思い出の代償

相棒のグラエナが死んだ。老衰だ。
幼い頃に初めて捕まえたポケモンで、ポチエナの頃から大切に育てていた。
20年以上の付き合いだった。

未だに死んだことに対する実感がわかず、使っていた小屋や毛布なども
片づけないまま家の庭に出してしまっている。

そんな状態でも仕事を休むわけにはいかない。
数日間の出張の予定も入っているのだ。
活力が湧かない体を無理やり動かす。
いや、動かしていた方が余計なことを考えなくてすむので、かえってこちらの方がいいのかもしれない。

…数日後
出張から自宅に帰ると、どうもグラエナが使っていた小屋の付近で気配を感じる。
忍び寄ってみると、ピンクの毛皮が見え隠れしている。
タブンネだ。ママンネのお腹に顔をうずめ、3匹のベビンネがミルクを吸っている。
ベビンネはちょうど毛が生えそろい、目も開いてきた時期と言ったところか。

ミッミッ♪ミィミィ♪ミミミミ♪♪
ママンネはそんなベビンネを見て目を細めている。
とても微笑ましい光景だ・・・とは、今の私にはとても思えなかった。

グラエナがかつて使っていた小屋はタブンネの毛と糞で荒れ放題。
おまけにママンネが無理に体を押し込んだせいか、小屋の入り口の一部が壊れている。

(あいつら・・・大切な思い出の小屋を我が物顔で使いやがって・・・)
胸の奥にどす黒い感情が湧いてくるのを感じながら
(しかし、私の方もいつまでの小屋と毛布を片付けてなかったからな。
野良タブンネからすると、いい生活拠点に見えてんだろう。)

そう思いなおし、小屋の方に近寄る。
(まあ、家主が帰ってきたことに気づけば、自分から去っていくだろう。
勝手に使われたのは腹が立つが、片づけていなかった手前、許してやるか。)

ミッ?
ママンネがこちらの接近に気づいたようだ。
これでさっさと逃げて行ってくれるだろう・・・

しかし
ミィィィィ!!!ミィッ!ミィッ!ミィミィミィミィ!
ママンネはベビンネを自分の後ろに隠し、歯をむき出しにしてこちらを威嚇してくる。

ママンネは子育て中のため外敵に敏感になっていたのだろうか?
自身と子供たちが安全に暮らせる場所を脅かす相手には何があろうと退かないつもりらしい。

(コイツ・・・!)
その態度が私の琴線に触れた。
(私の思い出の場所を汚した挙句、穏便に済ませてやろうとした心も踏みにじりやがって!)
(いいだろう・・・そんな態度を取ったこと、徹底的に公開させてやる。)

プツンと私の中で何かが切れる音がした。
「サーナイト、出てこい」
ボールから出てきたサーナイトは何事かと一瞬あたりを見回すが、
タブンネの毛と糞で汚されたかつてのグラエナの小屋、こちらを威嚇しているママンネ、
静かに怒りの感情を込めて立つ私を見て状況を理解したようだ。

「サイコキネシスだ。ただし、殺すなよ。」

命令されるやいなや、カッとサーナイトの目が見開く。

ゴガキッ! ガゲキミッ!!

鈍い音がして、タブンネの四肢があらぬ方向に曲がる。
本当なら嫌な音と感じるはずだが、なぜか今は心地よい。

ミッ?ミギャッ!ミゲグギィィィィ!

向いてはいけない方向に曲がった四肢を見て悲鳴をあげるママンネ。
後ろのベビンネはミィミィとママンネの心配をしている。

「よくやった。後はどうとさいみんじゅつをかけて全員眠らせろ。」
私がこれからやることが分かったのだろうか。
命令を聞いた瞬間サーナイトの口からほんの少しの笑みがこぼれる。

サーナイトはママンネに近づき、いやしのはどうをかける。
ママンネはすさまじい痛みから解放されて油断したのだろうか。
すぐさまかけられたサーナイトの催眠術に、抵抗らしい抵抗を見せず眠りに落ちた。

チィチィ!チィチィチィ!

敵の前で無防備に眠ってしまったママンネを心配するベビンネ達。
しかし、サーナイトの催眠術によってすぐに眠らされてしまった。



眠ったママンネとベビンネ達を家の地下倉庫まで移動させる。
物置として使っているのだが、まだスペースに余裕がある。

(さて、どうするかな。なるべく長い時間苦しめなければこちらの気がすまないな。)
どうやって気晴らしするか考えつつ、地下倉庫の地面に杭を4本打ち立て、ママンネとベビンネ3匹を括り付ける。
両手両足を拘束具で拘束して・・・よし、これで動けまい。

そして、ママンネの触角を伸ばし、一番大きいベビンネ(長男ネ)に取り付け、テープで固定する。
さらに中くらいのベビンネ(次男ネ)、一番小さいベビンネ(三男ネ)の触角も同様にして長男ネの体に貼り付ける。
催眠術がまだ効いているのか、ママンネとベビンネはまだスヤスヤと眠っている。

