一章・ショップ編
「うわあかわいいねー」
「こっちの子もおりこうだな」
区切られた綺麗な飼育スペースを眺め声をあげる人間に向かい、中から笑顔を見せるチビポケ達。
あちらでは可愛らしいイーブイの女の子が優しそうな青年に抱かれ、行き先が決まったようだ。
ここは所謂ポケモンショップ。広い店内のケースから可愛い小型ポケモンが笑顔で出迎えてくれる。
それだけでなく毒や肉食の危険ポケ用別館や屋外には大型用のスペースもあり、ショップでありながらまるでポケモン園のような賑わいだ。
ここでは何も客に売れるだけが幸せじゃない。
チュリネやナゾノクサも鉢形のベッドから顔を出し、スタッフから水をかけてもらっている。
サンドも砂山から顔を出し、大きな冷凍室ではユキワラシ達がかき氷を食していた。
タイプ別に適した飼養環境が整えられ、いずれも過ごしやすい工夫がなされているのだ。
そんな平和そのものとうって変わり、鮮やかなLEDではなく切れかけた蛍光灯の明かりしかないひんやりした外倉庫。
その中ではオリごと運び込まれたチビンネ達がフーズやポケモン用品に囲まれ震えていた
もちろん兄妹も同じだ。二匹しかいないぶん隙間風がさらに冷たく感じられ、何も言わず抱き合ったままだった。
近くに自分の家族がいても壁に遮られ行くこともできない。
(ママのところのがみんなも一緒で幸せだったミィ)
兄は口には出さないが、ここまでずっと感じていた。
しばらくすると台車をひいた人間が数人現れ、オリを荷台に積み始めた。
チビンネには読めないが本館、別館、屋外と記された荷台に次々積まれていく。
「ミーッ!おっきいお兄ちゃんお姉ちゃんー!ミヤアアアア!」
兄妹の家族が荷台に積まれた。小窓から必死に妹ンネは遠ざかる家族に、小窓に顔を食い込ませ叫んだ
「お兄ちゃん!おっきいお兄ちゃん達はどこいくミィ!?」
「ミィ…ママがいう幸せな場所ミィよ!ほら泣かないでミィ?」
必死に宥めていると自分達も宙に浮く感覚にみまわれた。
積まれた荷台は 屋外。家族達は別館。その姿はどんどん離れていく
これが兄妹と家族の最後の別れとなった。
屋外エリア
主に体の大きなポケモン達が伸び伸び過ごすエリアを横目に、チビンネ達は不安を抱えたまま文字通り何も出来ずただ流れに身を任せていた。
「グアオン!」
「ミィーッ!!」
突然の咆哮に驚くチビンネ達の視界に入ったのはドラゴンタイプのオノノクス。
彼はスタッフポケでここに住むポケモンたちのしつけやマナーの先生なのだ。
もちろんチビンネ達はパニック。見たことも聞いたこともなくとも本能で理解できる。
彼は凶悪な肉食ポケモンだと。
まず自分達のキャリーが降ろされ、兄ンネは妹ンネを抱えるようにしながら小窓から外の様子を眺めた。
衣類を収納時に使うような底の深いチェストに向け、横面を開いたオリから滑り落ちていくチビンネ達。
普段ならチビンネなら本能的に滑り台を滑るよう楽しむと思われるが、道中からか皆涙を流しながらチェストに流れた。
「チッ!チギィタイチィ!」
オリに掴まり抵抗したチビを離すべく上下に振られたオリ。
何匹かは頭や下半身をぶつけるなどし、その痛みにただただ身を丸めチェストで震えるばかり。
「さあて、みんな!おまたせ!」
人間はオノノクスにイワークやエアームド達を集めさせ始めた。
本来ならいずれもマナーよく整列している。ここでは基本的なマナーを教えてから新しい飼い主に渡す為大変好評だ。
「もしかしたらあのポケモンさん達のお家にみんな行くのかなミィ…?」
「きっとそうミィ!これがママの言ってたとこミィよ!妹ンネもみんなと仲良くできるかなミィ?」
