第一部
とあるブリーダーが経営する小さな牧場。
緑一色の草生い茂る敷地、果実がたくさん実った木々、敷地内を流れる綺麗な小川
まるで人間のモデルハウスと見間違う程綺麗な畜舎が建ちそこではたくさんのポケモン達が伸び伸びと暮らしていました。
ベビポケ達は新しい飼い主のところへ送り出されては新しい環境で皆幸せなポケ生をおくっているのです。
敷地のはずれにそんな牧場に似つかわしくない赤錆トタン屋根、しみだらけの木の囲い、地はザラザラ土の畜舎があります。
そこにいたのは成タブンネ二匹とようやく様々な事ができるようになったベビあがりのチビンネ♀。
これはこのチビンネが過ごした一年間のお話
「みんなーお昼ごはんだぞー!」
優しそうな人間の男性が牧場に大きな声を出すとわらわらと人間へ集まりだすポケモン達。
その様子を湿ってささくれだった木の囲いの「井」←こんな感じの枠の隙間からチビンネがみていました。
「ねえパパママなんでミィ達は「ごはん」じゃなくて「生ゴミ」なのミィ?」
これまた小汚ない箱につまった野菜クズや実の芯を指差しながら両親に問いました。
食事の名が生ゴミというのは人間から知り得たことです。
チビは今まで当たり前のようにこの畜舎で暮らしてましたが物心がつき、性格なのか最近なんでも気になって仕方ない頃合いでした。
「「……」」
二匹は質問に答えません。それでもチビンネは別に疑問をもたないのは、物心がついた時から両親はこうでしたから。
最低限の言葉しか話さず無気力に生きているような両親ですがチビにとっては大切な家族です。
「ミィもみんなと遊びたいミィ。お兄ちゃんやお姉ちゃんみんないなくなっちゃったミィから」
このチビとは別に二匹兄姉がいましたがまだ赤子だったので記憶は曖昧ですが確かにいた事は覚えています。
そして、いつのまにかいなくなったことを両親に訪ねても返事はありませんでした。
ポケモンの輪を見ていた時にチビはその輪の中のとても可愛らしいイーブイがこちらを見ている事に気づきましたが、
イーブイは誰かに呼ばれるとすぐ振り向いて駆け出しました。チビンネは少し残念そうに枯れ草のベッドに横たわり、目を閉じました。
チビンネが昼寝から目を覚ますと陽は落ちすっかり暗くなっていました。
ガサゴソという音は両親が餌箱からチビチビと生ゴミを食ってる音です。
自分の顔の横にあったのは野菜クズと実の破片、自分の夜の分です。
「これよりおっぱいのがおいしかったミィ。どうしてママおっぱいくれないのかミィ」
深夜チビはどうしても乳を飲みたくなりママの腹部に顔を埋めようとしますがママがいません。
暗くてよくわかりませんが、おうちの隅で四つん這いのママのお尻をパパが抱えてるように見えます。
「なにしてるのかミィ…」
聴こえるのはナニかがミシミシするような音だけ。チビはママに近寄りますが、ママは前後に激しく揺れていて突き飛ばされてしまいます。
擦りむいた肘がじんじんしますが半ばいじけるようカサカサの草の寝床に戻りました。
痛みと音にしばらく寝付けませんでしたがやはりまだ子供なのでいつしか意識は沈みました。
翌朝。チビは昨日と同じく囲いからポケモン達の様子を眺めていたその時です。
その輪からはずれこちらに向かってくるのは、昨日のイーブイでした。
「こんにちは!私イーブイのフィーっていうの!あなただれ?一緒に遊ぼうよ!」
チビとたいして歳の変わらないイーブイの女の子ですが全身素晴らしい毛並みで瞳はキラキラしています。
「ミィはタブンネミィ」
「タブンネちゃんってお名前なんだ!」
「お名前ってなにミィ?」
「えー、お名前ないの?お友達のルリリはルリルリちゃん、ゼニガメはガメ君、マメパトはパト君ってお名前あるよ!」
「ミィ?」
「みょーじとお名前だよ!」
なんのことか理解でないチビンネですがここのポケモンは血統書つきでその名前です。
もちろん新しい飼い主からもらう名前が本当の名になりますが。
「でね、パパはブースターで炎(えん)、ママはグレイシアで冷華(レイカ)っていうの!新しい飼い主さんのとこでもお名前もらえるだって!」
チビはなにも言えませんでした。
「ここがあなたのおうちなんだー、なんかうちと違うね、うちはねフカフカお布団さんとエアコンさんと断熱材壁さんってのがね」
「???」
「おねんねすると気持ちいいの!ママよりフカフカであったかいの!でね、テレビさんがね」
「ふかふか?てれび?ミィ」
もはやチビンネには別次元の言語です。
「フィーちゃーん!ハチクマンごっこしよー!」
「はーい!モンメンの木綿君が呼んでるからいくね!きみもおいでよ!」
走り去るイーブイ。チビは辺りを見回しますが出れる場所などありません、ペタンと座り込み項垂れました。
(イーブイのフィーっていうの!)
