「ルカリオちゃん、そのタブンネちゃんにも手伝わせて!」
「ワウ」
ルカリオは一端授乳を中断して、哺乳瓶を箱から取り出してチビママンネに手渡す
哺乳瓶を小脇に挟み、なぜ敵のルカリオが自分に哺乳瓶を渡すのか状況が掴めずに困惑するチビママンネ
小ベビンネは抱っこされたまま頑張って体を伸ばし、哺乳瓶の吸い口をチュウチュウと吸った
しかし、ビンが上を向いていたのでいくら吸ってもミルクを飲むことができなかった
「ワウ、ワウ、」
「ミィ?」
チビママンネに、ルカリオは瓶を下に向けるとお乳が出ることを教える
理解は出来たがチビママンネの手は小さく片手では哺乳瓶を持てかった
仕方なく小ベビをそっと床に下ろし、両手で哺乳瓶を持って授乳を始める
すると小ベビンネはコクコクと小さく喉を鳴らしてミルクを飲み始めた
「ミィ…!ミィ…!」
「お、けっこう飲み込みが早いね~、その調子でお願いね」
ミルクが小ベビンネの細い喉をゆっくりと通り、そしてお腹の中に落ちていく音は
チビママンネが失いかけていたベビたちの将来への希望と母親としての自信を少しずつ取り戻していった
ミルクを飲み終わって満腹になり、哺乳瓶から口を離しても小ベビンネはチビママンネの足に抱きついたまま離れなかった
どんなにお腹が空いても、酷いことをされても、悲しくても、最後は優しいママが助けてくれる…
今朝からの出来事で、小ベビンネのチビママンネへの信頼と依存はこれ以上無い程深いものになっていた
『チィ… チィ… チィィ…』
「ふぅ、やっと飲み終わってくれたよ」
社長が8匹、ルカリオが3匹、チビママンネが2匹のベビンネにミルクを飲ませ、どうにかベビ達の全員の授乳を終わらせる事ができた
お腹一杯になったベビ達は再びウトウトしだして、何匹かは床に突っ伏してそのまま眠ってしまっている
「ミッ… ミミッ」
次々と眠りに落ちていくベビンネたちを目の前にして、「暖かいベッドに連れてってあげなくちゃ」とチビママンネは思った
しかし、この場所にはベビを安全に寝かせられるような隠れ場所も、気持ち良く眠れるような柔かな草のベッドもない
それらが備わっている自分の巣は遥か遠く、ついでにこの場には何を考えてるのか分からない人間とポケモンがいる
ベビ達にお乳を与えた安心感から忘れかけてはいたが、今はかなり危機的な状況なのだ
経験と判断力が圧倒的に不足していたチビママンネは困りながらただウロウロとベビ達の回りを歩き回ることしか出来なかった
「あっ、もうおねむなんだね~ 今ベッドを用意してあげるから出荷の時間までゆっくりおねんねしててね」
そんなチビママンネとは対照的に、おねむのベビンネ達にも落ち着いた様子で対処する社長
ベビを3匹まとめて抱っこして、先程の段ボールの寝床にそっと寝かせていく
「ンミッ?ミーッ…!」
それを見たチビママンネはまたベビ達が閉じ込められてしまうと勘違いしてしまった
そしてベビを取り戻そうと先程破いて開けた隙間を無理矢理押し広げながら段ボールの中へ入っていく
「ミィ…?」
最初は一刻も早く段ボールの中から出してあげよようとしていたチビママンネ
だが、段ボールの中に踏みいってバスタオルの上ですやすやと気持ち良さそうに眠るベビンネを見ると気持ちは変わった
フローリングよりかはほんのり暖かい段ボールの床に、いつもの草のベッド程では無いが柔らかいバスタオルのベッド…
かなり狭いがここでベビ達が安全に眠れるんじゃないかとチビママンネは思いついた
そして段ボール箱の中で身を丸めながら横になり、眠るベビンネたちを優しく抱き寄せる
「んー? もしかしてベビちゃん達と一緒に眠りたいの?」
社長はチビママンネが入っているのも関係なしに次々と段ボールの中へベビンネを寝かせていく
やがて13匹全てのベビンネが入れられると、段ボールの寝床はぎゅうぎゅう詰めになった
タオルの上に置ききれなかったベビはチビママンネの上に乗せられ、まるでベビンネのかけ布団という状態だ
ベビの布団はけっこう重かったが、温もりと今朝からいろいろあった疲れに負けチビママンネはゆっくりと眠りに落ちていく
「うふふ、もう少しで出荷だから今のうちにゆっくり休んでてね」
眠りに落ちていく中で、チビママンネは部屋に積まれた箱から子タブンネの静かにすすり泣く声が聞こえてくることに気づいた
「どうしてあんな所からに子どもの声が聞こえるんだろう?」
気にはなったが、そんな疑問は睡魔に負けて眠りの中に消えていった
それから何事もなく時間は過ぎて午後三時になり、中形のトラックが会社へとやってきた
子タブンネたちをデパートへ出荷する時間がやってきたのだ
「お疲れさまです、もう出荷の準備は整っていますよ」
「こんちはこんちは、それでは早速持っていかせてもらうざんす
ホレ、荷物は家の中ざんす、中身はポケモンざんすから気をつけて運ぶざんすよ~」
「あっ、玄関でうちの社員が2人待ってるから詳しい場所はその人に聞いてね」
デパートのざんす男の指示で、運送屋の2人の男が家の中に入っていき、子タブンネの入ったキャリーケースを次々と運び出し、トラックへ積み込んでいく
『ミィッ!ミィッ!ミィッ!ミィッ!ミィーッ!!』
棺桶のような狭いケースの中では眠るしかないので眠っていた子タブンネたちだが
早足で運ばれる激しい振動で目を覚まし、何が起こっているのかわからず寝ぼけながらミィミィと騒ぎだした
「ふう… いったいいくつあるんですか?」
「詳しい数は社長に聞かないと分からねえですが、確か250くらいですぜ」
「ひぇー、そんなに売れるもんなんすかねタブンネって」
「まあー、イベント用らしいですからな、しかしウチにいるタブンネをほとんど全部お買い上げとは恐れいったぜほんとに」
兄貴分の言う通り、傷物意外ほぼ全ての子タブンネがデパートに買われたのだ
売り値は質に関わらず一律で一匹9000円、そして売れた子タブンネは243匹
218万7000円の会社始まって以来の大商談である
「ところで、あのケージが置いてある部屋にあった破れた段ボール
、
あそこにもタブンネが入っていたんすけどアレは持ってくんですかね?」
「あ、今朝獲って来たやつだ、急いで梱包しねぇと…」
「破れてる?まさか」
そう、チビママンネとベビンネ達は輸送用のキャリーに入れられる事なく未だ段ボールの寝床の中にいて運送屋の屈強な男たちの大きな足音で目を覚ましていた
狭い段ボールの中、チビママンネは足音の主に見つからないように身を屈めて今にも泣き出しそうなベビたちを必死になだめていた
こう書くと頼もしい母親に成長してきたように思えるが、チビママンネもまた泣きそうになっているのがまだ頼りない所だ
一方、社長もまた自分の失敗に気づいていた
「あっ、ベビちゃん達をケージに入れるの忘れてた!」
「ほう、先程連絡があったベビィちゃんざんすな
運ぶ前にちょいと見せて貰っても構わないざんすかね?」
「はい、大丈夫ですよー、家の中にあるので私についてきてくださいね」
「それではまたお邪魔するざんすよ」
そうして家の中へ入っていった社長とざんす男
そして子タブンネが入ったキャリーとチビママンネ親子が置かれている部屋に入ると、
男2人と運送屋の男が段ボールを囲み怪訝な顔で中を覗きこんでいた
その中のチビママンネはベビを庇いながらも敵に囲まれた恐怖でプルプルと震え、
その恐怖はベビ達にも伝わってベビたちも同じように震えていた
「あれ、どうしたの2人とも」
「あっ、社長。何故か今朝獲って来た赤ん坊の親タブンネが箱の中に居るんですよ
連れてきた覚えは無ぇのにまったく不思議なもんで」
「あ、言うの忘れてた。ベビちゃん達を追いかけて来ちゃったみたいなの、
それで丁度いいから臨時のお世話係として置いておいたってわけ」
「赤ん坊の泣き声を聞き付けてここが分かったんでしょうな
5kmくらい離れてても聞けちまうとは、耳がいいのは知っていたが想像以上だぜ」
「はえ~、すごいもんざんすねぇ
ところで、このマーマさんに退いてもらってベビィちゃんたちをもっとよく見てみたいんざんすが
よござんすかね?」
「オーケーですぜ、ちょいと騒ぐかもしれやせんが勘弁してくだせぇ… よいしょっ!」
「ミッミッミー!!」
弟分は「よいしょ」の一声と共にチビママンネの両腕を掴んでまるで大根でも引っこ抜くかのように箱から一気に持ち上げた
持ち上げられたチビママンネは足をバタつかせて抵抗し、
宙に浮いても尚その視線を段ボールの中のベビたちから離さず、必死に鳴いて何かを訴えていた
人間の言葉に直せば「泣かないで」「大丈夫だよ」などの意味を含んむ慰めと励ましの声である
もうこれ以上、可愛いベビに涙を流させる訳にはいかない…
チビママンネはベビたちを不安にさせまいと必死なのだ
「チピィィーー!!」「チーッ!!チー!!」「ビィィィ!!!」
しかし、その声も空しく箱の中に残されたベビたちは一斉に泣き叫んだ
母親と触れあっていることで押さえられていた恐怖と不安が無理矢理離された事で一気に爆発したのだ
興味が勝るのか、ざんす男は13匹のベビンネが一斉に泣き叫ぶ爆音にも怯む様子もなく段ボールの中を覗きこんだ
「ほほ~、昨日見せてもらったベビィちゃんよりもっと小っちゃいくて可愛いざんすねぇ~
でも、ちょっとマーマさんにべったりすぎるじゃないざんすか?
