深夜の桜咲き乱れる公園。
数匹のタブンネが必死に木の棒を、届かない花に向け振るっている姿があった。
桜とは対照的に薄汚く、痩せてる分余計に目立つケバだった体毛を揺らしながら必死に棒を振るう。
「お前が、お前達が悪いんだミィ」
瞳に溜まった涙を撒き散らしひたすら届かない花に向け振るう。
彼らはこの公園近くの茂みに巣を構えた小さな群れだ。
彼らは一ヶ月前に伐採で住んでいた森を追われ、巡りめぐって人里近くの整地されていないこの茂みを見つけたのだ。
わずかだが木の実が自生しており、さらに多少のリスクはあるが人間の生ゴミから食料が得られることからも定住を決めた。
比較的人の少ない静かな町、誰も茂みになど誰も興味を持たないし近寄らない。
彼らはようやく安泰を手に入れたと思い、彼らの姿から解るが決して裕福ではないが細々暮らしていた。
まだ寒さは残るものの暖かさを感じられる時期となり、並んだ木に花が咲いてから生活は一変した。
静かな暮らしを壊すように、たくさんの人やそのポケモン達が連日公園に訪れるのだ。
日中はその喧騒に怯え、ひたすら巣で震えるしかできないタブンネ達。道中で仲間の死を目の当たりにしたぶん恐怖は乗加された。
逃げ出すにも、人里の中だ。ある意味自然の監獄と化した茂みから逃げ出すことも叶わない。見つかれば確実に死だ。
何より安心から産んだベビ達が足枷となっている。
ただ喧騒に怯えながら日が沈むのを待つ日が続くかと思われた。
しかし彼らの中には勇敢な物もおり、喧騒に向かっていった。
夜になっても彼は巣に戻らなかった。
そして彼の妻である♀ンネの一言が群れを動かしたのだ。
「あの花が咲いてからだミィ」
そして桜に対する憎悪を秘め、人がいなくなる深夜にそれは決行され、冒頭に繋がる。
群れと称したが実際はつがいが四組あるだけである。
残った♂三匹は桜を排除しに、♀の三匹は公園に向かい、パートナーを亡くしたメスは巣に残りベビ達についている状態。
ベビ達は20匹以上はいる。一匹でまかなえるのか不明だが、彼女の瞳にはたしかな決意が宿っていた。
公園へ向かった♀達は変わり果てた様相に愕然としていた。
普段は人気も無く、錆びた遊具が点々とした静かな公園にはたくさんの人間のモノ(屋台)が列をなしその景観を破壊していた。
暖かくなったらベビ達を連れてみんなで遊ぼうとしていた公園が無惨に人間に蹂躙されている。
かつて森の巣を奪われた記憶を呼び起こし、♀達は拳を握りしめ静かな怒りを燃やした。
だがそんな怒りも基本的にタブンネには無力に同義。痩せたタブンネ達には屋台のシートすら破くこともできない。
息を切らす中、一匹の耳が動く。彼女が向かったのは人間の車と呼ばれる機械だ。
開けっぱなしのコンテナから聞こえる音、いや鳴き声に再び♀ンネは驚愕した。
月明かり照らす開きっぱなしのコンテナの中には金属のオリの中にみっちり閉じ込められたベビあがりのチビ達の姿があった。
♀ンネはステップからコンテナにあがり、オリの柵に手をかけ「みんな大丈夫ミィ!」と声を掛けると、
チビ達はよろよろ立ち上がり涙を流しながらこちらに寄ってくる。ぎゅうぎゅうなのが余計に悲壮感を煽った。
♀ンネがチビから感じたのは恐怖、悲しみがあり、一番大きいのが母を求める感情。
経緯は不明だが母親から離され、このオリに暗いなか風避けも無しに放置されているのだ。
暖かくなったとはいえ、深夜はまだまだ寒い。幼体なら寒さは成体以上に感じられるだろう。
そしてそんな中で目の前に現れたのが同族。
さらに子を育てている母の匂いがする♀ならば子としての本能もあり、そういう感情が一番強くなるのは当然か。
その気持ちに答えるためにも♀ンネは必死にカゴを揺すり叩くもびくともしない。
チビ達の期待に満ちた視線もプレッシャーとなり焦りは増大する。
ガチッ!
