二章・新居編
暗闇に閉ざされた空間のたまに揺れるのはママと離された時とまったく同じ感覚。
だが震えるばかりでなく、兄妹は「運命を共にする」二匹の他チビンネと打ち解けていた。
今も暗闇だが、兄妹と他二匹はやはりチビということもあり、互いに寂しさを埋めるよう自己紹介するなど自分達の境遇を語り合った。
他チビはこの兄妹のように、兄、妹の順であった。
「ミィたちもそのおうちいくミィ?」
「チィはふかふかがいいチィ!」
兄妹のママンネに比べ、彼らのママは老齢であり、幸せが何か詳しくは話をしてもらわなかったという。
さらに知能も発達が遅いのか、幼い口調からも頭の良い兄ンネはやはり自分に少し違和感を感じたが、
それを逆手にし、自分が見た他のポケモンの話をこれからの生活のように話してしまった。
なんでもうんうん聞いてくれる他チビに嫌な気はせず、まるで悦に浸るように話した。
暗くて見えないが、他兄ンネは目を輝かせていることだろう。
妹ンネも他妹ンネと打ち解けたようで、ミィチィ笑いが絶えないようだった。
この二匹同士は同じ♂ンネの精子からのいわば腹違いではあるが、さほど重要でもないのかもしれない。
そんな楽しげな話も人間にはただやかましいだけであった。
「チィミィうっせーな。タンスにでもぶちこんどくか」
しばらくして兄妹と他チビ二匹をのせた車が停まり、同じように宙に浮く感覚が。
「今度こそミィ達の新しいおうちミィ…!」
兄ンネは妹ンネと他チビ達に言いながら、自分にもそういい聞かせた。
しばらくするとガサゴソ物音が聞こえてきた。
「えぇっと、入れ物は…ああプラ水槽あった。待ってろよフカマル、今だしてやるからな」
人間の声だ。その時をまちわびるよう四匹のチビは瞳を輝かせ、箱が開くのを待った。
「どうれ、さっそく!ここならいくら汚してもいいからな!」
そんな言葉が聞こえた次に明るさがチビ達の視界を照らした。いよいよ幸せな生活が始まるのだ。
自分達に向かってくる手に少し萎縮する兄妹だが、
それをはね除けるように自分からその手の掴みにいったのは他妹ンネだった。
「チィもふかふかおふとんのベッドでねたいチィ!!」
今まで代わり映えの無い生活をしてきたこの他妹ンネは、タブンネ特有の幸せになりたい感情が話によりより一層刺激され、
一刻も早くそれを享受するためにこんな行動に出たのだろう。
もちろん負けずに他兄ンネも向かう。
「ミィも!ミィもおふと!」
他兄も必死に手を伸ばすが連れていかれたのは他妹だけであった。
「ミィ…」
「だいじょミィ!すぐ僕達も…」
「お兄ちゃんなんか滑るミィ!?」
そう兄ンネがいい、妹ンネが叫んだ時には三匹は箱から滑り落ち水槽に入れられていた。
「ここがミィたちのおうちミィ?ベッドもふかふかもないミィ!それにおそとみえるのに、まえにすすめないミィ!」
水槽内をカサカサ動く他兄に対し、兄ンネはなにも言えなかった。
実際水槽から見える範囲には何もなく、自分達が入っていたであろう箱が転がっているだけ。
ショップのような明るい光も大きな緑の山も川も砂も無く、もちろん優しそうな同年代のポケモンもいない。
ここはフカマル飼い主宅の空き部屋、ここが彼らの新居。
「お兄ちゃん、あの妹ちゃんはどこにいくミィ?」
「………あの妹ちゃんは…」
「いたミィ!さきにずるいミィ!ミィもー!」
答えはすぐに出た。
肩を落としため息をつくフカマルの眼前に放された他妹。
指をくわえてきょとんとする他妹に対しフカマルはチラッと見てはさらにため息をついた。
「どしたのチィ?あたらしいおにいちゃんどこかいたいいたいチィの?」
