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 自分の部屋に戻ると鏡に映る自分の姿を見た。
 そこには自信なさげな私の姿が映っている。
 思えば私には自信があり、誇れるものなど無い。
 確かに少しは知識があり得意になってる分野もある。しかし、それが胸を晴れるものかと訊かれたら、答えは否。
『努力できる力』があるってのも多少自覚はあるが、そんなものはあって当たり前の事。
 私は一人前の大人になれるのか?
 考えただけで暗くなり、何もしたくなくなる。
 しかし、与えられた仕事はやらなくてはならない。
「さて、始めますか」
 私は自分に言い聞かせて、着替えて掃除の準備を始めた。
 私は不満を数多く言って、不真面目でいるつもりだ。
 が、結局は不真面目ぶっているだけのなかもしれない……。
 根は真面目とか与えられた仕事はしっかりこなす性格とか先生とかによく言われる。
 まぁ、中学校の頃から一緒にいたゆきもそう言った。
 なら、がんばるしかない、か……。
 と、まぁ。ぶつくさと独り言を言いながら、竹箒を持ち玄関周りの掃除をやり始める。
 結局他人の評価通り……か。


「……長田さん。何をしているんですか?」
「んあ?」
 長田さんはカメラ片手にしゃがんだり、地面に近い距離から旅館を見上げるような構図で撮影していた。
「何をって…………まぁ、撮影」
「それはわかります。そんな低い位置から何をしているのかって訊いているんです」
「旅館のパンフレットとその他宣伝用の写真。とりあえずローアングルから撮ればとりあえず立派な写真に見える」
「そうなんですか」
  写真はよくわからない。
「車なんかだとけっこう有効な手法だけどね。建物だと大きいからなぁ……なかなか決まらん」
 試しに普通のアングルでとろうという気にはならないのだろうか?
「車の仕事は大丈夫なんですか?」
 昨日も昼間から旅館にいたし。
「俺が工場の社長だから何ら問題ない」
「何が問題ないんですか。まったく……。っていうか本当に社長なんですか?」
 長田さんは感情の薄い顔で私を見てくる。やはり冴えない男と言おうか……。
「オサダ自動車。甲府にある修理工場。俺が修理屋を始めたんだから俺が社長。まぁ、工場長って名乗ってるがな」
「個人経営ならなおさら働け……」
「あのなぁ……ハチロクチューンでは全国でも多少名の知れた……って、何でいきなり黒いキャラ出してんの!?」
「そりゃ、人間ですもの裏表あって当たり前です」
「それ、俺の持論だし!?」
 そんなの知らない。
「単なる反論です」
「……なんか、調子狂うなぁ……。場所、変えっか……」
 そういって長田さんは旅館の裏へと向かった。
 それにしても昨日乗った長田さんの車には圧倒されてしまった。
 かれこれ二十年は昔の車を改造して乗っているなんて、冴えない姿からは想像できなかった。
 私は車に詳しくないけど、長田さんが車が好きなんだな、と磨かれた車体と運転しているときの長田さんの表情が物語っていた。
 私も長田さんみたいに一心に打ち込めるものを見つけようかなぁ。


 ふと。
 入口の方を見ると、女の人が少し戸惑っている感じで立ち止まっていた。
 歩きでここに来るには最寄の長坂駅も遠い。
 近くの所までタクシーで来て、観光とかやってここまで来たのだろうか。
 女の人は立ち止まったまま動かない。どう見ても困っているようにしか見えない。
「あの……何か手伝いましょうか?」
 私は緊張しながらも女の人の近くに行って、話し掛けた。
 女の人は驚いた表情を浮かべたが、すぐに表情を和らげた。
「ありがとうね」
 女の人は(勝手だが)話し始めた。
「私って普段は強めな性格なの。男勝りってやつね。でも、一人で初めての場所とかだと怖じ気付いちゃうの……カッコ悪いわよね」
 そう、女の人は照れくさそうに言った。
 きっとしゃべる事で、この人なりに緊張を解こうとして私と話しているはずだ。
 誰でも独りで初めての場所だと不安になると思う。私だって内心はそうだ。だからこの人が恥ずかしがることなんてないと思う。
 どうやらこの人は一人で来た初めて訪れる旅館を前にどうしたら良いかと戸惑っていたところに私に声をかけられたので安心したようだ。
 私は竹箒をその辺に立て掛けると慣れない事ながらそのお客さんを玄関まで送ることにした。
 お客さんを案内しながら歩く私は大きな緊張感を抱いた。
 初めて相手をするお客さん。失礼があったら大変だ。
 私には玄関までは短い間なのにとても長く感じた。

 ロビーには誰もいなかった。
 おそらくこのお客さんは予約なしで来た客なのだろう。
 行楽シーズン以外では客足は少ないほうだと(もちろん、私の勝手な推測だが)思うこの旅館では悪い話ではない。
「誰か、近くにいるかな……」
 玄関先で誰かを呼ぼうとする。
「この気配は…………」
 この独特の感じは奈積さんだろう。
「奈積さん! ちょっと来てください!」
 私の声に気がついた奈積さんはこちらへ来るなり、『なんであんたがお客様なんか』という表情を浮かべたがすぐにお客様を持て成す態度になった。
「ようこそ、大久野屋旅館へ。お一人様ですか? …………」
 奈積さんがお客さんを案内するのを見送った。
「はぁああ~」
 私は大きな溜め息をついていた。
 かなりの緊張状態から開放されて、全身の力が抜けそうだ。
 大きく深呼吸をした私は、再び外の掃除に戻っていった。


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最終更新:2014年12月01日 21:40