「ミィはお名前…タブンネ…ミィ」
親から聞いた「タブンネ」がチビにとっての名前、パパもママもタブンネ。それが当たり前だったのに。
食事ですらごはん、生ゴミと呼び名があるのに。落ち込むチビのイーブイと同じく白い尾は土で真っ茶色に汚れていました。
「ミィもフィーちゃん達と遊びたいミィ。パパ、ママ」
「「…………」」
なにも返事はありませんでした。
他ポケモンのお昼のごはんが過ぎてしばらくすると人間が皆を集め何かを配っている様子が見えます。
そしてポケモン達がその何かを口にしているのも。
「生ゴミの時間以外に食べてるのミィかな?」
気になって仕方ないのは興味だけでなく先の「お名前」にも刺激されたからでしょうか。
そんな時、フィーと緑の丸いのがこちらに向かってくるのがみえます。
「タブンネちゃん!遊びにきたよ!」
後ろにいたのはまだ赤ん坊抜けきらないチュリネで頭の葉に何かを乗せていました。
「一緒に食べよ!いただきまーす!」
「リネもたべるよう」
チュリネはリネというお名前のようです。
モソモソ何かを食べるフィー達。チビンネにはなにだか理解できません。
「フィーちゃん達何を食べてるミィ?生ゴミ?」
「もぐもぐポオックだおー、ごっくん。生ゴミじゃないよ!おやつだよ!」
「だおー」
見たことも聞いたこともない、生ゴミではなくおやつ…?何もわかりません。しかし食べられるようなのでチビは訪ねてみました。
「食べられるミィ?」
「うん!タブンネちゃんも食べたらいいよ!」
「ミッ……」
そんなの無い、そもそもあったことが無い。
「もらってないの?じゃあわけてあげるね、リネちゃんひとつあげて」
「どじょう」
リネが頭の葉から
ポロック一つチビンネに渡します。チビはそれをおそるおそる舐めてみました。
「ミィー!おいしいミィ!」
その甘さは今まで食べた何よりも甘く、一舐めしただけでこれがすごい生ゴミだと理解しました。
かじりつこうとしたその時
「フィー!リネ!なにやってんだ!?」
人間でした。驚いたチビンネはポロックを落としてしまいます。
「パパー!今ね、タブンネちゃんとたべてたのー」
「のよう」
人間はフィー達を抱き上げるとチビが見たこと無いような優しい顔をしました。
「ここにくると汚れるからダメだぞ。フィーは純白のエーフィになるんだし、リネは明日新しいおうちにいくんだから」
フィー達にチューして顔をすりすりしながら人間はチビンネが落としたポロックに視線を送りました。
「なんだそれ」
ゾッとするような冷たい口調ですがイーブイ達に視線を向けると再び優しい声色になります。
「フィー、リネ、あっちでハッサムお兄さんが洗濯してるから邪魔してきなさい。」
「うん!フィー、タオルひっぱるのだいすきー!」
「リネもぶらさがるよう」
二人は幼い子らしくすっかり興味はそちらに向いて走り去りました。
「で、なんだってきいてんだけど」
再び人間の冷たい口調にチビはポロックを拾い、フィー達のなんだと思い名残惜しそうに差し出しました。
「そんなきたねえのいらねえよ。つうかてめえフィー達になにしやがった」
チビは震えました。本能的に今はかなりヤバイと理解してるのでしょう。
「フィー達に毛先かすめる程度だろうと触れたらただじゃおかねえからな」
