タブンネを虐待することにした。
何気なく入ったペットショップで500円で売っていたので、深く考えずに買ってみたものだ。
しかしそれが間違いだった。
悪い性格ではないが、餌代は異常にかかるし寝息が煩いし、何より弱いのだ。
バトル狂の俺にとって、弱いポケモンが手持ちにいるという事実は許しがたいものだった。
明日にでも捨てようと思った矢先にタブンネはとんでもない事をやらかした。
身元不明の♂と一緒に2つのタマゴを暖めてやがったのだ。
俺は怒ってこいつらを全員家から追放したが、孵化したらしいベビンネ2匹を連れて1週間後に戻ってきたのだ。
なんでも「どんな事でもするから、新しい家が見つかるまで置いてほしい」というのだ。
最初は断ろうと思ったが、俺はいいアイディアを思い付いたのだ。
そう、虐待である。
明日から木の実の栽培をする。それを手伝うならずっとこの家に置いてやると提案した。
奴等はバンザイしながら了解してくれたぜ。
今覚えば、追放するときにタマゴを割らなくて本当に良かったと思う。
馬鹿なやつらめ。
これで奴等は逃げられない。
俺の気が済むまで遊ばれる玩具になるしかないのだ。
明日から働かせるつもりだ。
明日が楽しみだぜ。
~1日目~
さて、叩き起こすか。
家族仲良く寄り添って幸せそうに眠っている一家。
水槽出すのが面倒だったからリビングに置いといたんだが…くそ、水槽出しとけば良かった。
そうすれば引き離して置けたのにな。
バシッ
「ミュっ…!みゅう…?」
俺はママンネの頬を思いきり叩いて起こした。
寝ぼけ眼と媚びた触覚が激しくムカつく。
「いつまで寝てんだボケ。仕事するからとっとと起きろ」
「うみゅ~…みぃみぃ…」
まだ眠いのか、再び眠ろうとする。
ふざけんな糞野郎。
グジャっ!!
「びぎゅあっ!」
激しく苛ついた俺は、無言でタブンネの鼻をぶん殴った。
本気の一撃だ。骨が砕ける感触が伝わってきた。ざまぁw
鼻骨が折れたママンネは鼻血を飛ばしながら悶絶する。
「…てめぇ、居候の分際で何様だ?てめえが働くって言うからここに置いてやってるんだぞ」
触覚を握りしめながらドスの効いた声で脅してやると、ママンネはガタガタと震えだした。
俺の怒りを感じ取ったらしい。
「次、生意気な態度取ってみろよ。
てめえの子供を全員惨たらしく殺してやる」
そう脅して、一際強い怒りを流し込んでやった。
「みひぃ…!みひぃ…!」
怯えながらも何度か頷く。
これで俺には逆らわないほうが良いと理解できただろう。
「罰として朝飯は抜きだ。
そいつらを起こして5分以内に庭に来い。時間内に来なかったら昼飯も抜きにする」
それだけ言って乱暴に突き放す。
ママンネが大急ぎでガキを起こし始めたので、俺は先に庭に向かうことにした。
庭で軍手と麦わら帽子を装備して、見張り用にオオスバメを出しておく。
道具も確認しておくか。
各種木の実の種、シャベル、肥料、ジョウロ、ゴミ袋…
それから
お仕置き用の革鞭…
「みぃみぃっ!」
「みきゅう!」
「チィ!」
おお、来たか。
全員表情が固いあたり、ママンネから忠告されたようだな。
1、2、3、4…よし、欠員無し。
地獄…もといタブンネ農業の開始だ。
「よし、それじゃあ最初の仕事だ」
固い表情で続きを待つ一家。
「まずは雑草むしりだ。ここ全部な」
キョロキョロと辺りを見回すパパンネ。
雑草はかなりのな量だ。きっと時間がかかるだろう。
しかし、分担すれば大した労力では無いだろうと思ったのか。
「みぃみぃ♪」
パパンネはニコニコと草むしりを始めた。
小さな手で抜て捨てて抜いて捨ててを繰り返す。