(うーん、あれだけ私の心を踏みにじっておきながらのこの安らかな寝顔。
催眠術をかけたのはこちらとはいえ、改めて殺意が湧いてくるなぁ。)

ここから殺すだけじゃあ一瞬すぎて面白くない。
何かいい殺し方は・・・。
そうだ!私の頭の中に、一つのアイデアが思い浮かぶ。
そうと決まれば・・・えーと、タブンネの体の構造をネットで調べて・・・と。

準備はできた。後は実行するだけだ。

まずはママンネ、ベビンネ達に冷水をかける。

ミィッ!?ミミミミィィィ!?

驚いて目を覚ますタブンネ一家
ちらちらとあたりを見回すが、薄暗い地下倉庫の中とあってとても不安そうな表情を浮かべている。

ミィッ!ミィミィミィッ!

ママンネがこちらに歯を向き威嚇してくる。
腕と足が折れているのに、随分と元気なことだ。
タブンネは生命力が強いと聞くが、まさかもう治ったのか?
まあ治ろうが治るまいがどちらにせよ拘束されて動けないのだが。

チィ・・・チィチィチィ・・・

一方ベビンネ達はおびえて不安げな鳴き声を出すだけだ。

私は少し長めの針を取り出し、長男ネに近寄る。

チッ?チィィィィ??

長男ネは針を見て怯えている。ベビンネであっても、鋭利な物体は危険と本能的にわかるのだろう。
くりくりとした目からは大粒の涙が出ており、その顔からは「やめて!」という思いが湧き出ている。
もちろん、やめるつもりはない。

ブスッ ブスッ

私は長男ネの右胸に針を刺した後、引き抜いて素早く左胸にも刺した。

チッ!チィィィィ!?チヒッ!チヒ!

最初こそ痛みに対して大きな声を上げた長男ネだったが、徐々にその声は小さくなっていく。

ヒ ィ ィ ィ ミ・・・
ィ ミ ヒ・・・
コヒュー・・・
コヒュー・・・

長男ネの声はさらに小さくなっていき、最後には苦しそうな呼吸音が聞こえるだけになった。

私が刺した個所。それはタブンネの左右の肺だ。
生物は肺に穴があくと呼吸しても肺が膨らまず、体に十分な酸素が行き渡らなくなる。
結果として、長時間苦しんだ末に死ぬと聞いたことがある。
ネットで簡単に調べて、ダメ元で試してみたがどうやらうまくいったようだ。

ミギャッ ミギャギャァァァ ミギャミギャミギャァァァッ!

ママンネの叫び声が地下室に響き渡る。
ママンネの触角を長男ネに取り付けたのはこのためだ。
タブンネは触角を相手につけて、体調を診断することができる。
今の長男ネの状態では、遠からず確実な死が訪れると気づいてしまったのだろう。

チィィィィィ?チミィィィィィ!?

同様に次男ネと三男ネも長男ネの苦しい気持ちを読み取ってしまい、叫び声をあげる。
まだ体調診断はできないようだが、長男ネの「苦しいよう。誰か助けて。誰か・・・誰か・・・」
という感情を読み取ってしまったのだろう。
手足が自由ならすぐに助けに行ける距離なのに、拘束されて助けに行けない。
自分と血をわけた、大切な家族の命の光が目の前で徐々に消えていく・・・
そう、それは死にも勝る苦しみだろう。

コヒュ・・・
ミガッミガミギグゲギィィィ!
チギッ!チギャチギャチギィギャァァァァ!

長男ネの苦しそうな呼吸にあわせ、ママンネ、次男ネ、三男ネの叫びがハーモニーを奏でる。
ああ・・・いい・・・実にいい。
長男ネの青ざめた顔、ママンネの怒りと絶望で赤くなった顔、流れてくる苦しみと絶望を処理しきれず
凄まじい形相で頭を左右にふる次男ネと三男ネ、それぞれの反応が私の心を楽しませてくれる。

「まーだ処置を施してから3分くらいしか経ってないぞー」
「大丈夫!あと30分くらいは生きれるって!」

私の言葉はタブンネには理解できないだろうが、それでもいい。
満面の笑みでタブンネ一家を応援してやる。

コヒ・・・
ミゲッミガミガミガミギィ!ミグェェ!
チギャッチギャゥェェチギィィx!

