郊外に一軒家を買った。中古だが、一国一城の主というのは良い気分だ。
前の持ち主がバイク好きだったとかで、しっかりした防音設備がなされた
ガレージが備え付けられていたのが、購入に踏み切った理由の一つでもあった。
後方にはドアも据え付けられていて、母屋の勝手口との出入りも簡単だ。
これなら将来、車やバイクを買ってエンジンを多少吹かしても、近所に迷惑はかからないだろう。
だがそのガレージと防音設備は、全く違う形で役に立つ事になるのだった。
引っ越して間もなく、片付けも終わらない内に出張があり、1週間家を留守にして帰ってきた日の事だ。
何もないはずの庭の隅の方に草むらのようなものとピンク色の物体が見えて、俺はぎょっとなった。
タブンネだ。しかも10匹ほどのベビンネまでいる。
草むらのようなものは藁や雑草だった。俺が留守の間に勝手に忍び込んで巣を作ったらしい。
卵の殻が散らばっているところからして、ここで産卵し、子供が生まれたのだろう。
「ミッミッ♪」「チィチィ♪チィチィ♪」
俺が帰ってきたのにも全く気づいていないらしく、楽しげな鳴き声が聞こえた。
思わず頭に血が上った。俺だってまだ新居でろくにくつろいでいないというのに、
無断で居座った上にガキまで産みやがって……!
「てめえっ!」
カバンを放り投げた俺は、タブンネめがけてダッシュした。
「ミミッ!?」
足音でようやくタブンネは気づいたようだが、次の瞬間、その顔面に俺の靴がめり込む。
「ブギャアッ!!」
ぶっ倒れたところにストンピングの雨嵐を降らせた。
「この野郎!人んちに忍び込んで勝手にガキを産むたぁ、ふざけんじゃねえぞ!!」
「ミギャァ!!ミヒィ!!ミヒィィィ!!」
半死半生になったところで両方の触覚を固結びにしてやった。
「ミッ!……ヒギャァァァ!!」
これでは立って歩く事すらできまい。ざまあみろだ。
「チィチィチィ!」「チィチィチィ!」
ベビンネ達はもがき苦しむ母親を囲み、しっかりしてと言いたげにチィチィ鳴いている。
健気だが馬鹿な連中だ。さっさと逃げればいいものを。
俺はガレージに行き、引っ越しの時使った大き目のダンボール箱を一つ持ってきた。
ベビンネを片っ端から引っ掴んでダンボール箱に放り込んでいく。
「チィチィ!?」「チピィッ!」
有無を言わさず全員ぶち込んでガムテープで蓋をした。さすがに重い。
「ミィィッ…ミギャ!!」
母親にもう一発蹴りをくれてから、何とか箱を抱えてガレージまで運び、シャッターを下ろす。
こいつらの処置は後で考えるとして……まずは母親だ。
「もしもし、保健所ですか。タブンネを捕獲したので引き取りに来てもらえますか」
連絡してしばらくすると、白衣を着た保健所の職員がやって来た。
「ミッ!?ミィーッ!!ミィーッ!!」
どこかに連れて行かれると悟ったタブンネは抵抗するが、あっという間に車の檻に入れられる。
「ミィィーーーーッ!!」
子供を求めて檻の隙間から手を伸ばすが、扉は閉められ、車は走り去っていった。
子供の事を心配している場合じゃないのにな。保健所で待っているのは薬殺処分だ。
俺に蹴りまくられた苦痛に比べれば、楽に死ねるだろう。
さて、残るはあの騒がしいベビンネどもだが……仮に解放してやったとしても、
こんな生まれたてのチビが野生で生きていくのは不可能だろう。
だったらさっさと母親の後を追わせてやるのが、せめてもの慈悲というものだ。
とは言え、ただ始末するのも能がない。迷惑料代わりに俺を少々楽しませてからにしてもらおうか。
早速、近くのホームセンターに行き、ポケモン用の組み立て式ケージを買ってきた。
ちょっとした荷物だったが、気分が高揚していたのでさほど苦にはならなかった。
あのベビンネ達をどんな目に遭わせてやろうかと想像すると、自然と笑みがこぼれてしまう。
ガレージのシャッターを開けると、ダンボール箱の中ではベビンネ達が暴れているらしく、
チィチィという大合唱と共に箱が揺れている。元気なものだ。
シャッターを下ろし、ガレージ内の蛍光灯をつけてケージを組み立て始める。
そこそこの大きさの代物だった。縦1メートル、横2メートル、高さ1メートル。
ベビンネ共にはやや広すぎる気もするが、逃げ惑う姿を見たかったのであえて大きいサイズにした。
床板はない。ガレージのコンクリートの地べたの上に、直に設置する。
快適な生活などさせるつもりはないから、これでよいのである。
さあ、牢獄の完成だ。もちろんベビンネどもは全員無期懲役だ。
組み立てを完了した俺は、ダンボール箱を抱え上げ、ケージの上でひっくり返した。
「チピピィ!」「チッ、チィィッ!」
ベビンネ達はころころと落下して、チィチィ騒いでいる。
改めて数えてみたら12匹もいた。よくもまあこれだけ大量に産んだものだ。
ケージの中で右往左往しながら、ベビンネ達は閉じ込められたことを理解したらしい。
俺に向かって「ここから出せ」とばかりに抗議している様子だ。
知ったことではない。お前らは囚人なのだからな。囚人には囚人らしい番号をつけてやろう。
俺は家の中から油性マジックを持ってきた。そしてベビンネの1匹を掴み出す。
「チィッ!?チィィー!!」
放せ放せとばかりにベビンネは手足をジタバタさせて暴れるが、
俺はその腹に大きく「1」と殴り書きした。背中にも書く。これでこいつは囚人「1号」というわけだ。
1号をケージの中に放り入れ、逃げ惑う奴らを次々ひっ捕まえて2、3、4と番号を振ってゆく。
12匹全部に振り終えると、ベビンネ達は必死でその番号を消そうとあがいていた。
手でゴシゴシこする者や、他の奴の文字を舌で舐めて消そうとする者などいろいろいたが、
油性マジックが簡単に落ちるわけがない。
字が消えないとわかると、皆一様に表情が暗くなり、大半が「チィチィ…」とベソをかき始めた。
タブンネのピンクの毛皮は自慢のチャームポイントだ。
ガキ共とはいえ、それを汚されたのはショックだったのだろう。
だが泣き寝入りしない奴も数匹いた。こんな仕打ちをした俺を許せないとばかりに、
中でも特に「チィチィチィ!チィ!」と声高に騒ぐ奴が1匹いる。
真っ先に番号を振ったこいつは1号。明らかに怒っている顔だ。
わかっていないようだな、お前らの生殺与奪を握っているのは俺の方なのだ。
まずは見せしめが必要か。反抗的な奴は長生きできない事を教えてやろう。
ケージが束ねられていたビニールの紐を1本手にする。1メートル弱くらいの長さだ。
先の方を結んで輪を作り、騒いでいる1号の首に引っ掛けて吊り上げた。
「チッピィィ!?」
宙吊りにされてもがく1号を、ケージの外からベビンネ達の真ん前に突きつけた。
「チュヒィィ!キュゥゥ…ヒィィーッ!!」「チィチィーッ!」「チィチィ!」
絞首刑になった1号は舌を突き出し、口をパクパクさせてもがくが、暴れるだけ首は絞まっていく。