「…ミィ…ちょっと怖いミィ、お兄ちゃんがいてくれたらいいミィけど…」
「でもみんな優しそうミィ!」
兄ンネは笑った。優しそうな怖いポケモンもだが、実際お隣さん?一家はみんな同じところにいるのだから。
また宙に浮く感覚。自分達の番か?と感じたが、先程と同じく荷台に乗せられてしまった。
「わりい、こっち二匹足りなかった」
「ああ、じゃあこれちょうど二匹いるからいいよ。」
人間達の言葉の意味はよくわからないが、兄ンネは「自分達はあの子達の仲間には入れない」のは理解したようだ。
遠ざかる小窓から見えた様子は、
人間が笑顔で、チビンネの一匹掴んでいる。
他のポケモン達はそれを笑顔で、何かを待ちわびているようなソワソワした素振りをしてた。
視界が暗くなったのは建物内に入ったからだが、すぐに眩しくなった。
そこに広がっていたのは、チビ、ベビポケ達が幸せそうな顔で伸び伸びお部屋にいる空間だった。
兄ンネは妹ンネに呼び掛け、二匹は壁面に手をついて、小窓に顔を食い込ませながらその様子を眺めていた。
ふかふかそうな真っ白いクッションに身を沈ませながら眠るイーブイ
ルリリ達が水の流れるお部屋で、石に座っている。
ミミロル達が見たこと無い食べ物をかじり、ゴニョニョは丸い玩具をつついていた。
ピチュー達は人間に抱かれ、互いに嬉しそうで見ているこっちまで嬉しくになるようだ。
「ママの言ってたことは本当だったミィね!妹ンネ!」
「うん、ミィもあの子達みたくお兄ちゃんと一緒にいられるミィ!」
「「ミー♪ミー♪ミミィ♪」」
二匹はママから習ったお歌を口ずさみ始めた。この歌はママのママのママのママ………とずっと語り継がれてきた歌らしい。
荷台が動くと様々なチビポケ達の楽しそうな様相が流れ、
人間に例えれば博物館や美術館の展示物を眺めながら行くような感じか。
二匹はこれからの生活に心躍らせた。
先程屋外で別れた同族の半分は既にこの世に存在していない、とは微塵にも思う事はないだろう。
キャリーのドアが開くと二匹は臆する事なく人の手に身を委ね、目を閉じているのは新居をまだ見ないよう楽しみにとっているのか。
地に足がついた時、まず兄ンネが目を開いた。
「まずお兄ちゃんが見るミィ!新しいおう…………ち?」
「どんなお部屋ミィ?どんなお部屋ミィ!?」
まだ目を開かずに両手を握りしめそわそわする妹ンネとは真逆に、兄ンネは目の前の様相に絶句していた。
きらびやかな透明な壁など無く、白い線が入った曇った壁。
柔らかそうなマットも無く、カサカサした新聞紙。
ベッドも玩具も無い、眼前にいるのは何番目のお隣さんかもわからない同族チビンネ達。
小刻みに震えているチビ、状況を理解してないのかきょろきょろしたチビ、ただ怒りに任せ曇った壁を叩くチビ様々。
「ミィも!チィもおっぱいぃぃ!チィー!!ミビェーン!」
ぴょんぴょん跳ねるチビの視線の先には、人間に抱かれたポッチャマがドリンクを飲んでいる姿。
ママと離された悲しみからか、飲む姿が授乳に見えるのは当然か。
「これサプリメント入り補助ドリンクです。ミルク味ですからフーズにかけてもいいですよ」
「助かりますう!最近フーズの食べが悪くて、これならフーズも一緒に食べてくれるよね?」
ポッチャマは笑顔でうなずいた。
「ありがとうございましたー!」
「お兄ちゃんまだ目開けちゃダメミィの?」
騒ぐチビと人間の様子を見ていたが、妹ンネの言葉に我に帰る兄ンネ。
「いいけど、まだお家じゃないミィたいね!」
目を開け、表情が一気に変わった妹ンネへはこれ以外に言葉は見つからなかったのだろう。
それから数時間。他チビ達は家族で体を寄せ合い丸くなり、部外者である兄妹は隅で二匹身を寄せていた。