それに合わせてママンネもベビンネも仕事を始めようとする。
わざわざ殴る口実を与えてくれるとは、本当に馬鹿だな。
バキッ
「ぐびゃ!」
俺はパパンネの右頬をぶん殴った。
口が切れたらしく、血を吐きながら倒れる。
一家全員が凍りつき、「どうして?」みたいな顔で俺を見てくる。
「抜いた草をそこらに捨てるな。
草はこの袋の中に入れろよ。
捨てて拾ってじゃ二度手間だろうが。
仕事ってのは効率的に進めるもんだよ。
よく考えて行動しろよ役立たず」
「…みぃ」
殴ることないだろ、と小声で文句を言った。
…居候の分際で、本当に生意気だな。
一度身をもって解らせてやるか。
「お前、今文句を言ったな?」
「みひっ!?みぃみぃ!」
首を振って否定するパパンネ。
残念、俺は翻訳機持ってるんだよ。
俺は無言で翻訳機を突き付けてやる。
そこに表示された「殴らなくてもいいじゃないか馬鹿」という一文。
それを見たパパンネの顔が凍る。
「これでも、言い逃れ、するのか?」
「…み…」
パパンネはガックリと項垂れた。
これ以上俺を刺激しないよう、大人しく罰を受けることにしたらしい。
それじゃあ面白くないんだよ。
俺の予定だと、媚び声を出して許しを求めて来た所を
「甘ったれるな、お前に甘えられても気持ち悪いだけだ」と突っぱねてキツい罰を受けさせるつもりだったのに。
「…俺も鬼じゃない。
どっちの罰がいいか、それくらいは選ばせてやる」
「みゅう?」
パパンネが俺を見た。
俺の中に少しの優しさを見いだしたらしく、少しだけ希望を宿す。
そんなパパンネに向けて、俺の一言。
「鞭打ち5回と家族全員昼飯抜き。どっちがいい?」
「みっ…!?」
その言葉に希望を一瞬で失ったパパンネ。
その顔が見たかったよ。
「みぃ!みぃ!みぃみぃ!みっきゅう!」
一家全員が抗議をしてくる。
翻訳機によると「厳しすぎる」との事。
家族が傷付くのは辛いだろう。
しかし昨日から何も食べてないのに、更にお預けを食らうことになるのも辛い。
昼飯抜きだけなら餓死までは無いだろうが、どちらも厳しい罰だな。
「なるほど。お前らは命の恩人である俺に指図するんだな?」
「み…!みきゅう!みぃみぃ!」
俺の怒りを感じたらしいパパンネが「気が済むまで僕を叩いていいから、ご飯抜きはやめて!」と懇願してくる。
「もう遅い。俺に文句を言った罰と俺に抗議した罰で鞭打ち5回と昼飯抜きだ」
「…!!…みぃ…」
何かを言おうとしたパパンネだが、大人しく背中を向けた。
これ以上罰を大きくするのは危険だと判断したか。
意外に冷製じゃないか。
「よし、じゃあいくぜ」
思いきり、力を込めて…
ビュッ!バヂン!
「みぎゃあっ!」
おお、結構固いんだなコレ。
一発で大きな青痣が出来てるぜ。
「まだ終わってないぞ」
バヂン!!
「ぴぎゃあぁ!」
バジン!
「みぎゅうぁぁ…!」
バヂン!
「ぐみゃあぁぁっ…!」
バヂィン!!
「みぎゃあぁぁあーー!」
ふう。効いたな。
俺も手首が痛いぜ。
「みひっ…ミヒィっ…」
パパンネは踞って痛みを堪えている。
背中には痛々しい太い痣が5本付いていた。
「…もうギブアップか?情けない。
今回は特別に、お前には3分間の休憩を与えてやる。感謝しろ」
「みきゅ…ミィ…」
涙声でありがとうございますと返ってきた。
そうそう、大人しく従順にしてればいいんだよ。
それから5時間が過ぎ、ようやく庭の雑草が無くなった。
タブンネ達の手は泥まみれだ。
だいぶ疲れたらしいタブンネ達は座り込み、ハート型の肉球についた泥を落とそうとしている。
農業やってれば汚くなるのは当然なのに、こまめに身綺麗にする必要があるのか?
