チィチィ!チィチィ!
とある田舎町のポケモンショップ。首都圏で大人気のタブンネがこの地方にもついに入荷したのだ。
さらに特別企画でなんと無料である。既に整理券は配り終わられ、店舗前は長蛇の列だ。
「うわあー!かーわいい!」
ショップのショーケースにぎゅうぎゅうにつまる幼態タブンネ、通称ベビンネの愛らしさに周りはキャーキャー声をあげる。
負けずにチーチー騒ぐベビ群の中、一匹だけ隅で丸くなってるベビがいた。
この♀ベビは乳離れの出来ずにいた一番の甘えん坊で、ママンネから離れた悲しさで拗ねているのだ。
彼女がこの話の主タブンネになる。
「整理券順にお渡しします!個体指定はお控えください!」
スタッフに掴まれ、リボンをつけられることに体を強張らせる拗ねンネ。
「わあ、わたしのはこの子なのね!」
その声と共に優しく抱かれる拗ねンネは、何かと周囲をキョロキョロすると眼前には女の子の笑顔。
「今日からうちのペットだよ!よろしくね!」
「チィ………チッチィ♪」
こうして拗ねンネは12歳の少女とその両親、新しい家族を三人得たのだった。
一ヶ月が過ぎ環境に慣れたベビンネは今日も広く暖かくたくさん遊具の置かれた部屋で放し飼いにされていた。
「タブィ、おやつだよ」
キッチンから切り分けられたオボンがのせられた皿を持ち少女が駆け寄る。
タブィと名付けられたベビンネが飼われた先は裕福な家庭あり、苦も不もない幸せな暮らしを送っていた。
トイレはまだ覚えられないが、失敗しても叱られる事もなく、ストレスが無いのがストレスなんて言われるくらいの生活だった。
「あら、おやつもいいけど今日は綺麗綺麗いくんでしょ?」
「忘れてた。ママー、少ししてからいこう?」
「仕方ないわね」
実業家の父、良妻賢母と呼ばれる母、そして優しい姉のような少女。恵まれた環境だがタブィにはもうひとり大好きな人間がいる。
「いらっしゃいませ!おおタブィちゃん、待ってたよ!」
クルマで10分程先にあるポケモンサロン、そこの店長の20代の青年である。
青年は以前都会にある商店街でテナントを借りて営業していたが、どうしても一人立ちしたく無理して、地元で開業したようだ。
その時にタブンネを扱った経験もあり、この地方唯一のタブンネ経験有りということで、この一家と縁ができた。
「じゃあよろしくねお兄さん」
「ばいばーい!またあとでねー」
「ミッー♪」
「ではお預かりします。お帰りはご連絡いたします」
車を見送ると青年はタブィを撫でながら言う。
「ボールやケージのが安全なんだけどなあ、「ケージ嫌がるの」って言うわりにうちでは入ってるのに。なっ?」
青年が声をかけるとタブィはケージ内で「ミッ♪」と鳴く。
もはや親愛じゃなく、青年を♂として認識していると言ってもいい程だ。
商店街で鍛えた最高ランクの腕前の心地よさにタブィは幸せだった。
終われば迎えをまってる間は他の客ポケとお話してると、飼い主が迎えにきて帰宅途中サロン近くのお菓子屋でご褒美。
帰宅してもおいしい食事。
いつしかママンネの事も忘れただひたすらの幸せの中時は過ぎていく。
だが頂に辿り着いた者を待つのは下りしかない。さらにその菓子が 人間の食品 ということも。
人間の食事の添加物は本来木の実食のタブンネには有害である。
「またやったの!?タブィ!!」
「ミフンッ!」
一年が過ぎ、成体となったタブィは今までの贅沢な暮らしから、
ワガママ自分勝手、一番偉いのは自分で飼い主は奴隷。やりたい放題化していた。
「まあまあ、タブィも若いんだからいたずらくらいするさ」
「あなたは甘いんだから!最近はケーキしか喜んで食べなくなったし!」
「ケーキくらい何個でも買ってあげたらいいじゃないか」
尿をトイレ以外で行い、それを追いかける母、甘やかす父。