それを何とか助けようと、チィチィ叫びながら手を伸ばすケージの中のベビンネ達。
無駄な努力だ。
「チギィィ……ィッ……」
やがて1号の動きが止まった。足がだらんと垂れ、絶命する。
「チィィーッ!!」
泣き叫ぶベビンネ達の中に、舌を突き出して苦悶の表情を浮かべた1号の死体を、紐ごと放り込んだ。
わらわらと取り囲み、揺さぶったりしているが、生き返るわけがない。
兄弟の死を実感したらしいベビンネ達は「チィチィ…」とさめざめ泣き始めた。
「おい、お前ら」
俺の声にベビンネ達はびくっとして振り返る。
「わかっただろう、俺に逆らう奴はこうなるんだ。命が惜しければ少しは大人しくするんだな」
言葉はわからなくても、大体俺の感情は読み取れるのだろう。
悔しそうな目で睨みつける者や、怯えてプルプル震えている者など、反応は様々だ。
それを見比べ、俺はニヤニヤ笑っていた。面白い、実に面白い。こいつは当分楽しめそうだ。
餓死させるのはいつでもできるから、とりあえずは餌を与えて元気でいてもらう事にする。
俺は家の中に戻り、一番大きい大皿とミルクを用意してガレージに引き返した。
ベビンネ達はまだ1号の死体を囲んで悲しみに暮れている。
その輪から少し離れたところに、ミルクの大皿を置いた。
「おら、飯だぞ」
反応はここでいくつかに分かれた。
よっぽど腹が減っていたのか、絞首刑にされた1号の事も忘れて「チィチィ♪」と笑顔でミルクを啜り始める無邪気な者が6匹。
兄弟を殺した俺の差し出した食事に手をつけてよいものかどうか迷っている者が3匹。
そして残るのは、その程度では懐柔されず俺に憎悪を燃やす者だ。2匹が俺の方を睨んでいる。3号と8号だ。
その2匹は暢気にミルクを飲んでいるベビンネ達に、「チィチィ!チィ!!」と何やら訴えている。
そんなものに騙されちゃだめだ、あの人間は兄弟の仇なんだぞとでも説得しているのだろう。
それで結構、非常にわかりやすい。お前ら2匹を黙らせれば不満分子はいなくなるという訳だ。
俺は段ボール箱の中から工具箱を出し、その中からニッパーを取り出した。
そして素早く手を伸ばし、3号と8号をケージの中から掴み出した。
8号を足で踏みつけて逃げられないようにしてから、3号を掴んでケージの中のベビンネ達に突き付ける。
「チィィーッ!?」「チィッ!チィーッ!!」
ミルクを飲んでいた6匹と、逡巡していた3匹もさすがに驚いてこちらを見る。
俺はそいつらに見せ付けるように、3号の左の触覚をニッパーで切断した。
「ヂギャァァァァァァァ!!!」
タブンネの体の中でも最も敏感な部位である触覚を切られ、3号は肺から絞り出すような絶叫を上げた。
そいつをケージの中に放り投げ、今度は8号の方の尻尾を切り落とす。
「ピギィィーーーーッ!!!」
同じように泣き叫ぶ8号をケージに投げ入れた。2匹は切られた部位を押さえてのた打ち回っている。
残りの9匹はどうしたらよいかわからず、おろおろしているばかりだ。いやしのはどうなど誰も覚えていないだろうしな。
2匹はいつ止むともしれず悲鳴を上げ続けているので、ちょっと気になった。
このガレージの防音設備なら多少泣こうが喚こうが外には音は漏れないはずだが、もし近所に聞かれたらさすがに体裁が悪い。
ちょっとシャッターを上げて外に出て、シャッターを再び下ろし、耳を澄ませてみる。
何かかすかに音が聞こえるがほとんどわからない。ベビンネが騒いでいると気づく者などいないだろう。
これで一安心だ。心置きなく思いっきり悲鳴を上げさせてやるからな。
シャッターを上げて再びガレージの中に入る。叫び疲れたのか、3号と8号の悲鳴はだいぶトーンが落ちていた。
よく見ると切断された傷跡をペロペロ舐めて癒そうとしている奴がいる。野生の本能といったところか。
残りの連中は何やらチィチィ語りかけ、慰めているようだ。だが2匹のショックは大きく、プルプル震えている。
これでほとんど俺に反抗する気はなくなっただろう。だが、念の為とどめを刺しておこうか。
俺は灰皿と煙草を持ってきて一服した。そして灰皿の中にさっき切った3号の触覚と8号の尻尾を入れる。
「おい、こっち見ろよ」
ベビンネ達に声をかけてから、尻尾にライターで火をつけると、ふわふわの尻尾はメラメラ燃え出した。触覚にも引火する。
「チィィィィ!!」「ヒィィーー!!」
泣きじゃくっていた2匹は、自分の大切な部位が燃やされている事に気づくと、叫び声を上げながらケージに取り付いた。
ケージの隙間から精一杯手を伸ばすが、それも空しく尻尾と触覚は燃え尽きて真っ黒な炭になってしまった。
「チヒィィィ…チィィ…」
ケージに取りすがったまま、2匹は泣き崩れた。
だが俺は更に追い討ちをかける。ケージを掴んでいる3号と8号の手に、たて続けに煙草の火を押し付けたのだ。
「ヂギャァーッ!!」
再び転げ回る2匹を見て笑いながら、俺はベビンネ達に言った。
「もうわかったな?生意気な態度を取る奴は容赦しない、次はこれ以上の苦痛を味わわせてやる」
ベビンネ達は完全に縮み上がっていた。抱き合って目に涙を浮かべ「チィィ…」と怯えている。
触覚なしと尻尾なしにされた3号と8号も、もはや抵抗する気力は消え失せたと見えて、
火傷した手を押さえたまま、ペタンと腹這いになってガタガタ震えていた。
その態度は俺の嗜虐心を大いに満足させた。煙草を吸い終えた俺はガレージから出る。
次はどうやって痛めつけるか、アイデアがどんどん湧き出てくる。再び俺の頬に笑みが浮かんだ。
しかし、いくら楽しいからと言っても仕事も生活もある。その晩は多少ベビンネをからかっただけで寝る事にした。
朝、通常より早く目を覚まし、ガレージの様子を見に行ってみた。
音を立てないよう、シャッターではなく後方のドアをそうっと開けて中に入る。
俺が入ってきた事にも気づかず、ベビンネ達はすぅすぅと寝息を立てて眠っている。
コンクリートの地べたでは寒いのだろう、11匹はひしと身を寄せ合っており、少し離れたところに1号の死体が横たわっていた。
しかし、近寄って目を凝らした俺は顔をしかめた。ケージの中のあちこちに糞尿が撒き散らされていたのだ。
ごく当たり前の事に気づかなかった自分に舌打ちする。赤ん坊どもなのだから、先にしつけをしておくべきだった。
幸い、このガレージには側溝が設備されており、水洗いすればその水は側溝から外に流れていく仕組みだ。
しかしただ洗うのでは腹の虫が収まらないので、
お仕置きを兼ねることにする。
足音を忍ばせて、ドアから母屋に戻った俺は、台所でヤカン一杯にお湯を沸かした。
さらにバケツにも水を入れ、それらを両手に持ってガレージに引き返した。
ベビンネ達はまだ眠っている。俺はその上からヤカンの熱湯を注いだ。さあ、起きろ!
