ママンネの章
一週間ほど過ぎた。
どんな生物も日を重ねれば新しい環境に慣れるというが、一家は逆だった。
それに呼応するように異変は唐突に現れだしたのだ。
始まりは狩りから帰宅したママが息子の怪我に気づいたことからだ。
ケガするようなことは何もしていないはず。息子に聞いても
「葉っぱ集めてる時に転んだミィ」
としか返ってこなく、さらにどこが楽しそうも見える。
楽しそうな事は決して悪くはないが、全身の傷に漠然とした不安が広がった。
そして最近娘は自分によそよそしく、避けられているような感覚もあった。
見た目も異常に痩せだしてきているのも気になる。
排泄物という仕事を任せているからこそ強気に出ることもできず、逆に申し訳ないくらいだ。
そういったストレスなら尚更言い出せない。
最後にパパだ。
食事を吐きかけてきたり、わざと糞尿を漏らすなど嫌がらせにしては度が過ぎている行動をする。
たしかにママはパパに比べれば狩りも下手で、行動範囲も狭い。それでも痛みを堪え懸命に家族の為に戦っているのだ。
ママの瞳に涙が浮かぶその理由は家族の謎だけではない。
先日少し離れた場所にあるママの妹の巣を訪ねた際の出来事もあった。
…………
本来そこで暮らしていたはずの妹夫婦と7匹の子供達は遺体となり転がっていた。
妹はズタズタになっているが残された頭以外全て食い尽くされたように骨に皮膚や僅かな肉片がこびりついたような姿だった。
生気を失った瞳が見据える先にあった地に転がる小さな骨。
ママは妹の体が「小さな骨を庇うような格好」に思えた理由を考えたからか静かに涙を流し、巣の奥へ向かった。
そこは食料庫であり、荒らされてはいるが野菜やいくつかの生ゴミは無事だった。
そんな中見覚えのあるものが食べられないゴミの中から出てきた。
「これはたしか人間のお菓子って言ってたミィ」
それは
ポロックケースであり、中には数粒残されていた。
以前妹が散歩中、巣の近くに自分のポケモンと遊びに来ていた人間の子供に貰い、あまりのおいしさにもう一つたかったら断られた。
頭に来た妹は旦那にいいつけ、体も大きく強い旦那が子供から強奪したもの。
と、以前話を聞いたのを思い出した。
妹達の遺体があるスペースの端に、必要以上にバキバキに折られた太い骨とボロ雑巾のような皮膚が、黒ずんだ地面に散らばっていた。
あれが妹の旦那ンネだろう。
妹達の比較的無事な骨の状態からして、彼の死に様は凄惨なものだったと想像できる。
「あんな強かった旦那ンネさんですらこの有り様ミィ…」
とママは再び涙を流した。
「ごめんなさいミィ」
とめどなく溢れる涙を拭いながら妹達が貯蓄していた食料やポロックケースを持ち出すと巣を後にした。
帰り際に再び妹達の亡骸が視界に入ってしまう。
もちろんこれらは誰がやったかなどは考えなくとも解る。
もちろん自分達も例外でない。比較的人家に巣を構えてるから幸運であるだけで、少し違えば自分達もこうなっていたのだから。
顔を落としたまま入り口を跨いだママだが何かにぶつかり尻餅をついてしまう。
「ミたた…ミァッ!?」
「ハァイ」
「まだ生き残りおったんか?」
レパルダスの夫婦がママンネの前に立ちふさがった。
恐らくこの惨状の犯人だろう。
「ミィ……ミミミ」
震えから声が出ない。彼らも立派な捕食種だ。自分などすぐに妹のいる場所に送られてしまう。
「?なんかおかしいわね、こいつの体わ。そのお腹素敵すぎて憧れちゃうわ」
「ああ、そやね。頭とかまるで量産型のタブンネみたいやね!無駄な尾と耳のゼンマイどったんね、かっこええね!」
ドッと笑うレパルダス達にママの瞳に再び涙が溢れ出した。そうだ、自分はタブンネのチャームポイントを奪われたのだから。
不気味に微笑む♀レパの鼻先がママンネの鼻先に触れると、♀レパの耳がピクとする。
「くさいわ」
何がくさいのかママンネに理解できないがその答えはすぐに出た
