タブンネと桜2

  • 現在の存命タブンネとその呼称・

石で鍵を壊そうとしたり足を焼かれた♀→石ンネ
ビンタされりハラワタ食わされた乳♀→乳ンネ
仲裁やとっさの判断ができる頭が良い乳♀→頭ンネ
最期にきた♀→バカンネ


どのくらい時間が過ぎたのか、暗闇では時間の感覚すら失う。
静寂につつまれたコンテナ内ではそれぞれ無限にも感じられる時間を過ごしていた。

足裏の痛みは多少マシになったのか瞳に再び火をともした石ンネ
子の不遇を考えすぎて鬱々しだした乳ンネ
エーフィにバラされてないか不安で仕方ない頭ンネ
そして自分の判断で状況を最悪化させたバカンネ

だが今まで力を合わせここまで生き抜いてきたタブンネ達。なにかしら打開できる方法を模索していた。
そして石ンネから話されたその作戦とは



ギィーと音を立てコンテナのドアが開く。頭、乳、バカはそれを待ち構えたように人影にむけ体当たりをしかけた。

「ミギュ!」「ミギッ」
拘束されているぶん足がもつれ三匹中二匹は転ぶが、一匹は確実に油断しきってるだろう人間を捉えた。

「ギャアアアアアア!」
叫びは人間じゃない、唯一転倒しなかった乳ンネのものだ。
時刻は既に夕刻のようで赤い陽に照らされた彼女の目には鋭い爪が突き刺さっていた。

「びっくりしたなもう!」
たしかに人間だか手だけが不自然に毛むくじゃらだ。そして姿はじょじょに変わり、ゾロアークの姿に戻った。

「ど、どじでミィ…」
「仕事がら人間の姿しててさ、ていうか様子見にきたのにいきなり来たらカウンターしちゃうだろ!」

爪だけを抜いたつもりが眼球ごとズルーッと視神経も引きずり出されてしまった乳ンネ。
激痛に目を抑えたくても拘束されてはそうもいかない。

「なんの騒ぎだいゾロアーク君」
「あ、ええとですね」

遅れてきたのはあの後輩だ。指示出していたのも彼で、ゾロアークはジェスチャーで内容を伝えた。

「ああわかった。あとあがっていいよ、おつかれさん!」

後輩はのたうつ乳ンネを引き摺り下ろし、中で震える三匹を睨み付けた。

「おもしろいことしてくれたじゃないの」

タブンネ達は入り口が開くタイミングを見計らい人間に三匹で捨て身タックルをかますつもりでいたのだ。
腕が使えなくとも体当たりなら、という名案だったのだがやはり負の連鎖は止まらなかった。

「まあいいや、お前来いよ。目玉治療してやる」
後輩は乳ンネの尾を引き摺り屋台へむけ歩みを進める。頭ンネとバカンネは必死に身を起こし後に続いたが無情にもドアは閉ざされた。
これが乳ンネと永遠の別れとなる。


乳ンネがつれてこられたのはチビ達が解体された屋台。

「なんだそりゃ」
屈強な人間は目玉が垂れ下がった乳ンネを見て怪訝な顔だ。後輩が理由を説明すると頷き
「そう」
とだけつぶやき、本題に入った。

「オーダイルからちらっと聞いたがお前は子供ができないらしいな。」
「ミエッ?」

屈強な人間はよくわかってないようで、朝方の石ンネのおぼろ気な記憶と混同し、怪我してるのが不妊ネだと誤認している状況が発生した。


「そんなのがいたのですか。乳も出ないのならば必要ありませんね、お前達にはチビ達の品質向上に役立ってもらいたかったんだけど」

彼らの予想通り今日苦しんで絶望しきったチビを調理した結果、こういう屋台にも関わらずリピーターが殺到したのだ。

母や暖かい巣(畜舎)から引き離されここまで不安だらけの道中を経て、さらに一番欲しい母の愛情を再び味わい屠殺される。
チビにとっては一番の絶望だった。

結果、売りきれが通常より三時間も早く、その売れ行きは逆に肉を扱う屋台は困惑していたくらいだ。

これに味をしめた人間達は屋台を出している期間、この♀ンネ達を品質向上の道具にする結論に至った。
今まで殺されずにいられたのは人間達が気づいたからだろう。

ただ子宮が機能してないのは足を焼かれた石ンネだということでこの乳ンネではないのだが、
人間達からすればたいした問題じゃないし、誰も指摘しない。その程度なのだ。


「おっ、来たみたいです」
公園に横付けされたトラックから搬出されたのはチビの入ったオリが3つ。

「多くねえ!?」
「ああ、たしかに」
「そうでしょうか?」
「ならさ、今日のまかないに数匹食うか!うちらも花見でよ」
「お、いいねえ!」

勝手に盛り上がる人間達とは裏腹にオリで怯え続けるチビンネ達同様、チビ達の末路を知っている乳ンネも震えていた。
さらに自分は乳がでる母体とも言わなかった。今まで群れを♂達と並び守ってきた石ンネを想ってなのか。
野生タブンネのプライドがそうさせたのか、だがそれももう遅い。最期はついに訪れた。


「おーい、後輩さんよ。廃油はどこに回収だっけ?」
串屋の男性が一斗缶を片手に後輩を呼び掛けた。

「三番のボックスです」
「サンキュ。いやさあ、うちのブーバーン火吹くから、これ飲まねえ?って聞いたら飲まねえっていうから」
「ははは…特撮怪獣じゃないんですから…ははは…はっ!」

後輩は何かひらめいたようで、乳ンネにあの不気味な笑みを向けた。

「ありますよ。ここに」

チビ達がつまったオリがよく見える位置に立たされた乳ンネ。
人間にはわからなくともやはりチビ達には本能で仲間、母とわかるのか必死に泣きわめくが、
乳ンネの口にじょうごを差し込まれると悲壮は悲鳴に変わった。
反抗しても無理矢理つっこまれ喉や声帯が損傷し血が溢れ出してくる。


