「仲居さんたちはこれで全員紹介したから……あとは男どもか」
「男どもですか」
酷い言われようである。
「掃除とか色んなことをしてくれてるの。要するに雑用係。あれは……丁度良いとこに丸山君ね」
ふと、愛さんの目線が外に行く。その先に若いの男の人がいた。
彼は箒を手に庭回りを掃いていた。
「お~い丸山君。ちょっと来て」
愛さんが呼びかけると、男の人は返事をし、愛さんの元へと向かってきた。
「何ですか? 愛さん」
「美雪ちゃん、あの人は丸山映一君。今年の四月に入ってきたばかりの新人さん」
「君が美雪ちゃん?」
「はい。そうです」
愛さんが優しく話し掛け、私はそれに答える。
丸山さんは格好良いのだが、どこか不良ぽい雰囲気。……でも、気さくそうだ。
「俺は丸山映一。……俺って今までバイトとかしたことないから、初めて働く美雪ちゃんと変わらないかもね。とりあえずよろしく」
丸山さんは私に優しい笑顔を見せた。
「こちらこそよろしくお願いします」
私は気持ち良く挨拶で返した。何も抵抗感などを感じず、すんなり出来た。
なぜだろう?
まだ殆ど経験の無い丸山さんに親近感を覚えたからかもしれない。
今まで紹介された人達は仲居の中で一番若い静香さんでさえ一年以上の経験がある。皆が自分の仕事にやり甲斐や誇りを持っているように見えた。
…………そんな人達を前に無意識の内に距離感を感じていたのかもしれない。
「丸山君、誠二さんはどこにいるか知っている?」
「確か、拓弥さんと一緒に裏の倉庫の方だと思いますよ。さっき発注してたのが届いたって言ってましたから」
「そう。ちょっと遅れてたみたいだったけど、大丈夫みたいね」
眉をひそめ、丸山さんは続ける。
「相変わらず公特は成果を上げようと躍起みたいですよ。後々厄介になることだってあるのに……。拓弥さんは……早くあいつらと手を切るべきですよ」
どことなく危なげな雰囲気……。愛さんも真剣な目つきで返す。
「仕方ないわよ。拓弥さんの腐れ縁だから……。それにしても公特の連中もどうしててこっちのことに首を突っ込むのかしら?」
「さぁ? まぁ……自分達の使命みたいなものに囚われている節もあるかもしれませんし」
そう言い終わると、丸山さんは不思議そうに自分達を見上げる私に気が付いた。それと同時に表情を和らげた。
「とりあえず美雪ちゃんを連れてってあげてください。こんな訳の分らない話なんか聞きたくないだろうし」
「そうね。じゃ、美雪ちゃん。行こうね。丸山君はしっかりここを掃除をしておいてね」
愛さんも表情を和らげた。……丸山さんに言った言葉には刺があったが。
「ちぇ、まだ信用ないのか」
私は今までこの旅館に感じていたモノとは違う雰囲気を感じていた。
今まで感じていたのが日没後の薄暗い闇なら……真夜中の新月の深い闇。
何故か踏み入れてはならないような気がしてならない。
「誠二さん、長田さん。美雪ちゃんが着きました。今、みんなに挨拶をしてるの」
愛さんの声に我に返った。
私と愛さんは旅館の裏手に来ていた。
大きめな倉庫がある。そこに二人の男の人がいた。
二人とも煙草を吸っていて、どう見ても仕事中には見えない。
「どったの? 愛さん」
見た目三十代くらいの男が返した。
彼なんか煙草を吸いながら片耳イヤホンで音楽を聴いている。仕事とはなんだったのか。
「正樹さんの姪っ子がさっき着いたの」
「ほうけ」
もう一人の男性も口を開いた。
「こちらが四ノ宮誠二さん」
そう紹介された正樹おじさんよりも年上な男性は厨房にいた相沢さんより気難しそうだった。
ただ無口なだけなのか、誠二さんは黙って礼をした。私も黙って軽い礼で返した。
「四ノ宮さん、少しは話した方が良いんじゃねぇの? その子、怖がってんよ」
「……そうか?」
「…………自覚無いんか」
三十代だろうか、眼鏡の冴えない印象の男性、長田さんに言われ、四ノ宮さんはやっと口を開いた。
「一見気難しそうだけど、根は良い人だから」
と、愛さんは付け加えた。
「優しい人だって……判りますよ」
「そうなの?」
「直感なんだけど判るんです、私」
「もう一人の人は長田拓弥さん」
長田さんは微妙な笑顔で話した。
「どうも、長田です。……っても正式な従業員じゃねぇんだよな。実のところ」
「どういうことですか?」
私と同じでバイトみたいな扱いだろうか?
「俺はちょっとした縁で旅館の部屋を借りて暮らしてんの」
「じゃあ、いつもは何をしているんですか?」
「ん~。普段は甲府の平和通りで自動車整備士やってる。んで、ここにいる間は誠二さんや丸山君と同じように雑用をこなしてんのよ」
「そうなんですか」
私は長田さんという男の喋り方をぎこちなく感じていた。
後で聞いた話だと彼は学生時代の頃まで吃音……どもりがあったという。
長田さんの懸命な努力で普段はある程度平気になったらしいが、今でもたまに吃音が出るとか。
「あの……」
「ん?」
私はそばにあった軽トラに積んである段ボール箱を指差しながら、
「あの箱の中身って何ですか?」
さっきから感じ始めた妙な感じを解く鍵がその段ボール箱の中身にあるはず。
「こん中け?」
長田さんは微妙な甲州弁交じりで聞き返した。私はそれを頷き返した。
長田さんが段ボール箱を開ける。
「これは?」
「見ての通り風呂で使うもん」
中には『大久野屋旅館』の名が入ったタオルや風呂で使う液体石鹸の詰め替えなどが入っていた。
「他の風呂屋とか民宿とか色々……。ウチは大きい方だけど、民宿とか小さいとこ、清里なんかもライバルってこんになるからな」
長田さんは笑いながら言った。
「んで、ウチの旅館を良いもんにする為に色々と努力してるわけ」
「そうなんですか……」
長田さんが何かを隠しているようには感じれられない。と、なれば本当に旅館のために?
でも、長田さんが荷物を受け取ったことで始まった『公特』という知らない単語の入る会話。
直接の関係は無いのかもしれないが、長田さんは何かを知っている? 愛さんや丸山さんも関わりがあることって?
「次に軽く仕事について教えるわね。奈積さんまずは呼んできて」
「あっ、はい!」
私は急いで奈積さんを探しに向かった。
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