「ヂビャアアアアアアアア!!」
熱湯を浴びせられたベビンネ達は、たちまち目覚め、コンクリートの上を転がり回って悶絶した。
その滑稽な姿に俺は思わず吹き出す。もう一度全員にまんべんなくお湯を注ぐ。
「ヂィィィィーーー!!」
のた打ち回る姿をしばらく堪能してから、本来の目的である掃除に着手した。
糞尿がされた場所にお湯をかけて溶かし、バケツの水をぶっかけて洗い流す。
「ヂギィッ!!」
そのあおりを食らって数匹がケージに叩き付けられ、悲鳴を上げる。
あとは家に戻ってバケツを満たし、水をぶっかける作業を2、3度繰り返した。
熱湯の次は水浸しにされ、ベビンネ達は毛皮がペタンとなって見るも哀れな有様でチィチィ泣いている。
楽しいがさすがに効率が悪い。今日は帰りに長いホースを買ってくるとしよう。
掃除が終わったら、次はしつけだ。トイレというものを教えてやらなくては。
普通なら砂箱でも用意するのだろうが、あいにく庭には砂の部分がない。
とりあえず、比較的乾いた土を集めてきて代用品とした。箱は、もらいものの菓子の空き箱で十分だ。
次に俺はケージの中に入ろうとしたが、またぐには少々高いので、隅の一角の接続用金具を外す。
そこからケージを開いて中に入ると、ベビンネ達は怯えて「チィィィィ!」と悲鳴を上げて逃げ出した。
1匹が転んで逃げ遅れた。こいつは11号か。ではお前が、しつけの講習を代表で受けてもらおうか。
まだ全身ぐしょぐしょの11号を鷲掴みにする。反抗心というより恐怖心で、涙目の11号は手足をバタつかせる。
その尻尾を持ち上げて、腹部をぐっと押すと、肛門から糞がにょきりと顔を出す。
そこで俺は11号を叩きつけるようにトイレ箱の中に座らせた。「ヂィッ!」と悲鳴を上げる11号。
乱暴に置かれたショックと恐怖で、軟便がびしゃりと敷き詰めた土の上に飛び散った。
「チィィー!」と11号は泣き出そうとする。だが俺が触角を掴むと、全身を硬直させた。
俺は感情が伝わるように、触角をしっかり掴みながら11号に言い聞かせた。
「いいか、用を足したくなったらここでするんだ。それ以外のところにしてみろ。殺す!
お前の兄弟達にもちゃんと守らせろ。わかったな?」
顔面蒼白の11号は目に涙を浮かべながら「チィ!チィ!」と必死でうなずいている。
残りの連中にも何となく伝わったようで、抱き合ってプルプル震えながら、「チィ!チィ!」と返事していた。
ふと気づくと、ケージの隅で泣いたり震えたりするベビンネ共からちょっと離れたところで、
1匹だけ倒れて動かない奴がいる。ああそうそう、1号はもう死んでたんだっけな。
腐っても面倒なのでポリ袋を持ってきて、ゴミばさみでつまんでその中に放り入れた。
「チ…チィチィ…!」
ベビンネ達は連れて行かないでとばかりに手を伸ばしている。
まあそう嘆き悲しむな。お前らも順々に1号と同じところに送ってやるから。
ケージを元通りに金具で接続し、ガレージのシャッターをしっかりとおろして、俺は出勤した。
仕事中もどうやってベビンネどもをいたぶるか想像して、しばしば手が止まる。
これほど終業のチャイムが待ち遠しかったのは久々だ。定時になってそそくさと退社した俺は、またホームセンターに寄った。
今朝買おうと思っていた長いホースを始め、色々買い込んだ。昨日のケージ以上の荷物になる。
ショルダーベルトでカバンは肩に掛け、両手に大きなポリ袋を持った俺はふうふう言いながら家にたどり着いた。
さあ、重い荷物を運んできた分、たっぷりとベビンネ共と遊ばなくてはな。
額の汗を拭って、俺はシャッターを上げた。すると妙な声が聞こえてきた。
「チーィ!チーィ!チーィ!」
ベビンネの声だ。何かの号令か掛け声のように聞こえる。ガレージの中をのぞきこんだ俺はぎょっとなった。
ベビンネ達は運動会の人間ピラミッドのように段々になって積み重なり、その内の1匹を脱出させようとしていたのだ。
逃げ出す役目らしい1匹は、ケージの上部に短い手をかけ、必死によじ登ろうとしている。
腹に書いてある数字は8。昨日、尻尾をちょん切ってやった8号だ。どうやら怪我人を真っ先に逃がそうというつもりらしい。
俺は舌打ちした。甘く見ていた。タブンネという種族はずる賢いと聞いていたが、こんなガキ共でもそこまで知恵が回るとは。
だが、俺が帰って来るまでに逃げられなかったのが運の尽きだ!
「チーィ!チーィ!チ……」
ベビンネ達の掛け声が止んだ。ようやく俺が帰ってきたことに気づいたようだ。俺と視線が合うと、皆そろってプルプル震え始める。
「ふざけんなっ!」「チビィーッ!!」
ケージに蹴りを入れると、ピラミッドはもろくも崩れ、吹っ飛んだベビンネ達はケージの反対側に叩き付けられ、ころころ転がった。
全く油断も隙もない奴らだ。
おや?……よく見ると10匹しかいない。昨日死んだ1号を除けば11匹いるはずなのに。既に1匹は脱出していたようだ。
俺は慌ててシャッターを閉めた。今のどさくさの隙に逃げ出したか?それともガレージのどこかに俺の気づかない穴でもあるのか?
