うちの庭でタブンネが巣を作った。
多くの人はタブンネの巣を嫌う。タブンネは生命力、繁殖力旺盛なうえ自分たちの巣の外ならどこにでも排泄する。そのためタブンネの巣ができた庭はどんなに美しく整えられていても1ヶ月あれば見る影も無い腐海と化すのだ。なので、通常タブンネの巣が発見されれば出来るだけ早くそれらを撤去する必要がある。タブンネが抵抗するようなら痛めつけて、二度と戻ってこないように処理するのが一般常識なのだ。さらに言えば、処理は早ければ早いほどいい。出来ればタマゴが見つかるより早いことが好ましいとされている。タマゴがなければつがいのタブンネは案外すんなりと別の場所へ行くのだが、タマゴを持ってしまうと逆上して襲い掛かってくることもあるという。
さて我が家の庭には1ヶ月ほど前からつがいのタブンネが住み着いている。大して広い庭でもないのですぐに気付いたが、放置した。1週間もするとタマゴができた。タブンネは最初、自分たちの存在に気付いている私をひどく警戒した。だが、きまぐれに痛みかけた木の実や失敗したポフレを投げてやると次第に心を許し、ここ最近はまったく警戒が見られない。タマゴが生まれてもそれをにこやかに眺めている私を見て油断しているようだった。野生のポケモンは野生に生きている以上どんな状況でも油断してはならないというのに・・・
油断したら気が緩んだのか、それから数日連続して親タブンネがタマゴを生んだ。今となっては5匹のチビタブンネと一つのタマゴが確認できるほどだ。頑張りすぎだろ。
そして昨日、ついに最後のタマゴが孵った。
ピキピキと殻を割って、親タブンネよりずっと小さなベビータブンネの誕生だ。親タブンネもうれしそうである。
ところで我が屋の庭だが、もともと大して手入れもしていなかったのも相まってそこかしこにタブンネの糞が落ちていてとても汚い。
私は潔癖なので糞尿の処理などはしたくないし、何より野生のポケモンは危険だ。
幸い近隣に家屋はなく、おとなりさんの家は1キロ先なのでこの状況でも不満を言う人間は私以外には存在しない。
ベビンネの誕生を見届けて、私は早速電話をかけた。
【もしもし、こちら庭掃除専門店ダストロンです!】
「庭掃除をお願いしたいのですが」
【はい!いつごろお伺いしましょう!】
「少し仕事が立て込みそうなので、1週間後でお願いします。住所は・・・~」
【承りました!それでは一週間後にお伺いします!】
準備はできた。
久々の遊戯に今から胸が高鳴る。庭ではタブンネたちが楽しそうに合唱している。
ミィミィとかわいらしい声だ。思わず口角が上がる。
こちらに気付いたタブンネは、私が笑っているのを見てうれしそうに笑った。
夕方。
いつもこの時間に自分の夕食を準備する。
そのときに出た生ゴミはタブンネたちの巣へ持っていくことにしている。
最初は遠くから投げるだけだった関係も、数日すれば警戒するどころか、自分たちから手を伸ばして近寄ってくるようになった。
ママンネはまだ生まれたばかりのベビンネに乳を与えている。
パパンネはそんなママンネに寄り添ってうっとりとわが子を眺めている。
バカな親だ。
タブンネは非常に浅ましい性格をしている。
自分たちが施しを受けて当然だと思っているので、私が生ゴミの袋を持って近づくとあっという間に足元まで駆け寄ってくる。
最初はその性質を利用してさっさと捕らえてしまおうかと思ったが、増えるタマゴを見て計画を思いついた。そして、今日が最大の好機である。
いつもどおり裏口から庭に出るとわっとチビンネに囲まれた。
この時間になると裏口の付近でスタンバイしているのだ。なんとも意地汚い生物である。
普段と変わらない様子を装って一匹ずつゴミを手渡してやる。
この辺りはきのみの生る木もなく、主食が雑草であるバカ舌タブンネにはこんなゴミですらご馳走なのだ。
いつもならなるべく早く終らせるために雑に渡して終わるのだが、今日は違う。
わざわざ小さくカットした野菜クズを少しずつ少しずつ渡していく。
そのうち開け放した裏口から、いい香りが漂ってくる。
オーブンにはころあいを見て匂いが届くよう焼き上げている甘い甘いポフレが入っている。
狙い通り浅ましいタブンネは家の中から香る匂いにクンクンと鼻を鳴らし、指を銜えて物欲しそうにこちらを見ている。
「食べたいのかい?」
私が優しく聞くと一斉にチビンネたちがうなずいた。
必死で頭を縦に振る姿に思わず笑いそうになる。
「いいよ、中にあるから入っておいで。入るときは足をきちんと拭いてからね」
私が言うとよほどうれしいのかチビンネたちはミィミィとうれしそうに合唱した。
巣を見るとニコニコとベビンネに乳を与えながらママンネがこちらを見ている。
パパンネは相変わらず乳に吸い付くベビンネを見つめている。本当に無責任なクソ親だ。
「あとで君たちにも持っていくからね」
そういうとママンネはコクリとうなずいた。普通そこは礼を言うところだろうが。
全員が足の裏をきれいにしたことを確認すると、私はチビンネたちを一匹ずつ中へ"招待"した。
今日のパーティの主役は君たちだ。
中に入るとチビンネたちは一目散にオーブンの真下へ集まる。
甘い匂いがここからしていることをめざとく感じ取ったのだろう。
だがあいにくまだポフレは焼きあがっていない。
「まだ出来ていないから、こっちで遊んで待ってよう。別のおやつも用意してあるよ」
そういって私はクッキーを差し出しながら地下室への階段を下りていく。
一応こういった状況をあらかじめ想定して、うちの地下室へ続く階段はとても明るい。
LEDのちからってすごい。
また、以前怖がってなかなか下へ降りてくれなかったこともあったため、階段そのものを可愛くデコレーションしている。
見た目だけならまるで御伽の国のようなキラキラっぷりだ。
事情を知らない人からするととんでもない趣味に見えるだろう。
当のチビンネたちはこちらの目論見通り楽しそうに
地下室の階段を下りていく。
人間にとってはたいしたことのない段差だが、まだ子供の彼らには一段ずつ降りなければいけないので時間がかかる。
漸く下まで5匹全員が降りきると、一斉にミィミィと鳴き始めた。
おおかた、「がんばったんだから早くクッキーちょうだい!」とでも言っているのだろう。