「じゃあ友達と遊びいってくるね!」
「ちょっとタブィのお庭遊びは?」
「だってタブィすぐ疲れるし。友達まってるの!忙しいからダメ!」
そして中学になった娘も部活や友人付き合いでタヴィの世話も減っていた。
愛らしいベビンネが、今ではブクブク太った肥満ネ(ヒマンネ)横幅が標準の約1.5。
食べたい時に食べる不規則な食事に合わせ、好物の人間食に含まれる油分や糖分が与えたのは脂肪だけではない。
体臭の悪臭化や皮脂の過剰分泌による垢は毛づやを奪い、体毛はベタつくばかり。糞も悪臭の強い軟便だ。
一年目の検診でポケ医から言い渡されたのは、肥満による内臓機能悪化。
それを告げられた時は、通訳のナースハピナスを叩いたのだ。
それら反抗的な態度から一家のタブィへの関心も欠如しサロンへいく頻度も少なくて三ヶ月に一度か、余程汚い時だけ。
洗い立ては綺麗でも三日もたてば「あっさり」という言葉が的確なのか悩むが、あっさりと脂ぎるのは言うまでもない。
そもそもタブンネは人型であり感情も豊かだ。そのぶん甘やかせば甘やかすだけ付け上がってしまう。
食品添加物は成長期の脳を刺激し自制を奪い、ひたすら欲のみを解消する為に生きるような片寄った性格へと昇華させた。
今日は待ちに待ったサロンへ訪れたタブィ。青年ことお兄さんは笑顔で迎え、優しく洗ってくれて、さらに
「美容の観点から失礼を承知で申し上げますが、まずは食事の制限、運動、さらに定期的な皮膚のケアを…」
と意味はわからないが、タブィからすれば飼い主を叱ってるように見える。
「いつも自分をかばってくれてる、だからお兄さん大好きミィ。でも最近他のポケモンも触ってるのが許せないミィけど」
タブィは飼い主よりも優しいお兄さんに依存しだし、家族も呆れる程お兄さんには素直に従い別タブの如く利口に振る舞っていた。
繁殖期を経た為か幼少よりも独占欲は悪い方に増したようでもある。頻度が減ったのもあるのかもしれいが。
だがそれは他の客ポケにも向けられ始めた。
「ニャアア!!」
「ほら、暴れると終わんないぞー?」
「イャアアアア!」
まだ小さなエネコがお兄さんを困らせてというか、ただじゃれついているがそれすらも気に入らない。
もちろんお兄さんは笑顔で対応、お兄さんはポケモン大好き人間だ。ダストダスやベトベトンすら躊躇せず抱き締めるほどに
…憎いミィ
ただそれだけがケージ内で順番待ちしてるタブィの心を覆っていた。
「ふざけるミィ!お兄さんはミィのものだミィ!!」
いますぐにでもあいつをぶちのめしたい。でも自分はお兄さんの前ではいい子でいなければならない。
かつての純粋な想いも今は歪んだ独占欲とひたすらの保身。
それら怒りや嫉妬は帰宅後に家族へ八つ当たり気味に向けられるのだからとてつもない悪循環。
さらにドクターストップでお菓子も無い。
これら様々な要因も最悪なカタチで悪化し、『汚れればお兄さんに会える』と曲解してしまった。
記憶をフル回転させ、ゴミを漁り体を汚したり庭で土まみれになるのは良い方、極には糞尿で身を汚すまでとなった。
もちろんそんな事が招いたのは
「もう室内で飼えない」
気づくとタブィは庭に居た。
首には頑丈な首輪、暖かい床やエアコンもない。雨よけといわんばかりに斜めに立て掛けられたコンパネ一枚。
いつも手の届く場所にあったオヤツも菓子も無い。
「ミギャアアア!ブッヒャアアア!ミバアアアアア!」
首輪を手で引きちぎろうとしながら転げ回り、その憤慨は奴隷達の居るガラス越しの快適空間に向けられた。
叫びをあげながらガラスを叩き、転げ回り駄々をこねては首輪が食い込みえづく。
「中に入れろミィ、汚れたからお兄さんのところにつれてけミィギア!ゲッホッ!!」
