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 部屋に戻ると奈積さんがお茶を飲んでいた。
 ……奈積さんの分だけの湯飲みしかない。
「奈積さん、私の分も淹れてくれないんですか?」
「生意気言うなよ。バイトとはいえ、社会に出たからには自分で出来る事は自分でしな。昨日は初日だったから特別なんだぞ」
「えぇ~っ。……っても、しょうがないか。うん」
「何勝手に納得してるんだよ」
 そうは言いつつ奈積さんは大して気にしていないようだ。
 昨夜はうだうだと考えを巡らせながら部屋に戻ってきて、そのときは奈積さんがお茶を淹れてくれたのだった。
「面倒臭がるなよ。保温状態のポットから急須にお湯を注ぐだけでしょ」
「そうですね」
 私はポットからお湯を急須に注いだ。
「そういやあんた、ただの人間なのか?」
 奈積さんが唐突に話し掛けた。
「えっ……」
「だから、あんたは妖かしとかの類いなのかって。どうせこの旅館で働いてる奴はロクでもないやつらばっかだからね。私や千春を含めて」
「私は、……妖なんかじゃないの」
 私はお茶を啜りながら答えた。って、ロクでもないやつらばっかって……。
「まぁ、大久野さんが霊感のある人間だから、その姪っ子が人間以外可能性の方が低いか」
「でも、他の人よりは霊感とかは強いんじゃないかって思うの。おじさんと同じで」
「大久野さんの一族は霊感が強いらしいって聞いたことあるな。一族の中であんただけの能力ってあるか?」
「『異聞』っていって、私は相手の人の気持ちとかどういった事をするのに向いているかとかうっすら解るの。……それで、その精度を上げた状態にするのを『読心術』っていう(らしい)の」
「そりゃ、使いようによって便利そうだな」
「私は特訓とかしたわけじゃないから、そんなはっきりと判る訳じゃないし、相手の感情が移っちゃう時があるから嫌いなの。今日なんか天照さんの緊張が伝わって来ちゃって、余計に緊張した気がしたんだから」
「天照さんって…………。それで?」
 呆れてるようだけど、『美雪なら仕方ない』って何よ?
「でも、この能力って好きになれそうな気が……ちょっとだけするの」
「どうして?」
「お客さんの『ありがとう』って気持ちが……直接判るから」
「やっぱ、そういうもんかなぁ」
「奈積さんは妖なんですか?」
「ん? 私か? 私は妖狐なんだ。親父が大きな力をもった妖狐で母親は普通の人間」
「妖狐って意外と多いらしいですよね」
「それは嫌味かな? なろうと思えば狐に姿を変えられるぜ」
 奈積さんは自慢げに言う。個人的に言えば、狸より狐のほうが好きだ。
「本当ですか?」
「いや。完全体は無理だな。せいぜい尻尾と狐耳が生えるくらいだな。……それで、異聞って便利そうな力があって、私の正体は解らなかったの?」
 奈積さんは半ば呆れる。美雪は苦笑しながら
「ははは……。何となく獣の気配はしてたんですけど、自信がなくて。やっぱちゃんと修行しないとダメみたい……」
「本当にうっすらというか、曖昧だな……。まぁ、珠も磨かないと光らないしな……」
 二人に始めて会ったときの違和感を尋ねることにした。
「でも、奈積さんと千春さんは狐とは違う獣の気配がしたんですけど?」
「千春はイタチなんだ」
「イタチ……ですか?」
「説明が足りないな。あたいの親父は正確には妖狐と妖鼬の……ハーフってとこ。
 親父の持つそれぞれの特徴を見事に半分づつみたいな、ね。簡単な遺伝の法則には当てはまらないからな、あたいたち妖かしは」
 つまり、二人のお父さんの狐の部分を奈積さんが、イタチの部分を千春さんが受け継いだってことなんだろう。

「……奈積さん」
 他愛のない話をしばらくしてから、私は奈積さんに声色を変えて話し掛けた。
「ん? どうした。急にかしこまって」
 奈積さんはきょとんとした顔で私の方を見た。
「私、さっき言ったように異聞があるんですけど……それを仕事に活かした方が良いのか、悩んでいるんです」
「………………」
 奈積さんは真剣な眼差しで私の言葉に耳を傾けた。
「何の因果があってこの異聞が私に宿ったのか、わからない。
 でも、私にしかできないようなことをしたい気持ちは確かにもあるわ。お客さんの感謝の気持ちを直に受けたい気持ちもある」
「……美雪、お前の異聞さ、能力を最小限っていうか、使わない状態にできるか?」
 私は小さく頷いた。
 異聞のスイッチが軽く入っている状態が私の普段の状態なのだが、短時間ならスイッチを切ることもできなくはない。
「なら、今は使わないであたいと話そう。先読みしちゃうからこそ大切なものを見落とすかもしれないだろ?」
「…………」
 確かにその通りだと思う。だからこそ…………。
「美雪の能力はただの獣の妖かしの類にしか過ぎないあたいとは比べものにならないと思う。……美雪さ、親切とおせっかいは紙一重って、意味解るか?」
 純粋に頭の中で考えてみる。
 ………………答えはすぐに出た。
「自分が良かれと思ってやったことでも、相手にはありがた迷惑になることもある、ってことですか?」
「正解。あたいは異聞や、読心術で読み取ったものがどんな感じで伝わるのかは分からない。だけど上手く活用すれば、お客様にとって程よいサービスが提供できるかもしれない」
「……………………」
 ありきたりな答えに軽く失望する。そんな結論など、とうに出ている。
「それは既に考えついていたって顔してるな~?」
 奈積さんは若干、にやけながら言った。
「……確かに与えられたものは無駄にはしたくないんです。…………………でも私、異聞を使うことに嫌悪感を持っているんです」
 人の心が読める。
 確かに上手く活用すれば、ちょうど良いものが提供できる。
 でも、この能力『異聞』を使うことで大切なもの……例えば本当の意味での思いやり。色々なものが軽薄になっていく気がして嫌なのだ。
「そうかぁ……。苦しいよな、その葛藤」
 奈積さんは自分の体験と重ね合わせて、私の胸の内を推察しようとしてくれていた。やがて、諭すように奈積さんは話した。
「まぁ、美雪。今のうちに悩めるだけ悩め」
「えっ…………」
 思ってもなかった言葉。絶対に異聞を使え、とか言われると思っていたのだが。
「あたいの簡単な助言だけで進む方向性を決めても、なんのプラスにもならない。美雪が異聞を仕事に活かそうと活かさまいとそれは美雪自身のことだから、あたいは美雪の意見を尊重する。だからこそだ。悩んで悩んで、悩み抜いて……。そして、美雪が自分で搾り出た結論なら、どちらを選んでも素晴らしい仕事ができるはずだぞ」

 …………周りは薄々感づいているのかもしれない。
 今日だってゆきに『みぃちゃんって、よく人の事を先読みするよね』と言われた。
 隠し事はしたくない。
 なら、一般人には言えなくても堂々と使った方が良いのだろうか。
 いや、それだと異聞を知る人に感情の無い人だと思われないだろうか。
 自分の能力を無駄にしたくない。でも、勝手に人の心を読んで良いのだろうか。
 自己嫌悪に陥らないだろうか。
 異聞のことを親友のちぃちゃんに言えずに隠す方が異聞を使うより罪悪感がある。
 でも、初対面のお客さんの心を読んで良いのだろうか。


 同じことを何度もぐるぐると回る思考はほど良い眠気を誘うのだった。


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最終更新:2014年12月01日 21:56