お望みどおりクッキーをくれてやる。甘い甘いクッキーは、睡眠薬と麻痺毒と猛毒入りが一つずつ、そして何も入っていないものが2つ。誰がどのクッキーにあたるかな。
まず最初にかぶりついたチビンネは半分ほどまで食べると眠そうに目をこすってぺたんと座り込んだ。
しかしクッキーは握ったままだ。ゆっくりとクッキーをかじりながら、ついにはこてんと眠ってしまった。
「おやおや疲れてたのかな?」
茶化しながら言うと冗談と受け取ったのか残りのチビンネたちもミィミィと眠ってしまったチビンネを指差して笑った。ひどい兄弟だまったく。
次にかぶりついたチビンネは一気に3口ほど頬張ってゴクンと勢い良く飲み下した。
どうやら麻痺毒だったようで、硬直したまま動かない。
頬袋にはまだ飲みきっていないクッキーがあったらしく、口端からポロポロとカスがこぼれていく。
「あーもう急いで食べるから!きたないなぁ!」
にやにやしながら口をぬぐう振りをして残りのカスを口の奥へ詰め込んでやる。
「ム、ムゥ・・・イ・・・」声を出すことも難しいようだ。
そして残りの3匹。
2匹はなんともないクッキーを夢中になって食べている。もう他の兄弟のことなど気にしていない。
1匹は猛毒入りのクッキーを一口食べてどく状態になったが、それでも甘いクッキーがやめられない。
半分以上食べてしまったがもうどく状態だ。顔色は紫色で血が通ってなさそうである。ここまでバカだとは・・・
「うーん、なんか3人は調子わるくなっちゃったみたい・・・このまま看病するから、君たちはお母さんたちのところへ戻りな?」
私が言うと2匹のチビンネは不安そうに顔を見合わせた。
しかし「お土産にクッキーも持って帰っていいよ」とクッキーを何枚か渡すと兄弟のことなど頭から吹き飛んだのか、それをかっさらうように受け取って地下室の階段を上り始めた。薄情である。
その日は2匹のチビンネを親元へ返してやった。
ママンネは減ってしまった子供にぎょっとしていたが、チビンネたちがクッキーを手渡して説明すると状況を理解したらしく、こちらにぺこりと頭を下げた。
「子供たちを頼みます」とでも言うのだろうか。
というかタブンネにそんな礼節があるとは驚きだ。
私は片手を上げて「任せろ」とジェスチャーし、窓のカーテンを閉めた。
地下室。
早速捕らえたチビンネたちで遊ぶことにする。
何の苦労もなく状態異常となったチビたちは自力で立つこともできず苦しんでいる。
もうどく状態のチビンネなど消え入りそうな声でミィ・・・ミィ・・・・と鳴いている。
「助けて」と言っているのだろうか?
ひとまずいのちに別状のない眠っているチビと麻痺しているチビにそれぞれボールを投げる。
チビンネ2匹ゲットだぜ!
もうどく状態のチビンネに向き合う。
少し離れたスキにまたクッキーをかじったらしく、手にもっているクッキーのかけらはさきほどより小さい。
それが功を奏したのかよりいっそう体力がけずられて、今にも死にそうである。
かわいそうな毒ンネ!ひとまず解毒のために水を飲ませよう。代謝を上げることで体内の毒を排泄する機能を強めるのだ。
普通のスポイトでは間に合わない。灯油用の大きめなスポイトを使って水分補給させることにする。
「大丈夫か?がんばれ!水だぞ!」
抱きかかえて声をかけながらスポイトを近づけてやると、毒ンネはミィ・・・と掠れた声で答えた。
クッキーのせいか毒のせいか喉が渇いていたようで、スポイトに口をつけて必死にちゅうちゅうと吸っている。そんなに喉が渇いていたんだな!
もっと飲ませてやることにする。
スポイト3杯ぶんも飲むとずい分吸う力が弱くなってきた。
このままでは水での解毒が間に合わず死んでしまうかもしれないな。
ここでスポイトに軽くきゅっと力を入れる。突然勢いをつけて流れ込んできた水に思わず毒ンネがむせる。
「だめだ、がんばれ!飲んでくれ!」
熱い声援にがんばろうという気になったのか、勢いのある水をごくごくと飲んでいく。
2回、3回、4回!すごいぞ毒ンネ!
しかしもういらないと言いたいのか「ミッ、ミィイ・・・」と首をイヤイヤ振りながら前足をピンと張ってくる。
腹はもう見るからにパンパンで、すこし指で触れると水で満たされていることがよく分かる
「だめだ!飲んでくれ!死んでしまうぞ!」
おかまいなしに口へ近づける。
すると今度は前足でそれを阻まれた。これはいけない。
前足をそっと握って「大丈夫だ、わかってるぞ・・不安なんだよな」心配そうな声をかけながら「ミィ・・・」と返事をしたその瞬間にスポイトの先を突っ込む!
「ミガッ!?」
そのまま注入!
ガボガボと音を立てて許容量を上回る量の水が流れ込み、ついには口から逆噴射した。
小さな身体の中では口から胃まで水流による洗浄が行なわれているのだ。
おかげで胃液とともに毒入りクッキーが水と共に口から吹き出てきた。
吐き出した際に力んでしまったのか、尻からも汚物と共にダラダラと水があふれている。
「まだまだ、おまえが食べたクッキーはこんなものじゃないだろう!」
人間の言葉は分からないだろうが私の熱い気持ちが伝わったようで、「ミ・・・ミィッ!」と毒ンネが返事をする。さながら熱血教師とその生徒といったところか。
「次行くぞ!口を開け!」
私の掛け声に少し躊躇い、困惑しながら毒ンネが鳴く
「ミ・・・・ミィイ」
「なにぃ!?もうヘバったのか!おまえ死にたいのか!?このままじゃ死ぬぞ!口開け!」
私の勢いに押されておずおずと口を開く。
もう一度水のなみなみと入ったスポイトをぶち込む。こんどは喉までだ。
「ムガァア・・!」
「大丈夫、これで君は助かるよ」
ウインクしながらスポイトを思い切り握った。今までに無い水流が一気に毒ンネの中を駆け巡る
ビシャアアアアア!
そんな音とともに水が胃へ流れ込んでいく。
とうに限界を超えた水は上へ下へと行き場をなくして逆流と順流をこの小さな身体で繰り返しているのだ!ワンダフル!まさに生命の神秘。
とうの毒ンネは気道をスポイトと逆流する水でふさがれ失神寸前、さらには尻からも大量の水を噴出しはじめた。
もう完全に糞を出し尽くしたのか、尻からあふれる水もまるで清流のように澄んでいる。
まるで湧き水のようだ。美しいぞ毒ンネ!