「ささ、どうぞ」
「お前趣味いいな。どうれ、ゆっくりだな」
黒ずんだ衣カス混じる重油のような油が乳ンネに注ぎ込まれる。その苦しみや不快感は想像できないだろう。

「ミンモーロロロロロ!ロロッゲミィ!」
「吐くんじゃねえよ!しっかり飲み込め!」
「飲めば仲間を解放してあげようかなあ」

その言葉に拳を握り絞め喉を鳴らしていく乳ンネ。タブンネ同士のシンパシーなのかチビ達も騒ぎが大きさを増す。
その想いが実を結んだのか、ついに乳ンネは一斗缶廃油を全て飲み干したのだ。

「おつかれさま」
じょうごが引き抜かれると一気に口が膨らむが、人間に素早くタオルを押し込まれ補強用の強力なテープで塞がれた。
拘束を解放された乳ンネは酔って吐く人間の様に口を抑えフラフラ左右に動き悶える。
転び、剥き出しの眼球や神経に砂が付着し、例えようのない激痛がダイレクトに脳に伝わっているのか凄い苦しみ方だ。

鼻から油を滴ながら片目はぐるんと上を向き、乳ンネは激しく体を震わせると地に伏せ起き上がれなくなった。

最期に見たのは巣で泣きわめく我が子達の幻影。結局我が子の為に周りを犠牲にできなかった乳ンネは母失格だろうか?
鼻からは止めどなく油が流れたがそれもテープで塞がれると乳ンネは完全に動かなくなった。



コンテナ内部。
残された三匹は乳ンネの身を案じつつ後悔していた。

「ミィ達は…どうなるミィ」
「ベビちゃん…ベビちゃん…」
頭ンネとバカンネは自らの失態を忘れたかのごとくひたすらつぶやき、
石ンネも言い出したのは自分で在るがゆえに自責に苛まれていた。

そんな状態を絶ったのはバカンネ。
「ミィ、もう一度人間さんにお話したいミィ。きっとチュリネちゃんの飼い主さんみたく」
「それが!ここにつれてきたんじゃないのミィ!?なんで敬称つけなのミィ!?!
人間も!可愛いだけで何の苦労もせず生きてるチュリネなんか呼び捨てでじゅうぶんミィ!あんたの旦那も人間に!!」

言い争う二匹とは対照的にブツブツ呟く頭ンネ。

「ベビちゃん達…もう朝のおっぱいも飲んでないミよね…お腹すかせてるミィよね」
「あっ…ミィ………」
「クッ…ミィ」

ここまでされてまだ人を不信しきれないバカンネに怒りを露にした石ンネ、そしてただ我が子を想う頭ンネ。
結束の強い野生タブンネだがここで亀裂が生じてきていた。


だがそんなの関係なくコンテナは開び開いた。不快な人工の明りしか無いことから、既に夜となっていた。

「こんばんは!君たちに仕事がある」
後輩をはじめとした人間が現れ、内部にオリを詰め込みだした。

「チィー!チチィー!」
昨日と同じようなチビがつまったオリが三台。一晩面倒見ろとだけ半笑いで告げられた。

「一匹一檻だかんな!あははは」

運び込まれたチビ達は大泣きしながら♀ンネ達に叫ぶ。

「あのママは死んじゃったチィ…チィは怖いチィーッ!!」
チビから告げられた言葉は♀三匹の傷を負った心をさらに深く抉った。
また仲間が死んでしまった、それが彼女達の無力感や絶望を激しく煽ったのだ。
呆然とする彼女達を無視し♂の死体を運び出す人間達に、石ンネですらなにもすることは出来なかった。

「あと夜飯だ」
バチャと音をたてたそれはバケツに詰まった彼らの花見の残飯。食材は言うまでもないだろう。

コンテナのドアは閉まり闇に包まれるかと思えばオレンジの裸電球の明かりがつき、三匹とチビ達を照らし出した。
三匹とも酷い顔をしていた。


一つのオリは明らかに数が少ない理由も想像したくなかった。バケツの中で変わり果てているとも思いたくもなかった。


「チィのお兄ちゃんやお姉ちゃん連れてかれて…」
解っていても聞きたくなかった真実はすぐに出た。


乳ンネの死に様を見せつけられたチビ達の身を寄せ合い震えている姿に、バカンネはオリに近づき手を伸ばし優しく撫でた。

「ママが、ママ達が守るミィからね」

それに続くよう頭ンネも別のオリに近づきチビ達を柵越しに撫でた。

石ンネも無言のまま、自分達のオリが残されて不安げなチビ達に這い寄り柵越しに頭をつけた。

「あんよ痛いチィの…?」
その言葉で石ンネは涙をボロボロ流し、今までの我慢が決壊したようミンミン泣き出した。

巣に残されたベビ達と未来を閉ざされ今この瞬間しか生きていられないチビ達、
自分達が今出来るのはチビ達を少しでも楽にしてあげることだけ。それが人間の思惑通りでも、今目の前の悲しみを見ないフリできなかった。



半日以上放置された茂みの巣。
20匹以上いたベビは糞や尿にまみれながら死に絶える運命にあった。
糞尿だらけの段ボール内には頬が痩け、へこんだ腹にアバラを浮かせもう動かなくなったベビ達の姿。

中にはわずかだがまだ息のあるベビもいた。
下半身を汚物まみれにしたこのベビは目も開けずひたすら宙に手を伸ばし、
口は乳を吸う動作を繰り返すだけだがまもなくその手は地に落ちた。
投げ出されたベビ達もとうに絶命している

元々栄養状態が良くない親から産まれた子だけに抵抗力や体力も無く、親がなければ一日たりとも耐えられないのだ。
そもそも卵殻をやぶれたのが奇跡に近い。
実際卵はこの二倍はあったのだが割れることはなく、鼓動を無くした卵は親たちにより地へ還された。


冷たい風に誘われるよう一匹のベビがよろよろと立ち上がり、おぼつかない足取りで歩みを進めた。
初めて立ち上がったベビは本来なら親や仲間、群れ総出で祝福されていたのだろう。
だが母を求めるその歩みも家族の遺体に足をとられ転んでしまう。