「ミグッ…!痛いミィ」
爪が割れ血が溢れ出す。痛みに手を離してしまうが、チビ達の不安げな視線に笑顔を作り必死に柵を叩くも無駄に時間ばかりすぎていくだけ。
この♀ンネは他の♀に手助けしてもらうため、一度離れたがチビ達の叫びに何度も振り返った。
屋台の柱を顔を真っ赤にしつつ押す二匹に事情を説明し助力を請うと二つ返事で後に続く。
彼女達の掌も擦り傷だらけだった。
コンテナでは待ちわびていたといわんばかりにチビ達が涙を流しながら三匹を呼ぶ。
♀ンネ二匹もチビ達の状況に涙を流しながら解放の為行動に移る。
チビの中には衰弱し虚ろな瞳で横たわる姿もある。時間はない、すぐに解放してあげなければ。
三匹は必死で叩くなどをするが、解放できたとしてどうするのであろうか。
ただ時間だけが過ぎていった。
場面は変わり、月明かり照らす茂みの巣。
汚れた段ボールの中ではベビ達が寝息をたてていた。
その姿に微笑む居残り♀ンネだがその表情はすぐに曇った。
つがいを想ってだろう、群れのリーダー格で勇敢な♂ンネだった。
森から逃げる時も皆を勇気づけていた。今回もそうだったのだろうが現実はやはり残酷だった。
もしかしたら戻ってくるかもしれないと信じたい。そう思うと同時に今出ている仲間達の安否が気になった。
みんな戻ってこなかったらどうしよう…。そう思えば思うほど不安は膨らみ足が自然と動くが、ベビ達の寝顔をみて思い止まる。
不安はぬぐえずにいた。
無駄に時間は過ぎていき、空は青みを帯び始めた。
♂達は木にもたれかかり、ぐったりとしていた。振り続けた腕は小刻みに痙攣している。
チビ達救出に挑んだ♀達は、一匹は鍵に気づいたのか石でそれを叩きつけている。
残りの二匹は完全に乳離れできずにいる空腹なチビ達に乳を柵越しに吸わせていた。
だがそれが新たな問題を招いた。
乳を奪い合うチビ同士の喧嘩を引き起こし、既に離乳しているチビも空腹から乳を求め争いに加わる。
♀二匹もどうしていいかわからず、必死になだめて順番を教えるも喧嘩で興奮したチビ達を鎮める事はできない。
「ミギィッ!?」
片方が奇声をあげ、柵から離れた。どうやら乳首を思いきり噛みつかれたらしい。
それを騒ぎ立てるチビ達はもはや収拾の騒ぎではない。乳を飲んだチビも暴行から吐き出してしまっている。
♀達が出来る最低限のことも、結局は絶望、不満、苦しみを与えているだけにしかすぎないのだろうか?
