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「まったく、綺麗な水だったからまだ良かったけど、ちゃんと気をつけないとダメだろ?」
「はい。すいません」
「それに相手が一般のお客様だったらそれこそ取り返しが付かなかったんだからね」
「はい……」
 正樹おじさんに呼び出され、長々と絞られる私。

「やっぱり正樹のおっさんに絞られたか?」
 そして、とぼとぼと部屋に帰ってきた私にと奈積さんはからかいの口調で言った。
 無神経にも捉えられるが、奈積さんなりに落ち込んでいる私を励まそうとしているのはよくわかる。
「はい……。正樹おじさんに叱られたのは、私のミスだから問題ないですけど…………私、やっぱり不安なんです。というか、後で後悔したくないの」
「よし。じゃあ、今から鈿女様の所に行って納得できるまで謝って来い」
 奈積さんが持ち前の姉御肌を前面に押し出して言った。深く考えずに発言しているのだが、奈積さんのこういう所が頼れると言っても良いかもしれない。
「奈積さん……」
「もし、正樹のおっさんがなんか言ってきたら、私に言え。責任は私が持つ!」
 その言葉に後押しされて私は部屋を出て行った。


「失礼します」
 前にもお客さんの部屋にお邪魔した。だいたい同じ台詞で。
 でも、状況が全く違う。
 あの時は私が呼ばれ、可愛がられた。
 今は私自らが赴く。そして謝罪するのだ。
 襖の向こうから返事が聞こえる。私は意を決して襖を開けた。
 鈿女さんはテレビを見ながらくつろいでいた。
 …………私の出逢う神様はどうしてこんな感じなんだろう。
 現代の若い女性そのままではないか? 私より携帯電話とか使いこなしていそうだし。
「何か用かしら?」
 入ってすぐの所で正座した私に鈿女さんは話し掛ける。
「今日は本当にすいませんでした」
「その話しは済んだじゃない。旅館の人に行ってこいって言われたの?」
「いえ。違います」
 私はきっぱり言った。
「どういうことかしら?」
「自己満足なのはよく分かっています。だけどこのままじゃ、私は納得できません。全て、私の不注意でご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
 私は深々と土下座した。沈黙が流れ、小さいはずのテレビからの音が大きく聞こえる。

 このまま時間が停止するのでは? と思いかけたその時、鈿女さんが口を開いた。
「あなたが仕事に対して強い想い。よく解ったわ」
 私は思わず顔を上げた。
 先程までの雰囲気は消え、鈿女さんのその声は神の声色だった。
 初めて聞く神の声に、ただ声の主を見詰める事しかできない。
「あなたの想いはとても強い意思。でもね……」
 鈿女さんは一旦区切り、そして言った。
「今のあなたの行動はただの自己満足。それはあなたがさっき言ったわね。水を被ってしまったことより、何度もしつこく謝られる方が不快になることもある。それは考えなかった?」
 自己満足だと自分で分かっていたつもりだった。
 しかし、鈿女さんという他人に言われ、本当の意味で自己満足だと分かってなかったんじゃないかと思ってしまう。事実、そうだろうな…………。
「私は永い時を生きてきた。様々な人を見てきた。あなたのような人もたくさん。勘違いしてほしくないのは、あなたがしたことで私が別に不快に感じていたりとか、自己満足している人が嫌いじゃないってこと。あなたにはこれからの成長の可能性を見て、それを応援したい気持ちよ。失敗を繰り返して人は成長するんだから」
 鈿女さんは真っすぐ私を見詰めてきた。
 その真剣な眼差しの……。瞳の感じが人間と違う…………。
 そんな神の持つ雰囲気に私は飲み込まれそうだった。
「あなたは私を不快にさせてしまうかもしれない。それを考えた上で来たのよね?」
「はっ、はい」
 声が上擦ってしまう。
「では……。……もし、私が不快に感じて、ここ館長さんに苦情を言ったとするわ。そしたらあなたはどうなる?」
「私が正樹おじさんに呼ばれて、……怒られる」
「そうね。そして、どんなカタチであれ責任を取らされると思う。……お金を貰って働いているから当然ね」
「はい」
 私の場合、奈積さんが責任を取ってくれると言った。
「…………。あなたは誰に背中を押してもらったわね? 責任を引き受けてもらうことで」
「っ…………!」
 なんで判った!? 一言も話てない。どうして!? やはり神様になれば別格ということか。
「その通りのようね」
 僅かな反応で私は肯定してまったらしい。
「でも、社会的にも子供のあなたが全て責任を負う必要もない」
 確かにそうだろう。例えを出す必要もない。
「……最後まで自分でやり遂げる。失敗したら自分で後始末をする。それが責任」
 鈿女さんは言った。
 少し間が空いて、鈿女さんは何かを思い出したようにはっとした。
「あっ……。あくまでも私の個人的な意見よ。それが本当に『責任』の定義かなんて…………わからないわ。そこは勘違いしないでね。定義なんて語る人の主観で変わってしまいがちだし」
 鈿女さんは照れくさそうに言う。さっきまでの真剣な声は消えていた。
「私が話すとなんか混乱しちゃいそうねぇ……。…………とりあえず私が言いたかったのはね」
 こめかみを人差し指で掻きながら言う鈿女さんの声に真剣さが戻る。
「誰かに責任を引き受けてもらうのは、子供のあなたでは仕方ない。でも、責任を引き受けてもらったからって何をしていいって訳じゃない。自分にも責任が回ってくるつもりじゃないとダメ。……そのままだと、いつか大変なことになりかねない」
「確かに…………責任を負ってくれるって言われて、何をしても平気な気が……してました」
 やはり、責任が私に掛からないというのがあったからだろう。
 鈿女さんは元々の鈴を転がしたような声で、
「あなたが少しでも自分の態度を考えて直してくれたなら満足よ。さっきまでのあなたは確かに何を言われても動じない意思を感じたわ。でもなんか違うってね。重大な犯罪って訳じゃないけど、……取り返しのつかないことになった後じゃ遅いからね」
 全体の話を理解しようとすると何となく矛盾というか、ねじれというか意味がわからなくなりそうだ。
 ……でも私に責任はいつも自分が負うものとして、しっかりとこの旅館で働き、自分自身の人生を歩んでほしいから言ってくれた。
「今、あなた要点は理解できるけど、全体的だと私の話って理解しようとすると訳わからない、って思ったでしょ?」
 突然、鈿女さんが指差していたずらっぽく言う。
「うぅ…………」
 図星だ。何も言い返せない。
 ………………。

 ………………。
 ………………あれ?
 私は鈿女さんの話が理解できないって口に出してないぞ?
 鈿女さんって元々、異能のある人間だったって噂を静香さんから聞いたような……。
 もしかして…………。



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最終更新:2014年12月02日 00:06