「ミッキャ!」
1匹のタブンネが悲鳴を上げて倒れ込む。
両手で体を持ち上げて、なんとか立ち上がろうとするタブンネだったが、全身の力が抜けてがっくりと地面に倒れる。
ピクピクと小刻みに震えるその体は、土埃にまみれており、いたるところに傷ができている。
「やった! レベルが上がったぞ!」
タブンネの前に立っているのは1人のトレーナーと、そのパートナーであるポケモン。
大量の経験値を得るために、タブンネを倒したのだ。
「早くタブンネ出てこないかなー?」
トレーナーは倒れているタブンネに注意を向けることなく、次の経験値を求めて立ち去って行った。
トレーナーが立ち去った直後、近くの草むらがガサガサと音を立てる。
あたりの様子をうかがいながら、数匹のタブンネがおそるおそる草むらの中から出てくる。
彼らは倒れているタブンネの体をつかむと、そのまま草むらの中へと引きずっていく。
傷ついてボロボロになった仲間を治療するのだ。
タブンネたちの姿は草むらの中へと消えていった。
…………………………
イッシュ地方のとある場所に、一部のトレーナーだけが知る『タブンネの里』と呼ばれる森がある。
ここにはタブンネだけが暮らしており、それ以外のポケモンはいない。
つまり、出てくるポケモンはすべてタブンネというわけだ。
そういうわけで、『タブンネの里』は経験値を求めるトレーナーの秘密の狩場になっているのだ。
ここに暮らすタブンネたちは、その状況を甘んじて受け入れている。
なぜならば、そうすることでタブンネたちは平和な暮らしを手に入れているからだ。
タブンネたちは、自分たちが「経験値」と呼ばれていることを知っている。
その「経験値」を人間たちが求めていることも知っている。
そして、「経験値」を手に入れるために人間が
タブンネ狩りを行っていることも、当然のように知っている。
人間は強いポケモンをたくさん持っている。
タブンネはもちろんのこと、タブンネを狙う野生ポケモンでも敵わないような強いポケモンを持っている。
強いポケモンを持った人間がやって来ることで、人間を恐れた野生ポケモンが森に来なくなる。
さらに、人間はタブンネを倒すことはしても殺すことまではしない。
痛いことを我慢すれば、普通に野生で生きるよりも、平和で安全な暮らしができるのだ。
…………………………
ボロボロになった仲間に、必死にいやしのはどうを使うタブンネたち。
そのおかげで、体の傷はすっかり回復し、今では落ち着いて呼吸をするまでになっている。
「ミィ……?」
仲間が意識を取り戻したのを確認すると、タブンネたちに安堵の表情が浮かぶ。
しかし、すぐにタブンネたちの顔に緊張の色が浮かぶ。
人間がタブンネを探し回っている音がするのだ。しかも、一人ではなく何人も。
1匹のタブンネが尻尾からオレンの実を取り出すと、まだ動くことができないタブンネにそれを渡す。
最後まで治療できない分、オレンの実で回復させるのだ。
オレンのみを渡すと、タブンネたちはそれぞれ草むらの中へと消えていく。
経験値として人間に狩られるために。
倒れたままのタブンネの表情が不安の色に変わる。
最近になって、『タブンネの里』にやって来る人間の数が増えているからだ。
前までは1日に多くて3人程度だったのに、最近では10人以上来ることは当たり前だ。
多いときには20人以上の人間が『タブンネの里』を同時に歩き回っている。
『タブンネの里』はどうなってしまうのだろう。
そのとき、タブンネの耳が音を捉えた。タブンネを探し回る人間の声だ。
フラフラと立ち上がると、仲間からもらったオレンの実を尻尾の中に入れて歩き出す。
どれだけボロボロであっても、人間の前に姿を現さなくてはならない。
タブンネたちが姿を見せなければ、人間たちは『タブンネの里』にやって来なくなるだろう。
そうなれば、タブンネを狙う野生ポケモンが来るようになり、今の平和な生活は失われてしまう。
できれば違う方向に行ってほしい。
そう願いながらも、人間の姿が見えたところで覚悟を決める。
草むらを大げさに揺らして、人間に「タブンネはここにいますよ」と教える。
人間が近づいてきたところで草むらから飛び出す。
直後、人間が連れたポケモンの強烈な一撃を受けて、タブンネの意識は一瞬で刈り取られてしまった。
タブンネたちは知る由もない。
タブンネが多くの経験値を持っていることを知っていたのは、一部のトレーナーであったことを。
そして、口コミで多くの人間にそのことが広まったことを。
『タブンネの里』と呼ばれる森の場所が広く知れ渡ったことを。
今では『タブンネの里』は経験値稼ぎのメッカになってしまっていることを。
何も知らないタブンネたちは今日も草むらを揺らす。
どれだけ傷つこうとも。何度倒れようとも。
自分たちの平和な暮らしを守るために、何度でも立ち上がる。
平和な暮らしなど、とっくに崩壊していることにも気づかずに。
(おわり)
最終更新:2015年02月18日 20:54