「篠藤一尉。今日はもう上がりですよね」
部下である綾部悟は今日の仕事を終えた俺(篠藤玄)に話かけた。
彼は特務自衛隊に入隊してきた時から目を掛けてきた。正義感の強いなかなか見所のある男だ。
「この後予定はありますか?」
こいつ、俺を飲みにでも誘う気か?
……さすがにそれはないか。そもそも綾部はまだまだ仕事があるはずだ。
「誰かに会う約束とかないし、週末だから、峠に行くよ。二週間ぶりに攻める」
俺が言った峠とは田代峠のことである。
代田峠は八ヶ岳南麓にある片側一車線の県道。
何故か田代峠には北巨摩の山道のそばにありがちである民家や別荘が見当たらない。
当然といえば当然の話なのだ。峠の入り口付近くに特務自衛隊の駐屯地がある。そして道路は一気に山を駆け上がり甲斐県と信州県の境へと続く。
「今日も拓は来ているんだろうな……。北巨摩の走り屋は拓が中心だからな……」
なんてことを呟きながら、彼にメールを打つ。
俺は愛車の止めている場所へと向った。
そこには他の隊員の自家用車より車高の低いスポーツカーがあった。
ホンダS2000。
ワイドフェンダーとGTウイングを装備した姿はまるで戦闘機である。
イグニッションにキーを刺し、スターターボタンを押す。
セルが回る音がし、力強いエキゾーストノートが車内にも響く。
ギアを一速に入れクラッチを滑らせながら、発進させる。
ロールゲージが張り巡らされた車内は狭く感じるはずなのだが、俺は何故か落ち着くのだ。
駐屯地を出た最初の交差点に、一台のハチロクが停まっていた。
俺はそのすぐ後ろにS2000を止めた。
「そろそろだと思ってたぞ。今日もあまり遅くまでは走れんだろ?」
ハチロクのドライバーは車から降りてきた俺にそう声をかける。
「まぁな。しかし、拓。ずっと待ってたのか?」
「ははは……。んなわけないじゃんか」
……確信。絶対待ってたな。すぐに峠からここに来たに違いない。
拓は昔からこうだ。子供みたいに楽しいことは待ちきれないやつだ。
拓……長田拓弥は俺の長年の友人。
一時期離れていた時期こそあったが、そんなことは全く問題なかった。
「じゃあ、二週間ぶりの『Speed Master』の活動ってこんで、早速行きますか」
「なぁ、いつまでそのチームにこだわっているんだ? 他の走り屋も一緒のチームも立ち上げたろ」
「俺は気に入ってんだよ『Speed Master』をよ」
『Speed Master』とは俺と拓が再会したばかりの頃に作った二人だけの走り屋のチーム。
甲斐県では敵なしとまで言われた伝説のチームである。
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