お客さんに触らせていいものかちぃと不安ざんすよ」
「うーん、その点は大丈夫だと思いますよ。
さっきは私の手からミルクを飲みましたし、抱っこしても泣きませんでしたし
今泣いているのは寝てるときにドタドタした足音で起こされてご機嫌斜めなのかもです」
「抱っこして人の手からミルクを?
それなら授乳体験も大丈夫そうざんすねぇ~
いや~、社長さんにも社員のお二方にも改めてお礼を言わせて頂くざんすよ~」
「いえいえ、こちらこそこんなに沢山お取引頂いてありがとうございます」
「どういたしましてざんす、
ところで、あのマーマさんはお世話係という話ざんすがどういった事をしてくれるざんすかね?」
「そうですねぇ… 泣いてたらあやしてくれますし、哺乳瓶でミルクも飲ませてくれますよ
えーと、あとは…」
思い出してみたらそれくらいしかやってなかったので言葉に詰まってしまう社長
それを見かねて、兄貴分がトレーナー時代に学んだうろ覚えの知識で続きを話しだした
「あー、糞尿の処理もやってくれますよ。こう見えても野生の個体ですからねこいつぁ
あとは保温ですかね。人の手で育てるときは湯たんぽやら電気あんかやら使うんですが、やっぱ母親の体温で暖めるのが一番ですぜ」
「ふむふむ、それは大助かりざんすねぇ… 」
「あ、でも母乳は出ないからミルクは私たちで作らないといけないですね」
ざんす男はベビたちの泣き顔を眺めながら少し考え、ある事を決断した
「このマーマさん、イベントの間レンタルさせて頂けないざんすかね?
買ってからのベビィちゃんの管理はこちらとしても不安があったんざんすよ」
「あー、大丈夫ですよ。沢山買ってくれたからサービスでお付けしちゃいます!」
「サービス! いや~器量もきっぷもいい社長さんで良かったざんすよ~」
「へぇ~、こいつもイベントに出すんですかい?」
「いえ、裏方としてベビィちゃんのお世話をして頂くざんす
ベビィちゃんは売り物でもあるざんすから
お売りするときにお客さんの目の前で母親と引き離すなんて事したらマイナスイメージざんすよ」
「あー、言われてみたらその通りですなぁ
よくよく考えたら俺らもなかなか酷ぇ商売してるよなぁ、ハハハ」
弟分が笑いながらチビママンネを地に下ろして手を離してやると
脇目も振らず段ボールの中に裂け目から押し入り、撫でたり抱っこ したりしてベビたちをあやしだした
「ふむふむ、熱心ざんすねぇ~」
「それじゃあ、こいつらを運べるようにするとしますか
でけぇケージに親子一緒に入れちまうのがいいかな?」
「トラックで運ぶんだぞ。シートベルトも無しに一緒に入れたんじゃあ輸送中に親が転げて赤ん坊を押し潰しちまうかもしれん」
「うーん、親子を別々の入れ物に入れて輸送した方がいいかもしれんざんすねぇ」
「そうですねぇ、じゃあ、早速箱を用意して詰め込んじゃお~」
その後色々と話し合いをした結果
チビママンネは大型の青果用木箱、ベビンネたちは特大の発泡スチロール箱に纏めて入れられる事に決まった
「ミ゙ーッ!ミ゙ーッ!ンビビーッ!」
「オラッ!暴れんなよコラ!」
兄貴分と弟分によってまだ泣いているベビンネから引き剥がされるチビママンネ
必死に暴れて抵抗したが手足を縛り上げられ、いつもの麻袋に首だけ出して入れられてから箱詰めにされた
『ヂビィィィィィィィ!!ムビィィィィィィィ!!』
「はいはい、ベビちゃんのおうちはこっちですよー」
一方、ベビンネたちは泣きながらも必死にハイハイして引き離された母親に必死に追いすがろうとする
しかし、チビママンネに近づくそばから次々と社長に捕まり、小型の洗濯ネット一網に一匹ずつ入れられていく
そうして全てのベビンネが洗濯ネットに入れられると、社長はそれを緩衝材の入ったスチロール箱に一匹ずつ丁寧に入れていく
「ふむー、半分はこっちが原因とはいえなかなか壮絶ざんすねぇ」
3人の手によって作業開始から10分ほどでミィミィとうるさい荷物の箱が2つ出来上がった
「梱包終わりました! 赤ちゃんの箱にはエアポンプをつけて空気を送っているので大丈夫だと思いますが、
酸欠以外にもストレスも心配ですのでそちらに着きましたら早めにキャリーから出してあげてください」
「了解ざ~んす、重ね重ね丁寧な心遣い感謝するざんすよ」
その後、それほど時間はかからずに積み込み作業は終わり
ベビンネたちとママタブンネ、そして子タブンネたちを載せたトラックはデパートへと向かっていった
3時間の道のりの中、子タブンネ達は暗闇と震動とエンジンからの轟音に怯えていた
恐怖から必死にキャリーの壁を叩く子、引っ掻く子、キュッと目を閉じて眠くもないのに必死に眠ろうとする子
そして闇に浮かぶママンネの幻覚に必死に助けを求めて泣き叫ぶ子…
子タブンネが必死に足掻く騒音や泣き声、叫び声が他の子タブンネの恐怖を煽り、3時間の道のりを永遠にも感じられる地獄の時間に変えていた
そんな中、あの13匹のベビンネ達は小さな耳と触角で叫喚の中から近くにいるチビママンネの存在を必死に聞き分け、
辛うじてその幼く弱々しい精神を正気に保たせていた
その道のりもやがて終わり、トラックはデパートに到着してバッグで荷台を搬入口に向けて停まった
トラックの荷台が開かれてタラップが下ろされると、待ち構えていたデパートの社員達が子タブンネが入ったケージを次々と荷台の中から運び出していく
そして用意してあった台車に数箱ずつむとめて乗せて保管部屋へと運んでいった
「フィィ… フィィ… ミッ… ミッ…」
「チィチ… チィチ…」
台車の上のキャリーからは子タブンネたちの弱々しい声が聞こえてくる
地獄の長旅でだいぶ憔悴してはいるがしっかりと生きている
トラックから少し遅れて、ざんす男も車でデパートに到着した
「ふぃー、遅れてすまんざんすよ
お、搬入は順調に進んでるざんすね」
「はい、保管場所に運び次第検品も行っております」
「ふむ、私もすぐに検品に入るざんす」
そうしてざんす男は部下と共に検品場である会議室へと向かった
そこの様子はいつもとは違い、ドアに近づくだけで子タブンネたちの鳴き声が聞こえてくる
中ではいつも並べられている机は折り畳まれて壁際に片付けられておりドアには脱走防止用の腰の高さ程の金柵が設けられており
その向こうで新聞紙が何重にも敷き詰められた床の上を何匹もの子タブンネがオロオロと歩き回っていた
そんな所に、ざんす男が柵をひょいと飛び越えて入っていく
「おつかれさんざんす、おおー、」
「あ、チーフ(ざんす男)、お疲れ様です
現在75匹のタブンネの検品が終わりましたが、今のところ死着はゼロです」
「ほっほ~、けっこうけっこう。
いやー、イベント直前に急いで見つけたけどいい業者に当たって良かったざんすよ」
「前の業者は最悪でしたからね… 素人以下ですよあそこは」
「うむ、まったく思い出したくもないざんすよ」
ざんす男の部下が言う前の業者と言うのは、このイベントをやるに当たって事前に子タブンネを発注していた業者で
ざんす男は安さに惹かれてそこに決めたのだがそれは大きな失敗で、とてつもなくいいかげんな業者に当たってしまったのだ
その業者は野生からかき集めた300匹近くの子タブンネやベビンネを空気穴も空けていない貨物用の小型のコンテナに一度に詰め込み、
それを屋外に半日放置したあと中身を確認せずデパートにそのまま送って来たのだ
ざんす男とデパートの平社員はそのコンテナを開けた時の事を忘れることは出来ないだろう
異様に重いコンテナの扉を開けた瞬間、沢山の子タブンネやチビンネの死体が悪臭と共にドドッと雪崩落ちてきたのだ
半日以上放置されたコンテナの中は酸欠状態になり、
中の子タブンネたちは息苦しくなって外に出ようと扉に殺到したものの
結局出られずにそのまま窒息死、もしくは他の子タブンネに押し潰されて圧死してしまったというわけだ
奇跡的に的に生き残っていた子タブンネも数匹はいた。しかしイベントを開催するにはどう考えても足りない
