愛さんに追い出された私たちは遠くからロビーの様子を見ることにした。
ロビーから客室に案内する時に通らない場所の中でロビーの様子が見え、一番遠くの場所に私たちはいた。
「美雪、早くしろよ」
「待って、奈積さん。今、三脚立てるから」
そして、私たちの目の前には三脚に載った一眼レフのカメラが二台ある。
「美雪ちゃん、そのカメラさぁ、いったいどこから持って来たの?」
「それはですね、静香さん。……龍巳の一眼レフと長田さんの一眼レフなんです。勝手に拝借してきました。望遠レンズと三脚込みで」
「美雪、あんた相当悪いやつだな……。だが、二人とも壊さなきゃ文句言うようなやつじゃないのは確かだがな」
「まぁ、無断拝借を問い詰められたら適当に言い逃れすればいいわよね」
「奈積さんと静香さんはこっちのカメラを使ってください。画面でファインダーの様子見えるようにするんで」
そう言うと私はカメラのファインダーを覗き、レンズのリングを回してズームする。そしてライブビューのボタンを押す。画面にレンズ越しの景色が映る。
「おおー。すげぇな、美雪」
「でも、帰宅部の美雪ちゃんが一眼レフのカメラなんて使えるって……」
帰宅部は余計だ。
「取説読んだんで何ら問題ありませんよ。機械の操作方法は必ず取り扱い説明書に書いてありますんで」
「私……あまり読まない方だわ……」
「静香ぁ、そんなんだからあんたウォークマンに音楽を落とすことすらできないんじゃない」
「だって、活字は苦手なんですもん」
「美雪、反論あるだろ?」
ニヤリ顔で奈積さんは振ってくる。
「一応は」
「どれどれ、言ってみな」
「取り扱い説明書は字だけじゃありませんよ。ちゃんと図も載ってます」
「うぐぐ…………」
「ちなみに静香さんはどんなのをウォークマンに入れているんですか?」
「演歌とかだけど?」
「……もういいです。それより二人は鈿女さんがどんな人か知ってます?」
古事記に書いてあることは私も知ったが、もっとリアルな話が知りたかった。
「鈿女様か……。あたいも直接見たことは無いけど、この旅館にはある程度の感覚で来てるんだ」
「そうなんですか?」
「この前の天照様は予約無しだったけど、基本的に高貴なお客様は予約の段階で解るし、接する従業員は最初制限するんだ。きめ細かいサービスをするためにね」
「そういえば、元々人間だったって話もありますね。それが本当なら異能を持った人間だったって可能性も……」
「あたいも聞いたことあるな」
「元々は人間ですか……。さぁ、監視続けましょう」
私はファインダーを覗く。
少ししてロビーで動きが起こり始める。
「いよいよかぁ……」
奈積さんがニヤリとしながらつぶやく。
いったい鈿女さんはどんな姿なのだろう。少なくともこの旅館を利用する以上は、人の姿はとっているのだが。
普通の人間と一緒の場にいることになるため、客室以外は人の姿でいる。それが、この旅館で一緒にお湯を楽しむためルール。
それは人の世で暮らすから人の姿が都合が良いという理由もあるが、一般の人間と一般に暮らすためにそうしている。
一般の人間の常識の外にある存在は不必要な誤解を避けるために事実を隠匿している。
ちなみに本来の姿で入浴したいという客に対してはちゃんと貸切風呂もある。それでも、風呂と部屋以外は人間の姿で過ごす決まりだ。
どのみち鈿女さんも人の姿で来るはずなのだ。
天照さんのように人の姿しか持たない神もいるそうだ。神話で語られる姿は人であり、元々人間だったという話もある鈿女さんもきっとそうだろう。
「……動いたな」
奈積さん。あなたは軍人ですか?
そんな奈積さんの動物的勘の通り『いらっしゃいませ』の声に続いて正樹おじさんと愛さんが鈿女さんらしき人を案内する。
なるほど。
「…………!」
人の姿こそしているが、神通力というか力の気配がすごい……。
鈿女めさんの姿が見えなくなって、奈積さんが口を開いた。
「しかし、雰囲気が美雪に似てないか?」
「奈積先輩もそう思いました?」
「そっくりって訳じゃないけど幼さが残ってる雰囲気が、……胸はちょっと違うかもな」
「なんですか? 胸は、って」
貧乳とでも言いたいのか?