しかし、俺の心配は杞憂に終わった。段ボール箱の陰に、ホイップクリームのような尻尾が見えたのだ。
「見ーつけた♪」「チ、チィーッ!」
意地悪な笑みを浮かべながら、俺はその尻尾を引っ張ってベビンネを引っ張り出した。
尻尾を掴まれて逆さ吊りにされたそのベビンネは、手足をバタつかせて「放せ放せ!」とばかりに暴れる。
触角を切ってやった3号だった。やはりベビンネ共は怪我人の3号、次に8号を逃がそうとしたらしい。
だがケージからは出られたものの、ガレージからの脱出路は見つからず、やむなく段ボールの陰に隠れたというところだろう。
浅知恵を振り絞ってご苦労な事だ。だが3号よ、あいにくそのせいでお前の死期が早まる結果になったぞ。
まず俺は、ホームセンターで買ってきた品々を出して、それが入っていた大き目のポリ袋の中に3号を放り込んで、口を縛った。
もぞもぞ動くポリ袋を尻目に、今日の買い物の主目的であった長いホースを庭の水道の蛇口につなげる。
ケージの側から段ボール箱や可燃物を遠ざけ、古新聞を何枚かに千切って、下準備は完了だ。煙草に火をつけて一服する。
煙を吐いた俺は、縛っていたポリ袋の口をほどいた。
「チィーッ!ムフゥーッ!」
3号は怒りの表情を見せつつ、ぴょんぴょん跳ねて脱出しようとしているが、俺はお構いなしに千切った新聞紙をポリ袋に放り入れる。
「ヂィッ!ヂィッ!」
俺が嫌がらせをしているとでも思ったのか、3号は頭上から降ってくる新聞紙を手で払いのけながら、幼い牙を剥いている。
昨日触角を切り、煙草の火も押し付けて少しは大人しくなったと思ったが、やはりこいつの反抗心は治らないと見える。
「本当に反抗的だなお前は。だから痛い目も見るし、早死にする事になるんだよ」
そう言いながら俺は、吸っていた煙草を3号の額に押し付けた。
「ヂギァァーッ!!」
額を押さえて、ポリ袋の中で3号はのた打ち回る。俺は残りの千切った新聞紙を袋に投げ入れた。
そして仕上げに、まだ火のついた煙草も放り込むと、袋の口を再びきつく縛ってから、ケージの中央に置いた。
「チィチィ!」「チィ?」
3号が入ったもぞもぞ動くポリ袋の周りを、ベビンネ達が取り囲む。助けたいがどうすればよいかわからないのだろう。
ところがすぐに、ポリ袋の動きが激しくなり、中が明るくなってきた。
「ヂッ!ヂッ!ヂィィィ!」
3号の悲鳴が聞こえてくるが、10匹のベビンネはおろおろするばかり。
そして遂に、ポリ袋を溶かして火が現れた。ベビンネ達は怯えて後ずさりする。
「ヂァァァァァ!!!」
その中から、3号が転がり出てきた。既に体の半分が炎に包まれている。
「チィー!」「チィチィッ!」「ヂギャァァーー!!!」
蜘蛛の子を散らすように、ベビンネ達はわらわらと逃げ出した。3号は火だるまになり絶叫しながらその後を追う。
「ヂィー!ヂィィー!」
おそらく「助けて」と必死で訴えているのだろう。しかし他のベビンネ達はケージの中で逃げ惑うばかりだ。
「おいおい3号よ、お前の兄弟は冷たい奴らだな。さっきは懸命にお前を助けようとしてたのにな。
いざとなれば自分の身が可愛いんだってよ、気の毒になあ!」
俺の嘲笑などおそらく聞こえていない3号は、炎に包まれながらヨタヨタと救いを求め続ける。
だが、この死の
鬼ごっこにもケリがついた。9号が捕まったのだ。
逃げ回るベビンネの中で、疲労か空腹か、それとも元々走るのが苦手だったのか、9号の動きは鈍く、足取りもふらついていた。
うっかりケージの隅の方へ逃げ込んでしまった9号は、炎上するゾンビのように近づいてくる3号をかわす事ができなかった。
「ヂ…ヂィィ……!」「チィッ!チィッ!チィッ!」
涙を流し、来ないでと懇願する9号の上に、3号は倒れ込んだ。
「ヂィィィィィィィ!!」
手足をバタつかせる9号の悲鳴が上がった。3号はもう動かない。ただの炎上する燃料と化している。
はねのけようにも、3号の体とケージのコーナーの間に挟まれ、うまく逃げられない。
「ヂッ!ヂィッ!ヂィィァァーーー………!!」
9号の体にも引火した。激しくもがいていたが、その手足の動きが徐々に弱々しくなってゆく。
ぱたりと手が落ちた。息絶えた2匹の体は地獄の業火のごとく燃え続ける。
「チィ…」「チィチィ……」
その光景を遠巻きに眺めながら、残りの9匹ははらはらと落涙していた。
兄弟を助けられなかった無念か、はたまた火だるまの2匹を見捨てた罪悪感か。
いずれにせよ、その姿は俺の嗜虐心を十二分に満足させるものだった。
しかし、いつまでも楽しんでいる場合ではない。本当に火事になる前に鎮火しなくては。
シャッターを開けて庭に出て、ホースをつないだ蛇口をひねり、再び戻ってシャッターを閉めた。
水が流れ出てきたホースの水を、まずはポリ袋と新聞紙に、次に炎上する3号と9号に向けて消火を始める。
煙がそこそこガレージの中に充満したが、ご近所にボヤでも出したと思われては面倒なので、しばらく我慢だ。
「チィ…チィ…」
ベビンネ達はまだ泣いているようだ、この泣き虫共め、肝心なことを忘れてやしないか?