そんな彼女達の努力を嘲笑うよう、破滅は刻一刻と近づいていた。
朝の静かな道路。
新聞配達のバイクとすれ違いながら一台の車が公園に向かい、今桜が運転席から見えたところだ。
「今日は休みだから混むだろうなあ」
「普段は静かなここも、今の時期はこみますからねえ。ほんと今日は早めに仕込みはじめて間違いないっすね」
タブンネに破滅をもたらす一番の要因、つまり人間達が公園に近づきつつあった。
それに気づく余裕も無い♂タブンネ達は互いに庇い合うよう立ち上がり、撤収を決めたところだった。
「一度撤退するミィ!きっと女の子達はもう戻ってるミィ」
「いなかったら迎えにいくミィ!」
「昨日戻らなかったリーダーもきっと…ミ、ミミミ、車ミィ!!」
…………………
「チィチーーミアアン!!」「ヂーヂー!」「チギャー!」「チガブッ!」「ヂヂャー!」
もはや戦場と化したコンテナ内。
授乳させていた二匹は既に限界か乳はもう出ない。
噛まれた乳首はムラサキに腫れ上がり鬱血し出しているが、それでも痛みを堪えて必死に乳を絞り出そうとしていた。
それらとは逆に、石で鍵を破壊しようとしていた一匹の手が止まった。
コンテナから顔を出し、外をうかがいこちらへ向き直った顔は真っ青だった。
「人間がきたミィ!」
「ミッ!?で、でも」
その言葉に二匹もたじろぎ手を止めてしまう。
「車の音がするミィ!一時退散するミィ」
「このチビちゃん達を見捨てるミィか!?そんなの嫌ミィ!」
「二人とも言い争いはやめてミィ」
「………バカァ!ミィ」
石で叩いていた♀が乳を飲ませていた♀、反論した方を平手で叩いた。
「ミィ達が、二人がいなくなったら、ベビちゃんはどうするミィ!?」
叩かれた乳♀は、はっ!と我に帰る。
悲しいが自分の子はやはり特別なのだ。そして何より解っている事がある。
石♀は古傷が原因で子宮機能が破壊されている。自分で子を産めないからこその言葉なのだ。
それが群れを守ることに繋がり、人間の家畜ではない誇り高き野生タブンネが存続するためには必要な事。
「ミィ達は…くやしいミィけど…」
争いを止めようとした三匹目は、仲裁のつもりか石♀と叩かれた乳♀の肩に優しく手をかけた。
♀三匹はチビ達のきょとんとした顔を見ないよう背を向けたが…
「会議は終わりか?」
「やっぱり仲間がいましたね。先輩」
人間二人とそのポケモンであろう数匹が待ち構えていたかのようにコンテナの入り口に立ちはだかっていた。
片方は屈強な男で、連れのポケモン達も屈強に見えるポケモンばかりだ。
敬語で接する後輩の男性は物腰は柔らかそうだが、瞳はゾッとする程冷たい。
「ミッ…ミアアアアア!」
先程争いを仲裁した♀が悲鳴をあげた。
人間達の背後に重なっている物体。それは紛れもない自身のつがいを含めた群れの♂三匹。
微動だにしないその意味は誰の目にも明らか。
「あー、なんか衛生的に汚いし、何故襲いかかってきたから始末しといた。お前らの連れだったか?」
「コンテナあけっぱはまずかったですかね…」
「タブンネは捌く前は苦しめたり怖がらせないと肉に旨味や保存性がでねえんだよ」
そう、チビ達はわざと放置されていたのだ。一番てっとり速い方法であり、もし死んだとしても味は落ちないらしい。
屋台の焼きとり、タコ焼き、串焼き、焼きソバ、お好み焼き等
監禁放置はこれらの食材としての 仕込み だ。
とり、タコという名だが、あくまでも昔からの名を続けてるだけで、肉は全てタブ肉である。
大量に安く仕入れられるチビ肉がこういった場では重宝されるのだ。
♀ンネ達は頭が真っ白になった。食材うんぬんよりも、群れの♂が全滅し、退路もないのだ。
乳♀二匹は巣に残したベビを思ってか、自らの行いを悔いてか涙を流した。
人間の横の強そうなポケモン達はそれぞれの仕事に戻りだしている。
残ったのは弱そうな見た目だけのポケモン達と判断したのか、石♀は二匹に耳打ちした。
「ミィが囮になるミィ、二人は逃げてミィ」
