6番道路の木の実畑

そのタブンネは、いつもお腹を空かせていました。
1日かけて食べ物を探し、空腹に耐えながら夜を過ごす。
そんな毎日を送っています。

ある日のことです。
タブンネはいつもより少し遠くまで、ごはんを探しに来ていました。
あてもなく歩いているうちに、タブンネはあるものを発見しました。

タブンネの視界には、たくさんの木が並んでいる光景がうつっていました。
しかも、1つ1つの木には、たくさんの木の実がなっていたのです。
タブンネの顔が、だんだんと喜びに満ちた笑顔へと変わっていきます。

「ミィ……♪」

たくさんの木になった、たくさんの木の実。
今日こそはお腹いっぱい、ごはんを食べることができそうです。
喜びの鳴き声を上げながら、タブンネは木の実の方へと駆け出します。
と、そのときです。

「こらぁっ!」

突然、タブンネに向かって浴びせられる大きな声。
タブンネは「ミィィッ!?」と驚きの声を上げて立ち止まります。
おそるおそるといった様子で、大きな声の方にタブンネは顔を向けます。

そこには1人の人間と、1匹のポケモンが立っていました。
人間は腕組みをして立っており、タブンネのことをにらみつけています。
人間の後ろでは、タブンネより二回り以上大きなポケモンがタブンネの方を見ています。

タブンネは知る由もありませんが、ここは7番道路にある木の実畑。
人間たちが、自分やポケモンのために大切に木の実を育てる場所なのです。
ごはんを食べたいだけのタブンネも、人間にとっては木の実を狙う虫ポケモンと何も変わりません。

こわい顔でにらまれて、タブンネはくるりと振り向いて、来た道を戻ります。
どんなに無理をしたところで、木の実を手に入れることはできそうにないからです。
何度も木の実の方を振り返りながら、タブンネは6番道路にある自分の巣に戻っていきました。

それから毎日、タブンネは木の実畑に通いました。
今日こそは。今日こそは。
たくさんの木に、たくさんの木の実。
あの魅力的な光景は、タブンネがあきらめることを許さなかったのです。

何度も怒鳴られ、何度もにらまれ、ときには痛い思いもしました。
それでもあきらめることなく、毎日毎日、木の実畑に向かいました。
そして、そんなタブンネに神様が少しだけ味方をしてくれるときがきました。

「ミィ……?」

いつものように追い払われて帰る途中、タブンネはあるものを見つけました。
それは、畑の隅の方に捨てられていた小さな木の実でした。
木になっている実よりは小さく、水分を失ってしなびてしまっています。
それでも、それはタブンネが欲しかった木の実なのです。

タブンネはその実を拾うと、ポテポテと巣のある6番道路に走っていきます。
嬉しくてたまらないといった様子が、タブンネの笑顔からわかります。
ようやく手に入れることのできた木の実。今日はおいしいごはんを食べられそうです。

しかし、タブンネは6番道路に戻ってくると、木の実を土の中に埋め始めました。
やがて、木の実を埋め終えると、タブンネは近くの草むらに姿を消してしまいました。

しばらくして戻ってきたタブンネ。
何かを口に入れているのか、口をぎゅっと閉じています。
さっき木の実を埋めたところに行くと、タブンネは口から何かを吐き出しました。

タブンネが吐き出したもの。それは近くの池の水です。
タブンネの吐き出した水によって、木の実の埋まった土が濃い色に変わります。
タブンネはそれを見て満足そうな笑みを浮かべると、また草むらの中に姿を消していきました。

実は、このタブンネは木の実を育てようとしているのです。
毎日、木の実畑に通ううちに、タブンネは人間が木の実を育てていることに気が付きました。
そして思ったのです。
自分で育てれば、好きなだけ木の実を食べることができると。


タブンネの暮らしは変わりました。
1日中ごはんを探し続ける毎日から、木の実を育てる毎日へと。

池から水を持ってきて土を濡らし、草が生えてきていればそれを抜く。
虫ポケモンが来ていれば、大きな声で追い払う。
人間がやっていたことを真似しながら、タブンネは何とか木の実を育てようとしました。

それは今まで以上につらい毎日でした。
食べ物を探す時間が少なくなったので、今まで以上にお腹がすきました。
池と木の実の間を何回も行ったり来たりするので、今まで以上に疲れました。
ときには虫ポケモンと戦わなくてはいけなかったので、今まで以上にケガをしました。