そう言っているのだ。
ガララと窓があき、自分はミフンッ!と縁側に手をかけるが次の瞬間頭に固いものが叩きつけられた。
「近所迷惑だからいいかげんにしろ!あんたあのお兄さんの言うことしか利かないから反省しろ!」
タブィに言わせればもはや奴隷を通り越し「生意気なクソババア」と化した母の一喝。
窓は閉まりカーテンも閉まった。
タブィは産まれた時か母ンネと離れた時以来か大泣きした。うすら寒い木の板一枚の下、ひたすら泣いて一夜を明かしたのだ。
翌朝小屋の前にあったのは残飯のようなグチャグチャに混ざった一品。
かつて口にしてた物には変わりないが、やはり物にはそれぞれのポジションがある。白い米も野菜も果実も肉も混ざればそれは暴動でしかない
空腹に耐えかねて口にした生ゴミ丼の味に再び涙を流した。
閉め出されてから三ヶ月が過ぎた。
現在のタブィはサロンにも行けず、不衛生からの皮膚炎は化膿しだし、体罰による部位は不気味に変色し始めている。
もはや生ゴミまで落ちた食事により痩せ始めてはいるものの、たるんだ皮膚が不気味に蠢く姿はもはやタブンネですらない。
家族からの扱いも今まで以上に悪化し、良く言えば生ゴミ処理機、悪く言えば汚荷物という感じだ。
タブィがわめき散らしても無視するか、固い棒で殴り付けていくだけ。
年頃な娘も「くさい」「ちかよらないでうつるから」とタブィを非難しだす始末。
そんな生活に追い討ちをかけるように、ここ数日からタブィにとって怒りの一つともなる変化があった。
「ウフフー、違いますわー!わたくしが好きなのはご主人様ですわー」
「やっだー、そなのですのー?サロンのお兄さんでなくて?オホホー。今日もお兄さんを見つめる瞳でバレバレでしたですのー」
最近近所に越してきた一家の美人なドレディアとミミロップだ。篭を手に持ち、いつものおつかいにいく途中だろう。
飼い主はサロンのお兄さんくらいの歳の青年で、ドレディア達もそんな飼い主を大好きなのが見てるだけでわかる。
「あんなキモ男より、お兄さんのがかっこいいミィ。ミィの奴隷どもはいつミィをお兄さんの元へ連れてくんだミィガァ!はやくじろ!」
いつもはウザい羨ましい妬ましいと見つめるだけだが、「サロンのお兄さん、今日も」という言葉が文字通り引き金になり、二人めがけ石を投げつけた。
「キャッ!いたいですわー」
「ミミさん!?これは石?どこからですの!?いたた!」
「ブッヒィン!ブスどもははやく消えろゲッフィ!」
投石をやめないタブィ、石と間違い糞に手をかけたその時。
「オラアアアアア!」
声は彼女達の飼い主だ。飼い主は彼女達を安全な位置まで離すと、怒りの形相でタブィの家に怒鳴りこんでいった。
「いたたですわ…」
「ミミさん!しっかりしてくださいですの!」
「父さんから傷薬あずかってるよ!」
少し遅れて現れたのミミ達の家族であるカメールの男の子だ。薬をドレディアにわたし、ミミロップを治療しすっかり回復。
「お前!僕達より大きいお家に住んでるからってこんなことしていいとおもってんのか!?ふざけんな!!」
青い顔を真っ赤にして怒るカメールの剣幕にタブィは一瞬たじろぐも、直ぐに怒りが沸き握りしめた糞が指から溢れ出す。
「うるさいミィ!!おまえらみんなうざいミィ!うんち喰らうミィ」
振りかぶったその時、彼女達の飼い主が足音たてながら家から出てきた。
そのままタブィを見ずにミミロップ達に駆け寄るとすぐに視界からいなくなったが、カメールだけは憎悪の目で振り返っていた。
指からなかなか離れない粘液質な糞の悪臭のみが残され場は静寂が訪れ…なかった。
ガララ!と窓が開くと顔を真っ赤にしたババアが箒を握りしめ涙を浮かべながらタブィを叩き出した。
「恥かかせやがって!!このクソ!」
