午後八時を過ぎ、食堂で教えてもらった席に座る。
右隣は奈積さん。左隣には昼間はいなかった少年がいた。同い年か、年上か。
「ああ、そうそう。美雪の隣にいるのが鶴田龍巳。仲居頭の愛さんの一人息子だよ」
奈積さんが紹介してくれた。
「……………………」
「……………………?」
「あぁ、龍巳の奴は無口だからさ、気にするな」
「そう……ですか」
とりあえず、目の前に並べられた料理に目を移す。
「…………おいしそう」
ヤバい。
何がヤバいって見ただけでこんなにおいしそうとかありえない。
相沢さんや塩見さんや佐藤さん、予想以上だ。
「みんな、今日は新たな仲間を加えての初めての夕食。楽しくいきましょう。……ははは、いつも以上に豪華なものは無いんだけどね」
正樹おじさんが皆に言った。
「いただきます!」
おかずを一口、箸をつける。
「…………………!?」
とても言葉では表せない……!
「今日は一段と美味いな。当番は佐藤か?」
「いや、今日は塩見だよ」
「そっか」
長田さんはおそらく『いい食べっぷり』であろう私を見て苦笑した。
「何、ですか?」
絶対、私の食べっぷりに引いてるだろ。決して大食いではないが(説得力皆無)、食事が大好きな事で誰にも負けない自信が…………って自慢したくはないが。
「あっ、いや……、その…………。……美雪ちゃんを見てると、やっぱり生きることは食うことなんだなってさ」
「生きることは食うこと?」
「人ってか生きモノってさ、根本的には命を繋げる為に生きてる。生きていく定めを背負ってる。動物は植物みたいに光合成なんか出来ないから、他から栄養を摂るしかない。ある動物は植物を食べて生きる。ある動物は他の動物を食べて生きる。食べなきゃ、飢え死にするだけだしな。そして人間という動物は?
すべてを自給自足できる人はほとんどいない。いや、自給自足でも同じだ。飢え死にしないで生きる為に身体を動かして働く。自分で食べる分を畑で作ったり、食べ物を買う為に会社に勤めたり……。俺は『生きることは食うこと』、全ての原動力だと思ってんだ」
長文お疲れ様です。
「つまり、働いて何かを得ること、食べることは、生きることの基本だって事ですか?」
「…………まとめんの上手いな。……そういうこんだ。例えば今の美雪ちゃんなんかはバイト扱いだけど、この旅館で飯を食うには相応の働きをしなきゃならないってこと。まぁ、俺の考えはそうなんだけど。美雪ちゃんに話したのは深い考えなんてない。……そんなに楽しそうに食べるもんだからさ、楽しく生きてられんじゃないかってね」
なんか馬鹿にされた気分。
……でも。
確かに一理ある。言いたい事だって解る。
「そういや、今日はあの後何やったんだ?」
「奈積さんに仲居仕事を見させてくれて、その後はずっと外の掃除です」
「ほうけ。大変だったろ?」
「まぁ……そうですね」
長田さんだって、タダでここで食べているわけじゃない。本業の合間を縫って、出来るだけ手伝いをしている。
生きるため、食うために働くか……。
確かに……働く意味が曖昧な今の私にとって、その些細な言葉も重く受け止めなければならないのかもしれない。
「微妙な空気にしてんじゃないよ。拓弥ぁ! 今日は思いっきり楽しくいこうぜ!」
奈積さんが長田さんに言った。それを聞いた長田さん下にずれた眼鏡を直してお茶をすする。そして低い声で、それでもハッキリ言った。
「塩見、……アルコール度数の一番高い酒、持って来い」
「どうしてだ? お前この後、車使うだろ? 美雪をハチロクで送るんだろ?」
「俺じゃない。奈積の奴に飲ませる。確か、奈積ってあまり強くないみたいだけどいっか。本人も『思いっきり楽しくいこうぜ!』って、言ってたしな」
「やっ、やめろよ! 明日の仕事が出来なくなるだろ!?」
「美雪ちゃんが今日から加わったんだから、今までのメンバーが一人足りなくても回せる。それでも足りなきゃ、俺が回る。一応、経営者……社長だから無理やり休む事も出来る」
ここで職権乱用を宣言するな。てか、修理工場とはいえ経営者だったのか、長田さんは。
「だから、明日起きれなくなるって言ってんの! ってこら、塩見! 取りに行くなー!」
ふっ…………。隙あり。
私は奈積さんのお皿からおかずを奪う。
「美雪までなに便乗てんだよ!?」
「あははははは!」
皆が大笑いする。
そんなこんなで楽しい時間が続く。
全員に血の繋がりは無いけれど、ひとつの家族のような雰囲気があった。
私は今日来たばかりだけど、この時は大久野屋旅館という家族の一員になれた気がした。
そんな気がした。
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