スポイトが空になったことを確認するとそれを抜き取り、あらぶる息をととのえて「大丈夫か?」と毒ンネに声をかける
返事は無い。ただのしかばねのようだ。
仕方が無いので地下室に備え付けてあるシンクで捌いて冷蔵庫に保管しよう。
時間がたてば抜ける毒だから明日の昼には食べられるだろう・・・
まずは毛皮を剥ぐために、四肢を切り落とす。
ダン!と両足を中華包丁で切り落とすとどうやら気絶していたらしい毒ンネが水を噴出しながら目を覚まし手をバタバタと振り回した。
「なんだ、まだ生きてたのか」
「ゴブェ・・ギイイイイ!」
最早鳴き声だけではどのポケモンかも分からない断末魔をあげているが、残念ながらここは地下室なので愛するパパとママにはとどかない。
今頃やつらはおいしいクッキーを食べてご満悦だろうよ・・かわいそうな毒ンネ・・・
生きていたにしても渡りかけた船である。
解体の続きとしゃれ込む。次は手首を切り落とす。
ダン、ダンとリズムよく切り落とすと毒ンネが白目をむいて痙攣した。
「ムブウウウウウウウ!!!ギイイイイイイ!!!」
口から尻から止め処なく水を出しながら毒ンネが叫ぶ。
先ほどからだの中を水でよーく洗ったので口から吐くのも尻から出すのもきれいなお水。
むしろまな板の上の血を流してくれて便利だ。今度からこれは使えそうだな。
首周りをぐるっと一周、皮だけ切る。
そして首から肛門まで正中線上にピっと切れ目をいれて、中央から外側に向けて一気に皮をむく。
タブンネは他の動物と違い皮が剥きやすくて助かる。
ピンクと白の毛皮の下から露出したピンクの肉と白い脂肪のコントラストが美しい。
まだ致命傷には至っていないが、失血によるショック状態か心拍数がひどく高い。
肋骨の上からも心臓の拍動が伺えるほどだ。ここまできたらもう意識はないかもしれないが、美味いタブ肉のためにも毒ンネはもうひと頑張りしてもらう。ここからはスピード勝負だ。
まずは内臓を傷付けないよう腹膜を破り消化器を取り除く。膀胱はとくに尿が漏れてしまわないようそっと取り除く。それからレバー。こちらは胆嚢が付いているが、これをやぶると胆汁が出てしまい食用にできなくなるので注意。あらかたの臓器は毒ンネと切り離された。
ハラミとも呼ばれる横隔膜を取り去ると残るは肺と心臓のみ。
生命力の強いタブンネは失血状態に陥ってもしばらく生きているようだ。関心関心。
驚いたことに失った手首と足は再生こそせずとも止血が始まっている。
肺は食味も良いとは言えないが遺していても問題ないのでそのままに。
いままで臓器があったところに香草や果物をつめて、腹をタコ糸でとじてやる。
そして全身に塩を塗りこむ。さすがの激痛に久しぶりに毒ンネから反応がみられた。
目を白黒させながらビクビクと激しく痙攣しはじめたのだ。
この痙攣自体は単純に筋肉にナトリウムが付着したことからおきる生理反応なのだが、どうにもまだ生きている毒ンネには激痛もまた感じられたらしい。
頭は明日落とすとしよう。白目を剥いた毒ンネをジップロックに入れて冷蔵庫で保管。昼ごろには美味いタブ肉が食べられるだろう。楽しみだ。
すやすやと眠り続けるチビンネとクッキーを握ったまま硬直しているチビンネのボールを眺めながら、私は次なる遊戯へ胸を高鳴らせた。何をして遊ぼうか?
翌日。
朝日が昇ると共に目が覚めてしまった。元々早起きなたちだが、今日はうまく眠れなかった。
あまりも楽しみだったのだ。
毒ンネはあのあと日が暮れるまで冷蔵庫の中で失神と覚醒を繰り返したようだ。
扉越しにムゥ・・・ムゥ・・・と力ない声が聞こえていたが、夜中にはすっかり静かになってしまった。
どうしても気になって真夜中に一度冷蔵庫の扉を開いたが、残念ながらすでに毒ンネは絶命していた
。
恐怖か苦痛か、目はカッと見開かれ、顔面の筋肉は強張った状態で。
なんともいえない表情に感銘を受けてしまったので、その場で頭を切り落とし頭部は冷凍庫で冷凍保
存することにした。
というわけで今日の毒ンネには頭部がない。もう市販の丸焼き用タブ肉となんら変わり無い姿である
。
オーブンでじっくり焼き上げよう・・・とオーブンを開けると中から昨日焼いたおいしそうなポフレ
が顔を出した。
そういえば渡すの忘れてたな。食べる前に食べられちゃうなんて可愛そうな毒ンネ!
