スターター役が車に前に出てきた。
「カウント行きまーす!」
そう言いながら右手を挙げる。
「5! 4! 3! 2! 1!」
カウントが進む中、俺も志村さんもそれぞれの愛車のエンジンを吹かす。
爆音に近いエキゾーストノートと共にアクセルを抜くたびに「プシュン!」とブローオフバルブの甲高い音が響く。
「GO!」
スターターが勢いよく手を降ろしたので、スタートダッシュを決めるべく、素早くアクセルとクラッチを操作する。
志村さんのGT-Rも勢いよく飛び出す。
「くっ……!」
飛び出したのは同時だと思っていたのに、あっさり前に出られてしまう。
やはりS2000より古いとはいえ、レースで戦う前提で生まれた車は速い!
排気量でも負けるし、特殊な4WDシステム。思ったより強敵だろ。これはっ!
この時俺は後ろから追走する車の存在は気が付いていたが、それが何なのかを気にする余裕はなかった。いち早く走りたかった他の走り屋くらいにしか思っていなかった。
まず第一コーナーとなる緩い右カーブ。
しっかり減速して、コーナにS2000を滑り込ませる。
それにしても前のGT-Rは速い上に上手い。
重量級と呼ばれるあれがあんなに俊敏な動きをするものなのか!?
右コーナーを抜けると、次は左のヘアピン。
俺はわずかにリアを流して走る。
すると今度は大きく回り込む左。前のGT-Rとの差は開いていない。
しかし、目の前に現れたストレートでGT-Rが猛ダッシュした。差が一気に開く!
次のヘアピンで差を縮めるものの、俺はそのヘアピンの次に待ち構えているものを思い出して、ヤバいとい思った。
なぜなら、コーナーを抜けた先に待っているのは、長いストレート。
下品なほど速いGT-Rなんか水を得た魚だろ。
だが、こっちも拓が組んだターボエンジン。
俺もアクセルペダルを床まで踏みつける。
スピードメーターの数字が120を超える。これ以上GT-Rに離されてたまるか。
ストレートが終わり、ブレーキングに移る。
GT-Rより軽いS2000は制動面や旋回性で有利だ。ここからコーナーが増えていくのだから、旋回性で勝負をかけなければならない。
それに重くハイパワーな車は確実に、S2000より先に熱ダレとか起こす。
その時が勝負だろう。
わずかに勝っている部分があるのなら、それを武器にする。
それが……闘い方の基本だ!
二度の短い高速コーナーを抜けるとそのままキツい右コーナーにつながる。
そのまま俺はS2000のリアを滑らせ、ドリフトさせる。
よし。差が詰まってきた。
しかし、やはりGT-R。自慢のアテーサETSで滑り知らずのコーナリング。どんだけレースで勝ちたかったんだ? 日産よ。
数回のコーナリングを終え、そのままストレートへと抜ける。ここで離されのは許容範囲。
その先の数々のヘアピンであのGT-Rを追い抜く!
「来たっ!」
一個目のヘアピン。
ストレートの車速を強化されたブレーキで確実に落としていく。
しっかりと確実に曲がる。
コーナの出口を見つめつつ、GT-Rの挙動を見つめる。
彼はかなりの手練れだな。
予想よりGT-Rの動きが乱れていない。
だが。それでも。
俺はあのGT-Rを追い抜くラインを見出せる。
二個目のヘアピン。
作戦を実行する能力がこいつにあるのかを確認する。
短いストレートを挟んで、三つ目。
俺には判った。
一見すると破綻無く速いGT-Rだが、確実に劣化は進んでいるはずだ。
スピードが落ちていないのだから一見判らないが、高低差のあるこの峠で熱ダレをしないなんてことはありえない。実際俺のS2000だって、タイヤのグリップが最初の頃に比べて怪しくなっているのだから。
劣化を技術で補うところは本当に凄腕だ。走行ラインを上手く駆使して破綻させないのだ。逆にそこに弱点がある。
しかし。俺には切り札がまだあるのだ。
確かに俺はS2000でこの峠を走るは初めてだが、軽装甲車などで信州と甲斐を行き来する時によく走ってい
るのだ。だから、この峠の走り屋並みに走り込んでいる。走行ラインも熟知している。
この車と普段使っている車との違いは解った。その上で、あの動きを再現できるのも確認済みだ。
「行けぇ!!」
GT-Rより高い旋回性と残ったグリップを利用して、コーナーのアウト側を走り、GT-Rに並ぶ。走行ライン的に厳しいが、俺が任務中によくやる戦法だ。慣れている。問題ない。
そしてすぐに次のヘアピン。
今度はGT-Rが不利なアウト側。
ずるずると後退していくGT-R。
コーナーを抜ければ、俺のS2000は志村さんのGT-Rの前に出ていた。
そのままドリフト気味に次のコーナを立ち上がった俺は油断していた。
スタート以来後ろにいた車のことを忘れていた。
気が付いた時には俺がさっきGT-Rにやったようにアウト側からねじ込まれていた。
次のコーナーを待たず、立ち上がりの直線で、そのまま抜かれた。
そして、その車は……赤と黒のツートンカラーの…………。
「……拓のハチロク」
ずっと後ろから見ていたのかよ。
というか見るなら見るだけにしろよ。
おいしいとこを横取りされた気分だ。
実際、チューニングしたR32GT-RとS2000ターボを追い抜いたハチロクとして拓の知名度はさらに上がったという。
同時に艶消し緑のS2000ターボのことも話題となり、度々俺はバトルを申し込まれることになった。
そして、拓の強すぎる希望によって俺と拓のチーム『Speed Master』が結成され、甲斐の峠で一番有名な走り屋となるのだった。