業者に苦情と代わりの子タブンネを要求もしたが
代金は要らないというだけであの数の代わりの子タブンネは用意できないという事だった
そのため急遽別の業者に頼む事となり、あの社長と男二人の会社に白羽の矢が立ったのだ
惨劇を思い出してざんす男と部下が嫌な気分になっていると、女性社員が大きなスチロール箱を持って入ってきた
「あっ、そのスチロール箱の中にベビィちゃんたちが入っているざんす
13匹入ってる筈ざんすから確認するざんすよ」
「はいっ、すぐに… え?」
蓋を開けた時、女子社員は困惑した
ピンク色の小さなタブンネが沢山の入っている思っていたら、
青い網の塊らしきものが何かが緩衝材の間にポツポツと入っているだけだったのだ
「その洗濯ネットの中にベビィちゃんが入ってるざんすよ」
「ええ…? かわいそ…」
「むーん、でも少し静かすぎるざんすね、手にとって確かめてみるざんす」
まだ頭に混乱が残る中、その洗濯ネットを手にとってみると、ほんのり暖かい
そして手の上でもぞもぞと動きながら「チィ、チィ」と小さく鳴くのであった
「眠っていただけだったみたいざんすね。安心安心
ネットから出して品質を確認したら…
えー、子タブンネとは別にしておいた方がいいざんすねぇ…」
ざんす男がベビをどこに置いていくかか少し迷っていると、男性社員が部屋の一角の柵で囲ってある所を指差した
「自分もそう思ってベビーサークルで赤ちゃんタブンネ用のスペースを用意しておきました」
「おほ、気が利くざんすね~
では、品質に問題が無かったらそこのサークルに入れておくざんすよ」
「はい」
そうして女子社員は洗濯ネットのチャックを開けて中からベビンネをそっと取り出すと、
掌の上に寝せるように両手で優しく抱いてどこかおかしな所が無いか観察した
「チィィ… チィ…」
女子社員の手の上で、ベビンネは涙の跡が残る目元を小さな手でくしくしと拭った
そして小さな耳をピコピコと動かした後、キョロキョロと周りを見回しながらチィチィと何かに呼び掛けるように鳴いている
「ふへ~…、可愛いなぁ…」
その愛らしい仕草に、女子社員は仕事中だという事も忘れてうっとりと見とれてしまったのであった
「ホッホッホ、可愛いのは分かるけどあと12匹もいるざんすよ
さ、次のベビィちゃんを検品するざんす」
「あ!すいません…」
女子社員は慌ててベビンネをベビンネ用のスペースの中に仰向けにして置くと、
すぐさま次の洗濯ネットを空けて中のベビを検品し始めた
「チィー… チィ… 」「ミィ?」「ミィーミ~」
ベビーサークルの周りでは、数匹の子タブンネが中のベビンネを覗きこんでいた
心配そうな表情をする者、不思議そうな表情な者、ミッミとおどけてみてベビを笑わせようとする子など個性豊かだ
目が覚めたら近くに母親が居なくて不安でたまらなかったベビだが、
この子タブンネたちのお陰でだいぶ寂しさと不安が和らげられている
その後作業が順調に進む中、体格がいい社員が木箱を台車に乗せて会議室の前にやって来た
チビママンネが入っている木箱だ
「チーフ!この箱だけやたら重いんですけどこれも子タブンネなんですか?!」
「おお、マーマさんも来たざんすね~
早速出してあげるざんす」
「あっ、はい」
体格がいい社員はネイルガンで閉じられていた木箱の蓋をベリリと剥がすと、チビママンネがムクリと起き上がってパチパチと数回まばたきをした
その後、何が何だかわからないという感じでキョロキョロと見回していたが、
突然驚いたように目を丸くして部屋の中のある一点を見つめた
その一点とはベビンネを抱っこしながら検品している女子社員だ
作業を急いで扱いが荒くなっていたのか、ベビンネは泣きそうな顔をしている
「ン、ンミィィィーーーーー ッ!!!!」
「うわっ、何だ!?」
その瞬間、チビママンネは雄叫びを上げて箱から飛び出した
ベビンネが酷いことをされていると勘違いしたのだ
そしてベビを助けるべく、全速力で女子社員に向かって突進しようとした
…が部屋の入り口にあった柵にガシャンと腹を強打して後ろに転がってしまった
その音で子タブンネたちは一斉にビクッと驚いて動きを止めた
「何がしたいんだこいつは…」
「あー、きっとベビィちゃんの所に行きたいのざんしょ、
この子はあのベビィちゃんたちのマーマさんざんすからね
イベントまでのベビィちゃんのお世話係として借りてきたざんす」
「へえー、それじゃあ、あのベビーサークルに一緒に入れてあげましょう」
「ミッミッ!ミィー!」
転んだせいで腰が抜けたチビママンネは体格のいい男性社員に持ち上げられて運ばれ、
ベビたちのいるベビーサークルへと入れられてしまった
「チィ!」「チィィ~」「ミッミィ~」
自分の置かれてる状況がよく分かってないチビママンネだったが
泣きそうになってるベビ達を見るとすぐに一匹を抱き寄せてあやしだした
ベビたちの方もチビママンネの側に集まり、チィチィと甘え声を出して我先に構ってもらおうとする
「はい、この子が最後だよ。優しくお世話してね」
「チィィ… チィィ…」
「ミィ?」
ベビ達の検品が終わり、女子社員はチビママンネに最後のベビンネを手渡した
チビママンネは女子社員をベビを虐める悪いやつだ思い込んでいたので何故自分に返してくれるのかがよく分からなかったが
ここは素直に受け取って一刻も早くベビを慰めてあげる事にした
チビママンネもベビのお世話に集中し、子タブンネの検品作業も終盤に差し掛かった時、
検品前のキャリーに「あかんぼう」と横に書かれたものがあることに女子社員が気づいた
扉を空けて中を見てみると、そこにいたのは他の子タブンネより一際小さい、書いてある通りのベビンネだった
同じベビでも先程のベビよりかは一回り大きい、歯も生えてきていてあんよを始める時期のベビンネだ
「 あれ、 赤ちゃんはさっきの13匹だけじゃなかったのですか?」
「ああー、それはさっきのとは母親が違うベビィちゃんざんす
確か6匹いたざんすけど危うく忘れるところだったざんす」
「品質に問題はなさそうですね、こいつもあのベビーサークルに入れておきますか」
「ふーむ、母親が違うというのが不安ざんすが… まあとりあえず置いてみるざんしょ
観察してみて、もしマーマさんがおっきいベビィちゃんを虐めるようだったら別のところに移すざんす」
※ざんす男はチビママンネが世話をしているベビンネの中に本当の子じゃないベビが混ざっているのを知らない
「チィ…」
社員の男によってサークルの中に置かれた大きいベビンネ
その目に飛び込んできたのは、すぐ目の前で母親とじゃれたり抱っこされたりしてチッチと笑うベビンネたち
子タブンネの呻き声と叫び声しか聞こえない部屋、糞尿で汚れきった衣装ケースの中
そこで何の楽しみも無く孤独に暮らしていた大ベビンネにとって、正視に耐えぬほど羨ましい光景だった
そして辛い暮らしの中で絶望し、心の奥に無理矢理しまい込んでいた
「ママに甘えたい」という感情が再びムクムクと顔を出し始めていた
「チィ… チィ… チィ…!」
震えながら立ち上がり、おぼつかない足取りでチビママンネの所へと向かっていく大ベビンネ
その目からは止めどなく涙が流れていた
あのタブンネは自分のママじゃないことは分かっている、拒絶されるかも知れないことは分かっている
だがそれでも、ほんの少しでも母の温もりが欲しくて必死に歩みを進める
そしてようやく座っているチビママンネにたどり着き、
太ももの所へ倒れ込むように抱きついた
「ミィ?」
知らないベビンネが抱きついてきたので驚いたチビママンネだったが
毛皮が濡れる感触で泣いていることを察すると、大ベビンネの頭と背中をを優しく撫でた
その時、大ベビンネの触角からチビママンネの感情が伝わってきた
それは「かわいそう」という憐れみの感情「だいじょうぶだよ」という励ましの感情
そして「ここにいていいよ」という許容の感情だった