落ち着いたのもあるが、先程の別れ等から兄妹の胸に不安が込み上げた。
それはいつまでたっても自分を人間が抱いてくれない。
それに合わせ「離れ離れになる」それがいよいよ現実的になったからだ。
実際ここにくるまでに見た風景では、ケースから出されたニドラン達のうちの一人がスタッフ以外の人間に抱かれ、あの入り口に消えた。
残ったニドラン達はどこか寂しげに見えた。
外で別れたチビ達も、あのニドランのように幸せになったかもしれない。
でもそれ以上に離れたくない。幸せにはなりたいが、兄妹互いに離れたくない。
そんな時だった。
空からパラパラと何かが落ちてきた。
人間の物に例えればパサパサのオカラのようなもの。兄はそれを手にとり匂いをかぐと
「ミッ?おっぱいの匂いミィ!ミィんな!これ、食べれるんじゃないかミィ?」
起き上がった他のチビ達もそれを拾い口にしはじめた。
兄も一つ口にしたが、匂いだけで味はおいしいとは感じられなかった。
「ご飯やママのおっぱいのがおいしかったミィ…」
妹はそういい、オカラを口から出した。
これはチビンネ達に用意されたエサであり、栄養補給をメインにした物だ。栄養価は高いがあくまでも加工物。
匂いも嗜好性をよくするための香料で、この妹のように拒否しても空腹であれば食べるしかない。
たしかにチビ達は飼料としてクズとはいえ、野菜を食べていたのだ。
匂いはまだしも実際こんなのが口に合うはずもない。
上記の通り空腹に耐えられず、兄やチビ達は無言でモソモソこれを食した。
やはり食べたがらない妹ンネに対し、兄ンネはママのように口で咀嚼したものを妹ンネに与えていた。
「ちゃんと食べないとダメってママ言ってたミィ」
「うん…ミィ食べるミィ」
とりあえず腹は膨れたことからうとうとしていた兄ンネ。妹ンネや他のチビンネ達はとっくに寝息をたてている。
「先に行った他のチビンネ達はみんな今頃楽しくやってるミィかな…」
そう考えていると睡魔がおしよせ、自身もそれに委ねようとした時だった。
「こりゃあ栄養不足ですね、失礼を承知で言わせていただきますが、このフカマル君は肌ツヤや血色もよくない」
「一週間前に野生の捕まえた子なんですが、やはりフーズだけじゃダメですか…?」
兄ンネの耳に入ったのは人間の会話。意味はわからなくとも興味や幸せへの手がかりになるかもと聞き耳をたてた。
不安そうな顔でフカマルを抱く青年に、スタッフは語りだした。
「そういうわけじゃないんです。ガバイトなら問題ありませんが、幼体時はしっかりとした栄養補給が必要なんです」
具体的に言えば人の手が入っていない野生ポケは飼いポケとは勝手が違う。
成長期の幼体、特に捕食種はやはりきちんとした食肉が必要だ。
ただし人間用の精肉ではダメ。しっかり血液や内臓も食して栄養バランスを整えなきゃならない。
「そこでオススメなのがこの活チビンネ!一匹で10日分の補給できます。野生の痩せたチビよりも高栄養で安全なんです」
「へえー、でも生食与えたらクセになりません?」
「大丈夫、成長すればきちんと飼い主さんの心を理解してくれますよ、それがポケモンです」
そう、ここでのチビンネの役割は生餌であり兄ンネ達のいるここは販売用ケース。
実際にショップの幼肉食ポケ達にも与えている。
屋外のチビンネ達が半分減ったというのはあの時整列していたイワーク達の食事になったからだ。
知っての通りタブンネは食肉としては非常に優秀で様々な用途がある。
実際プロトレーナー等は色揚げや体質改善にチビンネを与え育成している。
無駄な脂肪も無い肉や新鮮な臓器からの栄養は、説明通り一匹で10日は持ちその間はフーズ少量で充分。
