非エロ:提督×大淀15-675

小耳に挟んだ話では、海上自衛隊から返り咲いた海軍は現在人手が不足していると言う。
少子化と言う名の底なし沼への片道切符に鋏を入れられてしまったこの国がもう一度戦争に立ち向かう事は、
決して口には出さないが心情を独白させて貰うと、先の戦争より無謀ではないか、とこう思うのだがな。
然しそうも言っていられない。
どういう訳か新たな敵はこの日本近海でハエトリグモのように徘徊しているのだから、腹を括るしかないのだ。
平穏に宜しくないその根幹の話について、小耳に挟んだ程度の知識しか持ち合わせていないのは当然だろう。
自分はその程度の人間でしかないからだ。
それでも先に述べた人手不足が理由で、士官学校を出たばかりの自分でさえ新設された鎮守府に磔にされたのだ。
学校に入ったばかりはそこまで状況を深刻に捉えていなかったのだが、
海軍の現状を知ってしまい、違和感を覚える程の対応の早さを受けた自分が戦々恐々とさせられるのも無理はない筈。
先行きが不安で早くも胃薬と精神安定剤が必要になりそうだ。

「……提督は、もう少し力を抜いてもいいと思いますよ。特に顔とか」

「む……」

自分の目の前で佇む眼鏡をかけた女は、確か自己紹介で軽巡大淀と言ったか。
本日付で鎮守府の提督として着任し、
敷地内の設備やそれぞれの艦の事その他の説明を矢継ぎ早に受けた記憶を回顧する。
この大淀は、鎮守府と大本営とのパイプの任務を担っているらしい。
編成を始めとする鎮守府運営のイロハを改めて復習する為の簡単な任務を寄越して来た。
任務通達はこの大淀一隻だけが担当しているらしい。
人だけでなく艦も不足しているようだ。

「任務であれば従おう」

確かに、自然と身が強張っていたのは事実だ。
これから戦争へ向かう片道切符に自分も鋏を入れてしまった事を改めて実感したからだろう。
自分は別に死にたがりではないが、将校でもない自分がいきなり一鎮守府の頂点等 荷が重過ぎて沈みそうなのだ。
大淀が不安気な顔でこのような忠告をするのも無理はないが、仕方が無いものだと割り切って貰いたい。

「いえ、これは私の個人的な意見です」

「……気が向いたら従おう」

意訳すると"指揮をする前から動揺されては困るから改善しろ"と言う大本営が用意した横槍文句かと思ったが、
どうやらそうではないらしい。
此奴は自己紹介してからと言うもの終始任務の話だけをしていたが、
如何せん第一印象ばかりに信用するのも余り宜しく無さそうだ。

「更に力が入ってしまっていますよ。こことか……」

ふっ、と大淀は自然な手付きでそれを私の頬へ持って行った。
ぺたぺた、すべすべと見た目相応の手の感触が頬を撫ぜた。
自分は不意を突かれて更に顔を強張らせてしまう。

「っ、分かった分かった。善処はしてみる」

後方に下がって大淀の手から逃れた。
初対面で肌を無抵抗で接触させる事ができるのだろうか。艦娘とは皆こうなのだろうか。
人間の女でもパーソナルスペースは男より狭いと言うが、それでもこうまでは行かないだろう。
鎮守府に慣れる前にまずは艦娘に慣れる事から始めた方が良さそうだが、中々ハードルが高そうである。
自分だけが変に緊張している事は今ので充分自覚したが、
大淀がそれを特に不快には思っていなさそうなのが救いだ。
何故そんな事が分かる、と?
寧ろ面白そうにくすりと小さく笑ったところを見て自分と同じ感想を抱かない者がいたら、
それは相手の心中を察する能力が欠けた人格障害者で、軍を含めた何処の職場にも入れないと思うね。


「これから、どうぞ宜しくお願い致します」

自分と大淀の馴れ初めはこのようなものだった。

……………………
…………
……

「遂に進水か」

大きな擬装を背負って任務通達に現れた今の大淀は、私が初めて昇進した時よりも嬉しそうに見える。
最初から鎮守府に配属された軍艦なのに他の艦を見送るしかできない大淀の心中は、どのようなものだっただろうな。
その反動から考えれば大淀は狂喜乱舞しても罰は当たらないと思うのだが、大淀はそんな事はしなかった。
慣れた今ではそんな大淀の姿を想像するのは不可能だし、大淀らしい。

「はい。やっと艤装が出来上がったんです」

それにしても他の軽巡とは一線を画する艤装をしている。
大きさは他よりも大柄なものだし、構造も直線基調なのが目立つ。
然し、大淀の艦体は極めて小柄なものではない。
半ば無理に搭載している――貶している訳ではない――軽巡夕張と違って、上手く馴染んでいるように見える。
自分は頬を幾分か緩め、大淀を祝福した。
おめでとう。私も嬉しく思うよ。