「チィッグ… ヂィィィィィ… ヂワァァァァァァァン…ヂワァァァァァァァン…!」
「ミィミィ…」
大ベビンネは毛皮に顔を埋めて号泣した
久しぶりに感じる事ができた母性愛と優しさに我慢が出来なくなってしまったのだ
チビママンネはそんな大ベビンネを他のベビンネの相手をしながらも心の中で励まし、
手が空いた時には撫でるようにそっと触れてあげた
そのうち大ベビンネは泣くのを止め、チビママンネの太ももを枕に安らいだ顔で眠ってしまっていた
「大丈夫みたいです」
「ふむ、他のベビィも入れるざんすよ」
その後五匹の大ベビンネがサークル内に入れられ、チビママンネ一家は19匹の大所帯となった
その後19匹を相手に大わらわのチビママンネを尻目に作業は順調に進み、子タブンネたちの検品は終わりを迎えた
「ふぃ~、これで終わりざんすね。みんなお疲れさんざんすよ」
「うーむ、これだけの数がいて商品にならないのが居ないとは
運がいいのかタブンネ屋さんがすごいのか…」
検品した結果、死んでいたり怪我をした子タブンネは一匹も見つからなかった
輸送中に漏らした糞尿で汚れた子タブンネは十数匹いたが、ウェットティッシュで拭いてあげると問題無く綺麗になった
検品が終わった会議室はキャリーから出された243匹の子タブンネ達で大変なことになっている
どこもかしこも子タブンネだらけでそれが部屋中を闇雲に動き回るものだから、一歩踏み出すのにも不自由する程だ
『ミィ… ミッミ… ミィ?ミィ? ミィーッ!ミィーッ! ミィミィ…』
「うー… なんかみんな元気ないよ。 大丈夫なのかな…?」
棺桶のようなキャリーから十数時間ぶりに解放されて嬉しい筈だが子タブンネ達の鳴き声には元気がない
既に時計は6時を回り、キャリーに閉じ込められてから何も食べてない子タブンネたちは空腹の限界なのだ
体力を無くしてへたりこんでいたり、気を紛らす為にチュパチュパと指しゃぶりしていたり、
新聞紙の端を千切って食べてしまったりしている子も目につくようになった
「さて、あとはおチビちゃんたちのディナーざんすね。後一息がんばるざんすよ~」
「用意は出来ております。ポケモンフーズと野菜、いずれも期限切れの廃棄処分品ですが」
「ふむ、抜かりは無いざんすねぇ~」
気が利く社員が用意した子タブンネ達の餌の内約は、ハピナスが描かれたパッケージの袋入りフーズ、10kg入りが4袋
そして断面が少し黒ずんだカットキャベツ、葉がしおれたチンゲン菜、表面がしなびたニンジン等の廃棄野菜だ
まず社員たちはフーズの袋を床に置き、ハサミで縦に裂いて袋のまま食べられるようにする
「ミッ!」「ミミッ!?」
袋に切れ目を入れると、その回りにドライフルーツのような香りがぷぅんと漂う
その香りに子タブンネ達は即座に反応し、とたとたと早足で開いたフーズの袋へと殺到して
ピンク色の小山の如く群がり息を荒げながら我先にと口の中にフーズを詰め込んでいった
『ミフッ!ミフッ!ミィーッ!!ミッ!ミッ!ミッ!ミミーッ!!!』
「おー、すごい食いっぷり」
「こりゃ元旦の初売りより凄まじいざんすねぇ」
「あわわ…そんなに慌てて食べると詰まらせちゃいますよ」
子タブンネとはいえなかなか迫力ある光景に呆気に取られていた社員たち
そんな中、ピンクの団子の中からフーズを口一杯に詰め込んだ数匹の子タブンネ達がよろよろと出てきた
たらふく食って満腹になって出てきたかと思うかもしれないがそうではない
口の端からダラダラと止めどなく涎を垂らし、涙まで流してかなり辛そうな様子だ
「フーッ!フーッ!フーッ!フッ!フッ!フッ!フッ!」
「ふぇっ!?このおチビちゃん息出来てないざんす!」
女子社員が心配した通り、子タブンネ達は口に詰め込んだフーズを飲み込めずに満足に息が出来なくなっていた
期限切れのフーズはカサカサに乾燥して硬くなっており、まだ噛む力が弱い子タブンネが食べられる代物では無くなっていた
それを頬がパンパンになり、口が閉じられなくなるほど詰め込んだのだからもう大変だ
乾パンか蕎麦ぼうろの如く乾燥しきったそれは口の中の水分を根こそぎ奪い
それを補おうと分泌された唾液も閉じることが出来ない口からは
カサカサの口内を潤すこともフーズを溶かすことも出来ずに流れ出てしまう
おまけに吐き出そうにも目一杯詰め込みすぎて顎が動かないのだ
見かねた女子社員が子タブンネを捕まえて口に指を突っ込んでかき出そうとしたが、
指が入る隙間も無いほどフーズの粒が詰め込まれているのだった
急なトラブルに社員たちが戸惑っている間にも口に詰め込みすぎて呼吸困難になっている子タブンネはどんどん増えていく
「うう… どうしよう… どうしよう…」
「そうだお水!お水を飲ませてあげるざんすよ!」
「飲み水はヤマジさん(体格のいい社員)が今持ってきますよ」
気が利く社員がそう言う間もなく体格のいい社員が片手に水の入った大きなポリタンクを持って戻ってきた
もう片方の手には水桶代わりの平べったい発泡スチロールの空き箱を持っている
「えーと、どの辺に置くかな?」
「どこでもいいから早く飲ませてあげてください!」
いまいち状況が飲み込めてない体格のいい社員だったが、
急かされるままに適当な場所にスチロール箱を置いてそこに水を注いでいく
「フッフゥーッ! フゥゥ-ッ! フゥーッ!!!」
「お?そんなに喉が乾いていたのか?」
水の流れ落ちる音を聞き付けた呼吸困難ネ達はパタパタと全速力でスチロール箱に集まってきて
飛び込むような勢いで顔面を水に浸けてガブガブと口に入れていく
さしもの超乾燥フーズも水に浸かると口の中でグズグズと崩れだし
苦しんでいた子タブンネたちも乾きと息苦しさからようやく解放された
水から顔を上げた子タブンネたちはハアハアと息を切らし食事どころではないといった表情だ
子タブンネがフーズを口に詰め込みすぎて窒息死という笑えてくる悲劇は何とか免れた、が
体格のいい男がせっかく持ってきてくれた水は1分も経たずに吐き出されたフーズによって茶色い汚水と化してしまっていた
「あの… やっぱりこれ取り替えなきゃダメですかね…?」
「そうざんすね」
ざんす男に言われて体格のいい社員は水を取り替えようとしたがそれは出来なかった
フーズを口に詰め込み過ぎたバカ以外の子タブンネ達も水を飲みに続々と集まってきたからだ
フーズを食べていない子タブもキャリーに閉じ込められてる間中ずっと給水無しだったので全ての子タブンネが死ぬほど喉が乾いていたのである
ほんの十秒足らずでそんな子タブンネ達が箱が見えなくなるほど群がってしまい、水箱を回収するのは不可能になってしまった
『ミッ!ミィッ!ミーッ!フーッ!フーッ!ミッミ!』
乾きは飢え以上に切実である。子タブンネ達の必死さもさっきの餌の時以上だ
周りの子タブンネを掻き分け、押し退け、順番を争って取っ組み合いの喧嘩を始め、他の子タブンネを踏み越えて水に頭から飛び込み…
発泡スチロールに入った15リットルの水だけで会議室はピンクの戦場と化してしまっていた
その勢いにとうとうスチロールが耐えきれなくなり、角の所からパキパキと音が鳴り…
『ミッ!ミッ!ミィィーッ!!ミヒーッ!!』
「ウヒーッ!大惨事ざんすー!」
パリッ!と大きな音と共に箱が壊れ、中の水が一気に溢れだした
子タブンネ達はいきなり水が飛び出してきた事で驚いてパニックを起こし、
蜘蛛の子を散らすように箱の周りから一斉に逃げだした
まるで旧約聖書にある争いを止めない人間に神が怒って洪水を起こした話の様だ
子タブンネ如きにはいささか過ぎた喩えではあるが
子タブンネたちは訳もわからず部屋の中を逃げ惑い、子タブンネ同士でも社員の足にも至るところでぶつかってしまっていた
「ど、どうすりゃいいんですこれ?」
「とりあえず追加で入れ物と水を持ってくるざんす! 今度はもっと頑丈なやつ!
ミナツ君(気が利く社員)はバケツとモップと代わりの新聞紙!
チカちゃん(女子社員)はベビィちゃんたちのミルクの用意ざんす!