お前らは集団で脱走を試みて、その罰として3号と、道連れで9号が死んだんだからな。
まずは連帯責任で全員懲罰だ。
3号と9号の焼死体があらかた鎮火したのを見計らって、俺はホースの先端を指でつまんで水圧を上げた。
その勢いの水をベビンネ達に向ける。「チィィー!」数匹がなぎ倒され、コンクリートの床に転がった。
逃げ出そうとする連中も、水で狙い撃ちして転ばせ、万遍なく水流を浴びせる。
立ち上がるだけ無駄と悟ってか、ベビンネ達はぺたんと腹這いになって床に伏せ、頭を抱えて震えるばかりだ。
「おい、わかったか?今度脱走しようとか考えてみろ、こんなもんじゃすまさねえぞ!」
俺の怒声と、激しい水流にすっかり怯えきっているのか、ベビンネ達は震えるだけでほとんど悲鳴をあげなかった。
気が済んだし、煙も薄らいできたので、外に出てホースの水を止めた。
ベビンネ達もようやくお仕置きが終わったのはわかったらしいが、まだ何かされるかもと思ったのか、
1匹も起き上がらず、床に伏せたままだった。
「チィ……チィィ……」
どこかからすすり泣きが聞こえた。どいつか知らんが、恐怖と惨めさに耐えかねて泣き出したようだ。
「チィチィ……」「チィィ……」
それはあっという間に伝染し、9匹のベビンネはうつ伏せのまま、めそめそ泣き始めた
「おいおい、いつまでも泣いてるんじゃねえぞ。お前らもこうなりたいのか?」
俺はケージの外から手を伸ばし、ゴミばさみで3号と9号の焼死体をつまんで、ベビンネ達の真ん中に放り入れた。
「チッ!?……チィィー!!」
ビクリとしながら、何が降って来たのかと顔を上げた1匹が悲鳴を上げた。
先に炎上した3号はほぼ真っ黒焦げになっていて、目も鼻もわからない有り様だったが、
その3号に道連れにされた9号は、目と口を見開いた恐怖の表情がしっかりと残っていた。
両手はぴんと突っ張った状態になっている。覆い被さった3号を必死で押しのけようとしたまま力尽きたのだろう。
「チビィー!」「ヒィィー!」
ベビンネ達はわらわらと逃げ出し、ケージの隅の方に固まってプルプル震え出した。
俺は容赦せず、黒焦げの3号をもう一度ゴミばさみではさんで、ベビンネの群れに押し付けた。
群れの外側にいて、焼死体を直接押し付けられた10号が「チッヒィー!!」と絶叫する。
「ほれほれ、どうだ?3号が何か言ってるぞ。『熱いよう、助けてよう』って言ってるぞ」
イヤイヤしながら涙を流す10号の足元にチョロチョロと水たまりができた。恐怖で失禁したと見える。
「おいコラ、トイレは砂箱にしろって言っただろうが、ちゃんと掃除しろよ」
俺は3号の焼死体を転がし、代わりにゴミばさみで10号の首根っ子をつかんだ。
「ヂッ!?」
悲鳴を上げる間も与えず、俺は10号の顔面で奴がたった今漏らした小便の上をゴシゴシ拭いた。
「チィィー!!チッピィィーー!!」
雑巾代わりにされて泣き叫ぶ10号の顔は、擦り剥いた傷と涙と小便でグシャグシャだ。
普通の人間だったら、憐れみや同情を感じたかもしれない。だが俺は逆に、背筋がゾクゾクするのを覚えた。
噂に聞くタブ虐の快感と言う奴か。なるほど、確かにこれはやめられない。
解放してやると、10号は顔をさすりながら「チィーーー!」と再び声を上げて泣き出す。
その周りに3匹ほどが集まり、「大丈夫?」とでも言いたげに顔の傷と汚れをペロペロ舐め始めた。
他の連中は、濡れ鼠になった毛皮や尻尾を、それぞれ自分で舐めて毛繕いしている。その顔は一様に暗い。
一息ついた俺は、まだ着替えてすらいない事に今更ながら気づいた。
何しろ、帰宅してガレージのシャッターを開けたら脱走の最中だったのだから、
カッとなって背広を脱ぐのさえ忘れてお仕置きに没頭していたのだ。
ゴミばさみで3号と9号の焼死体を拾って、ゴミ袋に放り入れてから母屋に戻る。
ベビンネ達は俺に目をつけられるのを恐れてか、1号の時のように名残惜しそうな態度をする者はいなかった。
俺の視線を避けるかのように、それぞれ一心不乱に毛繕いに専念していた。
さて、既に3匹の兄弟を失い、連日ずぶ濡れにされたベビンネ達はだいぶ参っていることだろう。
このまま虐待を続けても、恐怖や苦痛に麻痺してしまって無反応になっては面白くない。
やはり『飴と鞭』は必要だ。『飴』を与えて、わずかでも希望や喜びを与えてから、
『鞭』を振るった方がその落差で、より効果があると俺は考えた。着替えながらもついニヤニヤしてしまう。
台所で、昨日と同じく大皿にミルクを用意した。それとオボンの実をミキサーにかけ、そのすりおろしも別の皿に入れる。
ガレージに戻り、無言でケージの中に2つの皿を入れると、少し離れた場所に椅子を置いて腰掛け、しばらく様子を伺う。
案の定ベビンネ達は、俺が近づくのを見るとビクリとして視線を逸らし、毛繕いに没頭しているふりをしていたが、
何もしてこないとわかって、少し警戒を解いたようだ。皿に群がってミルクを舐め始める。
赤ん坊共であるし、毒が入っているかもなどとは想像すらしないのであろう。おめでたい連中だ。
その内1匹が、オボンのすりおろしの皿に興味を示した。一舐めして「チィ!」とうれしそうな声を上げる。
それを聞くや、他の連中も我先にとオボンに群がり始めた。「チィチィ!」「チィー!」と大はしゃぎだ。
生まれて数日とはいえ、初めて口にする美味にすっかり警戒心など失せてしまったと見える。
微笑ましい光景と言えるかもしれないが、俺にとってはその笑顔をいかに泣き顔に変えるかの方が楽しみなのだ。
俺はチィチィと騒ぐガキ共を観察しつつ、次の獲物はどいつにするか品定めを続ける。
あらかたオボンを平らげ、満腹になったベビンネ達はめいめいくつろぎ始める。
寝転がって早速眠り始める者、じゃれ合う者。しかし毛繕いを再開する者が一番多いようだ。
やはりタブンネにとっては毛並みや尻尾が大切なポイントなのだろう。
真っ先に毛繕いが終わったらしい2号が、「チィチィ♪チィチィ♪」と尻尾を振りながら鼻歌を歌い始めた。
ところが別の1匹が2号に近づくと、「チィチィチィ!」と何やら文句を言い始めた。
尻尾なしの8号だ。「自分は尻尾を切られて辛いのに、見せびらかすな」とでも言いたいのだろうか。
最初は困惑していたらしい2号も頭に来たようで、取っ組み合いの喧嘩が始まった。
他の連中はおろおろしながら、どっちに味方してよいか判断がつかず、見守っているばかりだ。
本当にどうしようもない奴らだ。まあいいだろう、次の処刑はお前ら2匹に決めたぞ。
今日ホームセンターから買ってきた品々の中から、電気式のはんだごてを取り出した。
そして、喧嘩を続ける2匹から、8号の方を引き剥がす。
「チィッ!?」
「反抗に脱走未遂に今度は喧嘩か。普通の刑務所なら懲罰房行きとかだろうがな、ここでは面倒だから死刑だ」
そう言いながら俺ははんだごてを、暴れる8号の肛門に突き刺した。
「チギャアー!!」と悲鳴を上げる8号をケージの中に放り込み、はんだごてをコンセントに差し込む。
苦悶する8号に数匹が駆け寄ろうとするが、
「おい、手ぇ出すなよ!助けようとした奴は同じ目に遭わせるからな!」
と俺が一喝すると、ビクリとしてそれ以上は近づかなかった。
「チィ!チィ!ヂッ!!ヂィィ!!ヂギィイイイイイ!!」
8号の悲鳴がだんだん激しくなってきた。このはんだごては、短時間で温度が急上昇するタイプであり、最高は500℃。