それでも、タブンネの気持ちはすごく充実していました。
がんばれば木の実をたくさん食べられるのだから。
ごはんを探すだけのつらい生活を送る必要がなくなるのだから。

そんなタブンネのがんばりは、しっかりと形になりました。
小さいながらも木は育ち、枝を広げ、青々とした葉を茂らせ、そしてついに花が咲きました。
木の高さはタブンネとほとんど変わらないくらいの小さな木。
それでも、それはタブンネが毎日がんばることで手に入れた、小さな成果です。

花が咲いた翌日、タブンネは気がつきました。
花が咲いていたところには、かすかに色づいた木の実がなっていることに。
タブンネの努力が文字通り、実を結んだ瞬間です。

それを見て、タブンネはワクワクしながら巣に戻ります。
木の実はすでにうっすらと色がついていました。
あれなら、明日には木の実を食べることができそうだからです。

翌日、タブンネは目を覚ますと、ウキウキしながら木の実のもとに向かいます。
今日までがんばって育てた木の実。それを食べる瞬間はすぐそこです。

「ミミィ♪ …………ミィ? ミッ!? ミィィッ!?」

その瞬間はすぐそこのはずでした。
しかし、タブンネが木の実のところに到着したとき。
食べられるはずの木の実は、1つ残らずなくなっていたのです。

タブンネはあわてました。
今日にも食べられると思っていた木の実がなくなっているのだから当然です。
木の周りや、近くの草むらに木の実が落ちていないか、必死に探します。
しかし、どれだけ探しても木の実は見つかりませんでした。

タブンネはがっくりと落ち込みましたが、すぐに気持ちを切り替えます。
色づき始めた木の実はまだ残っていますし、木がダメになったというわけでもありません。
明日になれば、今度こそは木の実を食べることができるはずです。
タブンネはいつものように木の世話をすることにしました。

そして次の日。
タブンネは昨日よりも早く目を覚ましました。
今日こそは木の実を食べられると思うと、あまり眠れなかったのです。

軽い足取りで、ウキウキしながら木の実のもとに向かうタブンネ。
しかし、木の実はすぐそこだというところでタブンネの足が止まります。
木がある方から、何かの音が聞こえるのです。
タブンネは草むらに隠れたまま、そっと木の様子を確認します。

「こんなとこにオボンの実があるとはだれも思わないだろうね。ついてるなぁ」

なんと、タブンネが大事に育てた木の実を人間がとっているのです。
タブンネは草むらから飛び出そうとしますが、すぐに動きを止めます。
前にタブンネを追い払った人間は強そうなポケモンを連れていました。
目の前で木の実をとる人間も、強いポケモンを連れているかもしれないと思うと、動くことができません。
結局、おいしそうに色づいた木の実を人間がとるのを、タブンネは見ていることしかできませんでした。

さて、この人間はタブンネにいじわるをしているわけではありません。
タブンネが木の実を育てているなんて、ふつうは考えられないことでしょう。
ほかのトレーナーと同じように、自然になっている木の実をとっているだけなのです。

タブンネはひどくショックを受けました。
自分ががんばって育てた木の実が、自分以外の誰かに持って行かれていたのですから。
悔しそうにうつむいて、プルプルと震えています。

それでもタブンネはへこたれません。
次の瞬間には「ミィッ!」と顔を上げると、池まで水を取りに行きます。
今日がダメでも、明日なら大丈夫かもしれないのですから。

つらい生活には慣れています。今までずっとそうだったのですから。
食べ物を探すだけの毎日に比べれば、木の実を育てている今の暮らしはとっても幸せなのです。
たとえ、自分の育てた木の実を自分で食べることができないとしても。

6番道路に暮らすタブンネは、今日もがんばって木の実を育てます。
毎日毎日、木の実の世話を続ければ、いつかはおなかいっぱいに木の実を食べられる日がくることでしょう。

…………たぶんね。

(おしまい)

  • 所々に出てくる鳴き声で、タブンネの心情や表情を想像することができ、とても読みやすい。 -- (名無しさん) 2019-05-02 00:23:46
  • 話の内容も、タブンネの純真さが伝わってきて良かった -- (名無しさん) 2019-05-02 00:24:51
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最終更新:2014年06月19日 23:04