私はおチビちゃんたちを拭いてあげて乾かすざんす!」
社員たちは「はい」と一声返事をすると子タブンネを蹴らぬよう気を付けながら指示された仕事に向かっていく
床に敷いてあった新聞紙がいくらか水を吸ってくれて、幸いにも溢れた水が部屋中に広がることは無かった
体格のいい社員は代わりの水の用意を急いではいたが、子タブンネたちはそれを待ちきれなかった
床に溢れた水をズルズルとすすったり、水が染み込んだ新聞紙を千切って口に入れてチュパチュパとしゃぶったり、
水に濡れた他の子タブンネの毛皮をペロペロと嘗めたりと必死に水分を口に入れようとしていた
十数時間給水なし+超乾燥パサパサフーズ+急激な運動で喉の乾きはさらに凄絶なものとなっていたのである
一旦口に入れて溶けたフーズや唾液、
新聞のインクや新聞紙の上に漏らしていた子タブンネの尿も混ざっている口に入れるには余りにも汚すぎる水である
だが今の子タブンネ達にはそんな事は頭に入らない、ただただ喉を潤す事に必死なのだ
「ヒェ~ッ! そのお水ちゃんはバッチイから飲んじゃダメざんすよ~!」
「赤ちゃん達のミルク、用意できましたした」
子タブンネ達が汚水を飲むのを止めさせようとざんす男が四苦八苦していると、
女子社員が19本の哺乳瓶が入ったビールケースを持って部屋へと戻ってきた
哺乳瓶の中のミルクがちゃぽんと揺れる音に、部屋中の子タブンネ達がギラついた視線を向けるのであった
『ミッミ!ミッ!ミッ!ミィ!ミッミッミ!』
「ひぃぃ、いきなりどうしたんですか?!」
女子社員が柵を開けて会議室に入った瞬間、その周りへ子タブンネ達が一斉に集まっていく
そして次から次へとズボンににしがみついて引っ張り、ミィミィと切なげな声で鳴いてそのミルクをちょうだいと懇願している
「これは赤ちゃん達のですから、みんな離れて下さい~!」
しかし女子社員はそれに応える事は出来なかった
子タブンネ達を引きずりながらチビママンネとベビ達がいるベビーサークルへと歩みを進める
「ううう… もうダメです…」
しかしそれもベビーサークルへあと4mと言うところで限界に達した
体重3kgから5kgの子タブンネが片足に4匹ずつしがみついてるのだから歩けなくなるのも当然だ
まるでピンク色の足枷である
しかもまとわりつく子タブの中によじよじとズボンを上ってくる腕力の強いやつらもいて、
女子社員はベルトに捕まられ上着の中に頭を突っ込まれたりボタンをむしり取られたりとやられ放題であった
「ああっ!早くそのミルクをこっちに渡すざんす」
「ひぃぃ、お願いします~!」
汚水を飲んでいる子タブを必死に止めていたざんす男も女子社員の
窮状に気づき、急いで助け船を出した
ビールケースを手渡そうにも女子社員の周りで犇めき合う子タブンネ達に遮られて中々手が届かない
そうしている間にも女子社員に登る子タブはどんどん増え、あれよあれよという間に胸の下辺りまで埋め尽くされてしまった
それはピンクの毛皮の巨大なスライムに女子社員が飲み込まれている様な異様な光景である
『ミィッミィッ、ミィーッ、ミィ!ミッミッ、ミピ!ミピ!』
「ふぇっ!? いきなり… 重く…」
あたふたしてるうちにとうとうミルクがビールケースに手が届く子タブンネが出てきてしまった
その子タブはビールケースの底にに雲低のようにぶら下がって闇雲に足をじたばたさせている
ミルクの近くまで来たはいいがその後どうするか全く考えて無かったのだ
満タンにミルクが入った哺乳瓶が19本も入ったビールケースは意外と重かったのだが、
そこに子タブンネの体重が加わって更に重みを増したのだから大変だ
しかも悪いことに、新たに二匹の子タブンネがビールケースに手が届いてぶら下がりだしたのだ
「 ううう… 腕が… もう…」
女子社員の腕はもう既に限界に近い
その重さで腕が震え、ビショビショに手汗をかき、いつ子タブンネ達の上へビールケースを落としてもおかしくない状況だ
身体中子タブンネ達がまとわり付くむず痒さにも苦しめられている
それによって力が抜けて手からスポッとビールケースが抜けていってしまっても不思議ではない
だが女子社員はビールケースを落とすことは無かった
身長150㎝台と小柄で力も強くないが優しい性格で、ここで落としたら子タブンネ達が潰れてしまうとギリギリの所で踏ん張っている
「ええい!こうなりゃ力ずくざんす!」
意を決したざんす男は犇めく子タブンネの中に足を踏み入れ、女子社員からビールケースを奪うように素早く受け取った
その際に何匹かの子タブンネの足を踏んでしまっていて「ミィッ!」「ビーッ!」と悲鳴が響く
ざんす男は大事なイベント商品である子タブンネを傷つけたく無かったのだが、この際仕方ないと判断したのである
ついでにビールケースにぶら下がってた子タブンネ達は渡す際に振り落とされてしまった
群がっていた子タブンネ達は女子社員から離れていき、今度はざんす男へぞろぞろと集っていく
「ケェーッ!!! こっちゃ来るなざんすーっ!!」
ざんす男が怪鳥音で一喝すると向かってくる子タブンネ達がビクッと驚いて足を止めた
女子社員とチビママンネまでビクッと驚いたのはご愛敬
その隙にざんす男はスタコラとベビーサークルの側まで近づき、その中にビールケースをがちゃんと置いた
「ささ、早くベビィちゃんにミルクをあげるざんすよ」
「は、はい」
女子社員は子タブンネ達に乱されて、おまけに色んな体液で染みだらけになった制服を着替える間もなく
ベビンネ達にミルクを与える仕事に入るのであった
『ミィッ!ミィーッ!ミッミッ!ヴミィーッ!ミィーッミィーッ!』
『ヂビィィィィ!!ヂビィィィィ!!!』
「ヒ~!やっぱベビィちゃんたちは別室にしとくんだったざんす!」
ケースから哺乳瓶を取り出して授乳をしようとした女子社員だがそう簡単にはいかなかった
なぜなら子タブンネ達が今度はベビーサークルの周りに押し寄せて自分にもミルクをくれと騒ぎ立てているからである
ベビンネ達はそれを怖がって泣き出してしまいミルクどころではない
243匹も集まると子タブンネとはいえかなりの力で
ベビーサークルの頑丈な木製の柵もキシキシと軋み、倒されまいとざんす男が必死に支えてている
チビママンネは「ミッミ!ミッミ!」と叱るような口調で何やら語りかけているが、子タブンネ達が聞いてる様子はない
「ううう、どうしよう…」
「ヂィィィィ!!ヂィィィィ!!」
火が付いたように泣き叫ぶベビンネたちに、女子社員は迂闊に触ることもできないでいた
事態が膠着する中、チビママンネは子タブンネ達をなだめるのを諦める事にした
そして子タブンネ達に背を向け、ベビンネ達の中から三匹を優しく抱き寄せる
「ミィミィ、ミィィ…」
「チィィ…」「チ… チ…」
チビママンネが自分の胸にベビの触覚を押し当てながらそっと抱き締めると、二匹のベビはピタリと泣き止んだ
これはチビママンネが盾になって怖い物(子タブンネの大群)をベビ達の目に入らない様にし、
意識を自分の心音に集中させ安心させるというチビママンネなりの育児テクニックである
「え、泣き止んでる… ? そうだ、ミルクが冷えないうちに飲ませないと…」
「ミィ、ミ!」「チィィ!」「チ、チ、チ」
女子社員が哺乳瓶を渡すとチビママンネはそれを受けとり、泣き止んだベビンネたちにそれを向けた
すかさす一匹が吸い付き美味しそうにごくごくと飲んでいるが、
出遅れた方のもう一匹はそのすぐ隣に入り、横からなんとか吸い口を吸おうとしている
吸い口を奪わんとするような勢いで横から顔を押し付け、その表情からはかなりの切実さが伺えた
恐怖で気が紛れてはいたが、やはり赤子が6時間ミルク無しでは死ぬほどお腹が空くのだ
「…ほら、おっぱいはここにもあるよ」
「チッチ!」「ミッ!」
女子社員がもう一本哺乳瓶を取り出し、膝をついて飲めてないベビンネに近づけると
ベビはそれに素早く、そして迷い無くパクリと食いついて飲み始めた
女子社員を少し警戒していたチビママンネだったが、優しそうな態度と仕草
そしてあの社長よりさらに華奢で小さくて弱そうに見える容姿から
「この人間は優しそうだから大丈夫」と
「万が一ベビたちに変な事されてもこいつなら自分でも勝てる」との半々の考えでベビのお世話を許すことにした
自分だけで19匹のお世話は正直かなりキツかったというのもあるが
「ヂヂ!ヂヂ!」「チィチィ!チィチィ!」
「え…? 皆もミルクが欲しくなったんですか?」
ミルクを飲ませていると他のベビンネ達も女子社員とチビママンネの回りに目に涙を溜めたまま続々と集まってきた
ミルクが喉を通っていく音を聞いたのが
スイッチになって恐怖より空腹の方が勝ったのだ
そして女子社員とチビママンネは下半身をベビンネに埋め尽くされながら次から次へとミルクを飲ませていく
チビママンネも女子社員もかなり焦燥はしていたが、ベビ達のお腹は順調に満たされていった
『ミ゙ーッ!!ミ゙ミ゙ミ゙ーッ!!ヴビーッ!!!』