「ミィ…でも!」
「二人がいなくなったらベビ達は?巣に残ったあの子だけに任せられないでミィしょ?自分のベビを大事にできないなら誰も守れないミ」
「ミィは!ミィはッ!」
三匹は頭がおめでたいかの如く危機的状況でドラマを演出したが、もちろんそれはすべて人間の眼前で行われている。
「もういい?一匹たりとも逃がさねえよ。よく見れば食材どもが怪我やゲロまみれじゃねえか」
「そうだ!先輩、こいつら痛め付けたらチビは恐怖でさらに旨味増しませんかね?」
「なるほど。おい、拘束してくれ。」
人間のポケモンは鍛えられている事が多く、同レベル帯や以下でも戦闘力に乏しいタブンネでは勝負にならない。
近場にいた可愛らしいだけと舐めてかかったエルフーンも凄まじい力で、三匹はあっというまに拘束されてしまう。
「そのまま捕縛しててね…よっと、結果でました!みんな野生です。ちなみにあの♂らもみんな同じです」
「そっか、なら安心だな!もし牧場のなら文句うるせえからな!」
屈強な人間は石♀に近づき顔を覗きこんだが、負けん気が強い石♀は歯を剥き出し威嚇した。
それが良くなかったのは言うまでもない。
「もう許さねえからな」
こうして 仕込み が始まった。
「ミギュウウウウ!ミンッーンンー!」
ハッサムが石♀をかかえ、熱された焼きソバ用鉄板に足を乗せていた。
ブチブチバチバチと音をたて黒煙を上げる足裏はもう二度とピンクの肉球には戻らないだろう。
その様子に叫ぶしかできない乳♀二匹とチビ達。
足を焼かれた♀は拘束を解かれ地に投げ捨てられた。
「ミギャンッー!」
必死に立ち上がるも焼けた足裏には砂ですら激痛を招き、のたうち回った。
必死に砂を手でかき膝から立ち上がろうにも体形的に不可能に近く、四つん這いのまま激痛に顔を歪ませるだけ。
「ミィィーッ!どうしてこんなことするミィ!?ミィ達はミボッ!?」
身を乗り出して叫ぶか未開封の業務用焼きそばソースボトルが顔面に叩き込まれ、言葉を遮られる乳♀の片割れ。
片方はその制裁に圧倒されたか黙りこんだ。
「さて、解体はじめるかな。オラこいよ!」
屈強な人間はオリからあっさり子を掴み出した。実際施錠されてたのは横の入り口面のみで、上面はスライドだけで開くのだ。
♀ンネ達にそれがどう見えていようが、今の恐怖が全てなのだろう。
その剛腕からの力任せに足を引っ張られたチビは脱臼してしまったようで苦痛に泣きわめきながら
親として認識した♀ンネ達に必死に助けを請うが彼女達にはどうすることもできない。
「チィーイーッ!!助けてママーーッ!!」
「ママ」その言葉も♀達の心に深々突き刺さっていった
「今回は騒ぎが大きいってことは、こいつらが何かしたんですかね?ミルクみたいな匂いもしますが」
「ははは、飯でも食わせてやってたんだろ。いいことっ、だなっ!とっ」
言葉の緩急に合わせながら首をへし折り包丁で首を飛ばす。
飛んだ頭は彼らのポケモンの幼いワニノコが上手にキャッチし、それを笑顔で食し始めた。
隣では同い年くらいのゼニガメが拍手している。彼らはきちんとした教育がされ、チビンネと違い良い生活を送っているだろう。
それも♀ンネにはどう感じられただろうか?
…それどころではなかったようだ。
「やめてミィィィ!」
「チビちゃん達がミィーッ!」
「うるせえな」
腹を裂いて落ちた臓物を♀片方の口に押し込まれ、もちろん吐き出すが屈強な人間の力にかなうはずもない
再びそれは押し込まれた。
「ワタ刺しはうまいんだぜ?お前こんな新鮮なんもらえるなんて幸運だなあ!乳の礼だよ!」
たとえ他所の子でも食肉でも母乳を与えた事により芽生えた感情から拒否反応を示すは当然か。
「吐いたらゆるさねえからな?」押し込まれた♀ンネは涙を流しながら飲み込むが、壮絶に戻した。
「あーあもったいね」
次々と子は捌かれ、隣の後輩へ渡されると今度は肉の解体作業。
あんな可愛かったチビ達は無惨に肉や骨と化した。
