「しっかりするのよ!31!頑張って」
31は暖かい部屋のフカフカベッドの上に居た。まわりには笑顔の人間がおり、ナースキャップをつけた7が手を握り励ましてくれている
(そうか、私は卵を産むんだ。がんばるよお母さん)
そして生まれでた卵。すぐ様ヒビが入り生まれた子供。みんなが笑顔で祝福してくれている
おくるみに包まれた我が子を受けとりその顔を覗きこむ
「どぼじでごろじだの゛お゛お゛ぐ る じがっだ んだよ゛お゛お゛」
口の無い奇形ベビがその体を溶解させながら31に腕だが足だかわからない部位を伸ばす
その部位もちぎれ落ち、弾けた赤い液体の中から蒼い目玉がこちらを凝視している
「ミャアアアア!!」
必死にフカフカベッドから這いずるが足元にカーペットは無く、冷たい床。前にも冷たい壁。逃げようとするも溶剤缶に囲まれあの劇薬溶剤が噴き出し足をとられ転んでしまう
「お前が殺したんだ」顔だけの班長が言う
「お前が殺したんだ」顔だけの作業員が言う
「お前が殺したんだ」顔だけの♂タブンネが言う
「あなたが殺したのよ」顔だけの7が言う
「ままがころしたんだ」顔…とは呼べない物体が言う
「ミィヤアアアアア!アアアンムアアアアアア!!」
…おっ…た……か………る……楽しみだな!タブンネかあ!
卵を破り光を手にしたあの日、目の前には優しそうな人間の少年がいた
少年は「自分はトレーナーできみは卵から産まれたばかりのタブンネだよ」と教えてくれた。そして自転車で風を切りながらたくさんの人とポケモンのいる風景を見た
全てが輝いてみえた
訪れたとある場所で運命は変わった。否、決まった
大人の男性に自分を見せた後の会話を終えると先程までの笑顔とは真逆の怒りに満ちた表情をしていた
「アノヒトノブイロクノーマルタイプノコガホシクテヨウヤクコウハイシテモラエタノニナンダヨオールゼロッテヤッパリソノヘンデツカマエタタブンネナンテツカウンジャナカッタコノピンクチョッキゴミクズヤロウシネシネシネ」
呪詛のように呟く彼が何をいってるのか理解できないが自分は絶望的に必要とされてないのは理解した
目も耳を塞ぐも伝わる負の感情は際限が無い。輝きはここで完全に消えた
目を開けた時に自分は何もない草原にいた。右も左もわからない
ご主人様は?パパやママは?そんなものはない。あるのは生か死のみ
子はひたすら走った。走った先に明日があると信じて
草が生い茂る山の麓の草むらで身を隠すのにいい穴をみつけた。先住民がいたらお願いしてみようとめでたい思考で穴に入ってみるともぬけのからだった
編まれた草のベッドとその横にある小さなベッド。ここにはどんなポケモンがいるんだろう、親子なのか想像を巡らせてる内にいつしか意識は闇に沈んだ
数日が過ぎたが子は生きていた
穴には何も戻ってこない。近くには老齢のオボンやラムの木があり子だけなので実が少なくとも不自由しない
「いつも実をありがとう」と木に礼をし孤独ではなかった
今日もオボンの木から実を拾い嘱す。天然のオボンのおかげか栄養状態もよく、子は育ちいつしか成体と思われる程に成長した
しばらくしたある日。何かにおう。自然の匂いではない。臭いの元へいくと人間たちが周りに臭い液体を撒いていた。行かなければよかったのかもしれない
「おおい!まだいるぞ!」
子、いやタブンネは人間に囲まれそのまま鉄のカゴに入れられた。状況が掴めないが人間たちは手元から火を出すと草に放ち一面は火に包まれた
野焼きまたは山焼きと呼ばれるのだがタブンネには恐怖でしかなった。一瞬で火に飲まれる育ちの家。いつもオボンやラムを分けてくれた木達が燃えていく。ただそれに呆然とするしかなかった
「こいつ捨てですね。俺達にびびらないしボールに入った形跡あります」
「若いみたいだしあそこに保護してもらうか。野焼きのために草刈って野生のは全部はらったつもりだったんだがなあ」
何を言ってるかはわからないが自分は何処かへいくようだ。また優劣を決められるのか ただ不安であった
着いた場所では人間が自分を機械に押し込んだ。逆らう気はなかった。また捨てられるかもしれない
「♀。まだ若年ですが状態は良好ですね。殺卵注射を」
腕に痛みが走る。その拍子に口にあったラムを飲み込んでしまった
「9期31番登録、と。ようこそタブンネ9-31。ここは…」
「たくさんのタブンネがいるよ。頑張ろうね」
何故だろう、この人達からはまったく感情が読めない。なにか壁のようなものがある
不安を抱えたがもう捨てられたくない想いからか素直に従うしかない。通路の横でエスパーポケモンがこちらを見ていた
そして現在に至る
夏も本格化した日。ミイラになった四つの死骸を背に31はひたすら缶を運んでいた。既に輝きはなく、曇りきった瞳は何を見ているのだろうか
ルームメイト全滅後は別の宿舎に移されたがそこでは強姦は無くただいじめが待っていた。31は今完全に孤立している
さらに感情も欠落したのか鞭にも動じず、そんな姿に班長の興味も消えたのか扱いも他と変わらなくなっていた
「でさ、次の休みに…」
「ああいいっすね」
人間がタバコをすいながら雑談している。前述の通り人間は一連の作業とタブンネの食事以外はすることがないためこのような光景も日常だ