ケツに突き刺された痛みだけではなく、腹の中から焼かれる地獄の責め苦を味わっているからなのだ。
「ヂィィー!!ヂギャァァァーー!!」
肛門のあたりからはブスブスと煙が立ち上ってくる。涙を流して絶叫する8号は足をバタつかせてもがき、
なんとかはんだごてを抜こうとあがくが、タブンネの短い手ではそこまで届かないし、
少々暴れたくらいでは深々と刺さったはんだごては抜けやしない。
「ヂッ!!……ヂィ!!……ヂィィ……」
8号の全身がビクビクと痙攣し、悲鳴も断続的になってきた。目から涙、口から涎、肛門から血を流し、
助けを求めるかのごとく虚空に伸ばした手が、ぱたりとコンクリートの床に落ちた。くたばったようだ。
「チィィ…」
他のベビンネ達は、また1匹兄弟が死んだ事実を認識し、そろって落涙している。
とりわけ、さっきまで8号と喧嘩していた2号の動揺は激しかった。プルプル震えている。
いくら言い掛かりで喧嘩を売られたとはいえ、まさかその罰が死とは思いもしなかったのであろう。
そう気に病むなよ、2号。次はお前の番なのだから。
もっとも、今日は3号・9号・8号と一気に3匹やってしまった事だし、2号は明日に回すとしよう。
だが「下ごしらえ」だけはしておこうか。
俺はガムテープを取り出した。引っ越しなどに使う布粘着テープだ。
そして8号を見つめて呆然としている2号にそうっと手を伸ばし、素早く引っ掴む。
「チィッ!?」
「喧嘩両成敗というやつだな。お前にも罰を受けてもらう」
言いながら俺は、抵抗する2号をガムテープでグルグル巻きにした。
2、3周巻いては千切り、また別のところを巻いては千切りを繰り返し、手にも足にも縦横に巻きつける。
適当なところで、仕上げに口にも貼りつけて声を出せないようにしてから、ケージの中に放り入れる。
「ンム~!ム~!」
体をよじらせて苦しむ2号を見て、他のベビンネ達はぎょっとするが、すぐ助けようとする者はいない。
それはそうだろう。さっき俺は「8号を助けようとしたら同じ目に遭わせる」と言ったばかりだしな。
しかし、今回はちょっと事情が違う。俺はニヤニヤしながら声をかけた。
「何をボサッとしてるんだ、早く助けてやれよ。苦しんでるじゃないか」
ベビンネ達は、俺の顔と2号を見比べて少々戸惑った様子だったが、すぐに救出にかかった。
「チィ!」「チーィ!」「チィチィ!」
あちこちにあるガムテープの端っこを引っ張って、2号の体からガムテープを引き剥がそうと懸命だ。
しかし、幼いベビンネ達に上手に剥がせる訳がない。
逆に自分の手にくっついてしまったり、別の奴にくっつけたりで、もう大騒ぎだ。
「ング~!!ングゥ~!!」
もちろん、2号が涙を流して、くぐもった悲鳴をあげている事など誰も気づいていない。
読み通りの展開に俺はほくそ笑む。ベビンネ達は2号を必死で助けているつもりなのだろうが、
考えもなしにガムテープを引っ張って剥がそうとする事で、2号の毛皮が毟られる結果になり、
逆に2号に苦痛を与えているという訳だ。
仮に人間なら、地肌を痛めないように毛皮をハサミ等で切りながら、ゆっくり救出するだろうが、
案の定、不器用で知恵の回らないベビンネ達は、力任せに剥がそうとするから、当然こうなる。
「チィー♪」「ングーーー!!」
1匹のベビンネがうれしそうな声を上げた。長めのガムテープが1枚、完全に2号から剥がせたからだ。
しかしそれと引き換えに、ガムテープには大量の毛皮がくっつき、剥がされた部分は毛がハゲてしまった。
「ンッグーーー!!」
もし声を出せていたら、2号は「もうやめて」と訴えていたに違いない。
だが生憎ベビンネ達は、2号の全身に巻きついたガムテープの方を相手にするのに夢中だ。
「チィー!」「チィ!」「ンンムム~!!」
馬鹿騒ぎを尻目に、はんだごてのコードを手繰って8号の死体を回収するが、ベビンネ達はそれどころではなく、
ガムテープ相手に悪戦苦闘している。魔物でも相手にしているような気分だろう。
「まあ頑張れよ」
俺は笑いながら8号の死体をポリ袋に入れて、母屋に引き上げた。
ポリ袋の中には絞首刑の1号、焼死した3号&9号、そして腹の中から焼かれた8号の、4匹の死体が入っている。
腐敗が始まる前に、そろそろ始末を考えなくてはいけない。さてどうするか。
ゴミの日に捨てれば簡単だが、万一袋が破けでもしたら厄介だ。かと言って、庭に埋めるのも気色が悪い。
肉食ポケモンの餌にしようにも、近場にはそれらが棲んでいそうな場所はない。
となると、やはりあれしかないか。タブ虐の王道・ミキサーだ。
ホームセンターであれこれ買い込んできた大荷物の中には、もちろんミキサーも含まれている。
台所のテーブルの上に開梱したミキサーをセットし、水を3分の1くらい注いでから、
1号の死体をゴミばさみでつまんでポリ袋から取り出し、ボトルの中に入れた。
つまんだ感触は固そうだった。死亡して24時間以上経過しているのだから、当然死後硬直も進行している。
果たして砕けるかどうか、蓋をしっかり押さえながら
スイッチを入れた。
最初は、ガ、ガガガ、という感じでつっかえながら回っているようだったが、一度勢いがつくと、
ガガガガ…!とブレードがどんどん1号の体を砕いてゆく。
そして40秒ほどで、ボトルの中は濁ったピンク色の液体だけになった。成功だ。ミキサーの破壊力恐るべし。
元1号の液体をトイレに流し、軽く水洗いしてから、今度は3号の処理に取り掛かる。
炎上していた時間が長く、だいぶ炭化していた3号は簡単に黒い汚水に姿を変えた。9号も大同小異に片付いた。
その9号の液体を流して戻ってくると、おれの耳に「チィィ……」というかすかな声が聞こえてきた。
見れば、ポリ袋がもぞもぞと動いている。驚くべきことに8号はまだ死んでいなかったのだ。
体内からはんだごてで焼かれて死んだように見えたが、仮死状態に陥っていただけで息を吹き返したというのか。
ポリ袋の口を広げて見ると、8号がのろのろと這い出て来ようとするところだった。大した生命力だ。
「だが残念だったな、せっかく生き返ったところ悪いが、苦痛を味わいながらもう一度死んでもらおう」
俺は8号をボトルにぶち込み、スイッチを入れようとして、ふと思いとどまった。
ただ液体化してしまうのも能がない。せっかくだからもう一工夫して楽しもうじゃないか。
8号をそのまま放置して、俺はすっかり日が暮れた道をひとっ走りしてもう一度ホームセンターに向かった。
目当てはもちろん、2台目のミキサーだ。
購入して戻ると、閉じ込められた8号は弱々しくもボトルの壁面を引っ掻いて、何とか脱出しようとしていた。
もちろん元気な状態であっても無理な話であり、ついさっき蘇生したばかりで内臓はまだボロボロだろうから、
ろくに力も入るまい。壁面に薄い引っ掻き傷をつけるのが精一杯だ。8号に俺は語りかける。
「今夜はそこでおやすみだ、8号。無駄な抵抗はやめて、せいぜい朝までいい夢を見るんだな」
「チィ……」
俺の言葉が聞こえたかどうか、8号は涙を浮かべながら空しく壁面を引っ掻き続けていた。
翌朝。今日もまた早く目が覚めてしまった。さて、どんな状況になっているものか。
ガレージ後方のドアをそっと開け、足音を忍ばせてケージに近づいた俺は、ニヤリと笑った。
ゲージの一角にベビンネ達が身を寄せ合って眠っているのは昨日と同じだったが、