だが、それを目の前にして気が気ではないのが喉がカラカラの子タブンネ達である
液体が喉を通る音で喉の乾きが更に煽り立てられ、その行動も更に必死で浅ましい物となっていた
歯をむき出しながらギーギーと鳴きながらベビーサークルの格子をガタガタ揺らしてベビ達を威嚇したり
格子にギュッと力一杯顔を押し付けて口を乳を吸う形にしてチュウチュウと鳴らしたり
ハイハイをしながら「チィチィ、チィチィ」と鳴いてベビの真似をして飲ませてもらおうとしたり
格子の隙間から手を伸ばして哺乳瓶を奪おうとしたりと見苦しいが個性豊かだ
更に勢いを増す子タブンネ達にベビーサークルとざんす男に限界が迫る中、
気が効く社員と体格のいい社員が戻ってきた
気が効く社員はバケツとモップと雑巾と新聞紙を手に持ち、
体格のいい社員は直径1m程の大きなタライと3つのポリタンクを乗せた台車を押しながら
「すいません、丁度いい水入れ探してたら遅くなりまして」
「ウヒーッ!何でもいいから早くお水あげて頂戴ざんすーっ!」
「は、はい。おーいチビ共、待ちに待ったお水ちゃんだぞ~」
体格のいい社員が急かされてタライの中にトプトプと水を注ぐと、
その音に子タブンネ達は即座に反応してピタリと暴れるのを止めてタライの方へ振り向き
そして水が満ちるのを待たずにドドドドと一斉にタライへと押し寄せていく
『ミィィィィィィィィ!!!ミィィィィィィィ
!!!』
「うわ、待て!待てって!」
水を飲みに行くと言うよりかはプールに飛び込む様な勢いで殺到する子タブンネ達
まだ水を注いでいる途中だというのに大きなタライの中は子タブンネでぎゅうぎゅう詰めになった
当然上から容赦無く水がぶっかかるが、乾ききった子タブンネ達はそれすらも嬉しそうだ
水が流れ出るポリタンクの真下で上を向きながら口を開けて直飲みを試みて溺れかける奴や
全身ビショビショのままタライから出てきてまだ水を飲めてない子タブンネ達に身体中をチュウチュウとしゃぶられて悶絶する奴など
水入れタライの周辺は混迷を極めている
そして子タブンネ達がタライの水に気を取られているうちに、床の汚水を掃除している気が効く社員だが、
それも一筋縄ではいかなかった
「ミィ、ミィ、ミィ!」
「おい!その水は飲んじゃダメだぞ!」
水を目一杯吸ったモップをバケツに絞ると、その水音に反応して十数匹の子タブンネ達がバケツに集まってきてしまったのだ
群がるベビンネたちをモップで追い払い、倒される寸前でバケツを持ち上げてまた床を汚されるのは防いだものの
今度は水分が残るモップに吸い付かれてしまったのだ
ブンブンと振って何とか振り払うも、振り払った側から別の子タブンネが吸い付いてくるので掃除は一向に進まなくなってしまった
「ヂーヂ!ヂーヂ!ヂィィィィ!!」
「うう… お腹が空いてないの…?」
比較的順調に進んでいたベビンネの授乳も終わりが見えてきた所で行き詰まっていた
小さいベビンネの中でも一際小さなベビンネが女子社員の手からミルクを飲まないのだ
あの身長25㎝の甘えっ子の小ベビンネである
女子社員は落ち着けるよう正座した膝の上に寝かせるように乗せ、
左手で後ろ頭を支えながら飲ませようとしたのだが
小ベビンネは泣きわめきながらじたばたと暴れて女子社員から逃げ出そうとするのだ
「ヂィ!ヂィ!ヂー!!」
「ミィ!」
小ベビンネが一際大きな声で泣き叫ぶと、チビママンネは授乳を中断して女子社員の側へ駆け寄った
ミルクを飲んでいる途中で突然放り出されたベビはキョトンとしている
「ミィミ! ミッミ!ミィ!」
「ヂィ!ヂィィ! 」
チビママンネは少し威嚇する様な感じで女子社員に鳴き声を浴びせたが
タブンネ特有の怖くなさでその怒りは理解して貰えなかった
しかし、ベビンネを返して欲しいという事は辛うじて伝わった
「… 大丈夫かな?」
女子社員が小ベビンネをチビママンネに渡すと、小ベビンネはその胸に顔を埋めてヂーヂーと激しく泣き出した
「知らない人に捕まって怖かったよ」と必死に訴えるように
チビママンネはそんな小ベビンネをきゅっと抱き締め
「よしよし、もう怖くないよ」と優しく頭を撫でながら慰めるのであった
そして抱っこされてから一分も経たぬうちに小ベビンネは泣き止んでチィチィと嬉しそうに笑いだした
「…このおちびちゃん、お母さんが大好きなんですね… 」
その後社員たちはなんとかタライの水場を二つ作り、
子タブンネ達に邪魔されながらも床の掃除を終え
フーズは食べやすいように水でふやかしてから野菜と共に与えられ
ベビンネたちの授乳も一人と一匹がかりで何とか終えて
嵐の様な子タブンネ達の夕食は終わりを迎える事が出来た
満腹になってごろ寝する子タブンネ達を前に、
満身創痍の社員たちは「この企画ホントに大丈夫なのかな」と心の中で思ったのであった
その後、夜10時の閉店時間となりデパートの看板の照明が消され、店内からお客さんの姿が消えた
この時間になると子タブンネ達はおねむの時間である
蛍光灯が点いていて明るいままだったが床の上で数匹から十数匹ずつで身を寄せあってぐっすりと眠りに落ちていた
人間から見ると子タブンネは皆同じ顔にしか見えないがタブンネ同士ではちゃんと個体の区別がついていて
兄弟や友達など仲良し同士で身を寄せあって団子のように一塊になり
お互いに相手の体温とふわふわの毛皮で暖まり合って気持ち良く眠っているのだ
ベビンネ達も眠るチビママンネを中心にして塊になって眠っていた
疲れていたのもあってその眠りは深く、体格のいい社員がすぐ側をドタドタと歩いても全く起きる気配がない程だ
社員達が頑張って遅くまで働いてるのにいい気分で眠っているとはけしからんと思う人もいるだろうが
これから子タブンネたちを移動させる社員達にとっては非常に都合が良いのであった
「せっかくチビちゃんたちが塊になってくれてる事ざんし、
そのままケージに入れて運んであげるざんすよ」
子タブンネ達はグループの塊ごとに大きな檻のようなケージに起こさないようそっと入れられ
そのままイベントを行う催事場に移された
「ミミ… ミィ…」
「ささ、こっちですよ。部屋を移ったら寝ちゃっても大丈夫ですよ」
チビママンネは寝ぼけたまま女子社員に手を引かれ、
眠るベビたちはスチロール箱に数匹ずつ入れられて男性社員二人の手で催事場の準備室に移されて
そこで再びベビーサークルの中に
入れられる事となった
「ミルクとそれ用の保温器、用意しております
そしてベビーサークルの中に消臭効果のあるペットシートを敷き詰めておきまして
あとは定期的に様子を見て貰えるよう守衛さんにお願いしておきました」
「うむ、これでやっと今日はお仕舞いざんすね
みんなお疲れざんしたざんす~」
「赤ちゃんたち大丈夫かな…」
気が効く社員が用意したミルクの保温器というのはお湯を一定の温度に保てるという四角い鍋の様な電気式の調理器具で
本来は熱燗を作る為の道具なのだが出力を下げると赤ちゃんのミルクでも大丈夫という訳だ
それを二台稼働させ、ミルク入りの哺乳瓶を24本を用意しておく
気が効く社員の備えにざんす男はこれで心配ないざんすと太鼓判を押したが
女子社員はそれでもまだベビンネたちが心配で帰る時になっても後ろ髪を引かれる思いだった
中でも一番気になったのが、あのママっ子の小さなベビンネであった
午前2時、守衛さんが言われた通りにチビママンネ達の様子を見に行こうとすると、
部屋に近づいた時点でベビンネのけたたましい泣き声が聞こえてきた
「ジビーッ!ジビーッ!ビャァァァア!!!」
「ミ~ ミミミ~ミミミミ~ ミミミィ~♪ ミィ…」
「ウビィィィィィィ!!ヴビィィィィィ!!」
「ありぇま~、大変な事になっちょるだべさ」
19匹ものベビがいると、大体30分おきにそのうちの一匹が何らかの理由でママンネを起こしてくる
お腹が空いてるだのウンチでお尻が痒くなっただのが主な理由だが
何にせよチビママンネは眠ることも満足に出来ずお世話に追われる事となる
対応が遅れるとベビンネは泣き出してしまい
その泣き声が五月蝿くてまた別のベビが泣き出すという悪循環に陥ってしまうのだ
そしてたった今、その悪循環が始まってしまったというわけだ
「ビィィィィィィ!!!!ビィィィィィィ!!!」「ヂーーッ!!ンヂーーーッ!!」
「ミ~ミィ~ミッミミィ~♪ ミヒ~ン!」
「まぁ~、タブのわらすにゃタブのおっかさんに任すのが一番だべし
餅は餅屋ってもんだべや」
結局守衛さんは何も助けてくれず、チビママンネは不眠不休でベビの世話に追われる事となった
ミルクを飲ませ、お尻を嘗めて綺麗にして、泣く子に子守唄を歌って眠るまであやす…
明け方になり、空が白くなっても準備室からベビたちの泣き声が止むことは無かった
午前6時、女子社員は本来の出勤時間より一時間も早くデパートへやって来た
そして制服に着替えもせず、真っ先に催事場の準備室へと向かっていく
ベビンネ達とチビママンネが心配でたまらず早く来てしまったのだ