ポフレを取り出してオーブンを暖める。今日は低温でじっくり焼き上げたいので160度。
オーブンが温まったら天板にクッキングシートを乗せ、その上に毒ンネを置く。
さらにプチトマト、スライスオニオンなどを添えてオーブンへ。
今日の昼食が楽しみだ
さて料理が出来るまで昨日から麻痺と眠りの状態でボールに収まっているチビンネ達と遊ぶとしよう。
まずは眠り状態のチビンネをボールから出す。起こさないようそっと抱き上げ、新品のタオルでおくるみの状態にする。
そうしておくるみされた眠ンネを抱いたまま裏口を開けると、ママンネが心配そうにこちらを見ていた。
巣の中ではパパンネとベビンネ、そして昨日運よく逃げたチビンネが丸くなって眠っている。
ママンネと目が合ったので微笑んでみる。ママンネはわが子が大事そうに抱かれているのを見て安堵の表情を浮かべた
「ミィ!ミィ!」
ママンネは駆け寄ってくるとチビちゃん起きて!と眠ンネに語りかける。
当然起きない。許容量を超えた薬による昏睡レベルの深い眠りである。自発呼吸しているのは奇跡かもしれない
「どうも消耗が激しくてね・・中でゆっくり看病するから心配しないで」
私が優しく言うとママンネは耳を垂れて「ミィ・・」と悲しそうにうなずいた。
「大丈夫、すぐに良くなるよ」
そう言って昨日のクッキーの残りを手渡して私は屋内へと戻る。
ちなみにママンネたちに渡したクッキーには何も入っていない。ただの美味しいクッキーだ。
ママンネは手渡されたクッキーが余程うれしかったのかチビンネのことなど忘れて小躍りしながら巣へと戻っていった。
本当にダメな親だと思う。
さておくるみ状態にした眠ンネはそのままボールに戻す。
一応致死量には満たない量だが、このまま体温が低下して死んだりしては計画に支障が出てしまう。
今日私と遊ぶのは・・・麻痺ンネ!君に決めた。
ボールを投げると中から身動きひとつしないチビンネがポンと出てきた。
ポケモンは他の生物にに比べかなり強靭な肉体をしている。
そのため成熟した個体なら麻痺していてもある程度戦うことができる。
が、これはまだ成熟する前、生まれたてのチビンネだ。
麻痺毒に体が追いつかず、いまだに硬直したまま目を見開いている。
眼球だけがぐりぐりと動いて愛らしい。このまま人形にしたいくらいだ。
「大丈夫か?まだ体が動かないんだな・・・かわいそうに・・・」
私の問いかけにも眼球を動かしながら「ミヒュッ・・・ヒュッ・・・」と空気の通る音でしか答えられない。
しっかりしろ、気を確かに、そんな言葉をかけながら麻痺ンネを抱き上げ地下室へ降りる。
麻痺ンネはぬくもりに安心したのか呼吸が少し落ち着いてくる。
「大丈夫だぞ。キレイにしてやるからな」
私の言葉に麻痺ンネは不思議そうな顔を・・・できていたらしただろう。
なんとなく目が「キレイにするの?」と問いかけている気がした。
今日はこのかわいい麻痺ンネで人形を作る。
だが普通にやっても意味がない。麻痺毒は時間経過では抜けないだろうし、万が一口に入れば人間には危なすぎる。
どうせ食わない肉なら多少薬を足しても問題はない。
痛みを緩和するために新たな薬を注射器で足す。
「これで苦しくなくなるぞ」
私の言葉に麻痺ンネは信頼のこもった視線で答えているような気がする。
注入するのはいわゆる麻薬である。とは言えわが国でも一般的に麻酔として処方されるような物なので、決してアブナイ路地裏で怪しいニーチャンから買ったわけではない。
入手方法は今後の入手ルート確保のためにも割愛させていただこう。
意識を失われても面白くないのでいわゆる硬膜外麻酔を施す。今まで散々練習してきたのでたぶん上手くやれてるだろう。
ためしに仰向けにして、麻痺ンネから見えないよう腹にメスで薄く切れ目を入れてみる。
うん。痛がらないし多分成功だろう。
「一度やってみたかったんだ・・・剥製ってさ・・・」
地下室の物置からホコリを被ったマネキンを引っ張り出す。
真っ白なウレタン樹脂でできたそれは、ちょうど麻痺ンネと同じ背格好だ。
「バッチリだな」
そして早速とりかかる。
昨日は解体のために手足を落としたが、今日のはそれに比べるとずっと難しい。
皮を全てつなげなければならないのだ。
先ほど切れ目をいれた腹部から慎重にメスを進めていく。まずは顎の下へ、そして恥部まで。
剥製を作るのは今回が初めてだ。あらかじめシミュレートした手順でゆっくりゆっくりと毛皮を傷付けないよう進めなければ。
当の麻痺ンネは眼球以外首すら動かせないおかげで、自分の腹部で一体何が行なわれているのか検討もつかないといった表情だ。
もちろん、握ったメスは絶対に麻痺ンネに見せない。
ひとまず、腹側の毛皮を左右に広げ、下肢も剥ぎ終わった。
痛がらないところを見ると麻酔は成功のようだ。
だが麻酔が切れてはさすがの麻痺ンネも暴れだすだろう。かわいそうだから麻酔の効いてるうちに全部終わらせてやろう。
小さな手足を完全にズル剥けにすると、次は背中だ。
流石にうつぶせはかわいそうなので横にかたむけて背中まで剥いていく。
ぶっちゃけ痛みもなく視認もできないのでここまで麻痺ンネに大きな反応はない。
さぁ背中まで完全にズル剥けである。
残るは頭部のマスクを引っぺがす最大の見せ場だ。
ちなみにマニュアルはないので完全に自己流。これからまた練習していけばいいのだ。
耳は面倒なので耳介ごと取り除く。もちろん麻酔しているので違和感こそあれど痛みはないだろう。
徐々に、徐々に、後頭部から皮を剥いでいく。前頭部まで剥ぎ、今度は下顎から頬まで。
そして残るは眼窩のみだ。
漸く違和感の正体に気付いたのだろう。不安げに泳いでいた目が右へ左へ上へ下へせわしなく動き始める。
怖いのだろうか?静かな地下室にドクドクドクドクとすばやい鼓動が小さく響く。
「ヒュッ・・・ミェッ・・・・ヒュウウッ」
麻痺により息をするのもやっとだろうに、何か言おうとしても口がうまく動かないようだ。
タイムリミットが近づいている。さっさと終わらせてしまおう。
ズルっと剥いたらタブンネの皮の出来上がり!一皮剥けて大人になったね麻痺ンネ!