さらに生きているモノを殺し、食べるのは捕食種にとってストレス解消や成育に非常によい。
別館の危険ポケエリアでも、アーボが時間をかけて飲み込み、バチュル達も糸巻きにし体液を吸う。
毒ポケも毒責めにしながら毒の量の調節を学び、悪タイプの子もチビを痛めつけながら狩りやバトルの基本を学び、食べる。
本能を大切にしながら育てられ、得た体格や知能は人との様々な関わりや絆を学ばせるには大変良い。
ちなみに先程チビが食したエサであるオカラもタブンネの脂や肉から作られている。
これらも同じく栄養価は高く、チビンネにすれば掌分くらい食べれば一週間はもつ。
さらに成分作用は尿や便にも現れ、エサと誤認し食してしまうようになる。
栄養はとれるが空腹感はあるので、これを利用すれば糞尿の始末も楽だ。
エサとして飼い置きするなら普段はチェストか何かにいれて暗所に保管。
まず栄養面からは死なないが、もし喧嘩等で死亡しても栄養補給としてなら死語数日であれば食させてよい。
そんな話とは理解せず、兄ンネはフカマルの飼い主が頷くように、自分も理解したフリなのか同じように頷いていた。
「一ヶ月様子みるためにも三匹は必要ですね」
「管理が楽ならじゃあ…お願いします。おいくらですか?」
「一匹30円です」
「さんじゅうえん!?そんなもん!?」
「まあ大量生産ききますし、だいたい食肉だって100g30円とかでしょ?それにコレ育てればステーキとかにできますよ?」
「あ、あはは…」
こちらを見ながら笑う人間に、自分を見て笑っていると勘違いしたのか兄ンネも笑顔を返した。
「優しそうな人間さんミィ。ミィ達のお家の人間さんはいつも同じような顔ばかりだったミィから」
エサをもってきて管理するだけの畜舎の人間はチビにはそう見えていたようだ。
しかし今が絶対絶命と理解していないのはある意味幸せだろう。
「じゃあ包みますね。キャリーは折り畳みボール紙のに入れますよ」
スタッフの手が眠るチビンネ達の塊に伸び、一匹掴むと「ヂーヂー」騒いだことで一斉に目を覚ましていく。
睡眠中からの突然の事でチビ達はあっちこっち互いにぶつかりながらパニックだ。
一匹が兄ンネに体当たりし、撥ね飛ばされてしまう。それと同じく妹ンネも踏みつけられるように下敷きになってしまった。
「ミー!?妹ンネー!」
必死に群れをかきわけ、もがく妹ンネの手を握った兄ンネ。
「…痛いミィ」
「こっちにくるミィ!」
逃げた先には人間の手があり、それを避けたが背後で他のチビが捕獲されてしまう。
二匹目が捕まり、そして自分と妹が逃げた先は隅。それは人間にとっては捕まえやすいということになる。
兄ンネが掴まれ、持ち上げられる瞬間
「ミィィィーおにいちゃミィイイイイ!!」
妹ンネが兄ンネの尾を掴んだ。離すべく人間に振られても意地でも離さんといった具合だ。
「なんだこいつ。まあいいか、お客さんよかったらこれオマケしますよ」
「実はもう一匹欲しかったんです。暇してるやつがいてお土産に」
「そうですか?まあいいやおまけしますよ!90円です」
フカマルをボールにしまい、四匹つまったキャリーを抱え店を後にし、
兄妹と二匹チビンネを乗せた車は走り出した。
車内、四匹のチビは互いの家族と抱き合いながら震えるしかなかった。
自分達は人間に抱き締められず、恐怖のまま再び暗闇に閉じ込められた。
これから幸せが待っているなど前向きな考えにはなれないのは当然か。
「おにいぢゃあ゛あ゛ごわいびぃ゛…」
「妹ンネ泣かないで!離れなかったミィ!ミィ達は一緒ミィ!!」
兄妹は別離を回避できた喜びと不安入り交じる中、一層強く抱き合いひたすら涙を流した。
最終更新:2016年07月27日 18:58