「あんた人間くさいわ。飼いタブ?でもこんな場所にいるなら捨てられたの?ブザマだわ、ニャハハわ」
「ああ、たしかにくせえなあ。それにそんなナリじゃ野生の仲間からも警戒されちゃうんじゃなかと?」
匂いなんて心当たりはまったくないが、ママはなんとか隙を見つけようにも動くと同時にレパルダスの視線もついてくる。
絶体絶命のママは失禁を堪え精一杯の嘘をついた。
「ミ、ミィは人間のタブンネミィ!ミィを殺したら人間が仕返しに来るミィ!」
自分達をこんなにした人間に頼るなど凄まじい屈辱だろう。しかし考えとは逆に以外な方向に事態は進む。
考え込むレパルダス夫妻。しかし彼女はわかっていた、本当に飼いならこんな場所にいるはずがない。
補食種に襲われたにしたらその名の通りこんな「人為的」な切除などはしない。
しかし人間が関与しているには間違いない。だが、一連の巣漁りを見ていた♀レパには確信めいたものがあった。
人間のポケモンにしては手慣れすぎている。そもそも人間のならこんなことする必要は皆無だ。
「当ててあげるわ…おおかた盗みでもして人間に虐められて逃げてきたんでしょ?」
大当たりだった。
血の気がひいたママが咄嗟にでた行動は
「違うミィ!証拠を見せるミィ!これあげるミィ!」
ママンネはとっさにタブンネエコバック(ビニール袋)のポロックを差し出してしまった。
「代わりにこここれを食べてミィ!ミィを食べたらこれ二度と食べれないミィ!また持ってくるミィから!」
また嘘だ。しかし
「なにこれ?……あ、おいしわ。これおいしわ。」
「どれどれ…ああ、うまいね。せっかくだからマイチョロネコ達にもわけてやる?」
「ダメだわ!チビのうちからこんなん食べたら好き嫌いする子になっちゃうわ!」
「すんませんせんね」
「だ・か・ら・こんなんは自然からは無くしちゃわなきゃ♪」
ママの手を叩き、散らばるポロックを♀レパは前足で全て踏み砕いていった。
「ミァ………ミ……」
「こんなんばっか食べたら体によくないわよ?ほら逃がしてやるから、さよならだわ」
「なんで逃がすんグェッ!」
「うるせえわ、じゃあね」
二匹はすぐ見えなくなった。
地面には砕けたポロックが色鮮やかにちりばめられていた。
どんなにかき集めても土団子にしかならず、結局諦めるしかなかった。
命拾いしたが不安はさらに大きくなった。
レパルダスの 人間のにおいがするという意味と、仲間から警戒される という言葉も深くのしかかる。
自分は昔群れで暮らしていて結婚し群れから出た。いざとなれば群れを見つけて…とまで考えていた。
「そんなはずないミィ、タブンネはみんな優しいミィ。だからミィも絶対家族を守るミィ!」
…………
こういった事があったのだ。
あの日からレパルダスに出会うことは無いが、心に重りがまた一つぶらさがったのには間違いない。
ここは妹の巣から離れてはいるからとはいえ絶対安全とは言えない。
血を分けた妹とその家族の死。それもベビを失ったママの心にさらに抉る。
しかし悲しみに暮れる事は許されない。強い♂を潰されたことはある意味全滅へ片足突っ込んだようなもの。
それでも子を、家族を見捨てないのはタブンネがそういった愛が強い種で、ママは一層愛情が強い個体。
だからこそ現在の家族の不穏な行動が気になって仕方ない。
「触角があればわかるのミィ」
耳の下をさすりながらママはボソッと呟いた。
タブンネは触角で相手の感情を得る。それができないのからこそ家族への不安を拭えない。
膨らむ不安とは逆にへこんだままの腹
今日得たのは野菜の皮と埃だらけのポケフーズだけ。
それを家族でわけあいながら以前のような暮らしに戻るまで頑張るしかない。
きっとパパも様々なストレスがたまってつらいのだ。だからこそ妻である自分が支えてあげなければ。
ママは子供達のぶんとパパのぶんのをより分ける支度に入った。
ママンネの章終わり 息子ンネの章へ続く
最終更新:2016年12月01日 23:10