反対側のコーナーには、散乱したガムテープと、まだ体の随所にガムテープがくっついたままの2号が横たわっていた。
起きているのか寝ているのかはわからないが、「チィ…チィィ…」とすすり泣きのような声が聞こえる。
ベビンネ達は匙を投げたのだ。いくら剥がしても剥がしきれず、自分達にもくっついてしまうガムテープに手を焼き、
諦めてしまったのだろう。もしかすると、剥がしている最中に「痛いからやめて」と2号が訴えるものだから、
「せっかく助けようとしているのに」と怒って、救出を放棄したのかもしれない。
これは勿体ないことをした。ビデオカメラでも仕掛けておけば、さぞかし面白い顛末が見られただろうに。
いずれにせよ、2号は見捨てられたのだ。兄弟に見捨てられたとあっては、もう生きていても仕方ないな。
そっとケージの中に手を伸ばし、ガムテープごと2号を掴み出す。
「チィ…!」と声を上げかける口を塞ぐと、2号は恐怖で目を見開き、イヤイヤするように首を振っている。
他のベビンネ達は起きる様子はない。おそらくガムテープとの格闘で疲労困憊なのだろう。
そのまま2号を抱きかかえて、再び静かにガレージのドアを閉めると、俺は勝手口から母屋に戻った。
台所のミキサーの中では、ボトルの壁にもたれかかるような格好で8号が眠っていた。
脱出は当然のごとく叶わず、力尽きて眠り込んだのだろう。
「起きろ、朝だぞ」
ボトルの蓋をばちんと手で叩く。ビクッと体を震わせて、8号は目を覚ました。
そしてボトル越しに、まだガムテープまみれの2号を突き付ける。
「よう、お前も大変だったろうが、こいつも大変だったんだぞ。
こんなグルグル巻きにされてな、兄弟達に見捨てられちまったんだ」
「チィ…」「チィィ……」
2号と8号はそれぞれ泣き声を上げる。それぞれ弱々しい泣き声を。
死んだと思っていた8号との感動の再会を喜んで、という感じではなさそうだ。
お互いの悲惨な姿を憐れんでか、それともお前と喧嘩したせいでこんな目に遭ったのだという恨みつらみか。
どっちにしろ元凶は俺なのだが、さすがに俺に逆らう気力も体力も、今のこいつらには無い。
「さて、まずは2号よ。諦めた兄弟どもに代わって、俺が剥がしてやるからな」
そう言って俺は、全く遠慮会釈なく2号のガムテープの1枚を、力任せに引き剥がした。
「ヂィィィー!!」
泣き叫ぶ2号の声を聞いて、8号は思わず耳を塞いだ。
非力なベビンネ達とは違って、人間の力ならこの程度のガムテープは簡単に剥がせる。
ただし、それと比例して、2号の毛皮がガムテープに大量に持っていかれて、皮膚が赤剥けるという訳だ。
「そーれ、そーれ」「ヂィッ!!ヂヒィィー!!」
ガムテープは順調に除去されてゆくが、2号のピンクの毛皮はどんどん失われ、
随所に血が滲む焼け野原になってゆく。
8号はもはや耳を塞いで目も逸らし、ボトルの中でプルプル震えるばかりだ。
ようやく全部のガムテープを取り終え、2号をテーブルの上に転がした。
「チィ、チヒック、チィィ…」
何をやっても全身が痛むだけの2号は、体を丸めて啜り泣く事しかできなかった。
そこで俺は、購入しておいたキズぐすりを取り出して2号に噴霧する。
「チィ…チィ…?」
噴霧された箇所の痛みがすっと引いて行ったのだろう。怪訝そうな声を2号は上げた。
続けて2、3か所に噴霧してやると、「チィチィ♪」と嬉しそうな声になる。
そうか、よかったな。だが勿論、俺がただで怪我を治すわけがないのだ。
俺は噴霧する手を止める。「チィ?」と2号は首を傾げる。
「どうしたの、やめないでもっとやってよ」と言いたげな顔だ。図々しい奴め。
「続きがしてほしいのか?」「チィ♪」
「じゃあやってやろう。その代わり、このボタンを押せ」
俺はそう言うと、8号が入っているミキサーのスイッチを指差した。
2号も、8号もギクリとした表情になる。
それを押せば8号に何かしら良からぬ事が起きるのを察した2号と、
自分に災難が降りかかってくる予感を感じ取った8号は、それぞれ涙目になってイヤイヤをしている。
「いやなのか、それじゃ当分この怪我は治らないぞ」
先程キズぐすりが行き渡らなかった箇所を狙い、俺は2号を突っついた。
「ヂィーッ!」
「ほれほれ、早く押した方がいいんじゃないか」
激痛にのたうち回る2号を突っつきながら、俺は巧みにミキサーの方に追いやってゆく。
「チィ!チィ!」
「わかったからもうやめて」とばかりに、2号は命からがらミキサーのスイッチに手を伸ばす。
「チィーー!!チィィーーー!!」
8号は8号で恐怖に引きつった顔になりながら、ボトルの壁をぺしぺし叩くが、
2号は意を決したかのように、目をつむってスイッチを押した。
ギュイーン!!「ヂィーーーーー!!」
ミキサーがけたたましい音を立てて回転し、中の8号も悲鳴と共に大回転した。
だが俺は2秒ほどでスイッチをオフにした。回転がスローになり、ミキサーは停止する。
「チ、チィィ……」
8号は顔面蒼白で涙を流しながら、ガクガクと震えている。失禁したらしく足元には黄色い水が溜まっていた。
それを見つめる2号も腰が抜けたようになっていたが、俺はキズぐすりを噴霧してやる。
痛みが薄らいだ2号だったが、8号を酷い目に遭わせたという罪悪感のせいか、複雑な表情だ。
そこでまた俺は噴霧する手を止める。
「さあ、もう1回押すんだ。簡単な事だろう?」
「チィ……」その声を聞いた2号は、後ろめたさを含んだ媚びるような目で8号に視線をやった。
「チィィィィ!」8号は泣きながら、冗談じゃないとばかりに必死でボトルの壁を叩く。
「ごめんね、でもぼくもいたいから…ちょっとだけがまんしてね?」
「いやだよ!すごくこわいんだよ!たすけて!おねがい、たすけて!」
きっとこんな感じの会話が2匹の間で交わされているのだろうと想像し、俺はニヤニヤした。
「ほら、早く押せよ。痛いままでいいのか?」
俺の悪魔の囁きに2号は抗しきれなかった。さっきよりはためらいのない手つきでスイッチを押す。
「ヂギャアアアーーーー!!」
もちろん、さっきと違って俺はすぐにスイッチを切らない。
5秒、10秒、高速回転するミキサーの中が赤く染まり、8号のシルエットの背丈がみるみる低くなってゆく。
「チ、チッ……」
この期に及んで2号もようやく気付いたらしい。
8号が閉じ込められていたこの機械はただの牢屋ではなく、処刑装置だったのだと。
そしてそのスイッチを自分が押してしまったのだと。
2号は全身をガクガク震わせながら、ミキサーから後ずさりする。
20秒でスイッチを切る。ボトルの中はピンクと赤の混じった液体でほとんど満たされている。
その液体の上方には、ゆっくり回転する物体が浮いていた。
ゆっくりと回り続けていたその物体はようやく止まった。言うまでもなく8号の首である。
「…………」
驚くべきことにまだ生きているらしい。タブンネの生命力は聞きしに勝るもののようだ。
しかしさすがにもう声すら出せず、虚ろな目と半開きの口がわずかにヒクヒク痙攣するだけである。
「チィィーー!!」
2号は頭を抱えて這いつくばり、号泣した。だが俺は容赦しない。
「死にきれなくて気の毒だろう?お前の手でとどめを刺してやるんだな」
「チッ!?」
そして有無を言わさず2号の手を掴み、その手でミキサーのスイッチを押させた。
ギュイーン!