涙を溢れさせながら四つん這いで、この向こうにママがいるといわんばかりに段ボールの壁を弱々しく掻く手も直に動かなくなる。

「…マ…マ………」
産まれて初めて発したこの言葉は、最初で最後の言葉になった。



行動開始から24時間が過ぎた。
コンテナ内は昨日とは別の様相を見せていた。

今回のチビは到着してすぐに乳ンネの悶死を目の当たりにし、数匹の家族を目の前で屠殺されている。
そのショックもあってか昨日のような騒ぎもなく、数頭ごとに身を寄せいたり、柵越しに♀ンネに体を寄せているだけ。

♀ンネ二匹から乳は出ない。授乳させてから丸一日何も食べておらず既に限界だろう。


ズルルッ…ピチャッ

皆裸電球の明るさを避けるよう目を瞑っていた中で何かをすするような音が響いた。
物音に敏感な石ンネが向くと、残飯バケツを腹に隠すよう座り込んだ頭ンネの姿があった。

「何してるミィの!?」

石ンネの言葉に振り返った頭ンネの口からはボタボタと赤い固形か液状かよくわからないものがおちた。
それは焦げた野菜や肉片、お好み焼きやたこ焼きの生地、そしてなにかわからないような臓物。

「だって、食べなきゃ、おっぱい、でないミィ」

彼女達自身は元々制限された極貧生活を送ってきただけあり、ある程度なら空腹を耐えられる。
だが一連の異常事態に普通の精神でいられるわけはなく、頭ンネの精神は崩壊寸前といったところか。

両手でバケツから残飯を掬い上げ、顔を洗うよう口に押し込み咀嚼すると口端からしたたる赤い液。

「………ミィも」
四つん這いでバケツに近づくバカンネだが…

「二人ともやめミィ!それはチビちゃん達なの!それに人間の用意したものなんて…」
「おっぱいでないミィでしょ?なんでそういうこというミィ?あなたがいつも言ってるミィのに」

頭ンネの言葉に押し黙る石ンネ。たしかに子の為に自分の食事も分け与えたことや、
不調時の食欲が無いときでも食べることを強制したこともある。


「あなたはおっぱい出ないミィから食べなくていいミ」
さらっと辛辣な言葉を冷たく言い放ち、死んだ目で頭ンネは食事を続けた。

「ミィも…食べる!!巣のベビちゃん達のためにも負けないミィ!この子達も守るミィ!!」

そう言ったバカンネは群れでは一番若く、苦労はそれ程では無い故の甘さなのかもしれない。
旦那がいなくなっても、子供が死んでも、仲間が死んでも、諦めない元来タブンネが持つ前向きという名の花畑思考は抜けきっていない。
それが今あきらめないという事に繋がり、巣を離れてしまった後悔も原動力になっているであろうか?

何度も吐きそうになりながらも食うバカンネの姿に石ンネは「頭がお花畑な子供」を改めだした。
自分達が失ったタブンネらしさを持つこのバカンネが、野生タブンネらしさの象徴なのかもしれない。
そう思い始めていた。


生臭いゲップをすると頭ンネは自分のオリに戻り、先日のように柵の隙間に乳を押し込んだ。
タブンネ特有の体質なのか既に先端から溢れ出る母乳は、限界間近のチビ達を焚き付けるには十分だった。
臓物は思いの外栄養がある、それをたっぷり貪れば結果はこうだ。
「チィー!」「ギィィッ!?」
「ミィのベビちゃんたちぃ、いっぱいのンでオオキクなるミィ。おトナりのおともダチもワラってるミィネ、コニチハー」

隣のオリのチビは笑っていない、乳をせがんで騒いでいるだけ。
頭ンネは完全に壊れてしまった。

騒いでるのは自分のオリの子だ!とバカンネも見よう見まねで乳を柵に押し付けた。
チビ達の恐怖で抑えられていた幼い精神は目の前にある幸せの象徴を見せられた反動かあっというまに乳に食らいつく。
歯が生えたチビ達に激痛のあまり顔を歪ませたが、すぐに笑顔を作った。

間を置かずに二つのオリは再び戦闘状態に突入した。
まるで巣で我が子を育児しているような感覚に、バカンネは巣のベビ達に何度もあやまった。


反面彼女達のように乳が出るはずのない石ンネがついたオリ。
周りの喧騒に扇動され、柵を掴み必死に母を呼ぶチビ達の姿に彼女は何をすべきなのか。
頑なに残飯も口にしないプライドの塊のような石ンネだが、チビ達の叫びに腹を向け柵に押し付けた。

チビ達は歓喜し張ってすらない小さな乳首をまさぐり、ようやく見つけても一向に出ない乳を必死に吸うチビ達。

「ごめんなさいミィ…ごめんなさいミィ…」
石ンネはチビの必死の姿に自らの無力感を示すよう泣いた。

(あんたも母親なら)

昨日のオーダイルの言葉が蘇り、自分も強がって押さえつけていた母になりたかった願望が膨らむ。
出なくとも乳を吸われた事で芽生えるはずのない母性が芽生えだしたのか、
自らに偽りとはいえ母を求めるチビを撫でる石ンネの顔は、勇敢な女戦士ではなく子を慈しむ母そのものだった。

心配そうにこちらを見るバカンネに石ンネは「大丈夫。あなたは自分の事に集中なさいミィ」と強くうなずいた。

しばらくすると皆精神的に限界だったのかいつの間にか争いは鎮まりコンテナ内は再び静寂に包まれた。


「おはよう!」
今日も開かれた監獄の扉、うっすら青い空が見える。

もちろんこの人間は今や群れ最凶の敵となった「後輩」だ。昨日の件もあったからか左右にはオノンドとストライクが臨戦態勢で控えている。

「おや、ずいぶん頑張ったんだね」
中を見渡し、仰向けでベタベタになりムラサキに鬱血した乳を晒したままの身動きしない頭ンネ。
担当オリ内も白い吐瀉物と喧嘩しあったような体毛と飛び散る血液の中で怪我したチビ達が震えていた。