他妹は尾を振りながらフカマルに近づくが、フカマルはその尾に釘付けになった。
「あ、これって…」
さらに近づく他妹の体臭も彼の消沈しかかった本能を焚き付けるには充分だった。
「いっただきまーす!」
「チッ?チィーーッ!?」
サイズにしては大きな口から繰り出された噛みつきを間一髪で避けた他妹。こちらも本能でようやく相手が危険だと理解したのか逃げ出した。
「やめてチィー!チィはおともだちになりたいチィグッ!?」
尻尾を踏まれ転倒した他妹に涎をたらしながら口をあけ迫るフカマル。
他妹も涙を流しながら両手をつきだし抵抗するが、グチという音とともに両腕は体と永遠に別離した。
「お~いしい~」
温かい生肉に笑顔満点のフカマルと、両手を無くした激しい痛みにうずくまる他妹の対比。
流れた血がフローリングの床に赤く滴るがそれもさらにフカマルを興奮させ、じわじわ歩み寄る。
まるで苦しめれば旨味が増すことを知っているかのように。
もちろんこれらはすべて兄妹と実兄の眼前で行われていることも忘れてはいけない。
「ミィーギッヤアアアアアアいもーとー!!」
クリアなプラ面を必死に掻きながら叫ぶ他兄。これ遊んでいると思えるほどタブンネはバカではない。
妹ンネは兄ンネの背中に顔をうずめガタガタ震えている。
兄ンネはかなしばりにあったようにまばたきすらせず、その捕食から目をそらせずにいた。
ブチィ!
「チゴボボ」
食い破られた腹から溢れ出す臓物に瞳を輝かせながら食らいつくフカマル。
グチッブチャパンッ
臓物が破られる音、ちぎれる音、ガスが噴出する音。
血の泡を噴き、眼球をあらゆる方向に動かす他妹の体は噛みつかれる度に大きく跳ねた。
股からは止めどなく尿やエサの影響か白い糞が溢れ出していた。
我に帰った兄ンネは、その様子をただ静観していた人間に向かって必死に叫んだ。
「他妹ちゃん苦しんでるミィー!やめてあげてミィーーッ!」
そう叫ぶが人間は
「ははっ、うまいか!よかったなあ!」
なんと笑顔でフカマルの頭を撫でていた。フカマルも口から腸をぶら下げながら人間の顔を見て笑顔を見せた。
「これが…ママのいってた…幸せなのミィ…?」
背中で体も声も震わせた妹ンネが言ったが、それに返答できる言葉は兄ンネは持ち合わせていない。
いくら頭がよくても所詮はチビンネでしかないのだから。
「ゲェ~プ」
「こら、そんな寄られたら掃除できねえってば、こぉの♪」
満足げな表情のフカマルは血痕を拭く人間体を擦り寄せていた。
幸せそうな表情のポケモンと飼い主。それが自分達もそうなるはずだったと思う余裕がチビンネ達にあるだろうか。
「そういやここの収納も引っ越した荷物でぎっちりだな、明日片付けるか」
とフカマルを連れ部屋から出ていった。
安泰かと思われたが、チビンネ達の事態は想像通りだ。
「うそつき…うそつきミィ!」
「やめて…痛いミィ…」
嘘をついた兄ンネを他兄が短い腕を振り回しながらひたすら叩いた。
たとえ兄ンネの思い込みや勘違いでも、それに期待されられた他兄妹が得た結果は最悪だった。
妹が目の前で殺されたのだ。
ただの食事に過ぎないがタブンネからすれば凄惨なスプラッタでしかない。幼いその瞳にはしっかり焼き付いて離れない。
実際妹ンネはずっとうなだれたままだ。
「いたミィ…」
他兄のパンチが妹ンネにも当たった。
つい先程まで笑顔に満ちていたチビンネ達の現状はもはや見るに耐えない有り様だ。
……………何時間過ぎただろうか。暴行も止み、静寂が部屋に満ちていた。
カーテンすらない窓から差し込む街灯の光りが部屋に差し込み、完全な闇ではないが三匹は無言のままだった。