首だけとなった8号は無言のまま、赤い液体の渦に呑み込まれていった。
「チィィィ!!」
その光景を正視できるはずもなく、2号は再び這いつくばって泣き崩れた。
下腹部のあたりからチョロチョロと水たまりができてゆく。こいつも失禁したらしい。
そんな2号を尻目に、ミキサーの回転音はだんだんと滑らかになってゆく。
中の「固形物」を液体に変え終わったというわけである。俺はスイッチを切った。
2号の泣き声が止まった。ゆっくりと顔を上げ、ぎくしゃくした動きで俺の方を振り向いた。
「チ……チヒヒ……」
泣き濡れた顔に不自然な笑みを浮かべ、愛想を振りまくように尻尾が二度三度と揺れた。
言いたい事は何となくわかる。
「ここまでやったんだから、いたいのなおしてくれるよね?」とでも言いたいのだろう。
涙を流しながらも、無理矢理引きつった笑顔を浮かべ、媚びるような目で2号は訴えかけてくる。
俺はそんな2号に笑みを返しつつ、昨日購入したもう1台のミキサーを箱から取り出した。
「あいにくだったな。スイッチを押したら薬をやるとは確かに約束したが、
その後でお前を生かしておくと言った覚えはないぞ」
「チィーッ!?」
真っ青になった2号はよちよちと逃げ出そうとする。だが狭いテーブルの上、逃げ場など無いも同然だ。
テーブルの淵まで走ってきて立ち止まった2号は、おっかなびっくりと床の方をのぞき込む。
ベビンネの身長とテーブルの高さを人間で換算すれば、ビルの3~4階あたりから飛び降りるようなもの。
そう簡単にダイブする度胸など、こいつにある訳がない。
もっと安全な逃げ道はないかと右往左往する2号をニヤニヤ眺めながら、俺はミキサーをセットし終えた。
「さて、そろそろ行こうか。8号が早く来いって言ってるぞ」
「チィィィーッ!!チィィィィィィ!!」
狂ったように泣き叫び、暴れる2号を取り押さえ、新しいミキサーのボトルの中にぶち込んだ。
滝のように涙を流し、ぺしぺしとボトルの壁を叩く2号に俺は言う。
「安心しろ、一思いにはやらないから。まずは10秒だな」
「チィィ!……チギャアーーッ!!」
スイッチを入れると同時に、2号の悲鳴はミキサーの回転にかき消された。
高速回転する2号の足元から血しぶきが飛び散り、先程の8号同様に2号の背丈がみるみる低くなってゆく。
10秒数えてスイッチを切った。回転が遅くなり停止すると、飛び散った血で全身が赤く染まった2号が姿を現わした。
ボトルの4分の1くらいが液体で占められ、腰辺りまでが消失している。
「チィ……」
呆然自失の体でボトルの壁にもたれかかっている2号はかすれた声で鳴いた。まだ声が出せるだけ大したものだ。
ボトルの蓋を開けると、覗きこむ俺の顔を見上げて、2号は弱々しく手を伸ばす。
おめでたい奴だ。ここまでした俺が、今更助けるとでも思うのか。
そんな2号の顔面めがけ、俺は8号のミキサーから、元8号だった液体を浴びせた。
「ヂァァァァ!!」
か細い悲鳴を上げて、2号はその液体を撥ね除けようとするが、さすがにもう手を動かすのも精一杯の様子だった。
「さて、いつまでも遊んでいられんからな。あの世では8号と仲良くしろよ」
実際のところ、そろそろ会社に行く準備をしなくてはいけない。俺はとどめを刺すスイッチを入れた。
「チィーーー………」
2号の声はすぐに途絶え、物言わぬ液体へと姿を変えていった。
30分後、パンをかじって簡単に朝食を済まし、身支度を整えた俺は、2つの皿を持ってガレージに入った。
ベビンネ達はまだ眠りこけている。俺はケージの中に両方の皿を置くと、ぱんぱんと手を叩いた。
「おら、起きろ起きろ。飯だぞ」
ビクリとする者、寝ぼけ眼をこする者、ベビンネ達はめいめい目を覚ました。
その内の1匹が、俺の姿よりも先に皿に気づいて、「チィー♪」とうれしそうな声を上げる。
それを合図にしたかのように、全員が片方の皿に群がった。昨日与えたオボンの皿の方だ。
ミルクの方には1匹も行かず、皆オボンのすりおろしに夢中になっている。すっかり味を占めたらしい。
「チィ♪」「チィチィ♪」
反応を見るに、昨日以上に美味しく感じられるようで、ベビンネ達は皆大喜びだ。
それはそうだろう。今日はただのオボンのすりおろしではない。
2号と8号の液体を半分ほどブレンドした特別製なのだから。
極限の恐怖と絶望の中で死んだ2号と8号からは、たっぷりとミィアドレナリンが抽出されている。
それをオボンに混ぜてやったわけだから、さぞかし美味な事であるに違いない。
そんな事は露も知らず、ベビンネ達は兄弟の死体のミックスされた特製オボンを貪っている。
2号の姿や、ガムテープの山が消えている事には、誰も気づいていないようだ。
「じゃあ行ってくるからな、残さず食うんだぞ」
俺はその姿を嘲笑しつつ、ガレージに鍵をかけ、会社に向かうのだった。
(つづく)
最終更新:2016年12月29日 19:25