あれか、ブスほど過剰に化粧をしたり汚い者を嫌ったりするのと同じ原理か?
「よし、休憩しながらでいいから次の指示を聞け」
肉球を気にしながらも俺に目を向けるタブンネ達。
奴等も神経質になってるな。
夕飯抜きは何としても避けたいか。
翌朝に死なれてても困るので夕食はしっかりと与えるつもりだったから、要らぬ心配なんだがな。
こいつらの目の前に大きな肥やし袋1つと、タブンネサイズの鍬を匹数分置いてやる。
「この肥料を均等に撒いてこい。それが終わったらこの鍬で耕せ。
それが仕事だ」
「チィ!」
「みぴゅう!」
「ミィ!」
しっかりとハキハキした返事をしてくる。
素直でよろしい。
口笛でオオスバメを呼んで、近くに待機させてやった。
少し怯えるタブンネ達。
「俺は一度席を外すが、このオオスバメに見張りをさせる。
…こいつの燕返しは痛いぜ?」
自慢の爪を見せつけるオオスバメ。
日光に輝く凶器に恐怖するタブンネ。
よしよし、これでいい。
お前らの怯える顔が見たいんだ。
「じゃ、頼んだぜ」
オオスバメに頼み、俺は倉庫に向かう。…フリをして木の裏に隠れてタブンネ達の様子を観察する。
何故かって?
あと5秒くらいで解るさ。
4、3、2、1…
「チギャアアアァァァァァァ!」
おお、時間通り。
「何だ何だ!?どうしたんだ!?」
慌てた演技をしながら駆けつける俺。
そこにはひっくり返された肥やし袋、そこから溢れる黒い粉、そして腹をバックリ開かれたベビンネがいた。
やったね、計画通り。
「みぃ!みぃいーーー!みぃぃーーー!」
「チィ…チィチィ…」
ママンネは必死に呼び掛けるが、それで回復する訳は無い。
ベビンネは血と弱々しい息を吐きながらママンネに助けを求めている。
内臓や骨がむき出しだ。
「肥料をこぼしたのか!?
何やってんだよ役立たず!」
俺は怒った声を出しながら、溢された粉を袋に戻す。
瀕死のベビンネはガン無視である。
じつはこれ、黒い鉄球を粉末にした物なのだ。
決して肥やしなどではない。
そう、これも俺の計画なのだ。
総重量は10㎏程度だ。
起立させる程度がベビンネの限界だろう。
だがあえてこれを担当させ、溢してしまった所で適当な一匹をオオスバメに処刑させる。
全てオオスバメと打ち合せ済みだったのだ。
「みきぃっ!みぃ、ちぃちぃ!」
パパンネが俺のズボンを引っ張った。
ベビンネが死んでしまうから早く治療して欲しい、と言っている。
「嫌だよ。俺は高級な肥料を一袋台無しにされたんだぜ?
そんな足手まといを俺が助けてやる義理なんか全く無いね。
助けたいなら癒しの波動でも使ってやればいいだろ」
「み…!みきゃああ!」
パニックを起こして無茶苦茶に駆け回るパパンネ。
そう、こいつらは癒しの波動を覚えていないのだ。
俺が治療しない限り、こいつらにベビンネを助ける事は不可能だ。
「チィ…チィ…ガフッ」
「…!みぃゃあああああーーーーーー!」
結局ベビンネは血を吐いて死んでしまった。
早くも家族が一匹死んでしまったな。
残りは3匹か。
「グスッ…グスッ…みぇぇぇぇん…」
「みぇぇぇぇ…みぃぃぃぃん…」
家族の死に泣き崩れる。
兄弟ベビンネは泣いてはいなかったが…ピクリとも動かない兄弟から何かを悟ったらしく、悲しそうな顔で死体の顔や触覚をペロペロと嘗めていた。
「あーあー。
癒しの波動を使ってやれば助かったのにな。
家族を見殺しにするなんて、本当に酷い奴等だぜ」
「み!みきゅ!みぃっ!みぃっ!」
ママンネが首を振って否定してきた。
「違う、私達は癒しの波動を覚えていないの!私達が殺したんじゃない!」
と訳された。
まあ覚えてないのは仕方ないわな。
「癒しの波動を覚えていない?