バシッバシッと響き渡る音。
だがキレてるのは母だけじゃない。タブィも日頃の鬱憤を晴らす様反抗し、握り締めた糞を母の足に叩きつけた。
それにたじろぐ母の手を歯垢と歯肉炎を起こしたバイ菌まみれの歯で噛みついたのだ。
「ミィに逆らう奴はみんなしねばいいミィ!」
勝利に酔いしれたがそれはどこかただ虚しいだけだった。
その夜、タブィは父に無言で首輪ごと引き摺られ車に乗せられた。
その苦しさよりも、車=サロンなのでお兄さんに自分も治してもらって綺麗にしてもらえると安堵したのか眠りについた。
半年前から置かれるようになった、尻の下のシートはゴワゴワして気持ち悪いがそんなのはどうでもいいのだろう。
しばらくして車は止まり、開かれたドアの音で転げるよう飛び出した先は排水溝のある土手。
振り返るタブィから逃げる様遠ざかる車。首が軽いのは首輪がないおかげか。
自身が捨てられたと気付くのにそう時間はかからなかった。
タブィは夕日の眩しい道をふらふら歩き行く。もともと人の少ない町は歩く人も車もまばら。
人がいても自分を汚い物を見る目で通りすぎていくが、そんなのどうでもいい。
首輪の部分は擦れて禿げ上がり、吹く風は激しい痒みと刺激をもたらすが、それが今の眠気や空腹を吹き飛ばしているのだろう。
捨てられてから三日が過ぎ、タブィはひたすら歩けたのは家に帰りたいからではない。
「お兄さんのお店にいくミィ。お兄さんの子、いや奥さんになるミィそしたらずっといられるミィ!」
それだけのために。
もはやお兄さん以外の人やポケモンに対し不信しかなく、身を隠すように動いたのが功を成したのだろう。
無傷ではないが約三日かけて見覚えのある場所までたどり着いたのだ。
場所はそんなに遠くではなかったようで、タブィの視界にようやく見覚えのある看板や建物があった。
それらを目印にあのサロンへ向かう。
今では悪夢となった幼少の記憶を懸命に辿り、街を歩く。
過去への怒りや憤慨も今のタブィにとっては足を進める原動力。
傷や体が痛んでも歩みを止めない。あの優しい笑顔と暖かな手、ただそれだけのため。
道中自分と同じような薄汚れたタブンネをたくさんみた。
必死にわずかな餌を奪い合う様や大怪我で死にかけていたり、たくさんのガリガリに痩せた子を自身も痩せた体で必死に暖めてる姿を。
だが同情はない。それらも「ミィは絶対ああならないミィ!お兄さんがいるミィ!」と自分を奮い立たせる要素でしかなかった。
残飯生活の賜物かゴミを口にするのに躊躇はせず、むしろ御馳走だ。それ以外は草を食み雨水や泥で喉を潤した。
夕陽が沈む頃ようやくたどり着いたサロン。帰りに寄っていた近所のお菓子屋からの甘い匂いは、ここが間違いないという証拠。
もう何度目だろうか、タブィの瞳に涙がうかぶ。
ここを曲がれば…力を振り絞り角を曲がったその時だった。
「きゃはははは!あばばばば!」
「こうら!危ないからこっちおいでね!」
「つっかまんねえもーん!」
夕陽に輝くビロードのような美しい毛並みのイーブイの女の子が駐車場を駆け回り、荷物で顔が隠れた男性に体をすりつけている。
その幸せそうな顔や美しい毛並みに歯軋りするタブィだが、荷物を降ろした青年の顔を見て失禁した。
そう、大好きなお兄さんその人だ。
「あのがきんちょオーナーも出世したもんだ。かけだしの頃色々世話してもらったし、恩返ししなきゃならんだろ?」
「ええーやじゃあーん」
「そんな顔するなよ。友達のベトベト君やドラピオちゃん、ダスト君やミミちゃん一家にもお別れ会してもらったろ?彼らに失礼だよ」
「うわわん!いややん!にああん!はなれたくないいん!」
だだをこねるイーブイを優しく抱き上げる撫でるお兄さん。
「やっぱりどんなワガママも許してくれるミィね!