同じような腹をしながら寝息をたてるバカンネと、彼女担当のオリも同様に荒れていた。

「うんうん。昨日みたいな感じでいいねえ、おっ、食事も食べたみたいだね感心感心」

わずかな液体のみとなったバケツをオノンドに渡すと臭そうな顔で嫌がりながら先に戻っていく。

「捨て場はAってボックス!あとで綿アメおごるから!」
オノンドは「よろしく」と言わんばかりに片手をあげ返答した。

そんなやりとりに気づいたのか、バカンネが起き上がりよろよろと歩みを後輩に向けた。

「お願いしますミィ…優しい人間さん。もうこんなことやめて仲良くしてほしいミィ…」

土下座までしたが後輩はそれに気づかず奥へ行く。バカンネも無視された事に気づかず頭を床につけたままだった。

「なんだこりゃ」
石ンネが担当してたオリは皆衰弱しきった様子で、争いの跡も少ない。ここは昨夜の宴で数匹使ったぶんオリの分閑散さが目立つ。

うつ伏せの石ンネを後輩は足で仰向けにし、違和感の原因に気づいてしまった。

「乳がねえ」

ストライクがこのオリを運び出すと同じくして石ンネも後輩に引き摺り出された。

頭ンネ何も言わず、バカンネは必死に手を伸ばすが無情にもドアは閉じられた。


「と、いうわけでした」
「ああん!なんだと!」
「一匹捌いてみますか?」
屈強な人間は包丁を磨きながら♀が♀として機能しなかったことに立腹だ。

後輩は石ンネのカゴから一匹掴み出し、叩いて起こした。
起こされたチビンネは朦朧としながらも、眼前の親と認識した石ンネにむけ必死に泣く。

知られることは無いが、このオリの子の一部は石ンネの純粋な気持ちを理解し、母以上の感情を抱きだしていたのだ。

石ンネも叫びに意識を取り戻したが、眼前では首を掴まれ最期の時を迎えようとしているチビ、いや子供の姿。
その叫びに一度は潜めた戦士の心を再び現し、なんとフラフラしつつも立ち上がったのだ。
足裏からは自重による圧迫からか血が滲み出す。それでも立つことを止めず、鋭い瞳は人間を捉えた。

「ミィの…ミィの…ミィのチビちゃんから手をはなせえええミィ!」

石ンネは自分でも不思議に感じるほど力が湧いてくるのが解る。これが母の力なのだろう。
彼女は今 真の母 となったのだ。

そんな大層な展開も気にせず首を掴んだ手に力を込める後輩。
「チゲ」グチッ
首を握り潰し、手際よく首をはね臓物を出され皮を剥かれたチビ。その肉は熱した鉄板に乗せられた。

「うん。悪くないですよ?でも、少しかたいかなって」
「まぜれば問題ない」
「それって偽装じゃありません?」
穏やかな会話を続ける二人を睨む石ンネだが足元に飛んできたチビの頭を見て怒りは爆発した。

「ミィギィッ!ミガ」ドムンッ!!
怒りの叫びも業務用未開封お好み焼きソースボトルを叩き込まれては黙るしかない。
何事もなかったように後輩は解体作業を続ける。

石ンネは折れた歯を吐きながら人間を睨みつけ、タックルの態勢に入ろうとしたが大きな影に阻まれてしまう。

「♀のくせに乳も出ないなら♀機能はいらないよなあ」
そう言った屈強な人間の手には赤化する程熱されたシュラスコ用の太い串。
激昂している石ンネに臆する事無く近づきその体を支える足を蹴りつけた。

「ミグンッ!ミギアアアアア」
さらに爛れた足裏を硬い靴で踏みにじられたその痛みに、先程までの勇敢さが嘘のように石ンネはのたうちまわった。

「いきなりは入んないから、おーい、油投げてくれ」
「はーい」

屈強な人間は油ボトルをキャッチし、油を石ンネの股間に染み込ませていく。

「避妊手術してやる」
鉄串を押し付けられた股間の毛が焦げだし嫌な臭いを充満させると、皮膚に感じる熱から大暴れする石ンネ。

「ミギッ!ミギッ!ミギィィィ!!」
涙をまきちらし、まるでだだをこねる子供のように必死に手を振り抵抗するも
鉄串は一気に石ンネの股に突き刺された。

「ミィギガアアイアアアアア――――――――――――アアアッ!ムアアアアア!!!」

凄まじい叫びが早朝の静かな公園に響き渡った。

「うるせえな」
屈強な人間はそれだけいい、串を引き抜くと屋台に戻った。


「この串使えるよな?肉にはかわりねえだし」
「一応消毒します」


「ミグ…ググ…ミハッ……」
石ンネは二度も子宮を失った。それどころか串は首元まで様々な臓器貫通していたのだった。
眼前ではチビ達が次々肉と化していく。我が子を助けようと声をあげるも息を吐き出すにしかならない。
意識もどんどん薄れ視界も真っ白になっていく。

「ハッ――ッ―――ミ―――」



再び人が集まりだし、賑わいを見せる中昨日は無かった白い車が止まった。
回収センターと書かれた車から降りたスタッフに投げ込まれていく♂三匹、乳ンネ、そして石ンネの死体。
エンジンをかけ車が出ようとした時

「すみませーん!もう一体」
他の屋台の男性が担いできたのは頭ンネだった。


彼女は後輩が朝来た時点で死亡していたのだ。二つ目のオリを連れ出された時に死が確認された。

不遇な日常の中で訪れた悪夢。
唯一の生き甲斐だったベビの不幸を知り、一気に押し寄せた度重なるストレスに耐えられなかったのだろう。



コンテナ内には先日のように一匹きりとなったバカンネと自分が見ていたチビ達が残されている。
恐怖に怯えるベビ、乳を飲めずに暴行され弱りきったチビ、柵を叩いて乳を要求するチビと様々だ。

頭ンネ達と入れ替わりで投げ込まれた空っぽのオリ。ふと目をやると、その一部にピンクの花びらがついていた。

バカンネはその花びらを注視し顔をしかめた。
こうなったのはあの時自分が桜のせいにしたからなのか?
こんなペラペラした触ればすぐに粉々にできるようなやつが、自分達の静かな暮らしを壊したと思うとバカンネにも言い様のない怒りが沸き上がる。

あの人間やチュリネだけじゃなく、すれ違った人やポケモンもみんなこんな花びらの集まりを見て笑顔だった。

「ミィ達と同じ色してるのミ。どうして」

この理不尽を受け入れられる程まだタブンネ性を失っていない。
花びらを叩こうとしたが、風圧で花びらはひらりと舞い上がった。
バカンネは金属のオリをまともに叩いてしまい、その痛みにうずくまるしかなかった。