10分が経過した。長男ネの目はすでに光が失われつつある。
幼いと言えども、自分が助からないと理解できたのだろう。
その顔は「もういい・・・早く殺して」と絶望の表情を浮かべている。
ママンネは歯が折れんばかりに歯を食いしばり、必死に手足を動かして拘束具を壊そうとしている。
サーナイトに折られた手足は完全には治っていないだろうから凄まじい痛みだろう。
うむ、母の愛は全く素晴らしい。
まあ、20年来の相棒との思い出を汚された私の怒りはそれ以上だがな。
次男ネと三男ネは、長男ネが生きる望みを失ったのに気づいてしまったのだろう。
ガタガタと震えながら、ただひたすら頭を左右に振る。
無駄だとわかっていても、触角を通して流れてくる絶望の感情をごまかすのはそれしかないのだろう。

コ・・・
ミゲギグェェェ!ミガギギィィィ!
チゲガッ!チギィィィィピギャァァァ!

20分が経過した。
長男ネの動きはほとんど見られない。
しかし、それに反比例するかのようにママンネと次男ネ、三男ネの叫びが激しくなっていく。
この対照的な絵柄は、どこか芸術的である。


ミッ!?ミッ!?ミィィィィィ?
チギッ?チギッ?チミィィィピギャァァ!!!

30分が経過した。
長男ネは天に召されたようだ。
紫色に変色した顔は、がっくりとうなだれている。
ママンネと次男ネ、三男ネは長男ネの死を感じ取ったようだ。
叫び声でなく、泣き声と表現するに相応しい声が地下倉庫に響き渡る。

次の瞬間

チギャッミヒャッミヒャッ!チギャヒャヒャァァ!

突然、三男ネが笑い出した。
うーむ、どうやら苦しみ、絶望、そして死の感情をダイレクトに受け取ったことが、
三男ネの心を破壊してしまったらしい。
虚ろな表情で虚空を見つめ、ただひたすら笑い声をあげている。

「ありゃー。計算外だった。
三男ネは火あぶりにするつもりだったんだけどなー。
まあいいか。予定を変更しよう。」

私はそうつぶやくと、次男ネの触角を長男ネの死骸から外してやる。

ミィ?

涙ぐみ上目使いでこちらを見上げる次男ネ。
私が起こした行動に、ほんのわずかだが「助けてくれるのかも?」という希望を見出したらしい。
もちろん、そんなわけがない。

次男ネの触角を、今度は三男ネに貼り付けてやる。

チギッ!?チギィィィィィィィ!?

長男ネの苦しみ、絶望、死の感情を味わった後、今度は三男ネの壊れた心を読まされる次男ネ。
正直、壊れた心を読まされる苦しみはまったく想像できない。

チギミヒッギギャヒヒッ?ミヒギャチギィィィ?

しかし、次男ネの苦しそうな、それでいてどこか呂律の回らない叫びを聞くと、
確実に心を蝕まれているということが分かる。

ミッ!

そんな次男ネの惨状を見て、目を閉じようとするママンネ。

「だめだよ~、きちんと自分の子供が頑張っているところを目に焼き付けないと!」
無理やりママンネの瞼を上げてやる。

ミヤァァァァッ!

ママンネは顎が外れるのではないかと言うほどの大きく口をあけて叫ぶ。

チギミ?ヒギィィ!ミヒャミヒャヒィィィィィィ?

次男ネは必死に頭を左右に振り、自分の心が壊されようとしていることに抵抗している。
しかし、徐々にその頭の振りも弱くなる。
口からはよだれがたれ出し、目も虚ろになる。泣き声にはだんだんと笑い声が混ざる。

ミイヤァァァァァ!ミィィィィィ!
変わりつつある次男ネの様子を見て、ママンネはさらに大きな声を上げる。

チギャハァチギャハ?ミハッ?チハァァハハハハ!

次男ネも限界を迎えたようだ。
地下倉庫には、次男ネと三男ネの狂った笑い声が響き渡る。

ミッミヒッ・・・

おや?どうやらママンネは生きる気力をなくしたようだ。
俯いた顔からは、私に対する怒りや、死んだ自分の子供を悼む心すら見えない。
ただただ、この苦しみに終わりが来るのを待っている顔だ。

私はそんなママンネに対し・・・・

チクッ

栄養材を注射器で打ってやった。

ミッ?

私の方に顔を向けるママンネ。

「これで死ねると思った?残念!
ママンネちゃんには、長男ネちゃんの遺体が朽ち果てるところ、
心が壊れた次男ネちゃんと三男ネちゃんが徐々に衰弱していくところを見てもらいます!」

「タブンネという種族は生命力は抜群だからねー。
栄養剤を注射しておけばまだもっと持つだろうな!
これから毎日、仕事から帰って来たら栄養満点の注射をしてあげるよ!
一緒に長男ネちゃんの遺体、次男ネちゃんと三男ネちゃんの狂気を観察しようね!」

ミギャアアアアアァァァ!
少なくとも、自分が死ねないということは理解できたのだろう。
ママンネのひと際大きい叫びが響き渡る。

これからの楽しみができた私は、ワクワクしながら地下倉庫を後にした。

おわり
最終更新:2016年02月15日 22:01