妹ンネも他兄を察してか自身の兄といつものようにベタベタせずただ身を寄せているだけだった。
静寂の中スーッとあの扉が開く音に兄ンネだけは気づいたようだ。
入り口からもぞもぞ蠢くその影の正体は
「パパは次は10日っていったけどもう一匹だけ…」
フカマルがどうしても肉の味を忘れられず、こっそりとつまみ食いに訪れたところだった。
「ミッ……ミィィ……」
遅れて気配に気づいた妹ンネが昼間の恐怖がリフレインしたのか必死に兄ンネにしがみつく。
フカマルは水槽に手をかけガタガタ揺らし始めた。
「ミィ!なにミィ!?」
ようやく目を覚ました他兄も事態に気づいたようで恐怖に震えだした。
プラ水槽自体軽くはあるが、チビンネ三匹も中にいればそれなりの重量だろう。
しかし力をつけたフカマルは顔を真っ赤にし水槽をようやく倒すことができた。
「コ」の様に横倒しになった水槽。三匹は右に左に動くもフカマルも負けずにまるで球技のようだ。
「ミィ!やめてミィ!二人には手をださないでミィ!」
涙を流しながら必死に頼む兄ンネだが、自分達を食肉としか認識しないフカマルには通じない。
むしろこの反復横飛びのような攻防戦に興奮し、余計に煽るような結果としかならなかった。
「お兄ちゃん助けてミィ!」
妹ンネの悲痛な叫びに兄ンネは拳を握りしめフカマルの前に立ち塞がった。
それは思い込みで散々皆を期待させて落胆させたからか、実際に仲間の死を目の当たりにしたからか。
「ミィが二人を守るミィ!!」
フカマルに体当たりを仕掛けるもあっさりかわされ自身は水槽外へ飛び出してしまった。
だがフカマルは兄ンネを追わず、失禁していた他兄に狙いを定めた。糞尿の匂いも捕食種にとってはサインだ。
本能赴くまま口を開き飛びかかった。…が
「いだいミィギィィィッ!」
なんと他兄は妹ンネを盾にしたのだ。
ブチブチ音をたてちぎれる妹ンネの尾。倒れて起き上がった兄ンネは必死に叫ぶも何も変わらない。
他兄はそれに対し悪びれるどころか兄ンネに向かい
「おまえもいもうとがたべられろミィ!」
と言い放った。
千切った尾を飲み込み大口で迫るフカマルだったが…
ぱちっと部屋の灯りがつき、入り口には人間が立っていた
「こらフカマル!次は10日後っていっただろ!?まったく逃がして。怪我はないか?」
立ち上がれない兄ンネを掴みながら人間は言った。怪我はないか?がフカマルに向けられてると言う必要は無いだろう。
「…だって…おいしかったんもん…」
がっくし肩を落とすフカマルに人間は少しバツが悪そうな顔をしたが、あげすぎは逆に毒となるのを理解している。
「仕方ないな、ほらあっち行ってオヤツでも食べよ。あいつも心配してたぞ?」
人間が指差した入り口にはいつの間にかマスキッパがおり、どうやら彼が知らせたようだ。
水槽に再び入れられた兄ンネから見たマスキッパの微動だにせず、視点もどこを見ているのかわからない様子は、
草タイプでありながら捕食種と同じくらい不気味に感じられていた。
灯りが消え再び暗さが戻った部屋。
尾を無くした痛みに踞る妹ンネ、水槽のスミで背を向けたまま動かない他兄。
兄ンネはただ妹の傷を舐めてあげることしかできなかった。
ここで他兄になにかしてもなんの意味もないのは解っている。
敵はフカマルだけではない、あのマスキッパからも感じる不安が拭えない。
10日後、次に食われるのは兄か、妹か、他兄か。
彼らの命は完全に人間の手の中だ。
こうして兄妹の絶望に満ちた新たな生活が幕を開けた。
最終更新:2016年07月27日 18:59