毛皮はすぐになめしたいところだが、まだ生きている麻痺ンネと遊ぶほうが先だ。
ひとまず毛皮の裏にたっぷりと塩を塗りこみ冷蔵庫で保管。
明日にでもなめそう。
さて毛皮をまるごと失いついでに耳介も失った哀れな麻痺ンネちゃん。
露出した筋肉がやけに生々しい。
痛みはないし身体的苦痛は味わっていない。
しかし自慢の尻尾も毛皮もまるごと失ったというのが相当こたえたらしく、動かない身体をガタガタ震わせている。
仕方が無いので手鏡でその姿を映してやると「ヒュッッッ・・・・ヒッィ・・・ミヒィイイッ・・・」と間抜けな悲鳴を上げた。
さすがにそろそろ身体が動かないとかわいそうなので昨日から用意してあったクラボの実ジュースを飲ませる。
クラボの実はからいので口に合わないかもしれない。
スポイトで昨日の毒ンネのように食道へ直接注ぎ込む。こうかはばつぐんだ。麻痺ンネは喉の粘膜にやけどを負った。
すぐに麻痺が抜けたのかゲフゲフと咳き込みながら、そばに置いてある手鏡を両手をついて覗き込む。
何度見てもそこには真っ赤な筋肉のかたまりに不気味な青い目玉のついたオバケしか写っていない。
「ミッ・・・ミェッェエエエエエエエ!!!」
恐怖と嫌悪で四つんばいの麻痺ンネが嘔吐する。
嘔吐によって消化器が動いたせいで、今まで麻痺により緊張していたもろもろの括約筋が緩み、筋肉ダルマの股間を汚していく。
「き、汚いっ!さすがタブンネ汚い!」
私は潔癖なのでタブンネの糞尿など絶対触りたくない。
地下室のシンクからホースをつないで排水溝へと糞尿を流していく。
まだ身体に力の入らない筋肉と化した麻痺ンネは、ホースの水流に流され自分の糞尿にまみれて地下室をころがった。
「ミィェ・・・ミィェエエエエエエエエエエエエエエン!」
毛皮を失ったことが悲しいのか、それとも糞尿の水溜りを転がされることが悲しいのか。
たぶんその両方だろうが、麻痺ンネは泣いた。声の限りに。
しかしここは地下室。お前のパパとママはきょうだいたちと暖かい巣の中でおいしいクッキーに夢中さ。
可愛そうな麻痺ンネ
ひとまず私が手を加えるのはここまでだ。
あらかた糞尿を落とし、ついでに麻痺ンネのからだに付いた汚物も流し終わったら水を止め椅子に腰掛ける。
ショウタイムはまだまだこれからだ。
局所麻酔は種類にもよるが大体1時間から2時間でその効力を失う。
今回出来はともかくスピードを第一に作業したので、本来ならあと1時間は麻酔が切れることはないはずだ。
だが先ほど飲ませたクラボの実には麻痺を即座に完治させる薬効があり、そのすさまじい効能が麻酔にまで及ぶという。
つまり、もうすぐ麻痺ンネの麻酔は完全に切れてしまうわけだ。
麻酔後にも関わらず麻痺ンネが動き回っているのも、クラボの実の効果なのだろう。
そんなことも露知らず筋肉ダルマもとい麻痺ンネは手鏡で自分の姿を何度も見直している。
これは悪い夢だ!と言うかのようにいやいやと首を振り、瞼を切り離したことで数倍大きくなった目玉からボロボロと涙があふれている。
異変は徐々に訪れた
最初、麻痺ンネは鏡とにらめっこしながら無意識といった様子で腹をポリポリと掻き始めた
じわじわと、ゆっくりと、感覚が次第に戻っていく。
しばらくするともう片方の手で足を掻き、だんだんと掻く範囲が広がっていく。
ゆっくりと、緩慢に。痛みは痒みとして麻痺ンネの身体に戻っていった。
その状態で10分もすると麻痺ンネは唸りとも叫びとも付かぬくぐもった声を出しながら床をごろごろと転がり始めた。
「ミグウウウ・・・ミィイグウウウ!」
いかんせん薬が強かったのか、クラボのジュースをもってしても抜けるのが遅い。
今麻痺ンネをおそっているのは全身を駆け巡る途方も無い痒みだ。
「ミィ!ミイイイイ!」
つめは面倒なので剥がさず残していたのが仇となり、麻痺ンネの手が届く範囲はもれなく麻痺ンネ本人のつめで傷付けられていく。
掻いた場所は血がにじみ、転がりまわるもんだから地下室はなんともグロテスクである。
汚いのでもう一度水で流す。
「ミィギャアアア!!!!」
さすがに冷水に当たると痛かったらしい。やっと痛覚が戻ったよ!やったね麻痺ンネちゃん!
「ガァアア・・・ミイイイイイ」
全身くまなく皮をはいだので、全身くまなく痛いようだ。
真っ赤に腫れあがり熱をもっていそうな気がしたので冷水で冷ましてあげることにした。
少し痛いだろうががんばれ麻痺ンネ!きみのためだ!
「ミガアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
普段の可愛い鳴き方はどこ行った!と聞きたくなるような悲鳴で麻痺ンネが鳴いた
というか叫んだ。
「ミフウウウウウウウ、ミフウウウウウウウウウ」
口唇も眼瞼も失った異様な姿で、眼を血走らせた麻痺ンネ。
もうタブンネだったころの面影はどこにもない。
ホースをむけると四つんばいになり、ホースに向かって荒い息で威嚇している。
どうやら痛みで錯乱し始めているようだ。
すかさず厚手の軍手を4枚ほど重ねて装着し、つかみ上げる。
痛みで暴れ、自身をつかむ軍手に歯を立てるが幼い乳歯では軍手を貫くことはできない。
「だいじょうぶ、怖くない」
もう片方には先ほどお世話になったメス。これで喉頭の上部を切り開く。
「カフウウウウウウウウ」
狙ったのは声帯。まだまだ麻痺ンネにはしてもらいたいことがあるのだ
切開は多分上手く行った。多分。いかんせん声帯と気管は近い位置にあるので、傷ついていたならばもう彼が事切れるのも時間の問題だろう。
暴れ続ける麻痺ンネ、っていうかもう何かよくわからない生ける肉塊を手に地下室を出る。ついでに正面から外に出て、こっそりと外から庭へ肉ンネを投げ込んだ。
ボスンと音を立てて肉塊のタブンネモドキが落下する
「フッフウウウウウウウ!カアッフウウウウウ!」
雑草のクッションがあるとは言えダイレクトに衝撃があるとやっぱり痛かったらしく、声にならない声で肉ンネが鳴いた。
「ミッ、ミイイイ!?」
声に反応してタブンネたちの巣からママンネとパパンネが顔を出し、その異形に悲鳴を上げた。
ママンネは「ミイイ、ミイイイ!」と悲鳴を上げ続け、パパンネは「ミギイイ!」と威嚇している。
当の肉ンネは愛する家族の居る愛する我が家へ痛みをこらえながらズリズリと匍匐前進している
立ち上がろうにも激痛で這い回るのがやっとのようだ
あと少しで巣に手が届く。
そんなところでパパンネが仕掛けた!
パパンネのおうふくビンタ!
バシン!バシン!バシン!
「カフウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」
大した威力もないパパンネのおうふくビンタが3回決まると、肉ンネは叩かれたところから血を吹きながら吹っ飛んだ。
「ミギギギイイイイイ!」
巣の前に立ちはだかり、両手を広げて威嚇している。後ろではママンネがチビンネたちと抱き合って震えていた。
我が家は俺が守る!そんなパパンネの熱い思いが伝わってくる。
かわいそうな肉ンネ!もう彼はパパンネにとって家族ではないのだ。
そしてママンネたちにとっても。
タブンネという種族は主に鳴き声やしぐさ、匂いや触覚、そして視覚といった方法で個体の判別を行なう。
だが今の肉ンネはかつての面影はなく、血の匂いのする異形はとても仲間とは認識できないようだ。
ひどくショックを受けたのだろう、瞼のない眼からはボロボロと涙をこぼし、何かを訴えたいかのように手を伸ばす。
パパンネは巣へ振り返り「ミッ!」とママンネへ一言言うと、ママンネも力強くうなづいた。
たぶん「君たちを守るから」とでも言ったのだろう。カッコイイ~
パパンネが構える!