公園から少し離れた位置にある川。
川に沿って植えられた桜の美しさに反し、公園と市街を繋ぐ橋の下は不法投棄された廃家具や廃家電製品の山。
その山の中に蠢くものがあった。

それは最初に喧騒を鎮めに向かい、行方不明となっていた♂ンネことバカンネの夫である。

文句を言いに掴みかかった手近な花見客に返り討ちにされ、命は助けられたが連れのポケモンに右腕を食いちぎられた。
そのまま橋の下に逃げ隠れ、自身の特性による回復を待っていたのだ。

「もう歩けるミ!群れのみんなやミィの奥さんは巣で待っててくれてるはずだから早く戻らなミと!心配かけてしまったミィ」

群れ最後の♂ンネは土手を登り始めた。



そうとは誰も知らず公園では最後のチビ達の解体調理の真っ只中だった。

「もう、やめてミィィィィーッ!!邪魔したのあやまりますミィ!もう絶対巣からでませんミィ!もうチビちゃんたちいじめないでミ―――――――ッッ!」

串に刺さったチビ肉が衣をつけて揚がり、焼きそばの具になり、イカ焼きという名のタブステーキになり、
それらは次々と人間とポケモン達の口内へ消えていくのだ。

人間達は♀ンネが残り一匹になった事に気づき、殺傷するわけにもいかないと感じたのか別な使用法を考案していた。

「騒いでないでちゃんと宣伝してよ。教えただろ?」
バカンネの背中に串がグリグリと押し付けら、さっさとしろと言わんばかりに客前に蹴りだされた。

『私が産みました!たくさん食べてね☆ミンミン(泣)♪』

と、アホみたいな文章が書かれたプレートを首からさげ、バカンネは客の前で唄いだした。

「ミ…ミんなよって…きてミィて…お・い・し・い・ミィの…大切な…ベビチビ……のお肉……残…さず食べてミィれば…」

下手くそな踊りに人間が笑い、人間には鳴き声だが、意味のわかるポケモン達には大ウケ。
不気味で下手くそな唄と踊りにドッと沸く客達に対する羞恥心などはない。
チビと自身の解放をちらつかせられたことで必死に客寄せするのが現在のバカンネ。

もちろんまだ捌かれないチビ達からすれば裏切りに等しい。自分達に「早く死ね」と言われてるも同然。
チビの為なのだが、こんな現状では伝わるはずがない。

このように数々の不幸を味わっても、人間を不信しきれないバカンネは完全に玩具と化していた。


旨い肉が食えるという噂から増えた客足は、もはや花見と言うよりはグルメコンテストやらなんたらグランプリのような雰囲気だ。
初めて見る人の多さに怯えながらも、バカンネは必死にあのチュリネ達を探した。

あの人達なら必ず助けてくれる!と信じて。

しかし見ての通り周囲は花見客というよりタブ肉を求めてきた人ばかり。再会できることは限りなく低いだろう。

正午過ぎには三つ分のオリ全部売りきれという異例の事態となっていた。



「発注かけました。ええ、もちろんそのようにOKでした。逆にもってけ!って感じでしたよ」
後輩が仲間内と休憩しながら発注の件を伝え、ずっしりと金の入ったケースを交換していた。

現在バカンネはコンテナに戻されている。
空っぽの三台のオリを背後にし、目の前に置かれた昼食(タコヤキの生地にチビの内臓がまざったもの)に手もつけずうつむいたままだった。

どんな時でも最善を尽くせるよう前向きに頑張ったバカンネもついに折れようとしていた。

「なんで群れのみんなが厳しい事しか言わなかったのが解ったミィ」

この群れに限らず野生タブンネは皆こうして多大な理不尽を経験することで自分を抑えるようになる。
絶望に瀕し、らしさ を殺して生きるしかないならばそれはタブンネじゃない!と誰もが思っているが現実には抗えない。
それでもこのバカンネがらしさを完全に失わずいられたのは、奇跡なのだろうか。

いずれヒヤリングポケモンは姿を消し、家畜ポケモンとして人の中で生きていくしかなくなる。
生後すぐ肉か親か選ばれ、親なら子を産み続け最後は肉として消費される。
その繰り返し。


そんな悲しみに満ちたバカンネとは逆に明るい屋台だが、和やかな雰囲気を吹き飛ばす事態が起きた。

「誰か助けてください!チュリネが…」
血相を抱え屋台に飛び込んできたのはバカンネが探し求めていたあの優しい人間だった。


「あーん、いたーい」
「すぐ治るから。ほら、いたいのいたいの飛んでけ!」
「うん!なおったー」
屋台勤めのラッキーが薬をつけるとすぐ元気になったチュリネ。

「ほんのちょっと足擦りむいてただけだろうが飼い主さんよ!そんな落ち着けや」
「はああああああ―すみません。はああよかったよかったチュリネー」

「何かあったんですか?」
「ええ、さっき…」

飼い主はチュリネへの頬擦りをやめて語った。
今日も花見してたら突然タブンネがチュリネを突き飛ばしていったという。
咄嗟な事と、痛い痛い言うチュリネに動転し追いはしなかった。と

「どんなやつでした?」
「ええと…そう!片手が無かったんです」
「うちのにはいませんでしたね。」

だらけた空気がいっぺん真面目な空気に包まれた中。

「それってこいつじゃないすか?」



……………
それはまだバカンネが踊って客寄せしていた頃。
生き残り♂ンネは身を隠しながら巣へ戻り現状に愕然とした。
妻も仲間すら一匹もいない中で糞尿にまみれ絶命している我が子達。
必死に段ボールを掻いたのか壁面に寄りかかり、目を開いたまま死んでいる実子を片手で抱き上げ涙した。
涙のわけはただ子が死んだり、仲間がいないからじゃない。
勇んで飛び出し返り討ちにされ、惨めにゴミ山に身を潜めるしかなかった自分にもだ。
20匹以上のベビを一頭一頭を抱き、わずかな可能性にかけるも結果は何も変わらなかった。