準備室からは未だにベビンネの泣き声が聞こえていた
その声に女子社員も早足になり、飛び込むように準備室のドアを開けた
「えっ…? お母さんタブンネが…」
その目に飛び込んで来たのは、12匹の泣きじゃくるベビンネ達と5匹の表情が固まったまま呆然とする大きめのベビンネ
そして空になった哺乳瓶を片手に持ったまま仰向けに倒れているチビママンネ
そしてそんなチビママンネの胸にしがみつく様に抱きつき、
涙を流しながらプルプルと震えている小さなベビンネだった
死んでしまったのではないかと焦った女子社員だがチビママンネの口元に耳を近づけてみると
微かに「ヒューヒュー」という音が聞こえ吐息が耳に当たった
どうやらまだ生きているようで、女子社員はホッと胸を撫で下ろした
あまりの疲れと眠さにミルクをあげてる途中にぶっ倒れ、そのまま眠ってしまったのが事の真相である
胸で泣いてる小ベビンネは母親の限界を超えた疲労をその心音から感じ取り
チビママンネが死んでしまうと絶望しかけて泣いていたのだ
チビママンネ無しで自分は生きていけない。それほど愛し、そして依存しきっているのである
「うわぁ… 酷すぎます…」
チビママンネが気絶してから二時間弱ほどの間、なんの世話も為される事無く泣かせるまま放置されたベビンネたち
糞尿を垂れ流したまま動き回ってお互いを汚し合い、泣きすぎて飲んだミルクを吐き戻し
泣いてるベビも呆然としてるベビも、ついでにチビママンネも皆一様に汚物まみれの悲惨な状態で
床に敷かれた白かった筈のペットシートも糞尿と吐き出されたミルクで世にもおぞましい斑模様に染まり切っていた
「とりあえず赤ちゃんたちを綺麗にしてあげないと…」
この惨状を片付けるべく女子社員はまずゴム手袋を着けてシートを取り替え、
次にミルクの保温器を応用してお湯を作ってタライに張り、ポケモン用シャンプーでベビンネ達を洗おうとしたが
それが一筋縄ではいかなかった
ベビンネは体にシャンプーを塗られると捕まった直後に無理矢理洗われた苦痛を思い出し、タライの中でじたばたと暴れだしたからである
「ンヂーッ!ンヂーッ!ビビーッ!」
「うわっととと、暴れないでください」
ベビンネが暴れるたびに汚れとシャンプーが溶けたお湯が跳ね、女子社員に容赦無く掛かっていく
一匹目を洗い終わる前に既に私服はビショビショだが、それでも女子社員はめげること無く懸命にベビンネを洗い続ける
その洗いかたは男二人のそれよりはかなり優しく丁寧だったが
それでもシャンプーはベビンネにとって恐ろしい拷問でしかなかった
「ヂィーッ!ヂィーッ!ンビビーッ!!ビーッ!」
「ごめんね… ごめんね… すぐ終わるから我慢しててくださいです」
ベビンネが泣き叫ぶ度にチビママンネの耳がピクピクと反応した
死んだように眠っているがベビの救いを求める声には本能で反応してしまうのだ
しかしいくら泣き叫ぼうともチビママンネが起き上がる事は無く、
ベビンネはすっかり綺麗にされてしまったのだった
シャンプーと悲鳴に怯え順番を待つベビンネ達はチビママンネの陰に隠れようとしたり、
ベビーサークルの格子の隙間に体を突っ込んで逃げようとしたりと
何とか逃れようとしているが
所詮ベビごときが何をやろうと無駄であり、次々と女子社員に捕まりぶくぶくと泡まみれにされて泣き叫ぶのであった
チビママンネのベビは死ぬほど嫌がるが、大きめのベビンネ達は少し怯えた声を出す位で洗われる時も大人しくしていた
捕まったときに経験した粉石鹸に高水圧洗浄器よりはマシというわけだ
洗った後は数匹纏めてドライヤーで乾かし、ベビンネ達は綺麗な毛皮を取り戻していった
それと対照的に女子社員の服はベビたちが暴れてはね飛ばした水でグショグショになり見るも無惨な姿になっている
それでも洗浄は何とか順調に進み、最後はあの小ベビンネを残すのみとなった
「さて、後はおちびちゃんで終わりです」
「チィィ… 」
チビママンネは未だにチビママンネの胸の上に陣取っていたが
女子社員が怖がらせないように抱き上げようとそっと手を触れるとガクガクと激しく震えだした
結構強い振動だったので驚いて一度は手を離してしまったが
改めて抱き上げようとするとチビママンネの毛を掴んで持ち上げられまいと抵抗するのであった
「そんなに引っ張ると、お母さんが痛がりますよ…」
「チィッ!チィッ!チィ!チ!チ!チ!チ!!ビァァァァ!!!」
小ベビンネの手をそっと包むように掴み、揉むように毛を掴む指を一本ずつ解きほぐしていく女子社員
チビママンネの毛ごと力ずくで無理矢理引き剥がしても良さそうなものだが、女子社員にはそれが出来なかった
しかしそれでも小ベビンネにとっては自分が強制的に母親から引き剥がされるという事態は十分に絶望的で
チビママンネから指を一本ずつ引き剥がされる度に焦燥した声で喚き散らしている
「グエオッ!ビィッ!!ウヂャァァァァァァアアアアアアアアアアア!!!!」
そして完全に手が離れてチビママンネから引き剥がされると、小さなベビから出たとは思えないような凄まじい絶望の慟哭を上げた
あまりの大声に女子社員は一瞬怯んだが、小ベビンネから手を離すことは無かった
「うう… お風呂が終わったらお母さんの所へ返してあげるから、少しだけ我慢してください」
チビママンネから離された絶望とシャンプーへの恐怖で、小ベビンネは手の中でさらに激しく震えた
余りの怯えぶりに不憫に思った女子社員が頭や背中を撫でて慰めようとするが、
今の小ベビンネにとっては逆に恐怖を煽る効果しか無かった
「フィッ… フィィッ… ヒィッ…!」
だが、小ベビンネが洗面器のお湯に浸けられようとしたその時
深い眠りに落ちていた筈のチビママンネがむくりと起き上がってきた
「ミィミィ… ミィ?」
「キチィーー!!キチィーー!!チィッ!チィッ!」
小ベビの慟哭で本能的に危機を感じて目覚めたのだが相当無理して起きたらしく
足元はふらついていて目もまともに開けられない有り様だ
しかしそれでも小ベビンネの自分を呼ぶ悲痛な泣き声を聞いているうちに少しずつ目が覚めていき
ベビを取り返すべくよろよろと女子社員に歩み寄っていった
しかし、取り返すまでもなく女子社員は小ベビンネをチビママンネに渡したのであった
「ベビちゃんをお風呂を怖がっちゃって困ってるのです。入れるのを手伝ってください」
「ミィ~…?」
女子社員から小ベビンネを返されるのは昨夜に引き続き二回目である
意図を計りかねたチビママンネは女子社員の胸に触覚を当て心を読んだ
そこからは色々な事情が伝わってきたが、
とりあえず今はタライのお湯で小ベビンネを綺麗にしてあげたいと思っているという事は理解できた
「チィッ♪ チィッ♪ チィィ~♪」「ミィ~ミィ」
「ほらほら、そこにもウンチがついちゃってますよ」
あんなにシャンプーを怖がっていた小ベビンネも、
チビママンネの手で洗われれば怖がる事無く遊んで貰っているかのように喜んで受け入れている
洗いかたは女子社員より下手だったが、チビママンネへの愛と信頼はそれを補って余りあるものだった
女子社員はそれに感心しつつ、チビママンネの体を濡れタオルで拭いて綺麗にしてあげている
「チィィ…?」
小ベビンネは嬉しそうだが、それを見ていて面白くないのが他のベビンネ達だ
「どうしてあのぶくぶくが平気なの?」
「あいつだけママにかまってもらってずるい」
「チィが泣いてもママは助けててくれなかった… ママはチィがきらいなの?」
「なんでチィたちを苛めた悪いやつとママは仲良くするの? ママも悪いやつの味方なの?」
色々と複雑な感情を心に浮かべながら、ベビンネたちは二匹と一人をじっと見ていた
そうして綺麗になったベビ達全員に女子社員とチビママンネが協力してミルクを与え終わったその後
色々あった後でみんな疲れていたのだろう
ベビンネ達もチビママンネも、女子社員までもがその場で横になって眠ってしまっていた
「チカちゃん、仕事熱心なのは結構ざんすが、タイムカードくらい押さなきゃダメざんすよ」
「ふゃ… チーフ…?」
それから30分後、女子社員はざんす男の声でハッと目覚めた
寝起きでぼやけた視界に見えたのは、自分を見下ろす三人の男性社員たち
そして頭の下にあるのはチビママンネのお腹で、周りには眠っている沢山のベビンネたち
意識がはっきりしていくうちに自分が何をしていたのかを思い出し、ババッと焦りながら飛び起きた
「す、すいません、今すぐ着替えてきます!!」
顔を赤くして部屋を飛び出していく女子社員
その歩いた後にはポタポタと水滴が落ちていた
その様子に可愛いなだのそそっかしいなだの色々と思った男性社員たちだったが
気を取り直して顔を見合わせながら現場検証を始めた
ゴミ袋に満載された汚れたペットシートと空になったポケモンシャンプー
そして洗われぬまま放置された大量の哺乳瓶が女子社員とチビママンネの苦闘を物語っていた
「世話が追い付かなくて母タブンネが力尽き、