パパンネは助走をつけると肉ンネへとっしんを決める。
肉ンネの身体は宙を舞う。そこへパパンネの捨て身タックル!
脂肪を失った身体に緩衝する力はなく、骨へダイレクトに衝撃が伝わる。ビキ、とやわらかな骨が割れる音が聞こえた。
文字通り手ごたえを感じたのか、「いける!」という顔でパパンネが最後のわざを繰り出す。
肉ンネはすでに虫の息なのでとっくにライフはゼロといったところか。
「ミイイイイイハアアアアア!」
大げさな掛け声とともに、パパンネの「とっておき」が炸裂する。
モロに受けた肉ンネはろくに受身もとらずに庭の外にある草むらへ落下した。
「ミィッフ!」
「ミミィ♪ミイイ♪」
「やったぜ!」「かっこいいわ♪あなた♪」
そんなやり取りをしているのだろう。パパンネを労わりペロペロと頬を舐めるママンネ。
お前らが殺したのはお前らの子供だけどな。
大笑いしそうになるのをこらえ、こっそりと玄関から肉ンネが落ちた草むらへ急ぐ
当然だが肉ンネは絶命していた。
瞼も唇もないのでいまいち表情はわからないが、眼窩から目玉が零れ落ちかろうじて視神経とつながっているさまは軽くホラーだったので、記念に写真をとっておいた。
明日には無くなっているからこのまま放置して問題ない。
ころあいよくオーブンから香ばしいタブ肉の香りが漂ってきた。
すっかりおなかも減ったところだし、そろそろお昼にしよう。
食べたあとのカスは、先ほどのバトル(笑)で消耗したタブ家族にあげることにする。
一日に2匹ものわが子を文字通りその牙にかけたことを知ったら、あのタブンネたちはどんな顔をするのだろう。
そんなことを考えるとよだれが出てしまうのだった。
美しく皿に盛られた毒ンネの丸焼き。
付け合せには焼いたプチトマトとスライスオニオン。
ソースはヒメリをベースにマゴ、ザロクをブレンドした甘辛いフルーツソースだ。
こんがりと焼きあがった肉にハケでソースを塗ったら完成!
一日中苦しんだタブ肉など、自家製でなければ味わえない。
ナイフを入れるとジューシーな肉汁を出しながらもやわらかいことが伺える。
ソースを十分にからめて一口。
「美味い!」
やはりタブ肉は自家製に限る!
こんなに美味いのだし誰かとこの悦びを分かち合いたいが、あいにく僻地にある我が家へは今から招待しても料理が冷めてしまう。
せっかくだから庭にいる我が愛しの客人へおすそ分けすることにしよう
食べ易いように肉を切り分け、しっかりソースをからめて適当なポリ袋に入れる
裏口を開けるとまずママンネが巣から小走りで近寄ってきた。
「ミミッ。ミィイ」
子供たちの様子を知りたがっているようだ。
腰からボールを取り出し、中で眠っている眠ンネに会わせてやる
最初、ボールに入れられたわが子に「ミィイ!?」と驚愕していたが、治療のためにこうしていることを説明するとなんとか落ち着きを取り戻した。
「それより、君たちさっきは大変だったね」
「ミミッ。ミッミイィ」
「うんうん、パパかっこよかったよ」
「ミヒィイン♪」
身振り手振りでパパンネを賞賛するママンネ。それに同意してやるとご満悦な表情を浮かべた
「それよりお昼ごはんはどうだい?とっても美味しく出来たんだ」
そういって透明なポリ袋をちらつかせるとママンネの顔がパアっと明るくなった。
主食が雑草のママンネは乳の出が悪い。そのため高栄養なものをもらえることはとてもうれしいようだ
まあそれだけでなく単純に美味いものを食べれるのがうれしいのかもしれないが。
「じゃあこれ、みんなで分け合って食べるんだよ」
そういってウインクするとママンネは「ミィッ」と元気良く返事をして巣へ戻っていった。
その姿を見届けて、私も屋内へ戻る。
皿の上のタブ肉を平らげ、二階にある自室でアフタヌーンティーを楽しむ。
タブ肉のおかげで今日は一日とても頑張れそうだ・・・
「出て来い、バルジーナ」
自室に置いてあるボールから出てきたのはほねわしポケモンバルジーナ。
数ヶ月間ボールと自室しか出入りを許されていなかったためとても気が立っている。
「ごめんな。ほらこれ、おいしいとこ取っといたぞ」
タブ肉を与えると美味そうに一口で飲み込んだ。
「そろそろ仕事を頼むよ。それが終わったら好きにお散歩し放題だからな」
喉を撫でながら私が言うと、バルジーナはクルルと鳴いて返事をした。
バトルの時間だ。
いつもどおりこっそりと玄関からバルジーナを解き放つ。
あらかじめ使う技と使う相手を指定し、あとはバルジーナに任せることにした。
こいつはずっと昔から私と一緒に生活しているので、きっと私好みの仕事をしてくれることだろう
屋内へ移動し、今回は二階のベランダから観察することにする。
上から見るとタブンネの巣が丸見えだ。
バルジーナもこれなら仕事がしやすいだろう。
当のタブンネたちは食後の毛づくろいにいそしんでいる。
ママンネはチビンネ二匹をペロペロと交互に舐めてやり、チビンネたちはうれしそうにミイミイと歌っている。
パパンネはそんな三匹を他所に自分の尻尾の手入れに余念が無い。バルジーナは一体どれを最初に狙うだろう・・・
チビンネたちの毛づくろいが終わったところで、バルジーナが仕掛けた。
はるか上空から優雅にタブンネの巣へ降り立つ。
「ミッ!?」
突然の強襲に皆言葉がない。
無理もない。数ヶ月ろくな敵もなく突然こんな強敵を前にしてしまったらとっさの行動もできないのだろう。
バルジーナはギロリ、とタブンネたちを品定めする。
そしてまずはママンネに「はたきおとす」
ママンネは抱いていたベビンネを取り落としてしまった!