「あ……ありがとうございます」

大淀は困ったように、照れ臭いように眉尻を下げて謝辞を述べた。
大淀も待ち遠しかったものだろう。おかげで他の艦よりも練度向上が遅れてしまっている。
早速だが、大淀を秘書に任命したい。

「え、確かにAL作戦決行は近づいていますが、そのような任務は」

「だからこそだ。大淀には早急に練度を上げて貰いたい。任務等ではなく、また艦隊旗艦として返り咲かせたい」

そう言ってやると、大淀は着任初日に見せたあの笑顔で、任務通達文書群を私に差し出して来た。
これから、大淀の運用データを記す執務が増える事だろう。
その為の白紙が今から何枚も文字と簡略図で埋め尽くされて行く事を私は今から楽しみでならなかった。

「……はい、お任せください」

この進水日までには、大淀とは任務通達ついでで世間話をする位の仲になっていた。
初日の気苦労は自分の考えすぎだったのか、初期秘書艦か大淀が揉み解してくれたのかは分からないが、
慣れとは恐ろしいものだ。
士官学校時代のお気楽な自分を短期間で取り戻せたのだから。

……………………
…………
……

「……大淀。少し力が入ってるんじゃないか」

「え? そのようなつもりはありませんが」

大淀の練度を優先して向上させるべく出撃を繰り返すうち、大淀を改装する設計図が大本営から送られた。
そして改装は何事もなく終わったのだが、艤装は特に何か変わったところは見受けられなかった。
寧ろ大淀の艦体の方に見受けられる。

「握り拳なんか作って言う事じゃないぞ。ほうら」

席から立ち上がり、大淀へ歩み寄る。
何故か握り締めている右手を己の手でやんわりと開かせたが、何か隠している訳でもなさそうであった。
やはり単に力が入っているだけのようだ。
肩やら腕やらへ力が抜けるような念仏を送る……、つもりでそれらを撫ぜる。

「あっ……? え、あ、あ……」

「……更に力が入っているようだが」

おかしいな。悪化している。
身を縮こめ、腕をぴったりと上体に沿わせるようにくっつけてしまった。
明らかに身が強張っているのが見て取れる。
緊張しているのか?
初日で私の頬を撫ぜ、それから世間話を交わし、秘書の任命をした程の仲である私に対して?
何故。

「あ……、だ、大丈夫です! お任せくださいっ」

大丈夫だろうか。この大淀は。
それならば今度は自分が。

「まだ鍛錬が足らんようだな。しいては一つここは私が大淀の整備に協力を……」

そういった名目を放ち、繊細な手付きを努めて大淀に触れる。
艦体と艤装の隙間に右手を差し入れ、背中を撫ぜる。
上部装甲と下部装甲の間で露出している、腰の横の部分を左手で撫ぜる。
自然と自分は大淀を抱き締める体勢になってしまうが、艦娘ならば抵抗は感じないのだろう?

「てっ、提督! そこは司令部施設とは無関係です。お願い! 艦隊指揮の邪魔、しないで!」

「じゃ、邪魔……」

大淀は磁石で弾かれたように私から艦体を引き剥がした。
驚いた。
あの大淀が、声を張り上げて、しかもタメ口で。
艤装に変化は見られないがやはり艦体のほうは大きく改装されたらしい。
実感を得たがそれはあまりに衝撃的で、思わず呆然とする。
口をぽっかりと開けている自分の顔は大淀には間抜けで新鮮に見えるだろう。
今までそんな醜態を晒さぬよう努めて来たのだから。

「あ……。申し訳ありません、強く言い過ぎました。……あの、司令部施設であれば、その」

「力、抜けたようだな」

然し大淀は面白そうな顔をしなかった。
呆れるだろうと思っていた自分の予想に反して謝辞を告げる大淀は少し不可解だが、任務は達成できたようだ。
それに満足して、思わず大淀の言葉を遮ってしまった。何を告げようとしていたのか分からない。
肩が落ちた大淀は、私の言葉で私と同じようにぽっかり口を開けた。

「……わざとだったのですか?」

「大淀に言われてから、私も肩の力が抜けて来たということだよ。この提督なら安心出来るだろう?」

うんうんと自分は大袈裟に頷いたのだが、
大淀はうんともすんとも言わず無言で物思いに耽ってからぷいと顔を逸らした。

「……っ、私、艤装の整備をしてきますっ!」

「え、おいこら。まだ話は」

終わっていないのだが。
と言う静止の言葉は、走り去る大淀の足音と扉を閉める音で終始掻き消されてしまった。
貰い損ねた任務通達の文書を手に入れるべくその後大淀を探しに出かけたのだが、
誰か言い出したか鬼ごっこが始まってしまったのだ。
整備と言いながら自室でも工廠でもない何処かへ身を潜めていて、私が声をかけると大淀はまた逃げ出す。
高速艦で更に改装したての大淀は能力を遺憾無く発揮し秘書の仕事をサボタージュしてくれたので、
その日、大淀の運用報告書の隅に"速い"とだけ記して一人寂しく頭を悩ませる事となった。