♂ンネは自分の尾からボロボロの薄汚い赤いリボンを取り出した。
これは数年前まだタブンネが家畜化する前にバースデー企画で配布され、虐待の後捨てられたという母親の形見。
配布されるまではセンターの人間に世話されていた事から、最期まで人を信じ、そして人に殺された甘いママンネだった。
このリボンも自身のママンネとセンターね人間との絆とか言い切るような、そんなタブンネ。

それでも母は母だ。バカンネとつがいになったのも母の面影があったから。
人間により母を奪われ、森の暮らしも奪われ、それでもようやくたどり着いた現在すら根こそぎ破壊された。
そう思っているのだ。

今回は自爆のようなものだが、これら理由から人間に怒りしかない♂ンネに伝えたところで信じることはないだろう。

「ママ、力をかしてミィ…!」
リボンを口をつかい手に巻き付けると、投げ出された子達を箱に優しく戻し、汚れたままだが他の子達も並んで寝かせた。
巣の一部の積まれた石の中から腐りかけの野菜、ボロボロの実、近くに自生している小さな実。
保存していた自分達の食料をベビ箱に入れ立ち上がる。


家畜タブンネが本格化する前に野生駆除があり、たくさん仲間が殺され、連れていかれた。
自分達はそれの生き残りが集まった群れだ。
仲間を全て失ったと思ってる♂ンネは玉砕覚悟で復讐を決めた。
しばらくベビ達を眺め、しっかり目に焼き付け巣を後にした。


茂みを抜けた辺りから見える人間の要塞と化した公園。その様相に改めて闘志を燃やしたそんな時。

「ミィィィィーッ!!……………あやまりますミィ!もう…から……………ミ―――――――ッッ!」

という叫びはタブンネ同士の何かなのか、仲間の悲鳴だと確信した。
さらにその声は妻のものと理解したのか♂ンネはがむしゃらに走った。


人間がいようが気にせず、さらに途中弱そうなチュリネに対し
「そこをどけぇぇっミィー!」と必殺のタックルで吹き飛ばして再起不能の重症を追わせてしまった。(と思っている)
普段なら追い払う程度で済ますのだが、激昂している今は「お前みたいなチヤホヤモンは厳しさを知れ!」と酷い目に合わせてしまった。(と思っている)

あの幼い子はもしかしたら死んでしまったかもしれない…子を失う親の気持ちは理解できる。
しかし今は生きていてくれた妻のために心を鬼にするしかない。

しかしそれが野生の自然の掟。
胸にこみ上げる感情があったが、それを払い走る。


チュリネを倒し勢いづいた♂ンネは、ようやく要塞の一部である熱を発する拷問部屋(お好み焼きや)の影に身を隠した。
すでに複数人の花見客に見られており騒ぎが起きていたが、本タブは見つかってないつもりなのだ。
そんな彼だがふいに衝撃が背中を襲い気を失った。

そして現在チュリネが治療終えた所でここに運ばれたのだった。


…………
「それってこいつじゃないすか?」

お好み焼き屋の人間と相方のゴローンが人間達の輪の中に気絶した♂ンネを投げ入れた。

「間違いないですこいつがチュリネを…」
怒りを露に拳を握りしめる飼い主にチュリネも不安な顔だ。

「まちな兄さん、あんたは本職ーじゃねえな。その手は傷つける手じゃねえ、嬢ちゃんを撫でる手だ。ここは俺らにまかせな」

屈強な人間は「決まった」的な顔で周囲を見るが皆

「くさ」
と笑い、彼の相棒のハッサムまで赤い顔をさらに赤くし、プーップスーと笑いを堪え肩を揺らしていた。

チュリネと飼い主も笑顔を見せ、深々と頭を下げて場を後にした。
優しさや甘さだけでは守れないと知った彼が将来護身術の師範となるのだがそれはこの話と関係ない。


それよりもコンテナに監禁されているバカンネ。
うつむいたままのバカンネはドアの開く音に顔をあげた時、既に眼前に♂ンネが投げ出されていた。
その懐かしい匂いにバカンネは感極まり、拘束されたままだが何度も顔を擦り付けたり鼻先を舐めていた。
鼓動が感じられると、悲しみではない嬉しさからの涙を流した。


「おまえんとこのか?」
再会に喜んでいたからか、人間のその問いに泣きながら何度も頷くバカンネ。

「そうミィ!そうミィ!ダーリンミィッッ!!人間さんありがと―」
「そう」

人間はバカンネの今までにない嬉しそうな様子から、この♂ンネが仲間と理解すると♂ンネを尾を引っぱって外へ放り投げた。

「まっ…!?てミィ!」
扉はすぐに閉じられ、もう何度目かの暗闇に包まれるとバカンネは扉に向かい何度も何度も叫んだ。
扉が閉まる度に、仲間がいなくなっていった。
そんな中でこれからいなくなるのは、すべてを失った諦めの中から奇跡的に再会できた旦那なのだから尚更か。

「ミィーは!ミィー達は!どうしてこんな!こんなこと!!ミィィィーーーーッ!!
人間さんお願いしますミィ!ダーリンだけば!ダーリンだげはうばわだいでぐださミィーー!ミグゥアアアア!アアア゛あ゛あ゛ぁ゛ーッ!」

閉じられたコンテナからの叫びは誰にも届かなかった。



「起きろ」

ここは公園のはずれにある砂地。
冷たい水をぶっかけられ、目を覚ました♂ンネにかけられた声は妻の優しい声ではなかった。
顔を震わせ水分を飛ばすと♂ンネだが周囲の状況に臆したが腕に巻かれたリボンを見て奮起した。

「お前達がミィの仲間を奥さんをベビを死なせたんだミィな!絶対ゆるさなミ!ミな殺しにしてやるミィ!」

唾を飛ばしながら罵るも、自身のが絶対絶命と気づいているのであろうか。

ゴーリキー、ハッサム、ワルビアル、ゾロアーク、そしてマリル。
それぞれ骨を鳴らしたり頭に血管を浮かせたりと怒りを見せる中、一人だけニコニコしてるマリル。
野生を生き抜いた♂ンネはまず弱そうなマリルを倒して突破口を開こうと画策し、
腕を失ったことでバランスがとれないのか、よたつきながら立ち上がった。