もはや一方的、むしろ理想を押し付ける勢いだ。
タブィの口許が歪む。
「まずはあの糞ブイを奴隷にしてやるミ。そしたらお兄さんに怪我治してもらって、あそこのケーキを食べさせてもらって…
…ババアやジジイどもをミィがやられたみたく固い棒で叩いてもらうミィ!!ミェヒヒヒヒ!」
顔をさらに醜く歪ませるタブィ
自分がもっとも信頼している人間を、欲望の捌け口や都合のいい奴隷にしようとしている事に気づく日は訪れるのだろうか。
「いつ帰ってこれるかわからないからな」
その一言で歪んだ希望は絶望となった。
イーブイの言葉と共に意味が理解できたのだろう。一気に血の気がひいていく。
もう会えなくなると理解したのか、タブィは駆け寄りたくても足はもう限界だ。
「さあ、いこう」
「うん!だーいつきなパパがいればさびちくないぼん!」
「なんだよ悲しんだり笑ったりして」
肩にイーブイを乗せたお兄さんは車に乗り込むとあっという間に見えなくなった。
「ふざけるミ!?お前は何を言ってるミィ!?おにいざんのどなりば!ぞごばビィのばじょだびい゛い゛!!!」
最後の望みを追うために体を引き摺りながらたどり着いた何もない駐車場。
店のガラスは閉め切られ、綺麗な看板もはずされていた。
お兄さんと別れたつらさ、あの優しさを独占しているイーブイへの嫉妬が入り交じり、もうタブィはどうしていいかわからずまた涙が溢れるだけ。
店舗の前で泣き崩れる事しか、タブィにはできなかった。
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場面は変わって、かつてのタブィの家。
父がタブィの私物や用品が乱雑に箱につめている。
それに合わせてか母が山のように積まれた未開封のカタログ雑誌や手紙を箱に詰めていく中、封筒が一部あった。
これも開封され事なく処分されるのだが、封の中にはたくさんの
ポロックと手紙がありこう記されていたとはもう誰も知ることはないだろう。
サロン店主からの突然の転勤への謝罪や、同所で同業によるリニューアル案内、旧店のカード持ちは特別優待などといった文だ。
今月は無料で対応する等と事務的な言葉が印刷された文字で並ぶが、下部には手書きでこう記されていた。
お家の方へ。ここからはタブィちゃんにお話してあげてください
お元気ですか?
突然こんなお手紙書いてごめんね。タブィちゃんにはどうしてもあやまりたかったんだ。
一緒に入ってるのは僕の作ったポロックだよ。タブィちゃん用にブレンドしたからきっとおいしいよ?
それと、新しくくる人は僕よりもっと優しいお兄さんだから仲良くしてあげてね!
タブィちゃん最後にきれいにしてあげたいです。もしよろしければご遠慮なくお申し付けください。店主
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再び変わってサロン店主視点
今はパーキングで休憩しており、深夜の静かなレストエリアでジュースを飲みつつ表情を曇らせていた。
「やっぱああいう書き方は失礼だったよなあ」
「?」
肩に乗ったままのイーブイを撫でながら青年は独り言のようにつぶやきだした。
「タブィちゃん半年以上も…最後までこなかったしさ、なんか心配なんだよなあ。でも飼い主、客には失礼だからきけねえし」
「…?」
「最近タブンネの色んな話多いだろ?思いきってみたんだけどやっぱ失礼だったよなあ。それぞれ事情があるしよ」
そんな表情を察したのかイーブイは不安げな顔をする。
「すまん。まああれだけ裕福な家庭で、あそこまで肥える程の生活してんだもん、きっとうちより高級店にいってんだろう。幸せだろう…ッさ!」
頬を叩き頭を切り替える
「悩んでも仕方ねえ。なんでもあっちで店長兼新人教育もまかされちまったからな!気合いれていくか!!」
「おー」
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タブィにその想いが届くことは無い
タブィが今いる場所は暗く冷たい箱の中。眼前にある格子から外の様子が見え、
縦横に並ぶたくさんの箱には紛れもなく自分と同じタブンネがいる。
次々と運び込まれるタブンネが入れられた箱の壁面には捨てタブンネ害タブンネ専門の施設の刻印が施されていた。
あの日、タブィはその後限界に達した空腹を満たすべく過去毎回訪れていたお菓子屋に向かった。
裏手の廃棄品の入ったゴミ箱を漁っていたところを捕縛され現在に至る。
そんな中、他の一匹が格子を掴み「どうしてこんなことするミィ!巣に返すミィ!」と叫んでいる。