まだ柔らかい毛や皮膚も、野菜の皮のようにバケツに捨てられていった。
眼前の死に怯えオリで大騒ぎするチビ達からの助けを求める声に、♀二匹はただ涙を流すしかできなかった。
現状をずっと歯軋りしながら見ていた足を焼かれた石♀。もし足が無事ならタックルで一網打尽とか考えているのかもしれない。
勇敢で群れを守ってきた石♀は子宮の怪我もその一つ。
ただそれはあくまでも野生の話であって、人間が関与した場合はもちろんこの有り様だ。
そんな我が身も顧みない仲間想いの彼女へさらなる不幸が贈られた。
「ミィア゛ア゛ア゛ア―――アン!!」
口許を血で染めたワニノコとゼニガメが爛れた彼女の足裏を木の枝でつつき出した。
子供らしいいたずらのつもりだろうが桁が違う。
「ミギギ…チビンネちゃん達と違い、なんて悪いバカチビミィ!」
もちろん体を捩り、届きもしない短い腕を必死に振るい反撃を試みるもその腕が踏みつけられた。
「なら他人のものにいたずらするのは正しいん?」
巨大な足の持ち主はオーダイル。
「あんたも母親なら道徳くらいわきまえなあかんな。チビ達はあっちのボールすくいプールに水はってなさい」
悪魔子達は聞き分けよく行った。
「ミィ…は母親じゃないミィ…もう卵は産めないミィ…ミィもママンネになりたかっ…」
「そう」
それだけ言いオーダイルもシートをはがす作業に戻っていった。
地につっぷしたまま石♀は泣き、涙は砂を濡らしていった。
「おつかれー!なんか楽しそうじゃない?」
ぞろぞろ他の屋台の人間達が集まってくる。
「皆さんお疲れさまです、今日は変わった仕込みしてみました」
「へえ、これもバラすの?」
「まさか、ここいらの野生ンネですよ。もちろん調べましたから心配ないです」
「こいつらウチの食肉にちょっかい出してやがったんだよ!」
「へえ」
人間達は和気あいあいとそれぞれのポケモン達と準備に入り、誰もタブンネを気遣う者はない。
縛られたままの二匹は
「邪魔したのはそっちミィ」なんて思わずに目の前の殺戮に焦燥しきっていたが、着いたばかりの人間達のとある言葉で我に帰る。
「テメー来たばっかでなにやすんでんだよ!」
「うるせえ!まずは仕事よりもうちのベビちゃんのミルクの時間なんだよ!ねー?イーブイたん」
イーブイは親であろうエーフィに抱かれ、手をぐっぱしながら幸せそうに乳を飲んでいた。
その姿に♀ンネ二匹は 巣のベビ を思いだし、必死に叫んだ。
既に太陽は昇っている。あの数を巣に残った一匹ではまかなえないのは解っている。
「ミィ達のおうちにたくさんベビちゃんがいるんですミィ!お腹空かせてるんですミィ!」
「帰してくださいミィ!エーフィさんもママなら解ってミィ!!……はっ!いや嘘ミィ!助かりたいだけミィ!ベビちゃんなんかいないミ!」
巣があることを知られたらベビ達の身が危険にさらされるかもしれない。♀二匹を仲裁した♀は頭がよいのかエーフィにそう叫んだ。
エーフィは人間の方を向いたが何もせず授乳に戻った事に安堵するが事態は何も変わらない。
今言わなくてもいずれバラされてしまうかもしれない。安堵は不安へ変わった。
その巣だが、もちろん事態は最悪を招いていた。
「ベビちゃん泣かないで、あなた達のママが帰っ…うんち我慢してミィ!転がったらダメミィ!!」
残った♀一匹で20以上のベビをまわせるはずなく、空腹や排泄に不快感を示し泣き暴れるベビ。
この♀も自分の子を後回しにしても頑張ったが、手伝う♂もおらずもちろん現状の有り様だ。
さらに自分の乳にはベビがぶら下がっている状態。
最悪はまだ始まったばかり。
顔まで糞にまみれたベビは鼻を糞が覆い呼吸困難だ。さらに垂れ流しの尿は段ボールでは吸収が遅く隣の子の体毛に染み入る。
♀は急ぎ向かうも胸からベビが投げたされ固い枝やザラザラの地に叩きつけられ泣きわめき、もちろん乳も吐き出す始末。
既に痙攣し始めた糞ベビの鼻腔に口をつけ、糞を吸い出すも軟便では上手くいかない。
