オフィスの窓から空を見上げると、入道雲が立ち上っていた。今日も暑くなりそうだ。
「部長、印鑑お願いします」
部下の声が私を現実に引き戻す。書類に目を通し、印鑑を押した私は再び空を見上げる。
(そう言えば今日から夏休みだったな……)
昨日の夕食時、息子が目を輝かせてあれをやりたいどこへ行きたいと言っていたのを思い出した。
今の都会の子供達では、せいぜい友達の家でゲームをやったり、プールに行くのが関の山だろう。
私はいつしか少年の頃の夏休みに思いを馳せていた。大自然の中を走り回った日々を。
私が小学生の頃は、父の田舎の実家に一週間滞在するのが恒例だった。
祖父や祖母、伯父さんたちが笑顔で迎えてくれたものだ。
そして挨拶もそこそこにして、私は従兄弟のケン兄ちゃんと遊びにすっ飛んでいった。
テレビゲーム機などない時代、野も山も、川も田んぼも全て私達の遊び場だったのだ。
なかでも一番の遊び相手はタブンネであった。
と言っても普通の成獣のタブンネは、当時の私達と同じくらいの背丈で、場合によっては危険なので、
大人と一緒の時でなければ、タブンネのいそうな草むらには近付かないよう言われていた。
私達は、この地方独特の種族である
ミニタブンネを捕まえて遊ぶのである。
ミニタブンネは見かけは普通のタブンネとほとんど同じで、毛皮が少々白っぽく淡い色合いだ。
大人になっても身長は30センチ前後、ベビンネに至っては5~10センチくらいしかない。
タブンネと同じ森の草むらには生息せず、川や田んぼなどの水辺の背の低い草むらに住んでいる。
ちょうど私達子供が探して捕まえるには、おあつらえむきのところにいるのである。
巣がありそうな草むらにあたりをつけて、そっとのぞいてみると、
ミニタブンネの母親ミニママンネと、ミニベビンネが巣の中でチィチィと眠っていた。
私とケン兄ちゃんは顔を見合わせて笑うと、すかさずケン兄ちゃんがミニママンネを手づかみにする。
「チィッ!?」と騒ぐ間もなく、持ってきたバケツに放り込む。
母親の悲鳴で目を覚ましたミニベビンネ達はパニックに陥り、「チィチィチィチィ!」と逃げようとするが、
動きが鈍いので、片っ端からつかまれてバケツに入れられた。
約20匹の収穫があった。ミニタブンネは多産であり、大抵10~20匹は子供がいるのである。
「チィー!チィー!」と鳴くミニママンネと、狭いバケツに押し込められチィチィ泣き喚くミニベビンネ達に満足し、
私とケン兄ちゃんはバケツに蓋をして、意気揚々と引き揚げる。
ミニママンネは家に帰った後で食べる。遊ぶにはもっぱらミニベビンネを使うのだ。
近くの空き地に移動したところで、ケン兄ちゃんは手提げ袋から花火や爆竹を取り出した。
そしてバケツからミニベビンネを1匹掴みだし、肛門に爆竹をぐりぐりと押し込む。
「チィーッ!チィーッ!」と甲高い悲鳴を上げて嫌がるミニベビンネだが、如何ともしがたい。
そしてライターで点火だ。
自分の後ろで導火線が燃える音に驚き、慌ててヨチヨチと逃げ出そうとするミニベビンネ。
しかしものの3秒と経たずに、ポン!という派手な音とともに爆竹は破裂し、
10センチくらい跳ね上がったミニベビンネは、ころころ転がった。
内臓がはみ出した肛門の周辺は血まみれになり、ピクピク痙攣している。
それを見て私とケン兄ちゃんは手を叩いて喜ぶ。子供というのはいつの時代も残酷なものである。
続いて3匹を掴みだすと、同じように爆竹を挿入し、立て続けに火をつけた。
これまた同じように「チィチィチィ!」と逃げ出そうとする3匹は、3連続で爆発し、のた打ち回っている。
死に切れずにいてかわいそうなので、私とケン兄ちゃんはスパーク花火に火をつけた。
飛び散る火花を向けると、白っぽい毛皮に引火してミニベビンネはメラメラと炎に包まれる。
「チビャァァァァァ!!」と悲鳴をあげてしばらくもがいているが、全身に火が回ると動かなくなってゆく。
そうなったところで私達は「なむなむ……」と片手拝みのポーズをするのが通例だった。
火葬の真似事であり、そうするのがマナーだとなんとなく学んでいたのである。
次の遊びはタブ相撲だ。紙相撲のように2匹を戦わせるのである。
バケツから今度は2匹を取り出し、触角をつまみながら命令する。触覚経由で人間の感情が伝わるのは
普通のタブンネと同様であり、私達も遊び道具として扱い方は心得ていた。
「おまえら2ひきでたたかえ!まけたほうはおしおきだぞ!」
2匹のミニベビンネは「兄弟同士でそんなことできない」と言いたげに、目に涙をためて首をプルプル横に振る。
しかし私とケン兄ちゃんが手で地面をばしばし叩いたり、足を踏み鳴らしたりすると、
恐怖に耐えかねて嫌々ながら取っ組み合いを始めた。
最初は嫌がるばかりで、力がまるで入っていなかったが、私達が大きな声を出したり、
踏み潰さんばかりの近くに足をズシンと下ろしたりしてけしかけている内に、