罵声に驚き再び落としたポロックは舐めて唾液がついてた分、転がる度にどんどん土が付着していきます。
「チッ…震えやがって本気でうぜえ。どけ」
「ミッキャッ!」
人間は柵の一部を開け、その部分で軽くですがドアパンチされたチビは転がりました。
そして人間は横たわるママを足で仰向けにし腹を爪先で押しています。
「よし、入ったか。久しぶりだからなあ」
それだけ言い残しドアを閉め牧場に戻っていきました。
チビは人間を知っていますが直接声をかけられたのは今日が初めてでした。
いつも生ゴミをもってくる大きい人くらいにしか認識していなかったのです。
チビは少しだけ不安になりました。
その後チビは同じようにそのドア部を押したり引いたりしますが動きませんでした。
パパはいつの間にか起きていてうんち掃除しており、ママもよろよろしながら体勢を戻しました。
「……ミィ」
土だらけのポロックをひろい、パッパとはらい口に含むと最初は土の味でしたが直に甘味が口内に広がりました。
「おいしいミィ」
土がジャリジャリしますが初めて味わう甘味にめでたいタブ脳は先程までの緊張はなくなっていました。
その夜。チビンネは食欲がないが如く生ゴミをモソモソチビチビ食べていました。
昼間のポロックのせいか生ゴミをとても不味く感じていたのです。
「おいしくないミィ」
ただの野菜クズや黒ずんだ実の芯ではポロックに勝ることなど不可能です。刺激が強すぎたのでしょう。
さらに他の子のように食事とおやつ時の切り替えができるわけもありません。
思考が傾いたままのは仕方ないことです。
ひゅー
「ミプルプル」
今は寒さを感じ始められる時期、吹く風も冷たさを増します。
食事を終えたチビはママに抱きついて暖をとりながらエアコンやテレビについて訪ねようと寄り添いました。
「ねえママ、なんでミィのおうちにはお布団やテレ?コンがない…ミ?…ママ?」
ママの様子がおかしい事に気づきます。
「ミッミッ…フュゥー」
変な呼吸音です。チビは心配し、ママを揺すりますが苦しそうにする姿に、パパに助けを求めにいきました。
「ママが変だミィー!」
「……」
パパは背を向け生ゴミを食っているだけ。チビは必死な顔で懸命にママを撫でますが様態は変わりません。
「ミィッグアアアッ!」
「ミッ!?」
ママは大きな叫びをあげチビはビックリしますが、変な臭いに気づきました。異臭の元はママの足元にある湯気たつ白い物体。
卵を産んだのでした。
間もなくママが落ち着いたのに安心し、チビはママの腹に潜り込みますが、なんと手で払われてしまいました。
「ママ…?どうして…寒いミィ…」
無言でママは卵を抱き背を向けたのは産あがりで母性本能が卵を優先したのでしょう。
離乳過ぎれば当たり前ですがチビには理解できません。
「ママ…ミィも抱っこ…」
逃げるよう卵を抱えずいずい背を向けたまま移動します。チビはしょんぼりとパパに寄り添いました。
ガリガリに痩せてるパパのハゲ散らかしたボサボサの毛ではあまり暖かさを感じることはできません。
「…フィーちゃん、ミィもママよりあったかいお布団ほしいミィ」
抱くことすらしないパパにしがみつきチビは震えながら身を丸くしました。
翌朝、寒さと腹痛に目を覚ましたチビ。一緒に寝ていたパパは既に起きうんち掃除をしてました。
「ぽんぽんいたいミィ…うんちでちゃうミィ…」
バタンっ!