さらに投げ出されたベビは枝の先端が刺さったようで瞼から血が流れている。
もう限界だ。
「ベビちゃん達!今みんなを連れてくるミィ!」
♀は枝や草をかき分け走った。戻らないつがいのような不安を抱え、ようやく道路へ出た時
「ミブッ」「いたっ!」
出会い頭人間に衝突してしまった。
一気に血の気がひき、土下座し許しを請うこの間三秒。
自分の身よりベビちゃんだけでも…と思ったが、意外な返事が帰ってきた。
「迷子かい?ずいぶん汚れて、必死に飼い主探してたんだろ?」
「えー、まいごさんかわいそう。みんなのところにいこう」
人間の足元にはチュリネがいて、飼い主の言葉に同意するよう言った。
もはやベビが危機に瀕し、焦りから♀ンネには みんなのところ が都合よく解釈されたようだ。
自身のおめでたさもあるが、この人間の穏やかそうな面持ちもあり何度も頷いた。
その甲斐あったらしく、人間達は♀ンネに対し自分達についてくるよう促した。
幸運にもこの人間はタブンネに対して敵意はもっていないようだった。
「おねえちゃん、まいごさんはしんぱいするからおうちのひとからはなれたらだめなのよ?」
「そ、そうミィね。お嬢ちゃんはお利口さんだミィね」
「うん!」
笑顔で会話する二匹の言葉はわからないが、人間はその様子を笑顔で見守っていた。
着いた場所は公園の一角。喧騒の根元を目の当たりにした♀ンネは震え上がったが必死に拳を握り平静を装った。
もしかしたらこの人間のような親切な人に助けてもらってるかもしれないのだから。
「んー、迷子かい?おっちゃん来たばっかだからあっちに聞いてみっか?おーい!」
「はーい!」
現地入りしたばかりのかき氷屋のオヤジが呼んだのは、仕込み をしていたあの後輩だった。
「…プッ…うちのです!すみません、ありがとうございました!ほらこっちへ」
♀ンネは少し不安になったが後輩についていくことにした。
人間は悪人ばかりじゃない、そういう感情も芽生えていたのだろう。♀ンネは自分を案内してくれたチュリネ達に視線を送った。
「せっかくだから二つください。僕はメロンで、チュリネには…このくさタイプ向けってので」
「あいよ。うちの仲間の探してくれたお礼にサービスしたるよ!」
オヤジは手際よく二つ用意し手渡した。
「なんかすみません」
「いーの、いーの」
「ありがとおじちゃん!おねえちゃんばいばーい!」
人とポケモンのあるべき姿を羨ましくも切な気に見つめる♀ンネに向け
飼い主の手を振る様子を真似てか頭の葉を振っているチュリネ。
笑顔で手を振り返えそうとした♀ンネだが、自分を連れ出した人間、後輩の顔を見て絶句した。
その不気味な笑みは、チュリネの飼い主とは対極に位置するものだった。
「もしかしたら、ってね」
後輩に案内された場所はあのコンテナ。
開かれたその中には探し求めていた仲間達の姿。
タブンネ達は現在ここに監禁されていたのだ。
さらに奥に三つの♂ンネの死体が転がっているのも視界に入ってしまった。
空っぽの無機質なオリも恐怖を煽る
巣にいるはずの♀に気づいた♀二匹が「ミミーッ!」と叫ぶ。
思わずこちらも叫び、駆け寄ろうとしたが尾を踏まれ前のめりに倒れ込んでしまった。
「似たような汚さだから仲間と思ったら当たりか。よかったなオマエラ生きたまま再会できて」
あっというまにこの♀も拘束されコンテナに投げ込まれるとドアが閉まり、辺りは暗闇に包まれた。
苦節経て三匹と再会できた安堵から声をかけるも、返答はやはりこうだった。
「ミ…みんな…無事…」
「バカァ!ミィ!なんできたのミィ!!」
「ベビちゃんたちば!ベビヂャンダヂバ!ミィ!」
「ミヒィ…ミィ…男の子達もみんな…やられちゃったミィのに!」
「ベビちゃん達は………ミィ…」
巣の現状を話すと三匹はどれだけ出る?と思うくらいまた涙を流しながら黙りこんだ。
巣のベビ達もどうなってるか知ることもできない現状、♀達は先の見えない絶望につつまれた。
最終更新:2016年06月09日 22:21