それを合図にか皆騒ぎだした。
「ふざけるミィ!さっさと可愛いミィにオボン献上しろミィ!」
「まって!ミィには巣にベビちゃん達が残されてるミィの!はやく帰して!」
「ミガー!ミフー!」
「パパ…ママ…どこいっちゃったミィ」
「ミィの卵と奥さんはどこやったミィガアア!!」
「人間にお菓子わけてっていったら嫌な顔されたから、わけなきゃだめミィ!って怒って叩いただけミィのに!」
タブィも叫んだ。
「どうせならお兄さんのとこへつれてけばよかったんだミィ!かわりにあのイーブイをぶちこんでやミィグッアア!」
伸びきってボロボロになった爪で必死に壁面を掻き続け、割れて血が滲んでもやめない。
「静かにしろなぁ。恨むなら飼い主を恨むんしかないぞ」
「ほんと凄いですね、最近の捨てタブンネ。施設が急遽設置されてから半年、毎日すごい数です」
死角にいた二人の人間は汚いダンボールを抱えたまま愚痴のように話し出した。
その愛らしさから、間違った育て方をされたタブンネ達に愛想を尽かし捨てるケースが急増している。
人間の食事を覚えた捨てタブは、ただそれらを求めゴミを漁るなどは序の口、酷い時は店舗や子供が襲撃されるなど被害が多発。
野生タブンネを扇動するケースも後を絶たない。そこで子を増やし子にも人間食を与えて、その子も…という最悪の循環。
ここにいるのはそういったタブンネやばかりだという。
「近場の<ポケモン被害対策課(同名作様おかりします)>は今やタブンネ被害対策課になってるらしい。現場で処置も仕方ないくらいに」
「一応これらの捨てと思われる個体の飼い主探しはしてますが返事は100%無いです」
二人は最後にダンボールを床においた。その中には先日みた痩せ細ったベビンネと同じく死にかけのベビンネ数匹。
微弱に手や足を震わせている事から息はあるのだろう。
「こいつらも捨てられてたんですよね?たしかこっちは町中に」
「もう片方の箱は山間の朽ちた資材置き場にいたベビンネだ」
タビィはそれを無言で聞いていた。それどころか今の状況から逆に不満が大爆発。
「自分は特別なタブンネ」というプライドが急激に沸き上がり「自分はこいつらと違う」と憎悪を燃やす始末。
もはや壊れたのか思考は「自分はお兄さんとつがいになるのが当たり前」ただそれだけだった。
「これから処分するわけなんですが、あいつだけは残してほしいと言われてるんです」
「あの一番汚いやつか?」
人間二人の目はタブィを注視し、そしてタブィは箱ごと室外に連れ出された。
「やっとミィの大切さが……ブツブツ」
垂れる文句も人間にはただの鳴き声にすぎない。二人は淡々と歩みを進める。
「どこいくんだ?こいつ」
「ああ、たしか……」
「ミフフ、きっとお兄さんがミィを迎えに来たんだミィ!」
タブィが連れていかれた先は施設の入り口ではない。ベッドや器材がならんだ部屋、待ち構えていたような数人の人間の中にお兄さんなど存在しない。
そこでタブィは様々な目にあった。
患部の写真をたくさんとられ、化膿した皮膚組織を麻酔もなく切り取られ、血液を抜かれ、歯を抜かれ
たくさんの人間からたくさんいじられ解放されたと思えば、また冷たい箱の中に戻される。
タブィはその常軌を逸脱した疾患から後の研究の為のサンプルとしてこの様な扱いを受けたが、そこに悪意はない。
純粋に医学向上を目指した名誉ある被献体だ。タブィのデータから作られる薬品は数々のポケモンを救う礎になるのかもしれない。
写真も重要な教材だ。
他のタブンネ達は皆殺処分とされたが、タブィは大きな研究所に送られ、
そこでさらなる実験や投薬、時には目を覆いたくなるような処置をうけた。
四肢を失った。臓器を機械に置き換えられた。皮膚を全て切除された。声帯も奪われた。
麻酔等も正確なデータが確保できないため使用されたこともない。
全身に繋がれたチューブから栄養や薬剤を補給され生かされる。
薬害、切除、摘出、体をいじられる凄まじい激痛に声も出ない、体も動かない、気絶すら許されない。
どこで歯車が狂ったのか、甘やかした家族が悪いのか、それを当たり前として境遇を素直に受け入れず身勝手した自分の行いが悪いのか
振り返っても、もはやどうすることもできない。
ママンネを、家族を、青年を、イーブイを、あのミミ一家を、ここの職員を、ショップで自分を渡したスタッフを、研究員を、そして自身を
誰を恨んでも、もはや全てはもう手遅れだ。
タブィと呼ばれたタブンネだった肉塊は今日も真っ白な天を見つめるだけだった。
終
最終更新:2016年03月05日 12:43