急いで取り戻そうとするが、バルジーナはママンネが動くよりも早くベビンネを銜えた。
「ミイイ!ミイイイ!」
ママンネの悲痛な声がこだまする。返して!返して!というように手を伸ばすが、その手はバルジーナの翼で軽く叩き落された。
大粒の涙をぼろぼろこぼしながら、ママンネが呆然とバルジーナを見ている。
おそらくだが、ママンネには攻撃するためのわざが備わっていないのだろう。
「チィ!チチチィ!」
ベビンネもママンネの柔らかい身体ではなくバルジーナの硬いくちばしが不快なのか、身をよじりママンネへ手を伸ばしている。
ようやく事態を飲み込んだパパンネが立ち上がった
「ミギャアアア、ミギイイイイイ」
汚い声でバルジーナを威嚇しているが、バルジーナに怯む様子はない。
それどころかベビンネを上に放り投げたり銜えたりして「ちょうはつ」している。
パパンネは攻撃しかできない!まぁこいつは攻撃技しかもっていないことを昨日確認済みなので意味はないが。
とっしんしようとするモーションを見せるが、バルジーナは微動だにしない。
「ミイイイ!」
パパンネがとっしんを仕掛ける!バルジーナはとっしんをモロに喰らった!
もちろん全く動じていない。当然だ。うちのバルジーナは野生にやられるほどヤワではない。
しかしパパンネはとっしんが全く効いていないことにひどく驚いていた。
どうやら昨日とった杵柄、もとい肉ンネとのバトル(笑)で過剰なまでに自信をつけていたらしい。
「ミッ!ミミミッ!」
ママンネがそんなパパンネに声援を送る。
「ミィー!ミィー!」
チビンネ二匹も父親の勝利を疑っていないようすだ。やっちまえ!というようにこぶしを突き上げている。
だが今度はバルジーナの番だ。
とっしんされて毛並みが乱れてしまったところを器用に翼でペシペシと整え、ぎろりと睨みパパンネにその大きなつめを食い込ませる。これは手痛い「しっぺがえし」だ
「ミギャア!」
どうやら眼に爪が刺さったらしく、パパンネは大げさに暴れ始めた。
地を這うパパンネの顔を片足で押さえ込み、バルジーナがベビンネをパパンネの股間へ落とした。
「チッ、チィ?」
開放されたこと、そして父の身体の上へ落とされたことで先ほどまで暴れていたベビンネの動きが一瞬止まる。
「ミィ!ミィイ!」
ママンネは両手を広げベビンネを呼んだ。
その声に応じてベビンネが這い這いでパパンネの身体の上を移動しようとしたとき、バルジーナがそのするどいくちばしをパパンネの股間へ付きたてた!
「ついばむ」だ!バルジーナはどうやらパパンネの股間のナッツを食いつくそうとしているらしい
「ミッギャウ!!!!ミギャギャアッ!!!!!」
パパンネの悲鳴が響いた。
パパンネの股間からは粘液とも血液ともつかぬ不思議な液体が飛び散り、それがベビンネの身体を汚くコーティングしていく。
どうもうちのバルジーナはタブンネのナッツが大好きらしい。喜びながら何度も何度もくちばしを付きたて、啜り、噛み千切っている。
「ミギャッ!ミギュウウ!ギャギイ!」
「ヂィイ・・・ヂイイイイ・・・・」
短い悲鳴を上げるパパンネとは対照的に、いまいち状況が分かっていないチビンネは自分の身体を小さな舌でペロペロと磨こうとする。
だがそのなんともいえない液体の味に顔をしかめ、一向にきれいにならない。
それどころかパパンネの血と種のシャワーはバルジーナが動くたびに噴出すのだ。
「ミギャアアアアアアアアアアアウ!ミッ・・・・ミフッ・・・・!!」
しばらくバルジーナが喰い進めたところでついにパパンネは泡を吹いて失神した。
痛みで死ななかった(というよりは死ねなかった)のは、タブンネという生命力の強い種ならではの悩みだろう
「ヂィイ・・・・ヂィ!ヂィヂィ!」
どうやら自分の父が生死の境をさまよっているというのに、このベビンネは遊んでいると勘違いでもしたのか、「汚れちゃったよう!やめてよう!」とパパンネの身体をぺしぺしとたたき始めたではないか!
バカもここまでくればおめでたいものである。
「ミヒッィ・・・ミヒイイイ・・・・」
残されたママンネはというと、目の前で夫が食い散らかされていく様がよほどこたえたのか発狂寸前といった様子だ。
チビンネ二匹を抱きかかえ、ガタガタと震えている。その眼は焦点が合っていない。
もうベビンネのことは諦めたのだろうか?なんとも薄情な親だ。
バルジーナがゆっくりチビンネとママンネに向き合う。
ママンネは錯乱したのか、血にまみれたバルジーナのくちばしに向かっていやしのはどうを流し始めた。
バルジーナはニヤリと不適に笑い、ママンネに抱かれたチビ二匹を先ほどのようにはたきおとした。
しかしもはや正気でないママンネにその意味は理解できなかったらしく、さきほどのような抵抗らしい抵抗はない。
「ミッ!?ミィイイイ・・・・」
一匹は自らの運命を予測したのか、身を竦ませてジョロロロと音を立てて失禁した。
バルジーナは失禁ネをパパンネの肉片が付いたくちばしでチョンチョンとつついて遊んでいる。
失禁ネは眼を閉じ涙を流しながら必死でいやいやと首を振っている。
もう一匹は・・・お得意のアレをやるつもりらしい。
「ミィッ♪ミィッ♪ミィイイ!♪」
必死の形相で媚を売り始めたのだ。
汗をだらだらと流しながらも笑顔は崩さない。まったく見上げた根性だ
バルジーナはというと、自身の足元で踊り狂うチビンネを一瞥すると血や肉片で汚れたくちばしをチビンネに擦り付け始めた
「ミッ・・・ミィイイ♪」
一瞬自慢の毛並みが汚れることに抵抗の色を示したが、媚売りが成功したと思ったのか、チビンネはそのくちばしを自ら抱きしめ一生懸命頬ずりをする。
しばらくそうして地獄の最中に和やかな空気が流れていた。
バルジーナは思う存分くちばしをチビンネに擦り付けると、抱きついていたチビンネを唐突に振り払い、その小さな頭を上から銜え込んだ。
「プミッ!?」
ろくな悲鳴を上げる間もなくチビンネの身体がバルジーナの身体の中へ消えていく
「ミゥッ!ミッ!」
チビンネは身体が完全に飲み込まれる寸前まで足をばたつかせていたが、抵抗もむなしく生きたままバルジーナの喉を通り過ぎていった
あのチビンネはこれから窒息しながら肉体を酸で焼かれてしまうのだろう。その様子を見られないのは残念だ。
身体の中でタブンネを殺す感覚を味わえるバルジーナは本当にうらやましい。