人間たちはタバコとライターを置き忘れ何処かへ行ってしまった。その乱雑に灰受けに置かれたライターに31は釘付けになった
すべて思い出した。この溶剤はあの火の海を作った水と同じ臭い。そして全てを奪う火を出す人間の道具。これらが意味する事は
全てを失った31の精神は完全に壊れていた。そして辿り着いた結論は
31はライターをくすねると口にくわえ缶を転がした
封を開けようと爪をかけたが、場合によってはバールを使うような封は前回のようにはいかずに爪が折れ血が滴る
それでもあきらめなかった。もう右手の爪はない、左手も血まみれだ。封に歯をたて
「ミギャオオウオガガオウ!キューーーッ!ミオワアアアア!!オギュルルミィバァァァッッ!?!!」
歯が欠け鮮血が舞う。折れた歯が口内を切り裂き涎には赤が混じってまるであの潰された未熟児のようだった
さらに視界も赤に染まる。力んで眼圧が上がり内出血したのだろう
そして、軽い音とともに缶が空いた。流れ出る溶剤が再び身を覆うがもう汚れるものはない
再び「奇跡」が起き、場を「地獄」に変え「日常」を終わらせる「最終章」の準備が整った
もちろんこの奇行はカメラに収められておりすぐ様監視員がかけつけたが、31は見よう見まねでライターの擦り石を必死に擦っているが血液でうまくつかないようだ
監視員はその容姿に恐怖し、しばし呆然としていた
鞭による痕、ストレスからの脱毛、同族に殴られた痣、血走った目と血まみれの胴
力みから吸われる事なく不気味に膨れ上がった乳からは行き場を無くした乳、いや膿が噴出し異臭を放っている
同族からも見放されたポケモンですらない、ただのモンスター
我に帰った監視員は雑念を払い叫ぶ
「やめないか31!エスパーポケはまだか!?」
何を言われても擦るのをやめない。皮膚が擦りきれ血が噴き出してもやめない。もう後戻りはしない
そんな中先ほどの二人とは別の作業員がボールを投擲した
「(すきなのをどうぞ)!やつを突き飛ばせぇぇぇっ!」
ボールから解放されると同時にポケモンは31を突き飛ばした。体に液が付着しポケモンも危険な状態だ。だがそれに臆する事なくポケモンは間合いを計る
缶から溢れた大量の液への引火は免れたであろうがまだ安心は出来ない。液を浴びた31も爆弾状態にかわりはない
「消火器と確保用サスマタだ!はやくしろ!」
よろよろ立ち上がった31は最後の力を込め石を擦った
チッ……ボゥンン!!
溶剤を吸った体毛に引火し激しく燃え上がる31
「くそっ、消火器はまだか!きみのポケモンは水タイプ技は使えないのか!?」
「熱湯ならできます!熱湯だ!」
ポケモンが熱湯をぶっかけ、引火からの爆発並びに倉庫へ二次災害という最悪の事態は回避された
「よくやった、勇気ある英雄だよきみたちは。表彰はできないが代表して礼を言わせてくれ」
監視員は作業員の愛ポケについた溶液をハンカチで拭い、頭を下げ最大の賛辞を送った。ポケモンは恥ずかしそうに頬を掻いたがまだ煙る31の姿に目を細めた
「はい、消化作業終わりました。サイレンも鳴らしてません。ええ、火器を置いた作業員二人には指導させていただきました。かしこまりました。では失礼いたします、工場長」
今回の件は例の如く内部で処理された。大きな火災にもならず、発火したのは数秒であったのが幸いしていた。スプリンクラーも作動していない
火傷に熱湯を被って皮膚はズルズルに剥け落ちてはいるが31は生きており隔離室のベッドに寝かされその傍らには班長がいた
「いやはやきみがここまでやるとは思わなかった。さすが私が見込んだだけあって様々なエンターテイメントを見せてもらったよ」
31は反応しない。胸が弱々しく上下するだけだ
「はじめてだな、ここまで楽しめたのは。次の10期生にもきみのような奴がいるといいがね」
31は反応しない。胸の上下も無くなってきた
「さようなら9期-31番生。君の存在は完全に抹消されるが生まれ変わったらまたタブンネになってここに来いよ」
31は反応しない。胸も上下してない
静かにドアが閉められ部屋は闇に包まれた。31の癒着した瞼から涙が一滴溢れ落ちると同じくして息を引き取った
何事も無かったかのように今日も悲鳴と罵声が響き渡る。ここはタブンネ拷問施設
誰も見向きもしない。誰も助けてくれない
過酷な労働、過激な罰則、恵まれた食事、輝く明日への希望 希望の先の絶望
飴と鞭に踊らされながらタブンネ達は生涯を終える
「10期生の配送トラックみえました。あれ、一匹多いですね」
「殺卵剤準備してあります。言いつけ通り一本はブドウ糖液ですがよろしいんですか?」
「それらの件は班長からの通達だ。事故死した9-31をけつばんに出来ないからその分の補充。注射はどうでもいいじゃない、タブンネだし」
「しかしタブンネばっかもあきるわね。私イーブイとかルリリとか可愛いのの保育施設いきたいな」
「あそこじゃ、こ こ み た い な 楽 し み 方 はできないだろ?」
「そうだね、他の子はいじめたら可哀想だからね。タブンネ様様よねえ、ほんと感謝してるわ」
重々しい音をたて門が開いた
最終更新:2015年07月27日 20:50