立つ永年の相棒の顔がはっきり見えるほどに明るかった。
ようやく、追い詰めたのだ。ここ十年で最強とも呼ばれた男を。
掟に逆らう者を処刑する者……殲滅師。
元々、自分たちは葦原中国を侵攻することを目的に活動していた。
現代の日本の人間はの信仰心が薄くなったとも言われているが、葦原中国が本来保持する力は健在。むしろ憎しみ、恨み、など我々の力になりうる闇、負の感情は昔よりあるほどだ。
そこで我々は土地の一部を複製し、何らかのきっかけを利用して本来の土地と複製を入れ替えて葦原中国に侵攻する準備を行っていた。
我々は祀られず、妖怪としても扱われなかった土地神の集まり。踏みにじられた恨みを晴らすのだ。かつてのような葦原中国を取り戻すのだ。
彼が現れたときは正直やばいと思った。
……彼は『まだ』三十かそこらの若造でありながら、その名を知らぬ者はいないくらいな存在。その上、異界最強の戦闘部隊『七三一部隊』を率いる男でもある。
殲滅師が来るのは想定の範囲内だった。……しかし、その見立ては彼の場合に限りとんだ見当違いになってしまった。
刃物によって斬られた仲間の骸が転がっている。数で圧殺しようとしたのだが……駄目だった。
そして、その中心には男が立っている。
ワイシャツの上に夏物の浴衣を羽織った珍妙な服装だったが……彼は鬼ような雰囲気を放っている。『異界潰しの鬼』の異名の通りの雰囲気を……。
「……祈ってろよ? なぁ?」
男は仕込み杖を真横に構え、呟いた。
既にその刀身に既に大量の血を滑らせていた。
彼は燃え盛る建物を出て、自分たちの方へと歩みを進める。
もう、自分と隣にいる長年の相棒しか残っていない。
炎の光に対して逆光でよく見えなかった男の顔が徐々に見えてくる。
「――――!?」
全くの無傷なわけではない。
息も切れ切れだ。
あれだけの数を討ち取った。
炎に飛び込んだわけはないだろうが、あの灼熱の中だ。
何故、肉体的に自分たちより劣るはずの彼がこの状況で余裕の笑みを浮かべることができるのだ!?
「確かに……俺を囮で引き付けて、大人数で圧殺。んで、同時に建物ごと火葬。悪かぁない」
刀を握る腕が震える。
「だがな、仮にも水神の端くれ。熱さにゃあ耐性あるし、素人技量も甚だしい一斉攻撃なんざ、人間の身体の俺でも捌ける。腕力の差は技術でカバーすんのよ。……力任せぁ動きを読まれやすい。しかも、もし実は俺の仲間が潜んでなんかいたら……なんてことだったら、言わなくても判るよなぁ?」
「くそっ……!」
「それに……俺を本気で葬るつもりなら六時間耐久でもするんだったな! まぁ、お前らが相手なら、結果は変わらんと思うがな!」
奴は剣を構える右手とは反対の左手でリボルバー拳銃を構えた。
パァン!
隣の……相棒の両腕を打ち抜く。
「武器を使う戦いじゃあ、手は攻守の二役をこなす。人の姿をしている以上、それぁ避けられん」
奴の刀が深紅の雫を映し、美しく残酷に輝く。
相棒が……前田が崩れ落ちる。
「くそっ……! ならば……っ!!」
今あいつが言った、その弱点を突くまでだ!
「――――甘いな」
「…………えっ?」
奴の浴衣の裾が翻る。
その動きが見えないわけではなかった。
それなのに…………。
それなのに…………なぜ俺の刀は木の幹に刺さっている!?
「腕を狙って刺突をやってのけるとはな。……だが、その手を読んでいなかったとでも?」
すぐさま刀を木の幹から抜き、奴へ斬り掛かる。
キィィン!
刃同士がぶつかり合う。
そして奴は鍔競り合いに持ち込ませることなく、巧みに剣を操り刀を弾く。
こちらは力で押そうと、ありったけの力を込めた。対して向こうは力を入れていなさそうな表情で剣を弾いた。余り力を必要としない剣技を身につけているのか、相当な手練れだ。
「くっ…………確かに人の姿では、不利、だな……!」
俺は人の姿から本来の獣男のような姿に変える。
頭が狼のようになり、全身を固い毛が覆う。爪は鋭く固いものに。筋力も人間の姿の時とは比べものにならない。
剣を捨て、爪で奴に襲い掛かる。
目視完全可能な奴の斬撃より数段速い攻撃についてこれるはずがない。
キィィン!
だが、奴は刀で爪を弾いた。
身を翻して、すぐさま立ち位置を変える。
それを繰り返す内に、白刃が己の体を傷つけていく。
つまり……人間には見えないはずの動きが見切られている!?
「死に曝せぇええ!!」
パァン!
今度は両腕両膝を撃ち抜かれる。
リボルバー拳銃ではなく、瞬時に取り出した自動拳銃によってだ。
「どうよ? 複製品とはいえ、その性能は折り紙付きなブラックタロンの味はよ?」
そして奴は俺の足元目掛けて剣を振るう。
「ぐぁっっっ!!」
鮮血が吹き出し、俺は崩れ落ちた。
「人間とは身体を持つ俺と対してもこの程度とは……あんた本当にこちら側に攻め込むつもりあったの?」
仕込み杖の刃が首筋に触れる。刃が微かに皮膚を裂き、血が滲み出る。
「安心しな……一思いに逝かせてやるさ……。殺す奴を嬲る趣味はないからなぁ……?」
それが、この世で最期に聞いた声だった。
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