「やだなあ、そんなこわいかおしないでよ。腕可哀想だね」
穏やかに微笑むマリルは話を続けた。

「殺したりしないよ。ただ僕達のお手伝いしてもらえばいいんだから」
「ふざけるミ!人間の奴隷なんかに言われることは無いミ!」

「んだと!?」
ゴーリキーがいきり立つが、ハッサムが制止する。
「落ち着いてください」

そんな中マリルだけはまったく表情を変えていない。そして笑顔のまま口を開いた。

「そうですよ?僕達は人間にこきつかわれる奴隷ですから。」
「ふざけるミ!人間の元でぬくぬく不自由無い暮らししてるくせミ」

「それではいけないんですか?」

マリルの言葉に押し黙る♂ンネ。自分で言ってはなんだがその通りなのだ。
自分が昔も、今も、見てきた人と並ぶポケモン達はみんな笑顔であり不という感情が無い。
自分達は仲良くしたくても、目にしたなら経験値だと追い回される。
上記のようにそれらを羨ましくも感じながらも抑えて細々いきるしかないのが野生タブンネ。
そもそも彼らからは奴隷なんて言葉は微塵にも感じられないのは誰の目からも明らかだろう。


「うるさいミ!みんな死ねばいいミ!誇り高き野生タブンネの意地を見せてやるミ!」
涙を堪え必死に走る♂ンネ。ポケモン、いや、人間の奴隷達は誰も身構えたりせず棒立ちのままだ。
必死に走り片方の腕をつきだしたが、

「ミギョオオ」
マリルが残された♂ンネの片腕を雑巾を絞るかのように捻っていた。力持ち+怪力のポテンシャルはかなり高い。

「ふふっ♪だいたいこのリボンはなんです?誇り高き野生タブンネさん」

リボンを引きちぎられ、目の前で破り捨てられたリボンの風に舞う。

「ママのかたみがああああ!!ミィ!!なんで!なんでミィ!?」
ワメいてのたうちまわり、もはや誇りなど微塵も感じさせない♂ンネに対してハッサムはこう言った。

「人家や畑を荒し、ごみ捨て場を漁る。チュリネちゃんみたいな子に被害を出したあなた達は見つけ次第処分する。人間の決めたことです」

「人間の奴隷である俺達はそれに従う義務があるんだぜ~」
ワルビアルが続く

「個人的には見逃したいところだけど、僕たちはプライドなんて微塵も無い奴隷ですからね」
ゾロアークが続く

「エーフィ姉はおたくらに情けかけたみたいだけど、それは悪いことなんだよなあ」
ゴーリキーがニヤツキながら続く。
「だからってエーフィさんにはなんのペナルティないですけどね。そんなもんです」
ゾロアークが苦笑する。

「あの飼い主さんエーフィにベッタベッタ惚れだからねえ!」
ワルビアルが笑う。

そんな和やかな空気からは奴隷とかそんな後ろ向きな様相はまったくないのは♂ンネも理解しただろう。


「ミィは…ミィは…ママがなんで人間に拘ったのか…全然わからないミィ」

「そうだね」

マリルの言葉を最後に♂ンネは目の前が真っ暗になった。



………………
「仕事です」
唐突に開かれたコンテナ。
バカンネは涙で真っ赤になった目をこすりながら、ドアを開けたハッサムにかけよった。

「ダーリンは!?ダーリンは??」
「ちゃんといますよ、ほら」

「ミィ!ミィは人間さんとお仕事してるミィ!」
「いとしのダーリン」がハッサムの横で笑顔で両手を振っている。
それを見たバカンネは「もういい加減やめろ」といいたくなるが涙を流し、
「やっぱり人間さんは優しいんだミィ」と、死んだ仲間達が見たらどう思うかというほどに笑顔を見せた。

「お二人で我々の仕事手伝うなら解放します。ポケモン同士、信用していただけませんか?」

「やるミィ!!」
バカンネは真のバカと化した。もはや死んだ仲間など関係ない。


バカンネが案内されたのはあの屠殺場。やはり解っていても臆してしまうが、♂ンネは何事も無いように串の束を運んでいる。
それに続くバカンネ。
そして夫婦は仇であるはずの、あの後輩からの指令に従うことになった。

台の上の肉塊。バカンネにはそれが何か想像がついたが、隣では♂ンネは器用に包丁を使い肉を切り分けている。

「それを四つずつ串に刺してってミィ」
「わ、わかったミィダーリン!」
バカンネは恐る恐る肉を串に刺していった。この肉になってしまった個体の事は少し気になるが、そこはやはりバカンネだ。
諦めかけた感情がリバウンドしたかの如く一気に希望が舞い戻ったようだ。
隣で人間達の指示を受けながらテキパキ作業する♂ンネは今まで見せつけられた、
「人間とポケモンの信頼関係」そのままの様相であり、人間達が笑顔で♂ンネに接しているのが何よりの証拠。

「自分もそんなうちの一匹なんだミィ」
とバカンネは先程までとは別タブのように次々串に肉を突き刺していく。まるでそれを楽しんでいるかのようであった。


「できたミィ?ならそれをブーバーンさんに渡してミィ」
「やっぱりダーリンはすごいミィ。ミィの人間さん達への想いも無駄にならなかったミィね!」
「ミフフ、そうだねミィ」

バカンネも笑顔を見せた。ようやく自身も人間さんと仲良しになれたのだ。
もはや仲間やベビなどは頭から抜け落ちたといわんばかりに。


陽も沈んだ頃には、今日の打ち上げといわんばかりに屋台スタッフ達の宴会がはじまっていた
人間達とは別に、ポケモンはポケモンだけで先程の肉を調理しながら盛り上がっていた。
楽しそうに走り回るチビポケ達と、鉄板を囲み、食事をしながら談笑をする成ポケ達の姿。

「あははー実はトレインではずしてさー」
「ポケウッドの新作レンタル今日じゃねえか!空を飛ぶ使えるやついね!?」
「あそこのポフィン屋のクリームおいしいよねー!」
「やっぱり僕は緑のポロックがすきです」
「ブレンドはどうしてるミィ?」

バカンネはやはり馴れないこともあり輪から少し離れた場所に座りジュースをチビチビ飲みながら旦那の様子を見ていた。
まるで最初から仲良しのように振る舞う♂ンネ。
あんな短時間で和解したのだからやはりダーリンは凄いミィと思っていたが、違和感に気づいてしまった。