「まぁ冗談は置いといて、美雪も思わないか?」
「……確かに言われてみればそうですね」
幼さが残るって……自覚はなかったのだけど、雰囲気。
随分曖昧であるが私の雰囲気と似ているらしい。こればっかりは自覚できないから、私自身は比較しようがない。
「しかし、同じ童顔でも美雪より大人っぽいな……」
おそらく、腰の辺りまである黒髪のせいだろう。
「それ、ポニーテールは子供っぽいって言いたいの?!」
旅館にいる間は紙はずっと後ろで束ねていた。
「まぁ、そうだな」
「わっ、私だっておろせば雰囲気くらい出るわよ。長さは勝てないけど。奈積さんは知っているでしょ?」
「…………」
「なによ、奈積さん」
「いや、なんでもない。静香に見せてやれよ」
何か釈然としない。
とりあえず私は髪をくくっているヘアゴムを取る。
「…………」
「…………。なっ、言ったろ」
「美雪ちゃん。まるで寝癖みたい」
寝癖みたいってのは言い過ぎなんじゃ……。
おろした私の髪はふわっとした感じで、鈿女さんのように真っすぐではない。
小さい頃からそうで、私は完全なストレートになったことがない。
「だから言ったろ? 幼い顔にふわっとした髪じゃ、幼さっぽさは変わらないって」
「大人っぽい顔だったら違うとでも……?」
「ん? 気になるか美雪」
「はい」
「まぁ、違うな。おおらかさを持った大人ってか」
「美雪ちゃん、ちゃんとお風呂の時とか後に手入れしてる? 龍巳君の方がさらさらしてるよ」
静香さんは失礼なことをよく言うなぁ……。というか男性の龍巳が手入れをしている訳がないので引き合いに出されても困ります。
「いや、違うんだ。最初っから美雪のやつ、サラサラとした髪じゃないんだよ。髪質がちょっと硬いんかな?」
「でも、ちゃんと手入れしてるの?」
「それはあたいが保証する。あたいより丁寧にしてるくらいだぞ」
奈積さんは私の髪を触りながら続ける。
「髪質でふわっとなるのはしょうがないとして、美雪はちゃんと手入れしてるんだぞ。ほら見ろ」
と、静香さんに私の後頭部あたりを見せる。
「いつも美雪はポニーテールだろ。いつも同じ場所で髪をくくってるのに跡が全くついてない。これだけ見ても、美雪の仕事がわかるってもんだ」
「美雪、静香にも触らせていいか?」
奈積さんが触ることに許可を出した覚えはないのだが……。
「いいですよ」
そっ、と静香さんが私の髪に触れる。
「ほらな。髪質がちょっと硬いかもしれないが、引っ掛かりはしないだろ?」
「はい。そうですね」
「艶も良いしな。美雪ぃ! もっと自信持ちな!」
いつ、私が髪について自信がないと言った? 確かにさっき、誰かさんのせいで自信を失いかけたが。
「確かに、ちょっとふんわりした感じの方が美雪ちゃんに似合ってるね」
このくらいの言葉じゃ、さっき言われたことと相殺は出来ませんよ?
でも、この髪の方が私らしいか……。
「あなたたち。こんなところで、ナニヲ、シテイルノカシラ?」
一瞬にして空気が凍りつく。
何だ!? この絶対的な威圧感は……!?
「あっ、愛さん!」
凍った空気の中、最初に言葉を発した奈積さん。
その一言で全ての状況が浮かび上がる。
私の髪の話題で盛り上がる中、全員が周囲の警戒を怠っていたのだ。
「こんなところからカメラを使ってのぞき見とはいい度胸ね。盗撮でもして、写真をばら撒く気? 今日の仕事はみんなキツいのがいいのかな?」
「………………っ」
「………………」
「………………っ!」
この後の出来事は語りたくもない。
ひとつだけ言うなら、いつもより重労働をした。ということだろう。
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