拓との再会は本当に突然だった。
「ここか……」
『オサダ自動車(株)』。ここ甲斐で一番といわれるチューニングショップ。
一般的な自動車整備、修理を行なっている工場だが、自動車の改造……チューニングも得意としている。特にハチロクやシルビアなどの峠仕様のチューンで有名らしい。
廃業したメーカーの販売店(いわゆる、ディーラー)の店舗をそのまま利用しているため個人経営の修理工場とは思えない綺麗さがあった。
ショールームには綺麗なハチロクが置かれている。
……今までも憂さ晴らし程度に愛車であるS2000の前期型のノーマルで峠や高速道路を攻めていた。
明らかに道交法違反であり、公務員として褒められたことではないのは重々承知だ。だが、やめる気は無い。
『軍隊』や異世界を巡る任務がひと段落したので、愛車のリフレッシュを兼ねた改造をしようとわけだ。
「ごめんください」
「……はい」
奥から冴えない感じの男が現れた。
男は俺と同い年くらい。なんか、暇そうだ。
「S2000の改造をお願いしたいんです」
「S2000ですか。わ……わかりました。どのようにしましょうか? ウチのやりかたとしてはまず車をどのような方向に仕上げていくのかを相談してから……」
発音の違和感に覚えがある。
「もしかして、拓か……?」
「はい? ……ん……もしかして、玄か?」
「じゃ、やっぱり拓か!久し振りだな」
あまりの突然の出来事に俺たちは長い間会っていないことなど感じさせない他愛のない話で盛り上がった。
「今まで、どこ行ってた?」
「いやぁ……ちょっと、全国を転々としててな。今は高根の診療所で医者をしている」
「そんなことよかお前、S2000かよ。ずいぶん似合わない車を……」
「似合わないってなんだよ?」
「いや、何でも無い。しかし、つや消しの緑って陸自か?」
「はははは……」
俺のS2000は自衛隊車両と同じOD色に塗装している。多少、兵器にも詳しかった拓がそう突っ込むのも当然の流れだ。
「改造車に関しては俺は全くの素人だ。全て任せたいのだが」
「ウチはお客の使いやすいように仕上げるのが基本だが、お前なら出来る限り性能も上げてやる。誰でも扱い易い方式でな。でも、方個性は決めたいな。どうしたい?」
「ターボって、あの車に付かないか?」
「ターボか……費用さえ惜しまなければどんな車にも付くが……」
「そうか。費用の事は心配しないでもいい。それで、どの時間がかかる?」
特自できな臭い仕事をしている手当てのせいかは知らないが、もう一台S2000を新車価格で買える以上の貯えは持っている。
「タービンとインタークーラーは在庫があるがエキマニは取り寄せだな、とりあえず二週間。俺がある程度セッティングも出す。その車の底力を出して上げるのがチューニングだ。安心して任せな」
拓は自信満々に言った。
そうして俺は愛車を拓の工場に預けることにした。しばらくはジープでも使うとするか。
「そだ。ちと待ってろ」
そう言って事務所を出た拓は駐車場のほうから赤と黒のツートンカラーのAE86型カローラレビン……ハチロクに乗って事務所の前に停めた。
拓は確かハチロクが好きだったはずだ。
これから、峠にでも攻めに俺を連れて行くつもりだろうか。
「乗れよ。NA高回転型エンジンにターボを後付けする愚かさを教えてやる。本当はF20Cにはタービンなんか付けたくはねぇんだからな。お前相手とはいえ客商売だし」
運転席側の窓を開けて、拓は言った。
拓が乗っているハチロクは見たところ普通のハチロクである。
外装は車高が下がっていて、金色のワタナベのホイールが入って、ちょっとしたエアロパーツいる以外はノーマル。
……いや、違う。
フェンダーが膨らんでいて、リアスポイラーは明らかに純正ではない。
それに純正バンパーだとは思うが、そこに付けられるナンバーをわざわざ右に寄せて、バンパーの奥で光るインタークーラー。
「まさか、拓。……このハチロク、ターボか!?」
「当たりだ」
愛宕トンネルを抜けたハチロクターボは愛宕山を上る道へと舵をとる。
タービンの過給音だろうか、俺のS2000とは違う音がしている。
「まずNA改ターボは本来のエンジンの味わいを掻き消す。まぁ、そのエンジンらしさは残るがな」
ハチロクターボは上り坂を力強く駆け上がる。要するに、元々過給器なしで設計されたエンジンはそのままの方が理想の形であるということか。
「味わいを捨てて得る利点は過給機が生み出す強烈なトルク!」
そして、拓はさらにアクセルを踏み込んだ。
「っ!?」
7A-G改ターボが吼える。
本気でそう感じた。
加速Gが身体をシートに押さえ込む。
S2000とはまた違う暴力的な加速。
拓の目の前に鎮座するメーターを盗み見た。
ブーとメーターが一気に1.5の数字を指し、タコメーターの動きが…………!