知るかそんなこと。
それはお前らの都合だろ。
私達の都合により貴方を見殺しにしましたご免なさい。
そんな勝手な都合で殺される身にもなってみろよ、家族殺し」
「ミ…ミエエエエエエエーーーン!」
意地悪な事を言ってやると、ママンネは号泣してしまった。
なるほど相当ショックだったらしいな。
いい気味だ。
タブンネ達はひたすらに泣くばかりで、俺が怒鳴っても脅しても反応しなかった。
何をしても反応は無い。
今日はもう仕事にならないな。
仕方が無いので、残りの仕事は俺がこなした。
肥料を撒いて耕して、それから木の実の種を撒いて水を与えて…
それが全て終わったのは午後の4時だ。
それだけ経っても、まだ泣いていた。
もう声は出ていないが、グスグスと嗚咽を漏らしながらぼんやりと死骸を眺めている。
罪悪感と俺の意地悪が相当ショックだったらしいな。
「お前ら、今日の仕事はもう終わりだ。部屋に戻れ」
「…み?」
暫くの間を置いて俺を見つめるママンネ。放心状態で聞き取れなかったのか?
うーん…この状態で苛めても面白くないんだよな。
どうやって希望を戻してやるか…
…お、いいこと考えたぞ。
「…すまん、流石に俺もやり過ぎたな。
ミスをしたからって見殺しにするのは大人気なかったよ…」
「み…?み?」
やったね。
まんまと引っ掛かった。
少しだけ光を戻した瞳を向けてきたのだ。
…ところで、その触覚は何のために付いているんだよ。
俺が嘘ついてる事に気付かないの?
少しでも優しさを見せてやればすぐ信じるのな。
流石脳内花畑。
「うん、俺もイライラしてたからって酷いことをしたな。
これからは出来る限り怒らないようにするよ。
だから、今日の事は許してくれるか?」
「み…!みぃ!」
一気に畳みかけると、簡単に折れてくれた、
悔し涙ではなく、嬉し涙を流しながら何度も頷く。
おいおい、俺のハッタリ鵜呑みにして大事な記憶を捨てちゃうの?
結局は何も学習してないじゃないか。
「そろそろ冷えてくるから一旦家に入ろう。
明日の仕事が終わったら、その子のお墓を作ろうな」
「みゅう♪みぃみぃ♪」
おうおう、これまた簡単に信じちゃったよ。
仕事が終わった後に拘る必要が何処にあるのか、何故そこが気にならないんだ?
ぶっちゃけ俺は、生きる希望さえ取り戻して貰えればそれで良かったんだよね。
墓作り計画の提案は「もしも行ければ御の字」と思っての事だったが…まさか本当に受け入れられるとは。
底抜けの馬鹿だなこいつら。
家に付いたので、3個ずつ個オレンの実をくれてやる。
ベビンネは全部食べたが、パパンネとママンネは一つしか食べなかった。
残りの2つは分ける事にしたようだ。
1つはベビンネに与え、1つは死骸に供えた。
そして二匹は手を合わせて祈ると、死骸の頭を撫でて眠りについた。
木の実を食べ終えたベビンネも、ペロペロと死骸を嘗めた後に眠った。
俺を許しはしたものの、やはり子供の事は、忘れられないらしいな。
身を寄せあってスヤスヤと安らかに眠るこいつらには、警戒心など感じられない。
この平和な顔が明日どんな風に歪んでくれるか。
それが楽しみでならない。
これにて1日目は終了だ。
明日も楽しみだぜ…
最終更新:2015年02月20日 17:08