人間です。いつものように給餌箱に生ゴミを入れ…今日もドアを開けて中に入ってきています。
そのままパパやチビを無視しママのところにいきました。
「ママお病気だから…だめミィ…」
うんちを我慢しながら人間のズボンの裾を掴もうとしましたが足があがりチビはまえのめりに突っ伏してしまいます。
その際少し屁をしてしまいましたがなんとか後続は我慢できました。
足は予想通りママを踏みつけ、さらに卵をひったくります。
「ちっ、一個か」
人間はポケットからなにかを取りだし卵にあてて…………そして囲いに叩きつけました。
割れた中身はべっとり囲いにからみついてます。
「ミッ…ミバッ…がえ…がえじ」
ママは必死に泣きつきますがそれを人間は踏みつけ黙らせました。
「うるせバカ!またスカッてんじゃねーか!しかも一個!ふざけんじゃねえ!前々回は二匹で前回はこれ一匹!」
人間はママをさらに踏みましたが、チビは怖がるどころか卵を壊してくれた事に安堵していました。
が、それも母の苦悶の表情から消え、苦しむ母を救おうとチビンネは人間の足目掛けとびかかりました。
「ミーッ!」プチッボッ
弛めの便を漏らしながらなんとか足を掴みますが人間は気づかずママをグリグリ踏みにじります。
「やめてミィーッ!ママいたがってるミィー!」
そんな叫びもむなしく人間はぶつぶつ独り言をつぶやきながら自分のスボンのたくさんあるポケットを漁り始めました。
「たく…もう終わりか、まあいい。こいつがいるしな」
人間の視線にチビは震え上がりました。
「飼育タブンネは「個人の趣味」用に売れるのはいいが、やっぱチビ共たくさん奪うとすぐダメになるな」
チビはなんのことだか理解できません。
「もう固定客いるからやめるわけにはいかねえしなあ」
そう言った人間の顔は不気味に歪んでいました。
イーブイ達に見せた笑顔とこの歪みはどちらが本物なのか…チビには到底理解できないでしょう。
「父親と交尾したらまずいからこいつも処理しなきゃ」
人間はパパに向け丸いもの、ボールを突きつけるとパパは姿を消しました。
土を掻いて体を起こそうとするママもボールを向けられると消えてなくなりました。
「ミィ!?パ…パ…マ、ママー!」
チビは人間に泣きつきましたが、それを察してかはわかりませんが意外な言葉が返ってきました。
「いいかい?パパとママは別な場所でお仕事しにいくんだよ?そのうちお前にも友達連れてきてやる」
人間は笑顔でそういいました。
チビは少し放心しましたが、タブ脳は「友達をつれてくる」という一言だけで恐怖を一瞬ではらいました。
今チビが一番欲しいものですから。
自分もフィーとリネのような関係の友達ができると思い、
「いつミィいつミィ!?」
とピョンピョンしましたが、人間は何も言わず消えました。
今は完全に独りぼっち。
小屋を吹き抜ける冷たい朝の風はうんちの臭いを際立たせました。
あれから数日、チビは薄汚れたお布団の中に居ました。
人間が用意してくれたお布団は廃棄物ですが暖かさはあります。
ただ毎日食事をし、自分で糞をかたずけては寝るだけの日々。
チビは両親が無口だった理由を少しだけ理解しました。
たしかに両親がいなくなったのは寂しいようですが、不思議と寂しさはすぐに消えました。
人間に対する不信感も、布団をもらったこととまた見ぬ友達に思いを馳せ、いつしか消えていきました。
時期的にポケモン達も外で遊ぶ時間も短くなり、増設されたフェンスによりあちら側からは近寄れなくなったのです。
チビからは様子を伺えますが、四足のイーブイとではまず目線の高さが違います。
フィーは何度もフェンスと格闘しましたが、いつの間にかその様子もなくなっていました。
それもそのはず雪が振りだし、ポケモン達も外には出なくなっていったのです。
寒さにチビも外に出ようとは思わなくなっていきました。
しかしなんだかんだで自分を気にかけてくれた存在がいなくなるのは寂しいものですが、その度に
「友達をつれてきてやる」
そんなふうに笑顔でいってくれた人間の言葉。それがチビンネにとって孤独を払う唯一の言葉でした。
布団に包まれながらその日をただひたすら信じてチビンネは今日も未だ見ぬ夢に思いを馳せました
第一部終
最終更新:2015年12月05日 00:28