「!?」
突如、慣性の法則で身体が前につんのめる。拓はブレーキペダルを踏み付けていた。
ヴォッ…オゥン!
的確なヒール・アンド・トゥでエンジンの回転をキープし、三速から二速へとシフトノブを滑り込ませる。
そして、滑らかなステア操作。
「だが後輪駆動はが故にアクセルをラフに踏むとこうだ!」
突如、リアが滑り出す。
「うぐっ……!」
強烈なGなら今までに嫌になるほどこの身体で受けてきた。しかし、このGのかかり方は別の意味で強烈だった。
……俺がS2000で峠を攻めたってこうはならない。
コーナー出口で振られる車体を立て直そうとカウンターをあてながら細かくアクセルも操作する。タイヤのグリップが全て前進方向に向いた瞬間、アクセルペダルが床まで踏み付けられる。
強烈なトルクに対してわずかに車体が横にスライドしたが、それを収める前に次のヘアピン。
「そして、ターボ車は出力の特性からっ!」
再びブレーキングからのヒール・アンド・トゥ。
今度は余計なスライドを出さずに、軽くリアが流れる感じがした。前が重いが故のリアの荷重不足なか?
「突っ込み勝負じゃなく、立ち上がり重視! 加速の鋭さを最大限に活かす!」
俺も一、二度知り合いのハチロクを運転したことがあるが、これがハチロクの動きなのか……!?
まるで別物だ。
圧倒的な加速と足回りの欠点が強調されてしまうテールスライドの動き。それでも、ハチロクは愛宕山を力強く駆ける。
「俺は後悔していない。排気量アップとターボでハチロクでも充分に戦える戦闘力を手に入れた。4A-G本来の良さを捨ててもだ」
拓の台詞から、後付けのターボで一気にパワーを上げる行為が一種のタブーの気配を感じる。
……それは拓のチューニングの哲学だろう。
確か拓はその車の底力を出して上げるのがチューニングと語っていた。
だから、安易に他車種の全く違うエンジンを載せたり過給機のない車に過給機を後付けするチューニングを嫌っているのではないか?
というのと少し似ている。
出来上がったそれがその車の本来の姿なのか、全く同じ車なのか……と。
拓はその禁忌を自ら冒していた。
切り通しのヘアピンに差し掛かる。
「おっ、今日は愛宕山の自然の家にどっかの学校が来てんな!」
「わっ、わかるのか!?」
「切り通しの上の歩道橋に懐中電灯の明かりがちらほら見えた。きっと驚いたろうな。ひっひっひっ」
「当たり前だろ……!」
爆音で峠を駆け抜ける走り屋を少年期に見て、峠を攻める行為に肯定的な考え方をしてしまうやつも出てくるだろ。
実際、拓も少年期の刷り込みで真面目な思考の持ち主なはずの彼が走り屋の行為は容認的なのだ。
ハチロクは峠を上りきり、下りに突入する。
この時点ではまだ知らななかった事実だが拓は下りを得意とする走り屋だった。
下り坂を味方につけるように加速するハチロク。
テンポよくコーナーをクリアしてゆく。
そしてヘアピンに差し掛かり、今までで一番迫力のあるブレーキング。そして、回転を合わせのシフトダウン。そしてリアが浮き上がる感じがし、スライドが始まった。
その挙動を無理に修正するのではなく、受け流すようにドリフトに持ち込む。
そのヘアピンを抜けた後はもう甲府市街に続く道。ここからだと大学も近いだろう。
拓のハチロクはペースダウンしていった。
どちらかと言うと拓の技術を見せ付けられた感が大きかったが、自分が知っていたハチロクとは違う危ない動きにターボ化の側面を垣間見た。
でも、俺はS2000にターボを付ける。
それはただ単にノーマルでは物足りなくなったからではない。俺は拓の走りでターボによる暴力的な魅力に惹かれたのだ。
たぶんこのハチロクは高出力だけを得るために過激なセッティングになっているはず。
こんな味付けのセッティングをS2000に施すのを拓は嫌がるだろう。
仮にも商売として仕上げるのだし、マイルドなセッティングでもターボを付けたS2000はF20Cが元来持つ高性能さと相まって速い車になるだろう。峠では敵無しなレベルにだってなれる可能性さえ秘めた車になるだろう。
むしろ過激なセッティングはメリットがほとんどないだろう。
急減なトルクの変化はクラッチやミッション、デフにダメージを蓄積し、タイヤのやオイルの消耗も激しくなる。過給する対象のエンジンもダメージが及ぶだろうし、ドライバーにも強い負担がかかる。
なんだろう。
言葉では表しづらい。
……不良性とでも言おうか、堕天使とでも表現しようか。
とにかく惹かれたのだ。
拓のハチロクみたいな一癖も二癖もある車に。
拓は自販機の並んでいる場所にハチロクを停めた。
「玄は紅茶がいいか?」
「なんでもいいぞ」
「そっ……」
そう言って拓はハチロクを降りて自販機に向かった。
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