風が冷たく感じられ始めた時期、♀ンネが誕生してから一年がたとうとしていました。
小屋では種つけ機と化した♂ンネがぼーっと天を見つめ、隣には出産育児機と化した♀ンネが横たわっていました。
卵のペースも落ち、ここ一週間は無精卵ばかり。
人間も卵を調べてはその場で壊していき、小屋は卵のカラと卵黄やらの腐臭で凄惨な状態でした。
今日も無言で♂は♀ンネに繁殖行為をします。♀ンネは何もせずにただそれを受け入れるだけ。
腹が減れば生ゴミを食べ、糞を片付け、卵を産んでは壊される日々。
♀ンネの心は完全に腐りきっていました。
そして丁度365日、つまりは♀の誕生日。
卵自体産めなくなった♀ンネと、もはや骨と皮だけになった♂。
カラと糞だらけの小屋、いよいよ溢れだした生ゴミ入れ。それは誰がみても
「もはや廃墟だな」
人間は頭をかきながらその現場に顔をしかめていました。
さすがに清潔をモットーにしている牧場に似つかわしくないボロ小屋にようやく人間はある決定を下しました。
タブンネ業などなくても充分に生活できるため、これらから手をひくことにしたのです。
「て、わけだから二人とも、よろしく頼むよ。」
「へい、なんなりともうしつけください!」
「いきますぜ師匠」
人間の後ろにいたのはローブシンとドテッコツ。人間は解体業者に家屋の撤去並びに整地をお願いしたのでした。
メキメキメキ!バリッ!ガッシャアン!
力任せに破壊していくドッコラー師弟。その音に♀ンネは目を覚ましました。
ドテッコツが壊し、瓦礫をブシンがトラックの荷台に積み上げていき、タブンネも瓦礫と同じくトラックに積まれていきました。
どうやらタブンネも瓦礫扱いのようです。
♂ンネはグシャという音と共に瓦礫の下敷きとなったのでしょうか。廃材の隙間からか細い声がしますが誰も気にしません。
最後に♀ンネを積み終えるとトラックは走り出しました。敷地内なので徐行です。
その間♀ンネの眼前にはかつて夢見た光景が今までよりも近くで見せつけられることとなりました。
陽射しが暖かい運動場。青々とした草原。綺麗な小川、楽しそうな声。
イーブイがエーフィに寄り添い幸せそうに寝息をたてます。
キバゴとゼニガメがボールを取り合いますが、ドレディアのレディが優しく諭すと仲良く投げ合いを始めました。
小川ではルリリ達が遊び、コイキングやヒンバスも笑顔。
大きな木では鳥ポケ虫ポケが仲良く実を分けあっています。
デンチュラがはった糸はハンモックやトランポリンのよう。はねおちたヒメグマを優しくキャッチするエルフーン。
真っ白いシーツが風になびき、それに絡まって落とすチョロネコやミミロル。頭をかきながらも笑顔で直すハッサム。
ガルーラママがチビ達をあつめ本を読み聞かせ、
サンドパンがサンドに穴を掘りを教え、サンドの鼻先についた土を指差し笑うフシデ
記憶だけでなく♀ンネの失われたはずの感情が蘇ったのか瞳から涙が溢れ落ちました。
「ミィも…み」
ガタンと跳ねたトラックからはねおちた♀ンネ。誰も受け止めてくれません。
おちた場所は運動場、かつて自分が入りたかった場所。ですが皆は♀ンネをとても汚い物をみるような目で見下ろしています。
ですがそれに気づいたベビポケのイーブイとチュリネが♀ンネに駆け寄り、くわえていた
ポロックを渡しました。
「一緒にたべよ!」
「たべりゅう」
二人の笑顔はかつてのチビンネが幼少時にみたフィー、リネの笑顔そのままでした。
思わずそれに手を伸ばしましたが
「シャワワ!チュチュ!ダメだそれはお友だちじゃない!フィーママが心配するし、チュチュはリネみたいなスターになるんだろ?」
人間は優しく二人を抱えロズレイドに渡しました。
「ブシン君!この辺置き石あるから運転気を付けてー!…にしてもなーんか前にもこんなことあったよな」
見下しながらぶつくさ言う人間に、♀ンネは最期の抵抗なのか立ち上がりよろよろと拳を向けました。
「ミィのパパママ…みんな…ベビちゃミィんな…かえ」
その手は神速で現れたルカリオに掴まれてしまいます。
「父さん、誰なんですこいつ」
誰なんですこいつ
ついに現実が目の当たりにされました。
自分がどんな形であれここの住人とすら認識されていなかった事実。
「ルカリオ、悪いがあのトラックに積んでくれ。あとその腕は潰せ」
「いいんですか?はい」
ゴギッと砕かれる腕。叫びをあげる間もなく腹に撃ち込まれるパンチ。
精神の痛みとは違い直接的な痛みはかつてフィーに折られた腕と同じであり、もちろん心への痛みもおなじ。
投げ込まれ尖った瓦礫が背中に深々と突き刺さる。もはや声すら出ない♀ンネを乗せトラックは緑から灰のアスファルトへ走り出しました。
痛みが気絶すら許さない状態のまま、車は信号で停車します。
「ミィー!だずげびぃー!」
道路の傍らでは自分と同じタブンネがバルジーナの群れに体を啄まれていました。
すぐ側でベビンネ数匹が泣き散らしながらその様子をみていましたが、バルチャイがまるでおもちゃのようにベビンネをつつき始めました。
車は走り出すと再び道路には轢かれたタブンネが臓物を撒き散らしながら横たわっていました。
街中に差し掛かると人間の子供がチビンネ二匹をバットで殴り付けている様も見ました。
二車線でとなりについた大きなトラックの荷台には皆死んだような顔でギュウギュウに詰められたたくさんのタブンネ。
♀ンネはその光景をまじまじと見せつけられました。顔をそむける力も、瞼を閉じる力すらもありません。
不思議な事に誰もタブンネを助けようなどとしません。
自身の無駄な再生力のおかげで♀ンネはようやくタブンネの現実をしりえたのです。
車は再び走り出します。向かう先に何があるのか、どんな惨めな最期を迎えるのか、♀ンネにはわかりません。
ただ恐怖、悔しさ、悲しさだけが今の♀ンネの感情の全てなのでしょう。
囲いに閉ざされた小さな世界から外に思いを馳せたチビンネが過ごした一年のお話はこれでおしまい。
終
最終更新:2015年12月05日 00:30