非エロ:提督×利根改二10-713

ちょっと遅くなったけど、利根改二記念
いちおう前編……のつもり。後編は気が向いたら


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執務室の窓から見上げる西の空は、影が差すように黒い雲で覆われていた。
僕はそれを見て、日が落ちる前に雨が来るなと思った。

「遠征に行った皆が、降られないと良いけど……」

朝も開けきらぬうちから、天龍さんに連れられて、南方海域へと赴いた駆逐艦娘たちのことを思う。
僕よりも更に幼く見える彼女たち。遠征で疲れた彼女たちを迎えるのが、冷たい雨などということになるのは忍びない。
だけど、適正があるというだけで、知識も経験もない僕に出来ることといったら、執務室からみなの無事を祈るだけ。
せめて身体を冷やさないように、お風呂の準備をしておこうかなどと考えていると、ノックの音と共に、執務室のドアが開いた。

「提督よ、天龍たちが遠征から無事帰投したぞ……どうした、何を黄昏ているのじゃ?」

そう言いながら執務室に入ってきたのは、僕の秘書艦で、つい先日、改二になったばかりの利根さ……利根だ。
この鎮守府に配属されたときから、秘書官として僕の世話係のような役回りをこなしてくれている。
なんでも、彼女に言わせると、僕には彼女の「お姉さん心」をくすぐるものがあるらしい……ちぇ。

「そうか、良かった。雨が降りそうだったから、みんな、その前に帰ってこられるといいなと思ってたんだ」

僕の言葉を聞いた利根は、コロコロと鈴を転がすような声で笑った。
こんな可愛らしい声なのに、一人称は“我輩”なのだから、初めて彼女と話した人は大概面食らう。

「うむ、優しいことだな、提督よ」

こんな時の彼女の眼差しは、本当に優しくて、僕に姉が居たならば、こんな風なのだろうかと思うときがある。
その優しい眼差しのまま、利根は「じゃが」と言葉を続ける。

「じゃが、考えもみよ。
 時に大時化の荒波を渡る我ら艦娘にとって、夕立など濡れたうちにも入らんぞ?」

「うっ……」

確かにそれもそうだ。お風呂の準備などと呑気なことを考えていた自分が恥ずかしい。
僕が黙り込んで俯くと、利根はその頭を優しく撫でてくれた。

「艦娘に、優しすぎるのではないか、我輩の提督よ? お主の職責を考えれば、その優しさは人に向けるためのものはずじゃ」

利根の言葉は、確かにその通りだ。
提督として振るう権限は、つまるところ深海棲艦を退け、人類を救うためにこそある。
けど、だけど……。

「僕には、艦娘を人じゃないなんて思うことは出来ないよ、利根さん」

艦娘は兵器だと、人類を救うための手段であると、提督として国に引っ張りあげられたときに教えられた。
だから、艦娘の浪費は許されない。しかし、損耗を恐れてもいけない、とも。
僕も、提督として赴任するまではそう信じていた。


俯いたままの僕を、利根さんは抱きしめる。
戦うためにあるはずのその身体は、とても温かく、そして柔らかい。

「愚か者め。秘書艦のことくらいは、呼び捨てろと言ったぞ」

「……うん」

「愚かで優しい、我輩の提督よ。だが、我輩は、お主のその心を嬉しく思う。
 我輩たちは紛れもなく兵器ではあるが、同時に人を守る意義を知るための心も備えているからな。
 まあ、良いのかもしれん、一人くらいは艦娘のために戦う提督がおっても。そして、その変わり者が我輩の提督であっても」

「ありがとう……」

僕の背をさする利根さ……利根の指は、何処までも優しい。
どこか甘やかな大人の女性の匂いに包まれて、僕は不意に恥ずかしくなった。
利根は改二になってから服装が大きく変わり、それまでのタイトなミニスカートから、丈の長いロングドレスになっている。
それは良いのだけれど、そのスカートには深いスリットが入っていて、その、つまり、
抱きしめられると俯いた視界に、すんなりと形の良い太ももと、その付け根が見えるわけで……

「あ、あの、利根、そろそろ……」

「ん? なんじゃ提督、恥ずかしくなったのか?」

ぬふふ、とさっきとは明らかに違う感じの笑い声が頭の上から響く。

「い、いや、ほら、執務……続き……」

……良くない。この体勢は非常に良くないように思う。

「ふふ、提督よ。今更、何を恥ずかしがることがある? 我輩とお主の仲ではないか」

「な、仲って……それに、執務……」

「つい先だって、お主を男にしたのは、他でもない我輩ではないか! 互いの身体のことで知らぬ事のない者同士、何を恥ずかしがることがある。
 それに、お主の執務時間は残り30秒じゃ。秒単位で提督の執務時間を把握する我輩は、まさに秘書艦の鑑だな!
 褒めてもよいのだぞ、提督」

「えっと、えっと……その……」

「にーじゅう……じゅーきゅう……」

焦って言葉を捜す僕の頭の上で、どこか楽しげな利根のカウントダウンが始まった。

「ごーぉ……よーん……さーん……にーぃ……いーちぃ……ぜろっ! 本日の執務終了じゃ!」

無情にも執務時間の終了を告げる声と共に、くい、と僕の顎が持ち上げられた。
比較的、長身の女性が多い重巡の艦娘の中にあって、利根は例外的に小柄と言ってもいい身長をしている。
しかし、それでも僕の視線より高い位置にある瞳が、真剣に僕を見つめていた。
零れ落ちそうな大きな瞳、いつも強気そうな細い眉、すんなりと通った鼻梁、柔らかなカーブを描く頬、桜色の唇。
愛らしい美貌と言っても良いはずだ。僕は、魅入られたようにその瞳から目が離せない。

「それとも提督よ……我輩と気持ちよいことをするのは、嫌いか?」

ごくり、と僕の喉が鳴った。
貼りついてしまったかのように、視線がそらせない。
僕は即座に、負けを悟った。

「……好き、です」

それが僕の降伏の言葉だった。
花が開くように、というのだろうか。
目の前にある利根の顔一杯に笑顔が広がる。
そして、抱きしめていた僕の身体を離すと、それが当たり前のことであるかのように、利根は僕の手を引いて歩き出した。
まるで、弟を連れて歩く姉のように。

「では、参ろうか」

この国の法律では、あらゆる意味で大人と認められない年齢の僕だけれども、
利根のその言葉に“何処へ”と質問するほどには、子供ではなかった。



これが気に入ったら……\(`・ω・´)ゞビシッ!! と/

最終更新:2015年01月12日 06:19