拓と再会し、ハチロクに乗せてくれた日のことだった。
拓は飲み物を買いにハチロクから離れた。
目まぐるしいスピードを体験している間は気がつかなかったが、拓のハチロクはとても綺麗だった。
チューニングこそ最近の技術が使われているものの、この前期型のレビンは生産されてから二十年以上が経っている。基本設計においては古さを隠せない。
昔から拓はハチロクが好きだったからなぁ……と昔を思い出す。
というかハチロクを溺愛しているのではないだろうか? ハチロクを運転する拓弥は口元が笑っていた気がしていた。
もしかしたらこの車の細かい記録をノートに記しているかもしれない。あるとしたらグローブボックスの中だ。
悪いと思いながらもグローブボックスに手を掛ける。
グローブボックスの中には予想通り、記録ノートや車検証があった。他に黒い物体が二つある。
俺はさっきまで考えていたノートなど忘れ、黒い物体に釘付けになってしまっていた。
黒い物体の一つは無線機だった。
おそらく峠をつるんで走る仲間と連絡用に付けているのだろう。
夜に駐屯地近くの峠を軽装甲車で走る時はそこを走る走り屋たちにその近くで拾った車載無線の周波数で呼びかけており、実際に道の端に寄っていた。
しかし、俺はどれだけ意味があるのかは疑問だったが、確かに効果はあったというわけだ。
そして、もう一つの黒い塊が問題だった。
「けっ、拳銃だよな、これ……」
そこには黒い拳銃が無造作に入っていた。
モデルガンやエアガンとかじゃない。本物だ。
銃の種類も気になる。
「コルトパイソン。357マグナムか」
1955年から生産されていたコルト社のダブルアクション式リボルバー拳銃で日本でも知名度は高い。
シリンダーに収められていたのは一般的に使用弾薬とされている357マグナム弾ではなく38スペシャルであったが、間違いなく実弾。
その異国の地の拳銃が今、そこにある。
本物の銃とは縁のなさそうな拓弥にコルトパイソン……。いや、トカレフならまだ理解ができる。なんらかの事情で命を狙われていて、信頼できる人間から銃を手に入れたとか。
その銃がたまたまパイソンだった可能性はあるが。
……パイソンにはつい最近使った形跡があった。
俺は現実から逃げるようにグローブボックスを勢い良く閉めた。
こうして俺が拓の経歴に探りを入れることになったきっかけは決して気持ちが良いものではなかった。
だが、もし……拓の命が危ないのなら助けになりたい。
それだけの実力や権力(職権乱用)は今の俺にある。
助けたい気持ちと僅かに生まれた疑心で拓を探ったのだ。
俺は綾部から受け取った書類に目を通すと、それを机のに置いた。
「拓……あんたは一体……」
拓は実家ではなく大久野屋旅館という高根の旅館の一室を借りてそこに住んでいた。
旅館暮らしをしているのは意外だった。絶対拓なら実家に暮らすんだろうと思っていたからだ。
何かしらの家の事情があったのかもしれない。
中学まで同じ学校だった長田拓弥と久しぶりに再開した長田拓弥。
前者と後者では、ほとんど変わらない。
「いや。昔そうだと信じていたことが違う……」
拓弥は中学のころから旅館に住んでいることになっていた。
つまり、互いに高校を卒業しばらく連絡を取らなくなる前に拓はあの長田の家にはいなかったことになる。両親と別居していることになるのだ。
だが俺は何度も拓の家に遊びに行ったことがある。……まぁ、別居していることを知られたくなくて長田家に招いたのかもしれないし、勘当されているわけではなさそうなので部屋がそのままなのも説明がつく。
専門学校時代は東京の八王子市の天水町に下宿していた。
その下宿先の飲食店(店舗兼住居とのこと)で、その飲食店は過去に外部に公開されない、いわゆる秘匿事件に関わっていることが数えきれないほどあった。
なぜ秘匿にされているのかは想像がつくのだが、頻度が異常だし、拓がいた頃にもたくさん起こっていた。
そこで銃との関わりがありそうだが、それについては確かな情報がない。
ハチロクの中にあったパイソン。そして実弾。
一見すごく悪そうなやつが頭を下げるくらいの影響力。
中学時代からの両親との別居。そしてそれを周囲に隠していた事実。
下宿先の飲食店と数々の秘匿事件。おそらくは神や妖怪の類。
可能性としての情報を次々と構成していって…………脳裏をかすめたのは硝煙と血の臭い。
その意味を……深く考えたくなかった。
いや待て。もしそうだとして……だからと言って親友を見限るのか?それほど俺は薄情なのか?
拓は俺の親友として一緒に多くのかけがえのない時間を過ごしたじゃないか。
久しぶりの再会でもすぐに現在の俺を受け入れてくれたじゃないか。
……それに俺だって拓に隠し事をしている。
どんなことがあろうと、彼が……長田拓弥で自分の親友には変わりない。
「いずれにせよ、拳銃に繋がる確かな情報は無し……か」
職業も特に変な所はない。自動車整備を生業とし、旅館でも手伝いをしているという。
警察にだって交通課に走り屋として目を付けられているだけで、現在組対や公安に目を付けられているわけではない。
所々ある怪しいも拳銃に繋がりそうにはない。
俺は月の出ていない夜の空を見詰めた。
時を同じくして甲府署。
「内田先輩。いいんですか? 相手は自衛隊ですよ」
「誰が自衛隊の若造に深部まで曝け出すかよ。こっちが警察だからって完全に信用しきちゃってさ」
内田と呼ばれた音はニヤリと笑う。
「しかし、よく長田拓弥の履歴を隠せましたね。いくら若造でも独自のルートを使って一応は調べているたずですよね」
「もしあいつの素性が割れようものなら、あいつ以外の諸々の事実が露呈して、日本……いや世界の国々がひっくり返るな。俺たちの流している情報は一見虚実だが、それは『事実』だ。自衛隊にナメられてたまるかよ」
そう不機嫌丸出しに話しながら缶コーヒーを飲む男がいた。