赤ちゃんタブンネ達は放っとかれるうちに自分達のうんちおしっこで汚れてしまい
そこにチカさんがやって来てベビ達を洗ってミルクをあげた
…という所ですかね
1匹で19匹の赤ん坊の世話は流石に無理がありました。完全に俺の準備不足です」
「でもまあー、準備っていったってなぁ…
守衛さんに手伝って貰うわけにはいかんし人手不足はどうしようもないよ」
「ふむ、チカちゃんが来てくれて無かったら大変なことになってたざんすよ」
男性社員たちはベビ達の世話で散らかった部屋を片付けると、会場の設営をするべく催事場へと向かった
催事場は一階の中心部分にある30m四方ほどの広いスペースで普段は季節モノや特売品を置いたり地方の物産展を開いたりして使っている場所だ
簡素なステージを設置してヒーローショーやちょっとした歌手のライブを開催したりする事もある
そこが今は柔らかい人工芝が敷き詰められ、その周りを木の柵で囲われているという
デパートの中に突然牧場が現れたかのような異様な光景と化している
柵内への入口は外柵と同じ様なデザインの木の柵に蝶番とバネを着けた簡素な扉があり
そこは子タブンネが簡単に脱走できないように二重扉になっていて
扉と扉の間には糞尿を踏んでしまった時に拭くためのマットが敷かれている
入口の横には入場受付をする為の長机が設置されており
餌や子タブンネを購入する為のレジもそこに置かれている
そして通路を挟んで向こう側にはタブンネのぬいぐるみやグッズを売る祭りの屋台風の売り場が準備を終えていた
前日の作業が予定より早く進んでいたのもあって会場設営は最終点検くらいですぐに終わり
いつでも柵内に子タブンネたちを放牧できる状態となった
「そろそろ子タブンネを放しても良いですかね?」
「そうざんすね、まず今日の分
チビちゃん達にも汚れている子がいるかもしれないざんすから一匹ずつ点検してから出してあげるざんすよ」
子タブンネ達が入っているケージは柵の中に積まれており、その中からは「ミィ、ミィ?」と戸惑った声がちらほらと聞こえてくる
目が覚めたらいきなり檻の中という状況をまだ理解できていないのだ
その声も子タブンネの総数を考えるとかなり少ない。大多数の子タブンネはまだ眠ったままなのだ
男性社員達はケージの出入口の前にペットシートを起き、
傍らに消毒用のアルコールが含まれた濡れティッシュの箱を大量に用意してから点検に取りかかった
「前、汚れ、無し!背中、汚れ、無し!手、汚れ、無し!足、汚れ、無し!尻、汚れ、無し!」
「ミッミ、ミィィ?!ピィ!」
社員たちは眠っている子タブンネをケージから引っ張り出してシートの上に仰向けに寝かせ
素早くくるくるとひっくり返しながら体に目立つ汚れが無いかチェックして見つけたら濡れティッシュで拭き取り
仕上げにに尻尾を引っ張り上げてお尻の穴も同じようにチェックして終わりである
その作業はスピード重視の手荒な物で子タブンネ達はひっくり返される度にビタンビタンとシートの上に叩きつけられ
間髪入れずに敏感な箇所である尻尾を無配慮に引っ張られて「ミギッ!」と悲鳴を上げた
そしてチェックが済んだらマットの上から半ば突き飛ばすように人工芝の上に転がされて終わりである
その作業時間は1匹あたり30秒前後。なかなかのスピードだ
「肛門、汚い!」
「ミッヒ… ヒギィ!!!ピィィ!!」
汚れは濡れティッシュで拭かれるのであるが、股間を汚していた子タブンネは悲惨である
拭いた跡がスースーするアルコール入りの濡れティッシュで
肛門と性器という敏感な部分を容赦無くゴシゴシと拭かれてしまうのだから
当然そんなことをされた子タブンネが平気な筈はなく
チェックが終わった後で泣きながら両手で股間を押さえ人工芝の上でのたうち回って激しく悶絶した
その様子にケージの中で順番を待つ子タブンネ達は震え上がり、自分の順番が来るかと恐怖した
「ミッミィィーー!!ミヂーーーー!!!」
「前、汚れ、無し!背中、汚れ、無し!手、汚れ、無し!足、汚れ、無し!尻、汚れ、無し! 」
しかし社員たちには泣いてる子タブンネも寝てる子タブンネも関係ない
ケージの中から手当たり次第に引っ張り出して次々とチェックを進めていく
子タブンネの中には全く汚れてなかったにも関わらずシートの上で仰向けにされたとたん恐怖で小便を漏らしてしまい、
股間を容赦無く濡れティッシュで拭かれて泣き叫んだというおバカな子もいた
途中で女子社員も加わり、ものの30分で子タブンネをケージから出す作業は完了したのであった
「ミィ? 」「ミィィ!!」「ミッミ、ミッミ…」
広い人工芝の上へと解放された子タブンネ達
最初はだだうろうろと右往左往するばかりであったが、
次第に四つん這いになって人工芝を穴を掘るかのように引っ掻くという行動をする子タブンネが増えてきた
お腹が空いて草の根っこを掘り起こしてを食べようとしているのだ
だが人工芝には根はないしどうやっても食べられはしない
アローラのベトベトンなら食べるかも知れないが、生憎子タブンネの胃袋はそこまで強くはないのである
ケージを畳んで片づけている最中、女子社員は子タブンネ達の空腹をいち早く察した
「タブンネさん達お腹がすいてるみたいです、朝ご飯をあげないと」
「いや、ちょっと可哀想ざんすけど朝ごはんは抜きざんす
お客さまがおチビちゃんにエサをあげるのがこのイベントのキモざんすからね
イベントが始まった時にお腹一杯で食べないなんて事はあってはならないざんす」
「でもさ、昨日の会議室みたいにお客様に一斉に群がられたら大変だよ
少しは何か腹に入れさせといた方がいいんじゃないですかな」
「ふーむ、それも一理あるざんすねぇ…」
体格のいい社員の提案にざんす男は少し考えた後、朝飯をどうするかを決めた
「嗜好性の低い餌を少しだけ与えるざんす
これならおチビちゃん達も食べすぎることは無いざんすよ」
「嗜好性の低い餌 …ですか? 何が良いのでしょう?」
「自分が食品の部門を回って集めてきます」
「じゃあ餌の方はミナツ君(気が利く社員)に任せてその間に片付けを済ませちゃうざんす」
気が利く社員は会場から出て行き、残った三人はケージを畳んで台車に載せる作業を続けていく
エサをねだって来る子タブンネ達の邪魔は入ったが作業は終わり
程無くして気が利く社員も緑色の中身が詰まったゴミ袋を両手にぶら下げて帰ってきた
「お、来たざんすね、
さーて今日のチビちゃん達のブレックファーストは何ざんすかね~」
「青果からの大根とカブの葉っぱとキャベツの外側の葉、
それと惣菜からの人参と大根のヘタと皮、おまけに三つ葉の根っこですね」
そう言いながら気が利く社員はゴミ袋を床に置き、1つずつ引き裂いて敷物のように広げた
会場の中心2つのクズ野菜の山ができ、その周りに青臭い匂いがむわっと漂う
人間には軽い悪臭としか思えない臭いであるが、数匹の子タブがその匂いに引き付けられて集まってきた
「ミィ…?」「ミミィ…?」「ミッミッ…」「ミミィ!」
餌だという事は分かったらしいがその反応は芳しくない
大根の茎を一かじりしただけでポイッと捨ててしまったり、
嫌そうな顔をしながらキャベツの芯の部分だけをもそもそと齧っている
タブンネは植物系の物なら毒がない限りほぼ何でも食べるが
好物は甘みのある果実の類であり青臭い葉はあまり好まない
それが味覚の敏感な子供ならなおさらだ
「ミフーッ!ミフーッ!」「ミィミィ!ミィィーッ!」
「あっ、喧嘩しちゃダメです!」
「まったく、ゴミ食うタブも好きずきってとこか?」
二匹の子タブンネたちが人参のヘタを取りあって喧嘩を始めた
辛い大根とカブ、臭いキャベツが大多数を占めるの朝食の中、
青臭さも辛味もなくわずかに甘みのある人参だけが唯一の希望なのだ
喧嘩をしている子タブンネ達は女子社員によって引き離され、
体格がいい社員が人参のヘタを二つに割って両者に分配し喧嘩は止まった
やがて全ての子タブンネがクズ野菜の山に集まってきて野菜を食べ始めたが
ほぼ全員が嫌々食べていて嬉しそうな顔の子タブは一匹もいなかった
そして袋を開けてから三十分もしないうちに一匹、また一匹と野菜山から離れて行き
結局、気が利く社員が用意した餌はほぼ半分が食べ残されてしまった
「人参と三つ葉だけ無くなってるな、キャベツも見事に芯だけ食ってやがる」
「大根のアタマは一かじりしただけで止めちゃったみたいざんすね」
「昨日のカットキャベツは食べてくれたんだけど、外葉は苦くて食べられなかったみたいですね
そもそも昨日ほどお腹が空いてはいなかったのかも」
食べ残しもそのまま包んで片付け、男性社員たちが一息ついている中
女子社員はメソメソと泣いている子タブンネを見つけ、屈みながら話しかけた
「これからお客様たちがおいしいご飯をたくさん持ってきてくれますから、楽しみに待っててください」
デパートの開店時間、すなわち「タブンネとあそぼう!Mi Mi パラダイス」の開催時間はすぐそこに迫っていた
最終更新:2017年05月17日 18:07