「ミヒッ、ミヒイイイイ!」
残された失禁ネの悲鳴がこだまする。
しかしそんな失禁ネを助けてくれる者はもう誰も居ない。
まだ幼いベビンネはボロ雑巾と化した父親の股間でいまだに一生懸命自分の毛繕いをしている。
いつもやさしかったママンネは精神が限界に達したのだろう、光のない眼であらぬ方向を眺めて「ミヒャッ!ミヒャヒャ!」と笑い続けている。
右も左も仲間はいない。一生懸命辺りを見回していたチビンネは、ふとベランダから見下ろす私に気付き眼を輝かせた
「ミィイイイ!ミイッミイイイイイ!」
助けて!というように両手をこちらに向けぴょんぴょんとアピールをする。
なんとも微笑ましい姿だ。手を振ってやる
「ミイ!ミイイイ!ミイミイ!」
違う違う!とチビンネが首を振り、バルジーナを指差しながら助けて!とアピールを繰り返す。
思わず笑ってしまう。突然笑い出した私にチビンネはポカンとしている。
「バルジーナ、そのチビとそこで寝転がってるオスは食っていいぞ」
そう言ってバルジーナにGOサインを出した瞬間、ようやく状況を理解したチビンネの顔に絶望の色が戻っていく。
「ミイッ・・・・・ミ、ミイイイ・・・・」
ガタガタと両足が震え始め、極度の緊張と安堵と緊張を繰り返したせいで尻からは止め処なく下痢が漏れ出す。
バルジーナはそのくちばしを柔らかなチビンネの腹部へ突き刺した。見事に貫通し、風穴が開く
「ミギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
チビンネが絶叫した。
バルジーナが食事を楽しんでいるのを尻目に、私は空のモンスターボールを用意して庭へと急いだ
その後。
バルジーナは生きたままチビンネを食い散らかし、まだ息のあるパパンネの頭をカチ割って脳みそをすすった。
我が手持ちながらなかなかのグルメである。
残念ながらどちらもこれといって面白い反応はなく、あえて言うとしたらパパンネが脳髄をすすられている間、左右の目を別々の方向に向けながら前から後ろから止め処なく失禁し、ガタガタとオモチャのように痙攣していたことくらいしか特筆すべき点はない。
残されたのはベビンネといまだ眠り続ける眠ンネ、そして壊れてしまったママンネ。
ママンネにはボールを投げ、すんなりとゲットすることができた。
ベビンネはバルジーナがチビンネを食っているすきに暖かな濡れタオルでくるんで家に連れ帰り、その汚らしく光る毛皮を吐き気をこらえながらキレイにととのえてやった。
生まれて2日のチビンネには、自分の父親が股間を破壊されたことも、自分がその現場に居合わせたことも、愛する母親がすっかり壊れてしまったことも理解できていないらしく、ただ自分をキレイにしてくれたというだけで私に信頼を寄せている。
ママンネは地下室の片隅に檻を用意し、そこでボールから開放した。
相変わらずミヒャミヒャと笑い続けていて不憫だったので、この間麻痺ンネから剥いだ生皮をなめして、用意してあった例のマネキンにかぶせ剥製にして渡してやると相当気に入ったらしい。
口の部分に自らの乳房を当て、片手で無理やり乳をしぼって乳やりをしている気になっている。
もちろん飲み込むはずもないのでマネキンの皮はママンネの乳でべしゃべしゃである。
おもしろいのでコイツは次の季節までここで飼うことにした。
眠ンネはバルジーナが痕跡となりうる骨や肉片すべてを平らげた後、カゴの実を用いて起こしてやった。
そして沈痛な面持ちで
「ママンネが突然おかしくなり、巣を破壊した」
「パパンネたちはママンネから逃げてしまった」
「ママンネは危険なので地下室にいる」
と伝え、すっかり壊れた母親と対面させてやると、涙目になりながらも現実を受け止めたようだった。
まあその現実の半分以上は嘘なのだが。
起こした眠ンネにはベビンネと共にまだまだ途方もない仕事が待っている。
「さすがに、タブンネを二匹もうちでは養えないんだ・・・」
申し訳なさそうな声で私が言うと、存外眠ンネは分かっているとでもいうようにうなずいた。
この個体は比較的ひかえめな性格をしているらしい。タブンネに共通する卑しさが幾分少ないようだ。
まぁそうでなくとも壊れた母を前にして現実を思い知ったのだろう。
「パパンネたちはあっちの方向へ逃げていったよ。向こうには確かに森があるから、これからはそこで頑張って暮らしておくれ・・・」
私の言葉に眠ンネは涙をこらえてうなずいてくれた。
それから3日間、私は眠ンネとベビンネを甲斐甲斐しく世話した。
主食は栄養満点嗜好性抜群の高級フードとベビー用ミルク。眠ンネには毎日ポフレを与え、ベビンネにはきのみペーストの離乳食を与えたりもした。
そして4日目の朝ベビンネを託し、眠ンネとは涙の別れ。
眠ンネは何度もこちらを振り返りながら、森への道を進んでいった。
私は彼らが見えなくなるまで見送ってやった。
今彼らを取り巻く環境は、決していいといえないだろう。
タブンネという種は近年害獣として認識されつつある。
その高慢ちきな性格、糞尿を撒き散らす性質、そして豊富な栄養素を持つ肉。
こういった要因からタブンネはポケモン・人間双方から「積極的に狩る対象」として認識されている。
眠ンネとベビンネはこれからそれを痛いほど味わうことになるだろう。
幸いなことにこの近辺はタブンネを積極的に捕食するようなポケモンも、またタブンネを求めて狩りに出るトレーナーも存在しない。
だがそれは裏を返せばそういったポケモンたちが生息するに値しない枯れた土地ということでもある。
そういった場所にしか、もはやタブンネに安寧の地はないのだ。
眠ンネとベビンネはこれから過酷な体験を数多くすることだろう。
飢え、寒さ、暑さ、疎外、孤独。
そのたびに思い起こすのは、暖かな家族と我が家の甘美な思い出。
一度でも知ってしまえば忘れられないあの味。
彼らは絶対に戻ってくる。
あのパパンネのように、つがいの相手を連れて。
ここはタブンネが住むための庭。
「やりすぎたなぁ・・・庭掃除早く来て欲しいわ~」
荒れ果てた庭を前に、次の季節が来ることを思って私は心を躍らせた。
次のシーズンまでは、相棒のバルジーナと共に地下室のオモチャで思う存分遊ぶとしよう。
終
最終更新:2017年03月26日 20:59