だんだん恐怖で理性が麻痺してきたのか、本気になって引っ掻いたり噛み付き合いを始める。
そして遂に片方が「チピィィーッ!」と泣き声を上げて逃げ出した。勝負ありだ。
ケン兄ちゃんがその負けたミニベビンネを引っ掴む。
「わっはっはっはっ!まけいぬにようはない、しぬがいい!」
特撮番組の悪の首領を真似た大仰な笑い声を上げながら、ミニベビンネの口に爆竹を3本押し込んだ。
「ミューッ!ミュィィ!!」
小さな顎が外れそうなくらい爆竹を押し込まれたミニベビンネは身悶えするが、
ケン兄ちゃんは素早く爆竹に点火して放り出す。
ミニベビンネが吐き出す暇などなく、次の瞬間にはパパパン!と爆竹は一斉に爆発する。
白い爆煙が立ちのぼり、その後には頭部が吹っ飛んでわずかに痙攣する胴体だけが残されていた。
「チヒィィィィィ!!」
勝った方のミニベビンネはその光景を見て、耳を押さえてプルプル震えながら号泣していた。
「おまえはかったからごほうびあげるよ、そらをとばせてやるからな」
そう言いながらケン兄ちゃんはミニベビンネを掴むと、胴体にロケット花火を数本、凧糸で縛り付ける。
「チィィーッ!!チュヒヒィーッ!!」
ミニベビンネは四肢をバタつかせ、「勝ったのにどうしてこんな目に遭うの」とでも言いたげに
泣きながら訴えるが、興奮している私とケン兄ちゃんの耳には届かない。
ロケット花火の軸を空き瓶に入れ、数本分の導火線を縒り合わせて一気に点火する。
「チィチィチ……チィーーーーーッ!!」
ミニベビンネの悲鳴を残して、ロケット花火は上空高く飛んで行き、一斉に破裂した。
その煙の中から、白っぽい塊が落下してきてぺちゃりと地上に叩きつけられた。
言うまでもなくミニベビンネである。爆発の衝撃で胴体が真っ二つに裂けている。
「ゆうかんにちったおおぞらのゆうしゃにけいれい!」
今度はアニメの台詞を真似して敬礼しながら、私とケン兄ちゃんはそのミニベビンネも『火葬』した。
そうして遊んでいる内に、いつの間にかお昼になっていた。
私とケン兄ちゃんは帰る前に、黒焦げになった十数匹のミニベビンネを用水路に蹴り入れた。
ぷかぷかと浮いて流れてゆく。水棲ポケモンが片付けてくれるであろう。
歌いながら家路に着く私達は、貯水池の側を通りかかった。
今と違って安全管理にはさほどうるさくない時代だったので、金網なども張ってはおらず、
近所の子供達が釣りなどをして遊べる場所だった。
私とケン兄ちゃんは貯水池の側まで行くと、持っていたバケツの蓋を取って中をのぞきこむ。
ミニママンネと、残りわずか5匹ほどとなったミニベビンネが、身を寄せ合ってチィチィ泣いている。
ケン兄ちゃんはその中から1匹掴み出した。「チィーッ!!」「ピィィィ!!」と悲鳴が上がる。
そしてケン兄ちゃんはそのミニベビンネを貯水池に投げ込んだ。
一瞬ドボンと沈んだミニベビンネは、浮かび上がってくると手足をばたつかせてもがき始めた。
「チィチィチィ!!チィチィチィ!!」と必死で助けを求めているが、それを目掛けて水中から多数の影が浮かび上がってきた。
コイキングだ。2~30匹はいそうだ。この貯水池にはコイキングが巣食っているのである。
「チィーッ!!ヒィーッ!!」と悲鳴を上げるのも一瞬、ミニベビンネは数匹のコイキングに食いつかれて姿が見えなくなる。
わずかな獲物を奪い合うコイキングがばしゃばしゃ上げる水しぶきが、こっちにも飛んでくるくらいだ。
ケン兄ちゃんは続けて、3匹のミニベビンネをぽいぽいと貯水池に投げ込んだ。
「チィィィ!!「ピャァァーッ!!」というかすかな悲鳴は凄まじい水音にかき消され、あっという間に食われてゆく。
バケツの中を見ると、ミニベビンネは残り1匹になっていた。ミニママンネと抱き合い、プルプル震えている。
しかしケン兄ちゃんはミニベビンネを引き剥がすと、貯水池に投げ込む。
うまい具合に、口を開けていた1匹のコイキングの口にすぽんと入り込んだ。
私とケン兄ちゃんは「ストライク!」と手を叩いて喜ぶ。
上半身をコイキングの口に飲み込まれたミニベビンネは、足をバタバタさせて必死に抵抗するが、
コイキングが口を動かすと、ずるり、ずるりと飲まれていき、丸呑みされてしまった。
もう餌がないと覚ったコイキング達は再び水中に姿を消し、貯水池はまた静寂を取り戻した。
だいぶ道草を食ってしまった。私とケン兄ちゃんは小走りになって、家まで急ぐ。
バケツの中のミニママンネは、1匹残らず子供を失い、死んだように横たわって涙を流していた。
現在ではミィアドレナリンの存在は広く知られているが、当時の田舎であっても、
タブンネやミニタブンネは虐待することでより美味しく食べられるということが、
親から子へ、子から孫へと受け継がれ、当時の私達にも生活の知恵として伝わっていたのである。
つづく
最終更新:2015年02月20日 01:03