串焼きを躊躇なく食べているのだ。

あれは間違いなく同族の肉だ。何故あんなふうに普通に捌いて食べれるのだろう?
その疑問を口にするより早く答えは向こうからやってきた。

「食べるミィ。おいしいミィよ!」
♂ンネから差し出された肉はこんがり焼かれ、調味料の香りが鼻をくすぐる。
もちろんバカンネは遠慮するが、

「食べないと仲間にしてもらえないミィ」

♂ンネはいつもの笑顔でバカンネにどんどん串焼きを近づけてくる。
バカンネに頭ンネと共に食べたあの残飯の味がよみがえり、胃からこみあげるものがあった。
しかしこれは旦那も食べているもの。
これを食べれば自分は人間のポケモンとして永遠の幸せが約束される。
意を決し、肉を一つ頬張った。
拳二つを胸の前で握りしめ咀嚼し喉を鳴らす。

「ミ……おいしいミィ!」

やはり調味料には敵わず本音を洩らしてしまったバカンネ。そして♂ンネの顔を見上げた。

「ミッ……ウフフグフ!やったああああ!俺らの勝ちですよ!生クリームポフィンいただきー!」
「なんだよクソ!」
「デザートいただきますね」
「なんでばれねえんだろうなー?チキショー」

背を向け両手を振りながら跳ねる♂ンネの体から尾がボトッと落ちて、その姿が徐々に黒くなっていく。

「僕ポケウッドで役ポケ目指してんすよー!どうでした僕の演技?イリュージョンだけじゃない演技!」
その姿はゾロアークに変わった、いや、戻ったといったほうが良いだろう。

「匂いでばれぬよう、尾を装着。一挙一動までこいつらに合わせて動く苦労わかります?」
「そういや人間のサスペンスで、若い女性が老人を演じる為に長時間腰曲げたままだったってトリックあったわなあ」
「でもこいつらの独特のうざさは表現するの難しいすね」

ポケモン達はドッと笑いながら鉄板の周りに戻っていった。その時に尾も焚き火に放り込まれた。

「あとネタバラシするとその肉お前の旦那?のだから。お前は自分の仲間の肉を串に刺して調理して食ったんだよ!」
「楽しそうに刺してましたね。プスプスプスプス♪って」
「最近野生肉なんておめにかかれねえからなあ。俺達からすれば痩せてても苦しんできたから旨いんだよなあ!」
「ご主人達は節操なしに次々殺すんですもんね。一匹だけでもわけてもらえてよかったです。」

バカンネは微動だにしない。幼ポケ達がおもしろがって木の枝でつついても反応しない。

目の前に砂にまみれて転がっている♂ンネの肉、それを旨いと食ったのだ。
バカンネは時が止まったようにその場から動くことはなかった。


「そもそも片腕無いの気づかなかったのかよ。お前にはバカンネって名前のが相応しいな、バカンネ」

人間の誰かがそういいつつバカンネの頭を小突いていった。

「オラーイオラーイ!!はいOK!!」
その夜、再び肉チビを乗せたトラックが公園に到着した。

搬出されたのはチビが詰まったオリ三つ。今回は首輪と手枷をつけられたタブンネ三匹も同時に降ろされた。
右耳にタグがつけられていて、血色よくバカンネ達よりふくよかで、乳の張りも比べ物にならないほどの牧場♀ンネ、
オリの入れられたチビ達の実のママンネだ。

それぞれ不安そうな顔で我が子のオリに身を寄せるしかない。
いきなり畜舎から連れ出され、自身もだが道中不安そうな子を抱くことも許されずここに連れてこられたのだ。
これからどんな目に合うのか想像する余裕すらないだろう。
一般的な牧場のママンネは子を産ませる必要性から、肉質のための仕込みなどされないのだから。


「いやーすんませんね、ママンネまでひきとってもらえるなんて。もう今回終えたら処分だったんですよ。しかし何に使うんです?」
ドライバーは伝票を切りながら、会計を担当している後輩に訪ねた。

「使い道があるんですよ」
「肉ならこういう場にあまりオススメしませんよ。おいしくないですし、格安冷凍肉とかにまわすんで」
「「仕込み」ですよ。明日はチビのみ6ケースでお願いします」

支払いしながら後輩は微笑み、トラックを見送った。

「さて」
後輩の視線の先ににいるのはもはや完全に叩きのめされたバカンネ。
無理矢理引き摺り公園の隅で拘束から解放する。


「約束通り生かしてやるから仲間共に「二度と人間にちょっかいだすな」って伝えろ。そのために殺しはしない」

背を向けた後輩に向け何もせずに巣への道を辿るバカンネ。
その姿はもはやチュリネ達への希望にすがる気も無くし、茂みの鋭い枝が体を傷つけても歩みをやめない程だ。

ようやく戻ったかつて仲間達と過ごしていた巣は、耳なりがするほどの静寂空間となっていた。
人間の言葉を伝える仲間などいない。それどころか仲間は全て人間が直々に処分している。

バカンネにトドメを刺そうとばかりに雲から顔を出した月は段ボールを照らした。

綺麗に寝かされたベビ達。旦那がやったとは知らないが添えられた木の実。
皮肉にもまるで屋台でみた丸焼きステーキの様だ。

ベビ達を死なせ、友人であり頼りになる仲間の石ンネ、乳ンネ、頭ンネ、♂達を裏切った。
そして旦那の亡骸を弄び、もはや家族どころか自身の全てをも失ったバカンネ。

仲間や旦那達に任せきりで自分のサバイバビリティなど皆無に等しい。
そんな弱い自分に気づかず桜のせいとつぶやいた結果このあり様だ。
もし言わなければ、旦那も無事帰ってきたのかもしれないのだから。


いつも夢や理想ばかりで現実を直視しない生粋のタブンネそのものだった自身にふりかかった現実は想像を絶した。
信じたもの全てを裏切り、裏切られ、仲間の思いを踏みにじり、自分の本能に正直に生きたタブンネらしいタブンネ。

桜は散り新たに芽吹くとも、バカンネに未来は無い。

最終更新:2016年06月09日 22:25