この辺りから、自分は大淀を面白い奴だとも可愛い奴だとも思うようになり、大淀を目で追うようになった筈だ。

……………………
…………
……

AL、MI、鎮守府防衛作戦は無事終結し、それから月日は流れた。
自分もこの頃には既に"将校"の仲間入りを果たしていた。
ようやく提督という肩書きが自分に馴染んできたとしみじみつらつら思っていただろう。
数多の作戦に耐えてみせ、数多の執務補佐に耐えてみせ、大淀は軍艦の貫禄を持って佇む。
自分は一つ小さな箱を取り出し、中身を大淀だけに初めて見せた。
すると貫禄がなかったかのように大淀はうろたえる。

「えっ? ……あ、あの、この任務は私に対して行わなくても達成できますよ」

まーだ何かにつけて任務だのなんだの言うのか。大淀らしい。
だが今はくすりとも笑っている場合ではない。
私はこれまでにない程真剣な気持ちで大淀の目を見詰める。
任務遂行のつもりではない。これは私の個人的な意思だ。

「……分かりました。従いましょう」

大淀は一応は理解したという神妙な面持ちだ。
従う、という言い方は気に食わんのだがな。拒む権利はある。
そう反論すると、大淀は司令部の回転の速さを生かし、ほんの少しの沈黙だけを挟んで口を開いた。
私に期待を向けるような面持ちで。

「……では、少し変えましょう。このような暗号ではなく、平文で通信を下さい。私が理解できるように」

「……大淀。私はお前を……」

……………………
…………
……

懐かしいな。
と言っても、着任したあの日あの馴れ初めから老いぼれる程年月が経った訳でもないのだが。
まだまだこれからさ。
自分は回顧と筆を止め、
最後の大淀運用報告書を書き記す途中で顔を上げ先ほどから感じていた視線を受け止める。
艦隊の休息の為に艤装を下ろして用意した秘書艦の椅子に腰掛ける大淀は、
落ち着き無くちらちらと此方の様子を伺って来るのだ。

「大淀。すまんが通信方法は口で頼む」

「そ、そうですか? では失礼、します……」

すると何を思ったか、必要ないのに椅子から立ち上がり私の元へ歩み寄る。
あの時と変わらぬ感触の手だが、今度は両手を使って私の頬をついと撫ぜた。

「……っ」

次に感じた感触は、柔らかい唇の感触だった。
どこに感じたか、と?
自分の同じ物にだ。
大淀は目を瞑っている。
何故分かるか、と?
不意を突かれて自分は瞑る事もできなかったからだ。
将校の仲間入りを果たそうともこれに関してはからっきしだ。
こんな事をされてはもう執務どころではなく、自分は筆を置く。
今までが分かりにくかった訳ではないが、これまでにない程分かりやすく伝わった。
自分の心臓が急速に回転数を上げている事を大淀に隠し、ほんの数瞬で離れた大淀へ努めて冷静に諭す。

「……口頭で、と言う意味だったのだがね」

「あ、あら、申し訳ありません! 私てっきり……」

はっと今更察した大淀はわたわたと慌て、
行方の定まらなかった両手はやがて熱の篭った顔を隠すように自身の頬へ当てた。
全く、第一印象では大淀は "真面目" "品行方正" "頭脳明晰" と言った具合だったのだが。

「大淀にしては直接的な通信だが、その、私は好きだぞ」

「そう、ですか……っ」

触れてくる大淀に歩み寄りたくて、自分は照れ臭いのを抑えて素直に気持ちを伝える。
すると大淀は更に赤くなったようだが、息を呑んで顔を覆う手を下ろし、私の手を捕まえる。
大淀の眼鏡の奥にある瞳をよく見ると、潤んでいるようだった。

「……なら、もっと沢山しましょう? 私と提督だけの、通信を……」

運用報告書に"可愛い"と書こうかと考えて、やめた。大淀のこんな面を知るのは自分だけでいい。
大淀は執務室の隅に置いた艤装の司令部施設や水上観測機を整備する妖精に拾われないような
とても小さな声で私に囁きかけ、私を奥の寝室へ牽引して行った。
【以下は提督により検閲】


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提督 大淀
最終更新:2017年08月25日 01:12